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パラレルシネマパラダイス  作者: 厚切りトマト
一章
7/18

7.道化師



 学院が休みの日、僕らは見世物小屋に来ていた。見世物小屋と言っても、首都ガーリアの大広場に雨除けの幕が数枚張られた小さな舞台だ。近くの宿を貸し切りにして滞在し、冬場の間だけ興行を行っているらしい。

 ちなみに、カリーナさんも誘ったけれど、彼女は試験の準備に忙しいとのことで、2人で来た。


「3000uかかなり高いな」

「物見代としては多分安いほうなんだろうけどね」


 僕らの周りには、雑多な、それこそ子供、主婦から果ては憲兵まで様々な幅の人で溢れていた。勿論、席は立ち見だ。劇場のような、豪奢な席があるわけも無く、観衆は前へ前へとぎゅうぎゅう詰めである。


「皆様!本日はようこそ!ラットマンのフリークスショーへ!!」


 どうやら、主催らしい、鼠のような髭を顔に描いた、小太りの男性が躍り出てきた。


「これから、お見せしますのは世にも奇妙な姿形をした者々。北に南へと私、ラットマンが探し出した奇想天外な存在たち。驚いて腰を抜かしてはなりませんぞ?そこの御婦人も、そこの坊っちゃんも、心の準備を為さいませ。おっと、憲兵殿は勢い余って、お縄を出さないで下されよ?見に来なさった盗っ人が逃げてしまわれますからな」


 ドッと笑いが起こる。これだけでも凄い。とんでもなく口の回る鼠さんだ。


「さてまずは当座の誇る2人の道化をご紹介いたします。熟練の技を見逃しなさるな、知ったるは道化のなんたるか、暁の道化師、シマトラ!」


 4つの玉を空中で回転させ、ゆっくりと舞台袖から道化師が現れる。よく見ると両手で手を振っている。

おかしい。両手は肩より上に上がったままだ。じゃあ玉はなんで回転し続けているんだ?

 よく見ると、高速で動く第三の手が懐から出ていた。腕が3つ?


「おりゃあ生まれつき腕が3本あるのさぁ!」

「さぁさぁ御覧なさい!シマトラの奇異の手を!」


 観客はその事実に驚きつつも、シマトラの第三の手が高速で動く様に歓声を上げた。やがて全ての手で玉をキャッチすると、一礼し脇に下がる。洗練された所作だった。道化師のお手本のような、コミカルで且つ、無駄が無い。彼が下がると、再びラットマンが口上を述べ始める。


「さぁ、続いては皆様お待ちかね。当座一番人気の道化師の登場です。心の準備はよろしいですかな?行きますよ?いいですか?」


 露骨な焦らしに、早くしろ!と野次が上がる。観客からは笑いも起こった。


「これは失礼。ではご紹介いたします。生まれは遠く白龍山脈の麓、その身に宿すは龍の権能。吐く息は氷雪の如し、人と龍との間に産まれた奇跡の子。白波の道化師、リュザン!」


 どこからとも無くドラムロールが響き、正面の幕が取り払われた。大きな玉に乗って現れたのは、龍だった。いや、人型で二足歩行しているのだから、人なのだろうが、顔つきはまさに蜥蜴のようで、瞳孔は縦に開き、胴体には鱗が生え、果ては尻尾が生えており、白色のその体表に、黄色と黒の道化服を纏っている。

 観客は驚き、その一挙一動に注目した。龍人は玉を器用に前に出すと、口を開き、空中に向かって吹雪を吐き出す。


「おぉー!すげぇな!」

「本当にドラゴニュートだ。初めて見た!」


 龍人道化リュザンはこの見世物小屋の目玉として有名だ。白龍山脈に住処を持つ彼らは故郷を守って一生を過ごすことに誇りを持っており、このように山脈の外で見ることは稀である。


「お初にお目にかかる。小生は雪原龍サルーマの末裔リュザンと申します。お集まりの皆々様方に楽しんで頂くよう龍心を砕いて誠心誠意尽くさせていただく所存であります!」


 盛大な拍手が起こる。観客の興奮の度合いも上がり、まさにお祭りのようだった。


「さぁ、それでは始まります。ラットマンのフリークスショー、開演です!」


 そこからは驚きの連続だった。人の背丈の2倍はある牛の魔獣が出て来て、それを乗り回すシマトラや、海に住まうと言われる半魚人。極彩色の鶏等、世にも奇妙な生き物に、歓声が沸く。


「おい、アルフ!最高だな!次から次へと、面白いものが目白押しだ!」

「分かったから!耳元で叫ぶのやめて!」


 エリクは興奮が抑えられないようで、はしゃいでいる。それは僕も同じで、奇妙なものたちの一挙一動を見逃すまいと、釘付けになっていた。


「続いては、獅子頭の男!レオパルド!」


 胴体は人なのに、頭だけ獅子の男。


「妖精の国からやってきた淑女!リーンライラ!」


 掌に収まるぐらいのサイズの小人。


「当代随一のパペット使い!バウゼン!」


 魔法のような糸捌きの名人技。


 全てが鮮烈で、輝きを放っている。


「これは、カリーナさんにも見せたかったね」

「今度誘ってみるさ、興味を示すかは別として」


 最後のフィナーレとして、出演者が並んで一礼すると万雷の拍手と大喝采が起こった。


「ありがとうごさいました!皆様に幸あれ!」


 ラットマンの一言で、お開きとなり、観衆は散り散りとなる。余韻を感じながら、僕らはその場に残っていた。


「はー。世界の広さを感じたよ」

「凄かったな。これは話題になるわけだ」

「それで?役に見合いそうな人はいた?」

「それを聞くか?取り敢えず声掛けてみようぜ」


 2人で舞台袖に近づくと、他にも残った客が何人か詰めかけているのが見えた。それを押し留めているのは、獅子頭の男、確か名前はレオパルドだったかな?


「下がれ!興行は終わりだ。この先は立ち入り禁止だ。おい、入ろうとするな!」


 レオパルドが一声吠えると、押しかけていた客が一歩下がる。強面だから効果は抜群だ。


「はいはいはい。皆さん下がって下がって、今日の興行は終わりですからね、次回また来てくださいねぇ」


 奥から、ラットマンが出て来て、客を追い払う。こういうのもオーナーの仕事の内なのかな。


「少し待つか」

「そうだね」


 しばらくして、周りに人気が無くなると、いつまでたっても帰らない2人を不審に思ったのか、ラットマンが近寄って来た。


「おや、どうしたのかな君たち。もう興行は終わりだよ。日が暮れる前に帰りなさい」

「すみません。ご迷惑は重々承知していますが、折りいってご相談がございまして」


 エリクが例の紳士モードになると、ただの子供では無いと思ったのか、ラットマンが向き直って、訝しげにこちらを見てきた。


「相談ね。暇なわけでは無いから、手短に頼むよ」

「ありがとうございます。実はですね……」


 僕らは簡潔に映画について説明する。慣れたもので、すらすらと話をすることが出来た。彼も最初はふんふんと聞いていたが、途中から目つきが鋭くなってきた。


「……と言うわけで、結果が出れば、幾分かお支払いしますので、道化師の方をお借りしたいと思うのですが」

「ダメだな」


 取り付く島もないとはこの事で、にべもなく断られた。僕もエリクも咄嗟に言葉が出ず、数瞬のち聞き返す。


「ダメ、ですか」

「当たり前だ。君達の話だが、言うなれば、新しい娯楽を作ると言いたいんだろう?つまり、私の商売敵になる。そんな話に乗るわけないだろうが」


 きっぱりとラットマンは言い切った。その言葉を聞いたエリクはショックを受けたような顔になり、俯くと声を絞り出す。


「そう……ですね。そうか、そうなるのか……すみませんでした。確かに僕らが間違っていました。あなたに話をすること自体おかしい話だ。失礼しました」

「エリク?いいの?他に当ても無いのに」

「良くはないが、しょうがないな」

「分かったら、さっさとここから出ていけ。いいか。もう来るんじゃないぞ」


 ラットマンはしっしっと手を振ると、レオパルドを引き連れて、立ち去っていった。

 俯いていたエリクは顔を上げると僕に頭を下げる。


「すまんアルフ。俺が甘かった」

「ううん。謝ることは無いよ。でもどうしたものかな」

「うーん。いっそのこと、俺らで演じるか?メイクさえすれば、それなりに見えるかもしれない」

「エリクはそれでいいの?」


 彼は目を瞑って、考えて、首を振った。


「……やっぱり本職の人にやって欲しい」

「そうだよね。僕もそう思う」

「よし、もう一度お願いしてみよう」


 そう決めて、彼らの定宿まで向かうことにする。まだ夕方で、買い物帰りの女性が歩いていたり、仕事帰りの男たちが酒場を目指して移動していたりで、人通りは疎らだが、まだある時間帯だ。その道をどう説得したものかと歩いていると、近くの路地裏から声がするのに気付いた。この声は……


「エリク」

「どうした?」

「こっち」


 人差し指を立てて、次に路地裏を指差し、2人で静かに近付く。


「……な今更辞めるなんて」

「なぁに言ってんだ。おめぇに教えるこたぁもう無いんだ。今やおめぇが看板張って成り立ってるだろうが」

「それ、ラットマンは知ってるんですか?」

「いや、あいつにゃ言ってねぇ。あれは強欲だからな、知られたらどうにかして逃さねぇとなるだろうよ。だからおめぇにだけ言ってんだ」

「……そう、ですか」


 そこにいたのは、龍人と3本腕の男。リュザンさんとシマトラさんだ。驚いたことに、シマトラさんがこの一座を去るという話に聞こえる。


「師匠は、これからどうやって生きていくんです?知ってますよ。ギャンブルにのめり込んでた事。蓄えは少ないんじゃないですか?」

「ふっふっふっ。おめぇも騙されてやがったな。ありゃあブラフよ。ちゃんと蓄えはあるし、当てもある」

「え、そうなんですか?てっきり、ギャンブルが生き甲斐なんだと……」

「賭け事なんざ、二の次よ。俺にゃあ大事なもんがあるからよ」


 シマトラの決意は固いと見たのか、リュザンは項垂れて、沈黙する。


「安心しろや。もうおめぇは立派な道化。師匠として胸張って引退できるってもんよ」

「そんな、まだまだですよ。外見で誤魔化せてるだけで……」

「ガワもおめぇの才能だろうがよ。忘れたか?道化の基本は」

「第一印象」

「そうだ。分かってんじゃねぇか」


 シマトラさんはリュザンさんの肩を両手で叩く。


「さてと、そろそろ退散するかな……おっと」


 シマトラさんは思い出したかのように、懐から紙片を取り出す。第三の手だ。


「これをあいつに渡しといてくれ」

「……分かりました」

「じゃあ達者でな」

「あの!」


 立ち去ろうとしたシマトラさんが振り返る。


「あんだよ?」

「……長い間ありがとうございました。師匠」


 頭を深く下げるリュザンさん。


「おうよ」


 照れ隠しなのか、すぐこちらに向き直り頬をかいていた。


「……と、まずい」


 シマトラさんが路地の出口に近付いて来た。僕らは慌てて、通行人のふりをする。

 出て来た彼に勘付かれるかと思ったが、何故か袖で顔を覆っていたので、気付かれずに済んだ。


「ふぅ。焦った」

「シマトラさん、辞めちゃうんだね」

「そうだな。ちょっと驚いたけど……なぁ、アルフ。これはチャンスじゃないか?」

「あれ?リュザンて人を勧誘する予定じゃなかったの?」

「その予定だったけど、気が変わった。一座を辞めたってんなら、ラットマンに気兼ねする事も無いしな」

「商売敵なのは、変わらないと思うけど……」

「細かいこと気にするなって。ほら、うだうだ言ってないで、追うぞ」


 僕らは、雑踏に紛れて歩き去って行く彼を慌てて追いかける。

 人混みが切れたあたりで声を掛けようと急いだが、中々追いつかない。それと言うのも、彼、異様に歩きが速い。まるで、追っ手を振り切るような動きだ。


「もしかして気付かれてる?」

「これじゃあ、見失うかもな」

「任せて、こういう時にぴったりの魔法がある」


 小さく詠唱して、手元に魔法陣を待機させる。


「ビーコン」


 目に見えない、極小の魔法の矢が放たれ、シマトラさんの外套の端に突き刺さる。


「それは?」

「マトリッツォさんに教えて貰ったんだ。追跡用の魔法だよ」

「あぁ、例のお願いの時か」

「そう。ハンターの狩りに同行できる機会なんて、早々無いからね。興味深い体験だった。エリクも来れば良かったのに」

「暇なら行ったけどな、カリーナちゃんが、な」


 気まずそうに、視線を逸らす。この段階でシマトラさんは見失ってしまった。


「えーと、こっちかな」


 ビーコンの矢が刺さっている対象は、方向が分かる仕様になっている。まさに、追跡するのに最適な魔法なのだ。

 再び歩きだそうとするが、エリクが立ち止まって空を眺めていた。


「どうしたの?」

「いや、なんかちらっと見えた気がしたんだが、気のせいかな」


 その様子に首を傾げる。僕も空を見上げるが、快晴の雲1つ無い空が通りの先に広がっているだけだ。


「何も見えないけど」

「……すまん。何でもない。行こう」


 そうして僕らはシマトラさんの後を追った。







 魔法の反応は郊外からさらに外へと向かっていた。   首都ガーリアには城壁が存在しない。開放型の都市であり、郊外に行けば行くほど建物はまばらになり、やがて農耕地が広がっていく。歩くこと1時間。シマトラさんの反応は、首都を見下ろすような丘を登っていた。あたりは農耕地も無くなり、草原が広がっている。


「これ、もしかして隣街まで行くとか無いよな」

「旅の荷物なんて持ってなかったと思うけどなぁ」

「まぁ、頑張って追いつけば関係無いか」

「そうだね」


 しばらく黙々と歩き続ける。道は緩やかな登りの傾斜で、振り返れば、ガーリアを見渡せるような高さまで登って来ていた。


「なぁ、アルフ」

「なにエリク」

「どんな場面を撮るか考えてるんだけどさ」

「うん」

「やっぱり重要なのは冒頭だと思うんだ」

「冒頭ね」

「なんかいい案無いか?」

「そうだなぁ……火の悪魔だから、怖さが欲しいかもね」

「喜劇なのにか?」

「火の悪魔は怖い怖い悪魔だけど、実はそうじゃないんだよ。て演出したいんだよね?」

「まぁそうだな」

「だからさ、まず怖がらせて、ひっくり返す。火の悪魔への常識を逆手に取るのはどうかな」

「なるほど?」

「そうだなぁ例えば……」


 足元を見る。一歩ごとに影が揺れ動く。


「影絵」


 そう言って、頭に指を当てると影に角が生える。


「影か。面白いな」

「エリクは何かないの?」

「俺?」

「やりたい演出」

「うーん」


 エリクは思案するように腕を組んで考えている。軽い掛け合いからいいアイデアが浮かぶ事もある、僕らの会話はお互いの引き出しを開ける作業だ。

 その間も、僕らは足を進めていた。晴れ渡った空に一筋の雲が浮かんでいる。故事ではこういった雲を神の垂れ糸と言う。吉兆であり、天の思し召しだ。


「ダンス」

「え、音が無いのに?」

「音はいらない。動きで見せる。言うなれば……火惑の躍り、というのはどうだ?」

「おー、面白そう」

「まぁ、それもこれも、主演が決まらないとな」

「ますますシマトラさんにお願いしたくなったね」

「絶対首を縦に振って貰わなきゃな」


 そう言っていると、道の先に人影が見えてきた。黒の外套。シマトラさんに違いない。


「あ、あれそうじゃない?おーい!」

「まて、アルフ」


 声を掛けようとしたら、エリクに遮られた。


「丘の上見てみろ」


 彼が指差す先には一軒の家屋があった。こじんまりとした白塗りの家だ。よく見れば、家の軒先にキャンバスだろうか、板みたいな物を立てて、絵を描いている女性が見える。

 シマトラさんが勢い良く手を振った。女性は気付いたようで、跳ねるように立ち上がると、シマトラさんに向かって駆け出していく。シマトラさんが両手を広げると彼女はその胸の中に飛び込んでいった。2人は抱擁し……


「……よし、出直すか」

「そうだね。どうやら今じゃ無かったみたい」


 熱い口づけを交わす2人を残して、僕らは来た道を引き返す事にした。折角登ってきた道だが、あの空間をぶち壊すような真似は出来ない。

 吉兆の示しは、どうやら僕らに出たものでは無かったようだ。


 


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