21話 彼氏
傷だらけの体でことん、と晶の肩に頭を預けた。
「...明日、学校どうしよう」
「親は...来ないかな?」
晴は首を横に振った。
「来ない。興味ないから」
「そう....興味ないのに、500点、暴力?努力も苦しみも知らずに...。───消えちゃえばいいのに」
晴は目を伏せた。
「....消えたら、500点取れって言われなくて済む」
「殺しちゃう?」
少しの沈黙。
「.....冗談だよね」
「晴が望むなら...?」
晴は、息を吐いた。
「望まない」はっきりした声だった。
「晶にそんなこと、させたくない」
「そっか」
晶は少しだけ残念そうな顔──すぐに笑顔に戻した。
が、それを見逃さなかった。
「なぁに?」と晶がはぐらかす。
じっと目を見た「本気だったでしょ」
「別に...」と晶は気まずそうに目を逸らした。
頬に手を添えて、こっちを向かせる。
「嘘、下手」
「はじめて言われた」
親指で頬を撫でる。
「僕にはわかる」
「...敵わないな〜」
そう言って晴の手に頬をすりすりした。あざとい....
雨音だけが部屋を満たしていた。時計は夜の十一時を回っている。二人で布団を敷き始める。
「明日も学校行こう。」
「晴が行くなら。」
洗い物もそのままに、風呂も入らず、寝落ちしてしまった。
───
朝六時。雨は上がっていた。
晴が先に起きていた。洗い物は片付いていて、風呂場から湯気が出ている。
「おはよう」
「はよう...え...昨日落ちてた...」
タオルを差し出す「お風呂、沸かした」
「わ、ありがとうっ」
湯船に浸かると、傷口にとても染みた。昨夜の噛み痕が全身で主張している。鏡を見れば、首から鎖骨、肩、あちこちに赤紫の花が咲いていた。
「うれしい...晴のもの....」
シャワーを浴びて傷が心みるのも構わず、晶はいつもより丁寧に体を洗った。
晴は、台所でトーストを焼いていた。
「制服、長袖ある?」
「うん、服少ないから、学校の服一応全部持ってきてる。
けど...隠さなきゃだめかな~、見せびらかしたいんだけど」
晴のバターを塗る手が止まる。
「だめ」
「なんで〜」
耳を赤くして「僕が恥ずかしい」
「かわいい。半袖で行く」
晴が、むすっとして言う「長袖」
「かわいい.....」
目を合わせない「置いていくよ」
「それはいやーっ」
結局、二人とも長袖を着て家を出ることになった。
───
通学路、隣を歩く。
校門が見えた。生徒たちがぞろぞろと吸い込まれていく
「今日もまたこんなゴミ溜に...」
下駄箱。晴の靴には画鋲が入っている。
黙って指先で摘み出し、ポケットにしまった。もう慣れた手つきだ。
「危ないから頂戴?」
「昨日散々噛み合ったのに?」
「俺以外に傷つけられるのは嫌なの!」
少し迷ってから渡した「気をつけて」
「うん」晶は、それを落し物箱に入れた。
廊下を並んで歩く。すれ違う生徒がちらちらと視線を投げた。
いじめの主犯格が、教室の入口に腕を組んで立っていた。
「よお、昨日はよくもやってくれたな」
「何その登場の仕方、うけるw」晶が笑う。
相手のこめかみに血管が浮いた「舐めてんのか」
「ぜーーーっったい舐めたくない!」
晶が笑顔でそう言うと、主犯が舌打ちをした。
取り巻きが五人ほど後ろに控えている。
「今日はお前の番だからな晶」
気持ち悪い笑顔で主犯が笑う。
晴は、すっと晶の横に立った。
「お前もだ、二色。昨日の借り返してやるよ」
「...晴にさわんな」
鼻で笑った「命令すんなよ」
そう言って主犯が晴に向かって手を伸ばす。
晶が相手の急所を蹴った「触んなっつっただろ!!!」
───「ぐあっー!」
膝を抱えてうずくまった。
取り巻き「お、おい!」
教室中の視線が集まる。
取り巻きが前に出ようとしたが、昨日晶が言った「失せろ」がまだ効いているのか、足が重い。
「なぁに?」と晶が微笑む。
殺意の覗く綺麗な笑顔に、取り巻きは立ち止まる。誰も助けなかった。主犯は、床に這いつくばったまま言う。
「てめぇ....先生に言うからな...」
「ガキかよ、ここの教師が助けるわけねぇだろ」
それは正論だった、残酷なほどに。
晴が口を開く「ありがとう」
瞬間、晶は晴の触られたところに抱きついた。
晴は受け止める。
「大丈夫?」
「大丈夫...晴がいれば。」
担任が遅れて入ってきた。床でうずくまる主犯には目もくれず、出欠を読み上げ始める。
それを見て晶は笑いが堪えられなかった「っぶw」
───
一時限目数学。
例の教師が仕掛けててきた。
「じゃあこの問題、二色ぃ!!」
絶対に解けない応用間題。大学レベルの微積分、この前より難易度が高い。教師は、ちらりと晶を見る。
「解けなかったら、隣も道連れなぁ!!」
「何にですか?」晶が冷静に尋ねる。
「掃除当番一週間、二人分だぁ!!」
軽い罰に聞こえるが、この教師の一週間は土日も含む。
「わ〜、厳しい」
と、晶はわざとらしく辛そうな演技をした。
でも内心、一緒なら掃除も悪くないと思っている。
「解きに行かなくても、大丈夫だよ。」
と晴に微笑む。それを見て、教師は眉をひそめた。
晴は静かに「ありがとう」と言って立ち上がった。
黒板の前に歩いていく背中は、いつもと違う。
「俺の彼氏...かっこよすぎ...」
と、晶は目を輝かせて言った。
チョークが走る音。教室が静まり返る。
晴は淡々と解いていく。全員の顔が青ざめる。
解けるはずのない問題を、晴は平然と解いた。けれど、いつもより少しだけ手元が震えていた。怒りか、それとも別の何かか。
「...正解だ」教師はいつもの元気を失って、絞り出すような声で言った。
晴が席に戻ると、晶が抱きしめる。
小声で晴が言う「彼氏って言った...」
「聞こえてた?」悪戯に微笑む。
晴の耳が真っ赤に染まっている。
クラス中がざわついていた。
「え、今の」「付き合ってんの」「マジ?」ひそひそ声が波紋のように広がる。
晶は、傷を見せつけたくなる衝動に駆られた。
(俺は晴のものだって自慢したい...)
……が、ぐっと堪えた。




