5話 共犯
二色晴 169cm、童顔、色素が薄い虚ろな瞳
柊木晶 170cm、綺麗、澄んだ黒い瞳
他愛もない話をして過ごし、あっという間に一時間が過ぎた。五時間目終了のチャイムが鳴る。
「なんか......すごく悪いことしてる気分」
フェンスにもたれたまま、晴が言った。
「うん、サボりだもん。初サボりおめでとう♩」
晶が、にやっと悪い顔で言った。
「ありが...とう?」微妙な顔で微笑む。
「もっと、悪いことする?」
そう言った晶は、軽い気持ちだった。
何のアイデアも持ち合わせていない。
しかし、晴は好奇心が滲んだ目でじっと見た
「...何するの」
(かわいい....)
正直に白状すると、晴は可愛かった。
無垢で強くて脆くて全部柔そうで...かわいい。
「んー.....ちゅーする?」
思っていたことが声に出た、大した意図もなく。
晴が固まった。耳の先まで赤くなっていく。
「え.....」
口をぱくぱくさせて、目線が泳ぐ。
頭の良い晴の演算能力をもってしても、この状況の処理は追いつかないらしい。
可愛い...。もっと色んな顔が見たいと思った。
苦しい顔も、幸せそうな顔も...もっと全部見たい。
晴が、かろうじて声を絞り出す
「な、なんで.....?」
「悪いこと、したくない?」
そう言った後、顔が熱くなったが気にしなかった。
晴が目を伏せる、赤い耳が隠せていない。
「したこと......ないから」
「...じゃあ、やめた方がいいかな」
そう言うと、晴がぱっと顔を上げた。焦ったような目をして口を開く
「なんでそう思うの」
晴自身、自分が何を言っているのか分かっていない様子だった。傍から見ると、驚くほど必死だ。
なるほど...好奇心には抗えないというもの。
これまで甘い味を知らずに生きてきた真面目な晴にとっては、大人な行為に魅力を感じるのは当然かもしれないと思った。でも...
「初めては、好きな人とした方がいい気がする...誘っといて、なんだって感じだけど」
落ち着いた声で、淡々と説明した。
でも、得意の笑顔がいつもより少しだけぎこちない気がして、晴にバレないように俯いた。
「う....」晴は黙り込んだ。
さっきのが、告白ってことならいいのに。
?今、僕何を考えて...
でも、だってさっきのは、
───死を分かつ誓い
一瞬、プロポーズと言う言葉が頭を過ぎり、頭を振った。
風が吹いて、晴の柔らかい髪を撫でた。
好きな人。その言葉が胸の中でぐるぐると回っている。
ぽつりと、言葉にしてみる。
「僕は......晶さんのこと、好きだよ」
そう言って赤くなった。
「...それ、は、どういう好き」
晶は自分が動揺していることに、動揺している。
「わかんない.....ただ、ずっと」
ずっと。隣の席で笑う横顔を目で追っていた日々。
憧れだと思っていた感情の輪郭が、口にした途端急にぼやけてきた。
茶色い瞳がまっすぐ晶を捉える。
「でも.....嫌いじゃないのは確か」
「そう..俺も、晴くんのこと、気になってた。」
俯いて、指先でフェンスの金網をなぞる
「気になってた、って......いつから」
「前から、辛そうなの見てた。ごめん。けど、同じクラスになって隣の席で...いつも努力してる姿見て尊敬ってゆうか、
───かっこいいって思ったよ。」
指が止まった。
かっこいい。初めて言われた言葉だった。
「気持ち悪い」「死ね」「消えろ」
浴びせられ続けた言葉の中で、それは異質すぎた。
その言葉が、胸にきらきらと降り注ぐ。
「努力......してるように見えてた?」
「見えてた。見てたから。」
目頭が熱くなる。必死に堪えた
───見てたから。その一言が、どれほど晴を救ったか。誰にも気づかれていないと思っていた。気づかれたくなかった。でも、本当は
「うれしい」
今にも泣き出しそうな、絞り出すような声でそう言って、震える息で笑う。
(かわいい...)
晶は顔を背けた。頬の赤さを悟られたくなかったのだろう。
その仕草を見て小首を傾げる
「晶さん?」
取り繕って、ふざけて言う。
「授業サボって、付き合ってないやつとキスしちゃうの?晴くん不真面目になっちゃうね〜」
その声に、ふっと息が抜けた。晴は初めてする、悪戯っぽい笑みを見せた。
「不真面目......いいかも」
「お、いい顔。
──超悪いこと....しよっか」
少し身を乗り出して、そう言った。
晴も少し体を前に出す。
「超悪いこと...」
お互いに、近づく
黒い瞳に晴だけが映っている─淡い瞳に晶だけが映っている
二人の距離が縮まる、吐息が届くほどに。
「…ドキドキするね」
と、言ったのは晶だった。キスなんて何度もした事あるのに。
晴がこくりと頷いた。
心音が相手にも聞こえそうなくらい鳴っている。
もう少しで触れる距離
晴は目を閉じた
唇と唇が触れる。
ほんの一瞬。羽が落ちるより軽い接触だった。
目を開けると、まつげが濡れていた。
指で自分の唇に触れながら言う
「.....これが、悪いこと」
「そう、悪いこと...」
耳まで真っ赤にして、
「共犯だ」
そう言った晴の口元は笑っていた。
「うん、捕まるかもね」
くすっと笑い
「何罪?」
と首を傾げた。
その頬に晶の長い指が触れる。
びくっと肩が跳ねたが、受け入れた。
「...可愛すぎる罪」
そう言って、もう一度キスをする。
さっきより少しだけ長い。
晴は目を閉じ、されるがままにただ晶の温度を感じていた。
「.....晴」
その言葉で目を開けた。潤んだ瞳で晶を見上げる。
「晶....」
再び唇が近づいて、今度はどちらからともなく距離が消えた。
「...んぅ...」
「ん....」
ぎこちなく、探るように。けれど確かに互いを求めていた。
晴が、晶の制服の裾をきゅっと握る。まだ離れたくない、ずっとこうしていたいと言われているみたいで、嬉しかった。
唇がゆっくりと離れて、少しの沈黙。
六時間目開始の本鈴が遠い世界の出来事のように響いた。
「....もどる、?」と晶が尋ねた。
晴は握っていた裾を少し引っ張る。
「もうちょっとだけ」
「悪い子...っん」
今度は晴から唇を重ねた。不器用で、少し歯がぶつかった。
「....」
離れた後、恥ずかしさで顔を晶の肩に埋めた
耳が熟れたトマトのようだった。
しばらくそのまま
屋上で、二つの影がひとつになっている。
晴れているのは、この為かもしれない。
肩から顔を離して晴が言う
「......戻ろう。これ以上いたら、本当に帰れなくなる」
「...そうだね」
───
二人が屋上から降りると、廊下には人気がなかった。六時間目の授業中。静かな校舎に二人分の足音だけが響く。
重い足を進める度、あの教室が迫ってきた。
「...大丈夫?」と晶が尋ねる。
何が、とは聞かずに
「大丈夫」とだけ応えた。
教室の前に着いた。
ドアー枚隔てた向こうで英語の授業が進んでいる。
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