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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
50/105

番外編 それぞれの秋

物語の中で、季節が秋になりました。


ショートストーリーを集めたように、一部時間の流れが一定となっていません。



     読書の秋


 椿は、十六夜の部屋でマンガを読んでいた。

 椿の部屋にも相当数のマンガが置いてあるのだが、自分の部屋にはないマンガや違うジャンル、例えば少女マンガのような物も、十六夜の部屋にはあるのだ。

「……………」

「……………」

「…………ぐすっ」

「…………あれ?椿君、もしかして感涙?」

「ちげぇよ。鼻水が出ただけだ」

「あらそう?失礼しんした」

「……………」

「……………」

「……………次」

 椿は、次の巻に移ろうと腰を上げ、本棚を覗いた。

 十六夜の部屋は汚い。それは本棚も例外ではなく、本棚は本と雑貨で溢れ返っている。しかし、今読んでいるマンガ本、このラブコメディーは、本棚から溢れることなく上手く収まっていた。はずだが…。

「ねぇし」

 椿は眉間に皺をよせ、ぼやいた。

 もしかしたら落ちているのでは、そう考えた椿は、自身の周囲の散らかっている床を、乱雑に置かれている物をかき分けながら、次の巻のマンガ本を探した。

 椿は普段、ラブコメの類に興味を示さない。読む事も無くはないが、真剣に熟読することは、まずない。だが、ふと読んでみようと思った今の作品、既に連載自体は終了していて、コミックスも全巻出ている少し前の作品に、しっかり魅了されていた。

 主人公の男とヒロインは、両想なのに お互いに相手への想いを口には出せず、それどころか自分の気持ちを誤魔化そうとすらしてきた。そんな中、主人公の男、コレがホントに「こんなやつのどこがいいんだよ?」と疑いたくなるような冴えない男なのだが、そんな男に何故か惚れる美少女が増えていく。少しエッチな展開もありながら、なかなかに本格的な恋愛モノとなっていて、椿は、今読んでいるクライマックス直前の話から、もうすっかり目を離す事が出来なくなっていた。

 一刻も早く続きが見たい、そう思っているのだが、なかなか次の巻、最終巻の一つ前の巻が見つからない。

「なあ、十六夜」

 椿は、自力で探す事を諦め、十六夜に「心当たりはないか」と訊こうとした。

 しかし、椿は十六夜に訊ねる前に、我が目に訊ねた。「おい、アレ違うか?」と。

 そして、椿の目は答えた。

「そうだな。十六夜の手にあるのが、お前の探しているマンガ本だ」

 と。

「おい!」

 椿の怒声に、十六夜は顔を上げた。

「何ですかな?椿君」

「何ですかな?じゃねぇよ!つーかお前、さっきまで別の読んでなかったか?」

「うん」十六夜は頷いた。「でも、真剣に読む椿君見てたら、僕も読みたくなっちゃって」

「だったら、最初っから読み返しゃいいだろうが!」

「そんなことないよ。途中まで読まなくても、最後の文化祭の辺りから読めば、感動は出来るでしょ」わざと、だった。十六夜は椿に嫌がらせしたかっただけだ。だから、いやらしく笑いながら、「いやぁ、でもまさかこんな展開になるとは」と椿の知らない先の展開を口にしようと、ネタバレしようとした。

「あああ!」と大声を出して、椿は十六夜の語りを阻止する。「つーか、喋んなよ!マナー違反だろうが!」

 椿は、十六夜の後頭部をバシンと叩いた。そして、十六夜の手からマンガ本を奪い取る。

「マナーがなってないのは椿君の方だと思うけどね」

 その十六夜の嫌みを無視した椿は、腰を下ろすと、念願の続きを読み始めた。

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「…………ぐすっ」

「…………あれ?椿君」

「っせえ!花粉症だ!」

 椿は、涙声で言い返した。


     飲酒の秋


「そんな秋ありません!」

 天使の館内、屋上へ続く唯一の階段にて、高橋と五十嵐の前に立ちはだかる雛罌粟が、激しいツッコミを入れた。

「えーっ!」

「えーっ!」

 雛罌粟に見下ろされる位置に居る高橋と五十嵐は、不満そうな声を出した。

「月見酒すんだろ、普通!」と高橋。

「酒を味わいながら風流も味わうだろ、普通!」と五十嵐。

「黙りなさい!」

 雛罌粟に怒られ、おっさん二人は『飲酒の秋』を堪能することが出来なかった。


     スポーツの秋


「ハッ!」

 柊が、勝ち誇った笑みを浮かべた。

「アタシはどうせ『食欲の秋』だとでも思ったでしょ」

「いや、そんなことは…」

 カイは、苦笑いを浮かべた。

 二人は今、スポーツの秋を堪能しようと、天使の館内にある『修練場』に来ていた。

「ガッハッハ!」修練場の主である拳王・ゴリラは、豪快に笑った。「修行も身体を動かすという点ではスポーツと同じかもしれんな。なら、目一杯身体を動かして、腹空かせ、食欲の秋へと行こうではないか!」

 拳王・ゴリラの言葉に、拳王・ゴリラの前に並んで「はい」「おう」と柊とカイの二人は力強く頷いた。カイは相当気合が入っているのだろう、拳をぶつけ合わせた。

 柊とカイは、偶然 同じ日 同じ時に、拳王・ゴリラに修行を頼んでいた。

 もしカイと一緒に頼んだのが柊以外なら、人間のカイが天使の館にいる事に異議を唱える者もいるだろうから、拳王・ゴリラも気を遣うだろう。しかし、その必要はなさそうだ。なにより、拳王・ゴリラの下を訪れる者が、椿やカイを良く知る天使以外に居ないのだから、最初から気にする必要の無い問題でもある。

 思う存分修行できる環境で、しかし、拳王・ゴリラは悩んでいた。

「う~む…」

「どうしたんですか?師範」

 柊が訊ねた。

「おお。今日もいつものように俺が二人の相手をしてやっても良いのだが、いかんせん、俺は不器用だ」

 それは、カイも深く頷くところだ。その不器用さのせいで、初めて会った時はかなり痛い思いをさせられた。

 拳王・ゴリラは続ける。

「それに、俺は毎回少しずつ闘い方を変えているつもりだが、結局俺である事には変わりない」悩んでいた拳王・ゴリラだが、「そこで」と声を弾ませた。「今日は一度、お前たち二人で手合わせしてみるのはどうか?」

「ハ?」

「へ?」

 拳王・ゴリラの提案に、二人は素っ頓狂な声を出した。

「丁度いいし、たまには別の者と手合わせしてみるのも良かろう」

 拳王・ゴリラがそう言うと、いち早く理解した柊が「ハッ!」と不敵に笑った。

「いいね、それ」そう言うと、柊はカイの方を向いた。「そういえばカイ、アンタとは一度も闘った事無かったね」

 すっかりヤル気になった柊と違い、カイは、まだ承諾出来ないでいた。

「いや、ゴリラのオッサン!俺、柊さんとは闘えねぇよ!てか、女の人に手を上げること自体、俺には出来ねぇ」

「むっ?そうか?」

 カイの気持ちを酌んだ拳王・ゴリラは、それもそうかもしれん、と考えを改めようとした。だが、柊は違った。

「ハッ。アンタ、男だ女だ気にするなら、まず男らしく闘って、強さを見せてからにしな」

 柊は、カイを挑発した。カイと闘ってみたいのだ。

 だが、カイの気持ちは変わらない。

「無理です!」

 カイはきっぱりと言った。

「はぁ~」と柊は溜め息をついた。呆れを滲ませながら、首筋を撫でている。しかし、一瞬の動きで、カイの眼前に拳を突き出した。殴る直前で、寸止めしたという感じだ。「もし、アタシがアンタと闘いたくて、アンタのヤル気を引き出させる為に一方的にアンタを殴り続けても、アンタは闘わないっての?」

 冗談半分ではない本物の闘気を見せながら、柊は、カイを睨みつけた。

 カイは、突きつけられた拳を優しく避け、柊の真剣な眼差しを真っ直ぐに見据えながら、答える。

「絶対…殺されても」

 軽蔑されるかもしれない、そう思ったカイの目は、柊の闘志溢れる強い眼差しと比べるまでもなく、弱いものだった。しかし、その瞳は決して揺らぐ事はなかった。

「ハッ!」柊は笑った。「アンタも強情っていうか、なかなか意志の強い男だね」

「柊さん…」

 柊は、拳を下ろした。微笑ではあるが、カイに笑いかけている。しぶしぶではあるが、柊も、カイの意思を認めたのだ。

「ガッハッハ!」拳王・ゴリラの笑い声に反応した柊とカイは、拳王・ゴリラに視線を向けた。「うむ。柊の負けん気の強さも、カイの決意の強さも、しかと受け取った。どちらも負けず劣らずの強者つわものだったわぁ!」

「師範」

「オッサン」

「どれ、どうやら俺の不用意な発言が二人を困惑させてしまったようだし、今日はサービスしていつもより厳しい修行を付けてやろう」

「はい!」

 柊は、威勢のいい返事をしたのだが、「いや、オッサンの修行ってただのガチンコバトルだから、厳しいっていうとオッサンがより本気を出すだけなんじゃ」とカイは苦笑いを浮かべた。

「ガッハッハ!なぁに、心配いらん。少しパワーを上げるだけで、スピードは上げん。より一撃の危機感を楽しんでもらおうというだけだ!」

――いや、そんなサービスいらねぇよ

 いつものカイなら、そうつっこむかもしれない。だが、今日は、今は違った。

「へっ!なんだったら、スピードも上げてくれてかまわねぇぜ、オッサン」

 カイは、笑った。

 些細なことではあるが、柊に認められた事で、カイの気分は良くなっていた。そして、そのことでより一層強くなりたいと、柊に追い付きたいと思った。そんなカイにとって、拳王・ゴリラのサービスは、願っても無いモノとなった。

 闘いの構えをとる拳王・ゴリラの前で、カイも戦闘態勢をとる。

――柊さんの前だ。カッコ悪い所は見せらんねぇぞ

 カイは、心の中で自分を鼓舞した。

 そうやって修行に臨んだカイだが、その気合むなしく、修行は一瞬で終わった。

 拳王・ゴリラの正拳で吹き飛ばされ、壁に勢いよく叩きつけられたカイは、気絶した。

「あ、しまった」

「師範…嬉しいからって、本気出し過ぎじゃないですか…?」

 あまりの衝撃に、柊は引きつった笑いを浮かべた。

 うっかり本気でカイを倒してしまう、不器用な拳王・ゴリラだった。


     月見の秋


「そんな秋もありません!」

 再び屋上へと続く階段で、雛罌粟の怒声が響いた。

 一度は諦めて帰ったかに見えたオッサンコンビだが、案の定、時間を置いて戻って来たのだ。

「くくっ。おい、何 勘違いしているか知らんが、俺達は月を見たいだけだぜ」

 高橋は言った。

「まったくだ」五十嵐も、高橋の意見に同調する。「俺達はお月さん眺めて『あ、あの影、うさぎさんに見えるよ』とか言いながら、日々荒んだ心を洗い清めてぇだけだよ」

「いや、気持ち悪いですよ、オッサン二人でそんなことしてたら!」雛罌粟は、若干引きながらも、高橋達への注意を続ける。「てゆうか、ただ月見るだけなら、その手に持っている物、酒瓶!どう考えても要らないですよね!」

 雛罌粟の言った通り、高橋の両手には日本酒の一升瓶が一本ずつ、五十嵐の手にはコップが二つある。

「ひひっ。わかってねぇな、小娘」と五十嵐。

「はい?」雛罌粟はピクッと頬を引きつらせ、怒りを滲ませた。

「いいか?」と高橋は、教え諭すような口ぶりで言った。「まだ秋だが、夜は相当冷える。ガキじゃあるまいし、『月見してて風邪引きました』じゃ世話ねぇわ」

「だから、これだよ」酒瓶の方を顎でしゃくりながら、高橋の言葉を五十嵐が引き継いだ。「俺達は大人として、ちゃぁんと防寒対策を怠らないって、そう言ってんだ」

「わかったか?腐れナース」

 高橋が言うと、オッサンコンビは、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 しかし。

「だったら、何か上に着てください」

 雛罌粟にぴしゃりと言われた。冷たい視線が、降ってくる。

 オッサンコンビは、正論に対しては何も言い返す事が出来ない。今回のように、自分たちが悪いだけの時は、特に。

 オッサンコンビは、そのまま黙って帰った。


     芸術の秋


 楸は、粘土をこねていた。

 その隣で榎も、粘土をこねている。

 二人は、真剣な面持ちで、粘土に向き合っている。

 楸が持ってきた粘土諸々を使って、芸術の秋を堪能しようとしているのだ。

 楸は、掌で粘土を転がしながら、細長くしていく。どんどん、細長くなる。そして、細長くなった粘土を、一段一段、渦を巻きながら積み重ねていく。上に行くにつれ、渦は小さくなる。

 出来上がったのは、立派なウ〇コだった。

 榎は、掌で粘土を転がしながら、細長くしていく。どんどん、細長くなる。そして、細長くなった粘土を、紙を使って切っていく。一本一本、丁度いい長さに切り揃える。そうして出来た粘土を、紙の器に盛り付ける。

 出来上がったのは、立派なうどんだ。

「ウ〇コとうどんって、ちょっと似てるね」

「やだぁ、楸さん」

「だって、うどんも結局はウ〇コになるんだよ」

 榎と楸は笑っていた。が、その場に笑っていない者が一人。

「つーかお前ら、ヒトの部屋で何やってんだ?」

 そう言うと、椿は、二人の作品を壊した。上から押し潰したのである。

「あぁーっ!何すんの椿!俺のウ〇コを!」

「ヒドイ 椿君!」

「っせえ!」榎と楸の非難を真っ向から跳ね返し、椿は、粘土を一つの塊へと戻していった。「つーかクソ天使!さらっとヒトんチ来てんじゃねぇよ!」


     どうするよ?秋


「いや、知りませんよ」

 雛罌粟が、呆れながら言った。

「俺達は、ただちょっと月見酒したいだけなのになぁ」高橋は言った。

「なあ。なのに、何であの小娘は邪魔するかね?」五十嵐も言った。

 オッサンコンビは、不貞腐れた子供のようである。同情を買う作戦に出たのだ。

 しかし、そんな作戦では雛罌粟という鉄の要塞は崩せない。

「あなた達が、毎晩のようにお酒呑むからです」

 雛罌粟は、鉄壁の如くオッサンコンビの前に立ちはだかり続けた。


     食欲の秋


「別名『柊の秋』」

「黙れ、楸!」

 そう怒られた楸は、柊に殴られた。

 しかし、それにしてもだ。

 拳王・ゴリラの所での修行が終わった後、拳王・ゴリラの誘いで柊とカイ、それと偶然廊下で出会った楸の四人で、格安のバイキングレストランに来ていた。バイキングだから、食べられるのならばどれだけ取って来てもいいのだが、柊の皿に盛りつけられた量が、有り得ない事になっている。

 柊の体型は、一見すると華奢だ。身長は、そのメンバーの中ではカイと一緒に低い方に部類する。横幅は、まず間違いなく一番細いだろう。四人の中で一番大きい、身長二メートル越の筋骨隆々な拳王・ゴリラと比べれば、一回りも二回りもはるかに小さい。

 それなのに、だ。

 柊の持ってきた皿は、拳王・ゴリラよりも大盛りだった。

 拳王・ゴリラの皿も、けして少ない量ではない。山の様に盛られたパスタを片手に、シュウマイや春巻き等、肉料理がこれでもかと、もう片方の手の皿に山の様に盛られていた。

 だが、柊の皿も拳王・ゴリラと同じか、それ以上の量だ。しかも、さらにもう一皿、カレー皿もある。誰がどう見ても、柊の持ってきた量が断トツで多い。

「さっき動いてお腹空いてんの!別にイイでしょ」

 顔を薄らと赤らめた柊は、取り繕うように言った。

 柊は、良く食べる。

 そりゃあもう、良く食べる。

 柊の十分の一以下の量しか取ってきていない楸が、一皿を食べ終えるよりも早く、いつの間にか柊は、山の様であった皿の上を平地へと変えていた。

 食べ方が汚い、なんてことはない。ただ、一口が大きく、ホントに良く食べるだけだ。

 四人の中でいち早く、柊はおかわりに行った。

 次に持ってきた皿は、栄養バランスを考えたのだろう、野菜もあった。しかし、それ以上に炭水化物とタンパク質が圧倒的な割合を占めていた。もちろん、さっきと同じくらいの山盛りで。

 柊は、その後も二度おかわりに行き、それとは別にデザートも沢山食べた。少なく見積もっても大体、二十人前は食べただろう。

 念のため言っておくが、無理はしていない。何かあった時に満腹では動けないからと、腹八分目に留め、ちゃんと美味しく頂いた。

「どうなってんの?その腹」

 楸は、あきらかに許容量をオーバーしているだろう柊の腹部をしげしげと見つめた。

「うるさいっ!」

 特に膨れ上がっているワケでもないのだが、柊は腕組するようにして、両腕で腹部を隠した。

 拳王・ゴリラは、笑っていた。

「ガッハッハ!沢山食べる事はイイ事だ!これっぽっちも恥じることでは無い」

 そして、その拳王・ゴリラの傍らで、カイも愛想笑いを浮かべていた。

 ホントに良く食べるな、という感心以上に、カイの中にある想いは、

――モリモリ美味しそうに食べる柊さん、素敵だなぁ

 だった。

 カイは、食べモノではなく、柊の食べる姿だけで胸がいっぱいになった。


     それじゃあ、俺らの秋はどうなるんだ?


「いや、知りませんけど」

 やはりリベンジしに来たオッサンコンビに、雛罌粟は呆れていた。

 オッサンコンビは、リベンジしに来る前に「そいやぁ、お前の〝空間移動″は使えねぇのかよ?」「それがあの小娘、屋上のドアに鍵かけてやがるみたいなんだよ」などと言ったやり取りをし、他にもあらゆる対抗策を考えたが、どれも望み薄なボツ案としていた。

 だが、オッサンコンビは、決して無策で雛罌粟の前に再び現れたワケではない。

「雛罌粟よぉ」高橋は言った。「確かに俺達はいつも酒を呑んでいる。だが、今日はいつもとちっとばかし事情が違うんだよ」

「事情?」雛罌粟は訊いた。

「今日は、満月なんだ」五十嵐が、高橋に代わって神妙な口ぶりで言った。「中秋の名月!こんな日に呑まないで、他にいつ呑めってんだぁよ」

 オッサンコンビは、再び情に訴えかけに来ていた。

 さっきと同じ作戦のようだが、今度は少し違う。演技にリアリティを追及しているのだ。それこそ、今日酒を呑めなければ死んでしまう、とでもいう位に残念そうな素振りを、オッサンコンビは見せていた。

 当然のように雛罌粟は、オッサンコンビの演技を見破っている。

 だが、全く理解を示さない雛罌粟ではない。そうまでして、という同情から少しは考えを改めようとしていた。

「はぁ」溜め息をつき、雛罌粟は言った。「それじゃあ向こう一カ月、お酒と煙草をしないというなら、今日の所は見逃して上げます」

 それは、雛罌粟の情けだった。

 だが、オッサンコンビは文句を言う。

「ふざけんな!一ヶ月は長過ぎだろぉ!」と高橋。

「てか、タバコも禁止って、俺だけ見返りのペナルティが厳しいだろうが!」と五十嵐。

「お黙んなさい!」雛罌粟が怒った。「せっかくヒトが情け掛けてるっていうのに、何ですかあなた達は!」

「でもよぉ」と不貞腐れる高橋。「せめて一週間だろ」

「そうだぜ」と不貞腐れる五十嵐。「せめて二日だろ」

「だんだん短くなってます!」

 雛罌粟は、つっこんだ。

 この後、オッサンコンビがウダウダ言うので、雛罌粟も仕方なくそれに耳を傾けた。そして、「なら、一週間でいいですよ」とオッサンコンビの主張を認めた。

「その代わり、誓約書を書いてもらいます」

「誓約書だぁあ?」

 五十嵐は、顔をしかめた。

「はい。お酒も煙草も、やめるのは一週間で構いません。ですが、もし破った時の罰則を設けさせていただきます」

 そう言うと雛罌粟は、紙を二枚取り出した。そこに、同じ文章を書き記す。

 その紙には、簡単に言うと「約束を破った場合は、死ね」と書かれていた。

「おいおい、腐れナースがぁ」その内容に引きつった笑みを浮かべ、高橋は言った。「人を救う立場にあるモンが、こんな誓約書作るかよ、おい」

「別に、死ねとは言ってません」雛罌粟は、平然と言う。「ただ、約束を破った場合には、それなりの罰を用意しておくと言っているのです。それこそ、あなた達にとっては死と等しい『私に絶対服従』とかみたいにね」

 雛罌粟の顔は、オッサンコンビを震え上がらせる、不気味な笑みを浮かべていた。

 だが、とオッサンコンビにも思う所がある。

 これにサインすれば、最高の月見酒が味わえるのだ。

 暫し考えた結果、オッサンコンビは、その誓約書にサインする事を選んだ。

 そして、誓約書にサインし、それを雛罌粟に渡した。

 これで美味い酒が呑める。そう思ったオッサンコンビだが、「待ってください!」という雛罌粟の怒りのこもった声が、二人の甘い考えを吹き飛ばした。

「何ですかこれ!」雛罌粟はそれぞれの誓約書を二人の眼前に突き出し、語気を荒げて言った。「誰です、『三十嵐』って?誰です、『タカシ』って?」

「あ?線が二~三本足りないだけだろうが」開き直って『三十嵐』こと五十嵐は言った。

「高橋の書き損じだろうが」と開き直って『タカシ』こと高橋が言った。

 オッサンコンビは、誓約書に偽名を書き、約束を反故にしようとしたのだ。

 当然、そんなことが雛罌粟に通用するはずもない。

「ふざけなさい!」ワナワナと震え、雛罌粟は叫んだ。そして、「もう一度!ちゃんと!書くのです!」とオッサンコンビに誓約書の再提出を求めた。

「書くのです、って何だよ?」「なぁ」と失笑しながらも、オッサンコンビは誓約書に再度署名した。

 だが、再び出された誓約書を見て、雛罌粟は再び激昂する。

「だから『二十嵐』って誰ですか!」

「あ?ペンのインクが足りなくなって、線が二~三本ないだけだろが」と五十嵐。

「意味分かりません!」

 五十嵐へのツッコミを終え、雛罌粟は今度、高橋の方を向く。

「『神崎』って、何で神崎さんの名前使っているんですか!」

「ああ。昔、『何かあったら俺を呼べ』と、神崎の野郎が言っていたような、言わなかったような」と昔を思い出そうとする高橋。

「だからって、ここまで堂々と偽名使う人がありますか!てゆうか、記憶があやふやだし、神崎さんもこんな呼ばれ方するとは思ってませんよ、絶対!」

 雛罌粟は、オッサンコンビの悪あがきに、ほとほと愛想を尽かした。

 そして、雛罌粟は同情することをやめた。

 オッサンコンビの目論見は、またもや外れることとなった。


     読書の秋、その後


「ふぅ」

 読み終えた本を閉じ、椿は息を吐いた。

 一時 十六夜の邪魔も入ったが、椿は読んでいたラブコメを最後まで読み切ったのだ。

「どうだった?椿君」

 十六夜は、感想を求めた。

「まぁ、良かったと思うよ」椿は、応える。「ぶっちゃけ、そっちと付き合うのかよ、っても思ったけど、まあ終わり方としては、これでいんじゃね」

 椿は、思った事をそのまま口にした。

 主人公の男に好意を寄せる女のコが何人いようとも、その全員と付き合えるわけではない。そんな事をしたら、それこそ非難殺到だろう。だから、どうしたって誰か一人に絞らなければならない。もしかしたら、その一人に選ばれなかった女のコを応援していた読者は不満に思うかもしれないが、椿は公平な立場で見ていた為、そんな当たり障りのない感想を言えた。

 しかし、十六夜は『納得できない派』だった。

「そう?」と不満そうに十六夜は言う。「あの一番積極的にアピールしてたコ、結局付き合えないって、可哀想じゃないですか?やっぱ顔かよ、やっぱスタイルの良さかよ、みたいなとこない?」

「スタイルの良さは関係ないんじゃないか?もっと胸でかいキャラいたろ」

「はぁ~。分かってないですね、椿君は」と溜め息交じりに十六夜は言った。

「あ?」椿は、声に怒りを滲ませる。

「別に胸がでかきゃいいとは言ってないですよ。てか、巨乳が良いって、中学生ですか?」

「いや、巨乳が良いとは言ってねぇよ!」

「いいですか」と十六夜は、語気を強めて言った。「僕が言っているのは、全体的なバランスですよ。胸だけじゃなく、顔立ちやヘアスタイル、全てのビジュアルを総合してのスタイルです。それが一番良いのが、最後に付き合ったコだと言っているんです」

「…つーか、それだったらよぉ…お前、結局 誰推しだって事になんぞ」

 熱弁するあまり墓穴を掘ってしまった十六夜は、痛い所を突かれ「それより、スマブラしない?」と椿の関心をゲームに逸らそうとした。

 だが、「いや、わざとらしすぎんだろ」と椿につっこまれた。

 だがだが、ゲームはする。

 四人対戦までできる格闘ゲームを、CPU二体にして、二人はやる。

 この対戦ゲームは、四人全員が敵同士だ。設定を変えればチーム戦もできるが、今は全員敵状態で対戦している。椿の操作している緑色の服を着た剣士のキャラクターは、『回転切り』などの技を使い、積極的に敵を倒しに行っている。だが、十六夜の操作する赤茶色の髪をした剣士のキャラクターは、他キャラクターがバトルする場から離れ、諸刃の剣である溜め技をやっては自キャラクターにダメージを蓄積させたり、ランダムに降ってくるアイテムをいち早く拾い、それをテキトーに投げて戦場を混乱させたりと、勝つことよりも楽しむことに専念していた。

 ゲームしながら、椿は言った。

「あ~、俺もあんな風にモテねぇかなぁ」

 椿は、さっき読んだマンガの主人公に嫉妬しながらも、彼の置かれているハーレムさながらな状況に憧れていた。

「無理でしょ」

 拾ったホームランバットを素振りしながら、十六夜は、椿の願望をばっさり切り捨てた。

「んなこたぁねぇだろ」椿は、ムキになって言い返す。「俺もなんかの拍子にモテモテの人生になってもいいだろ。まだ来てねぇ『モテ期』ってヤツがくんだよ」

「ないと思うけどねぇ」

「いや、無くはないだろ」

「じゃあ、もし世界が過ちを起こして椿君にモテ期が到来したとして、その時ひーちゃんはどうするの?」

「あ?」椿は、思いがけない名前が出て来たことで、声を荒くした。「何で 今榎が出てくんだよ!つーか、世界の過ちレベルなのか?俺のモテ期はよぉ」

「そうですよ。椿君がいっぺんに複数の女のコに好意を寄せられるような世界、そんな世界は、サンマを食べない秋くらいにあり得ませんよ」

「いや、結構有り得んぞ それ!」

 椿は、つっこんだ。

 しかし、それが隙となって、十六夜の操作するキャラクターに、椿の操作していたキャラクターは、ホームランされた。

「あ…」

 椿は、キランと星になった自キャラクターを眺めた。


     いい加減にしろよ、秋


「何開き直ってるんですか!」

 性懲りも無く来るオッサンコンビに、雛罌粟は怒鳴った。

 オッサンコンビは先ほど、雛罌粟の同情を誘うことによって、その牙城を後一歩で崩せるかもという所まで行った。が、その後一歩の所でオッサンコンビはワガママを言ってしまい、自らチャンスを棒に振っていた。

 つまり、現状としてオッサンコンビの立場は最悪に近い。

 だが、だからと言って諦めるオッサンコンビではない。そんな聞き分けの良い二人であったなら、雛罌粟もここまで苦労しないだろう。

 オッサンコンビには、まだ奥の手があった。

「ヒナ嬢よぉ」五十嵐は言った。「オメェ、おかしいとは思わねぇのか?」

「はい?」雛罌粟は、しかめっ面で聞き返した。

「俺達は、月が見れれば、別に屋上じゃなくてもいいんだぜ」高橋が、意味深な笑みを浮かべ、言った。「それなのに何故、俺達は屋上にこだわっていると思う?」

 高橋のこの問い掛けに、雛罌粟は、一応考えてはみた。が、「さあ?」とすぐに考える事を放棄し、冷たい門番の顔になる。

「それはな、屋上じゃなく、オメェにこだわっているからだよ」五十嵐は言った。

「俺達は、綺麗な月拝みながら、お前と、酒を呑みてぇんだよ」高橋は言った。

 オッサンコンビの表情は、これまでと違った。雛罌粟をバカにするでも挑発するでもない、穏やかな笑みだった。

「高橋さん…五十嵐さん…」

 雛罌粟も、オッサンコンビの気持ちに心動かされたかのように、穏やかで優しい声になった。

 その場が、不思議な和やかさで包まれた。

 かのように見えたが。

「騙されませんよ」雛罌粟の冷たい声が、オッサンコンビの企みを凍らせた。ついでに、凍った企みを粉々に砕いた。「そうやって聞こえのいい事を言えば、私を落とせるとでも思ったんですか。屋上にこだわるのも、どうせ少しでも月を大きく見たいとか、そんな理由でしょ」

 こうなると、図星を突かれたオッサンコンビは開き直るしかない。

「ああ、思いましたよ!どかせないなら、仲間のすりゃあいいだろうとか思いましたよ!」五十嵐が言った。

「酔っ払った腐れナースを支部長にでも預け、俺達だけで静かな晩酌をとか思いましたよ!」高橋は言った。

 オッサンコンビは、もうヤケになっている。

「んだよ!楸に呑ませて、ベロンベロンにしてやろうとか思ってたのによぉ!」と五十嵐。

「日頃気張ってる柊を息抜きさせてやるついでに、ツマミ作ってもらおうと思ったのになあ!」高橋は言った。

「チャ子で遊ぶつもりだったのになぁ!」

「椿とかも呼んで、ドンチャン騒ぎするつもりだったのになあ!」

 このオッサンコンビの愚痴に、雛罌粟は怒るかと思いきや、意外な反応をみせた。

「なんだ、それならいですよ」

 雛罌粟は言った。

 オッサンコンビは、本当にもう諦めて愚痴を言い続けていたのだろう、心底意外そうな「えっ?」を言った。

「私は、あなた達がお酒を呑むこともそうですが、自分たちだけ楽しもうとしている姿に反対していたんです。楸君達も誘うなら、むしろ賛成です。せっかくの秋の夜、楽しまなくてどうするんですか」

 雛罌粟は、平然と言った。

 鉄壁だと思っていたものが実は簡単に崩せる砂の壁だったと知ったかのような、どうしようもない、今まで俺達は何をしていたんだよという釈然としない想いがオッサンコンビの中にあった。

 が、その微妙な心境をテキトーな場所に追いやり、オッサンコンビは手を合わせる。

 これで月見酒が呑めるぞ、と。

 そして、呟く。「なら、早くそう言えよな。このブチャイク」と。

 そして、地獄耳の雛罌粟に二人は殴られた。


     みんなで秋


 天使の館の屋上に人間を招いてはさすがに問題あるだろうという配慮で、宴会場は下界の月がよく見える河原にした。そこは、見上げた時に空を隠すような高い建物などが何も無い、味気ない河原だった。だが、それこそが、オッサンコンビの求めていた場所でもあった。まだ暗くなったばかりではあるが、確かに月は姿を表している。月さえ見られれば、あとは酒以外、他には何も要らないのだ。

 そこにブルーシートを敷いて、簡単な宴会場を作り上げた。

 楸達を呼ぼうと思ったということに嘘はないが、急な呼びかけである事に変わりない。だから、それでも集まってくれた楸達には、オッサンコンビも感謝している。

 これで雛罌粟に嘘をついたことにはならないな、と。

 集まったのは、オッサンコンビと雛罌粟の他に、楸と柊、椿、榎、カイ、拳王・ゴリラの九人だった。支部長は、仕事が片付けば駆け付けるそうだ。

 急な呼びかけにもかかわらず、椿と柊は、コンニャクを炒った物やチーズ入りの春巻きなど、簡単なツマミを色々と作って来た。ツマミがサキイカとチータラだけでなくなった事も、オッサンコンビのテンションを高まらせた。

「くくっ。そんじゃあ、この秋の月夜に乾杯だ」

 高橋の一声で、宴が始まった。

「高橋さん、この春巻き作ったのアタシなんですけど、お口に会いますか?」柊は訊いた。

「おお、うめぇぞ。酒にも良く合うしな。くくっ」高橋は、嬉しそうに笑って答えた。

「ひゃ、はい」

 柊は、酒も呑んでいないのに、倒れそうになった。

「おお、楸」

「何ですか、五十嵐さん」

「オメェ、アレに酌して来いよ」そう言って、五十嵐は、既に出来上がっている雛罌粟の方を顎でしゃくった。

 雛罌粟は、もうかなり酔っ払っていて、日本酒を手酌で呑んでいた。

「榎ちゃんて言ったよねぇ?」

 と雛罌粟は、酔っ払い特有の船を漕ぎながら、榎に訊いた。

「は、はい」と榎は、戸惑いながらも答える。

「いい?若いのなんてあっという間だから、今のうちに、ちゃんと男つかんどくんだよ。じゃないと、男なんてみんな若い子がいいとか言い出すんだから…」

 榎に突っ掛かる雛罌粟の姿を見て、楸は素直に五十嵐に謝った。

「すんません。俺、今のヒナさんの相手する自信ありません」

 そんな楸の横には、あまり酒に強くない事を自覚しているから、料理の方を主に口にしているカイがいる。

「柊さん!このコンニャク炒ったヤツ、メッチャ美味いです!」とカイは言うが、

「それ作ったの、俺だぞ」

 そう椿に愛想なく言われ、椿の想像以上の料理センスに、驚き以上に苛立ちを覚えたカイだった。



 宴会は、更に盛り上がって続いた。

「おお、支部長殿!」

 遅れて来た支部長の存在に、拳王・ゴリラがいち早く気付いた。

「いやぁゴメンね、遅れて。これでも、参加したかったから急いで来たつもりなんだけど」

 支部長は、眉尻を下げて申し訳なさそうに頭をかきながらも、微笑を浮かべていた。

「くくっ。遅ぇよ」と笑みを浮かべ、高橋は文句を言ってみた。

「だから、ゴメンってば」

 高橋のイヤミにも笑顔で応え、支部長は宴会に加わった。

 しかし、そんな支部長の参加に気付けないでいる者もいる。

「おい、ヒナよぉ。オメェ、少し呑み過ぎじゃねぇか」

 そう言った五十嵐は、苦笑いだった。

「あに言ってんれすか。まだまだ呑めますってば」

 既に呂律が回らなくなってきている雛罌粟に付き合わされ、五十嵐は、ハイペースで呑まされ続けていた。

 そんな五十嵐を「ご愁傷様」という憐みの目で見ていた楸は、視線を元に戻す。酒が入っているようで、柊のテンションが高くなっていた。その柊を中心として面白い光景が広がりそうになっているから、そちらに視線を戻したのだ。

 その場に居るのは、柊をはじめ、シラフの榎と少し酒で顔が赤いカイ、それと椿だ。椿は先程 日本酒を嗜んでいる所を「くくっ。イケる口だな」と高橋に見つかり、高橋と拳王・ゴリラという酒に異常なまでに強いザル二人と呑み比べをさせられていた。椿も、それなりに酒に強いだろうという自負はあったが、高橋と拳王・ゴリラは次元が違った。結果、平然としているザル二人と違い、大分酔いが回っている。歩くときに少し足元がおぼつかない程度に。

 その四人が、何かしていた。

「ひ~さぎ~ちゃん」

 柊は、隣に座っている榎に横から抱きついていた。肩の近くに腕を回し、顔を寄せ、頬ずりしそうな距離である。

 くすぐったそうに笑いながらも、困惑しているのだろう、榎は何も言わないし抵抗も出来ないでいる。

 そこに、ふらつきながら椿が来た。

「つーか、柊。お前、何?女好きみたいな、そっち系なの?」

 椿は、顔をしかめて言った。

 椿の言葉を不快に感じた柊は、口を尖らせ、「違ぁう」と反論した。

「変な言い方すんな!これは、榎ちゃんが可愛過ぎるだけ。それにアタシ、抱き枕とか、何かそういうのに抱きつかないと眠れないし」

――お前の睡眠事情なんて知らねぇよ。てか、今寝ようとすんなよ

 楸は、心の中でつっこんだ。

 つっこまれた事を知る由も無い柊は、抱き枕・榎を抱きしめながら、椿に言う。

「何?何か文句でもあんの?」

「いや、文句っつーか、うん、言いたいことはある」

 この曖昧な椿の態度に、楸は一人盛り上がっていた。

――何なに?榎は俺のだ、的な?あのバカ、酒の勢いでそういうこと言っちゃう?

 椿は、言う事を考えていた。

「なんだっけな?この前 十六夜んトコで読んだマンガに、何かかっけぇセリフあったんだけどな」

 酔いのまわった椿は、いつもより鈍い頭を必死に働かせていた。

 その様を見て、楸はずっこけた。

――えーっ?何でこの場面でマンガのセリフ引用しようとしてんの?てか、もしかして、そのシーン演じたいだけ?

 無言のツッコミを続ける楸を置き去りに、場面は動いている。

「何よ?」

 じれったくなり、柊は、椿を急かすように問い詰めた。

「ちょっ待て。今思い出すから」と椿は頭を抱えている。

「榎ちゃんを取るな的なこと?」と柊は、思い付いたことを記憶の手掛かりにとして出す。

「そうでもない気がするんだけど…そんな感じだった気もする」

「ハッ!何それ。そんなんだったら、アタシが榎ちゃん貰っちゃうよ」

 柊は、挑発するように笑ったが、椿の態度は素っ気ない。

「あぁ。榎はやっから、ちょっと待て。今思い出せそうなんだから、話しかけんな」

 椿のこの物言いに、柊は憤慨した。

「やるとか、榎ちゃんは物じゃないだろ!」そう言うと、柊は、榎に回していた腕を解き、榎の背中を押した。「榎ちゃん!あの礼儀知らずのバカ、ぶっ飛ばしちゃいな!」

「えっ?ちょっ、柊さん」

 柊は、嫌がって抵抗する榎を無理矢理 椿の方へと押しやった。バカ討伐を言い付けられた榎であったが、討伐対象のバカに「少し待ってろ」と言われ、待機状態となる。

――てゆうか、抱きまくら代わりにしたり、貰うとか言ったりしたの、柊の方じゃん

 楸が呆れた視線を送る柊は、待機している榎の背中をじれったそうに見ていた。と、そこにカイが近付いた。ずっと傍らで三人のやり取りを眺めているだけだと思われた男の行動に、楸は意識を向ける。

 カイは、柊の後方から声をかけた。

「ひ、柊さん」

「み?」

 柊は、振り返った。

 カイの声は、どもっていた。顔は赤い。酒の影響もあるだろうが、意中の相手に話しかけることで、緊張しているのだろう。

――にしても、いつもよりキョドり過ぎじゃない?

 楸が違和感を覚えていると、カイが言った。

「あの、俺…あ、空いてますよ」

 この言葉で、楸は違和感の正体を掴んだ。

 カイは、抱き枕の代わりに立候補しようとしているのだ。普段と違う柊を見て、チャンスだとでも思ったのか、一世一代の立候補に出ていた。

 だが。

「えー。アタシ、榎ちゃんがいい」

――玉砕ぃ!にべも無く玉砕したぁ!

 楸は、心の中で絶叫していた。カイのあまりにも哀れな様に、驚きを隠しきれない。

 柊に呆気なく拒否され、カイはうな垂れた。もしかしたら、一瞬でもイケるかもしれないと思い、軽はずみな行動に出た自分を責めているのかもしれない。もしかして泣くんじゃない、と楸は思った。

 そんな絶望の淵に居るカイに、そこまで彼を追いやった張本人である柊が近寄った。

――何する気だ?

 疑問を抱きながら、楸は注目した。

 うな垂れているカイは、柊の接近に気付けていない。

 そんな無防備なカイに、柊は軽く抱きついた。横から、榎にやったように肩に腕を回し、包み込むようにしている。抱き枕として、一応品定めをしてみようと思ったのだ。

「やっぱダメ。大きさは悪くないけど、筋肉質だし熱いし、なんかうるさい。それに、そもそもアンタ、榎ちゃんみたく可愛くないし」

――ボロクソ言いすぎでしょ!自分から抱きついて、それは言い過ぎだろ!

 楸の心の叫びは、柊には当然届かない。

 カイに抱き枕としての価値が無いと判断した柊は、また榎の方に意識を戻した。

 粗悪品の抱き枕ことカイは、その場に残され、バッタリと倒れた。

――瞬殺ぅ!一撃でやられたぁ!

 楸はまた、心の中で絶叫した。まるで解説者の様だ、と自分でも思う。

 柊に抱き枕としてではあるが抱き締められた事によって、カイは、嬉しさの絶頂に居た。喜びが脳のキャパシティーを超えてしまったようで、カイは倒れたらしい。

――だらしなく笑っているし、ほっといてもし風邪を引いたとしても本望でしょ

 そう考え、楸は、カイから視線を外した。再び、椿達の同行に注目する。

「まだ思い出せない?」榎が言った。

「もう少し待て。あとちょっとで思い出せる気がすんだけどなぁ」

「い、一応訊くんだけどさ」榎は、不安と期待を混ぜた複雑な表情で、椿に訊ねた。「今思い出そうとしているマンガって、恋愛モノとか?」

「あ?ちげぇよ。バリバリのバトル物だ」

 椿は、顔をしかめ否定した。思考の邪魔をするな、とでも言いたげだ。

――あいつ、何言おうとしてんだよ!

 楸は、予想外の事に驚きながらも、怒りを感じていた。

――何?柊は敵役だったの?敵に対して何か言うつもりだったの?

 椿のあまりのバカさ加減に呆れ始めている楸だが、当の椿は真剣だ。目の前で気落ちしている榎にも気付かず、必死に、マンガのストーリーをなぞりながら、その思い出そうとしているシーンを頭に描こうとしている。

「どうなんだっけ?たしか、敵に捕まった時なんだよ。あん時……ああダメだ」どうしても思い出せず、椿はニット帽越しに頭をグシャグシャに掻いた。「十六夜に訊けば分かるんだろうけど、それだと負けた気ぃすっし。なんだっけ?」

 思い出せず苦悩する椿を見かねた榎は、「どんな感じのセリフなの?」と思考の手助けをしようと、口を挟んだ。一人で悶々と悩むより、考えを口に出すことで、思い出すきっかけになるかもしれないと考えたのだ。

 この榎の気遣いの真意に気付いたかは知らないが、椿は榎の質問に答えた。

「なんか、俺の大切なモノがうんたらかんたらってヤツだ」

 それを聞き、榎は顔を赤くして硬直した。どういうシチュエーションでのセリフかは知らないが、椿が「大切なモノ=榎」という設定をしようとしているのでは、と考えてしまい、勝手に恥ずかしくなっていた。

 榎が照れて赤くなっているのに、椿は、尚も難しい顔をしている。

 その様子を見て、楸は不満を感じていた。

――ふざけんなよ!なんなの、柊も椿も!この無自覚に人の気持ちを弄ぶバカ二匹は

 そう思った楸は、柊に何かをするのはリスクが大きいから、とりあえず椿に対し、榎の代わりにお仕置きしてやろうと考えた。

――月に代わって、お仕置きよ

 想像の中で変身を終えた楸は、手近にあった食べ終えた団子の串を武器に、こっそり椿に近付いた。わざわざ椿の背後から回り込み、口に人差し指をあてるジェスチャーで榎に口止めし、椿のお尻を団子の串で刺した。

 突然尻に走った痛みに驚いた椿は、素早い反応で振り返り、楸の頭をグーで殴った。

「ってぇな!クソ天使!」

「うるさい!俺は今、榎ちゃんと月に代わってお仕置きしただけだよ!」

 この後、二人は榎が仲裁に入るまで、ケンカし続けていた。

 さて、大人組の方はどうなっているかと言うと、五十嵐が酔い潰れてダウンしていた。だが、五十嵐を酔い潰させた張本人である雛罌粟は、五十嵐に構う事無く、支部長と和やかに呑んでいる。五十嵐のことは拳王・ゴリラに任せ、高橋は一人、雛罌粟という危険人物を観察していた。

「はい、どうぞ」

 雛罌粟は、五十嵐に呑ませている時と違い、自分はお酌することに専念していた。しかも、その態度も随分と違う。五十嵐の時は、「おう、コラ。呑めよ」みたいな感じだったように見てとれたが、今は「はい、どうぞ」と両手で一升瓶を持ち、支部長のコップに注いでいる。無理に呑ませようとしていない。

「ややっ、どうもどうも」雛罌粟が現在悪酔いしていないので、結果、支部長は気持ちよくお酒を呑む事が出来ていた。コップに注がれた日本酒を一口呑み、すっかり暗くなったことで良く輝いて見えるようになった月を見上げた。「いや~いいね、高橋君。見てよほら、月の影がウサギに見えるよ」

 話を振られた高橋は、「くくっ」と一度笑うと、「俺らみたいなオッサンがな、そういう事言うと、そこの腐れナース曰く気持ち悪いらしいぞ」と忠告した。が、雛罌粟は平然と「いえ、全然」と否定した。

「高橋さんたちのようなオッサンならそうですが、支部長のように若々しい大人な男性は、情緒あふれる素敵な心の持ち主だなぁ、と受け入れられます」

「くくっ。おい腐れナース」と高橋は異議を唱えた。「お前の目にそいつがどう映ってっかは知らねぇが、俺と五十嵐とそいつ、ついでに神崎は同期で年も近い。みんなオッサンだぜ」

「関係ありません。ついでに言わせていただきますと、神崎さんが同様の事を言った場合もセーフですからね」

「何でだよ?」

「あの人は少し天然と言うか、おっちょこちょいな所ありますから、まだ可愛げあります」

「要はお前、俺と五十嵐が嫌いなんじゃねぇかよ」

「そうは言ってません!」

 雛罌粟が強く否定すると、その声に反応したように、離れた所から「差別だぞ、ぶちゃいく」と言う五十嵐の声が飛んできた。

 その時の雛罌粟の反応は、早かった。

 声の方向に寸分違わず、空になった一升瓶を投げた。拳王・ゴリラがそれをキャッチできたからいいようなものの、下手したら五十嵐は死にかけることになっただろう。



 宴もたけなわではございますが、あまり夜遅くに外での宴会は迷惑行為に該当しますし、死人も出そうでしたので、お開きにしましょう。

 五十嵐と、いつの間にか楸は酔い潰れていた。どちらも原因は雛罌粟にあるらしい。だから、後片付けは残りの者、高橋と拳王・ゴリラ、支部長、椿の四人で行う。榎は元気だが、酔っ払った雛罌粟が妨害行為に出ないよう相手をするという重役を任されていた。柊は、酔い潰れた二人の頭に石を乗せるなどのちょっかいを出しているから、いたずらが行き過ぎないように、カイは、柊の見張りを任されている。

 片付けが終わると、あとは現地解散することとなった。といっても、天使組は一度館の方に戻るらしい。だから、椿と榎とカイの三人がここで天使組と別れることになるので、二つのグループに分かれるようになるのだが。

 榎が、天使組の方に居た。

 榎は、柊に掴まっていた。柊は、榎の背後に立ち、榎の肩にもたれかかるように腕を回している。さっきまでと違い、抱きついているというよりは、負ぶさろうとしていると表現した方が近いかもしれない。

「おい、榎返せよ」椿は言った。

「や~だ」

 榎の肩越しに柊はそう言い、べーっと舌を出した。

 が、その後の高橋の説得で、柊は素直に榎返還に応じることとなった。

 それでは、と帰ろうとした時、最後に椿達は見た。酔い潰れた楸と五十嵐、つまり成人男性二人を両肩に軽々と担いで帰る 拳王・ゴリラの大きな背中を。

「ゴリラのおっさんも相当呑んでたよな」呆気にとられたカイは、誰にでもなく訊ねた。

「ああ。ケロッとしてる」椿は、応えた。「ロボットだからか?」

「そう言えば、高橋さんも全然顔色とか変わらないよね」榎が言った。

「ああ。ケロッとしてた」椿は、応えた。

「………………」

 椿とカイは、高橋というおとこがすごく遠く感じた。


宴会の場面は、リアリティを求め、作者にも酒が入った状態で書いています。アホな展開にも「そういうことか」とご理解ください。


椿と十六夜が読んでいるマンガやプレイしているゲームは、実在の物をイメージしながら書いています。もしかしたら「アレかな?」と心当たりがあるかもしれません。ですが、書きやすいからそうしただけであって、深い意味はありません。

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