6.火の悪魔
冬になった。この時期は学年の昇級試験が有り何かと忙しい。試験は厳しく、落第すれば即退学となる。何と言っても、僕らは1年生。初めての試験だ。クラス全体がピリついていて、少し窮屈に感じる。
「なぁ、アルフ。なんでこんなに皆ピリピリしてるんだ?」
いや、1人だけ呑気な奴がいた。勿論エリクである。
「何故って、学年昇級試験までもう10日だよ?それはしょうがないんじゃないかな」
「なるほど、試験か。そういえばそんなのもあったな」
「エリクは大丈夫なの?勉強してるところ見たこと無いけど」
「んーまぁ。なんとかなる、はず」
「はず、って……こればっかりはカリーナさんだって助けてくれないよ?」
「依怙贔屓してもらおうなんて思ってないさ。自信はある」
その自信の出所を知りたいところだが、エリクはそれきり手元に置いた冊子に目を落としてしまう。そこにはフリークスショーの文字と奇妙な格好の演者の絵が書かれた小冊子だ。
「それで?目ぼしい役者はいたの?」
撮る予定を立てたはいいが、肝心の役者とストーリーを決める段階で行き詰まっていた。フィルムは小遣い稼ぎを繰り返してなんとか20分程度の長さを用意。勿論、これだけ貯める為にかなり無理をして危険なお願いもこなした。それだけに失敗できない。ゲンナーには協力してくれている見返りを何も渡せていないし、B-1カメラの原材料代も借りている状態だ。ちなみにB−1というのが例の試作カメラの型式になる。将来量産することを見越して、型式は絶対必要だというのがエリクの意見だった。
「どうだろうな。正直絵を見ただけじゃ判断できん」
「やっぱり見学に行きたいよね」
「冬から春の間は王都に滞在するらしいから、一度見に行こう。素晴らしい演者が素晴らしい役者であることは多々あるが、路傍の演者が素晴らしい役者だったということもある。つまり見てみないと分からない」
「評判はあくまで評判てことだね」
「それに、見世物小屋からしたら、商売敵になりかねないしな、そこらへん上手くやりたいとこだが」
「お前らよ、試験前なのに余裕そうじゃねぇか」
突然、後ろから声を掛けられた。振り返ると、同じクラスのマイナスとその取り巻きが並んで立っていた。マイナスはクラスの取り纏め役みたいなポジションにいて、幅を効かせているのは僕もよく知っている。
「学科首席殿は分かるがよ、エリク、お前諦めてんだろ昇級」
「いや?春も君たちとともに学び舎にいることを思い浮かべているが?」
「じゃあこれはなんだよ。気味の悪い絵本なんか開いて」
マイナスは小冊子を取り上げると、クラス中に見えるように掲げ上げた。
「困るんだよな。名誉の学院にお前みたいなのがいると」
「俺みたいなの?」
エリクが疑問を口に出すと、彼は周囲の取り巻きとニヤニヤと笑い合った。
「分からないか?やる気の無い落ちこぼれ、だよ」
「落ちこぼれ?俺が?」
「そうだよ。聞いたぞ?何でも単位落として補習になったそうじゃないか」
「あー確かに、それは事実だな」
「やっぱりな!だからよ、そんな落ちこぼれであるお前がいるとクラスのやる気が削がれちまうんだわ」
「んーまぁ、俺も悪いとこはあったか、それはすまなかった」
「分かればいいんだよ、分かれば。じゃあ出てけ」
「ん?」
「今すぐ出ていけ」
「それは困るな。まだ授業が残ってるしな」
「なんだと?クラスの決定に従わないのか?」
その段階で僕はクラスを見回した。大半の生徒が我関せず、興味のある数人がこちらを注視しているぐらいだ。明らかに、マイナスは独断で退去を宣言している。
「クラスが決めたとしても俺は授業を受ける権利がある、同時に義務もある。確かに普段不真面目に見えるかもしれないが、俺は俺なりに授業を楽しんでいる」
エリクがキッパリ断ると、マイナスは顔を赤くして距離を詰めてきた。
「この野郎。よく口の回る奴だなお前、体に教えてやるよ。この俺を怒らせたらどうなるか!」
胸ぐらを掴んでこようとしたその瞬間。
「よっ、ほっ」
マイナスが1回転した。
「え、なんで?」
僕は思わず声を出してしまった。落ち着いて状況を整理しよう。エリクはマイナスの胸ぐらを掴んだまま立っており、マイナスは床に反転して倒れている。エリクが彼を投げ飛ばしたのは明白だ。しかし、手段が分からない、こんな技見たこと無い。
「これでも元黒帯だから、舐めないほうがいいぜ」
制服の襟元を正しながら、エリクが言い放つ。
「こ、のやろう、今、何を!」
ふらつきながらも立ち上がり、マイナスが構えを取ろうとしたその足を、エリクが払う。再び、床に転がるマイナス。
「あ、がっ」
「やめとけ、体幹がぶれぶれだ。お前じゃ逆立ちしても俺を押し倒すことは出来ない」
「こ、の!おい!囲んでやっちまえ!」
「あ、やべ」
この後は乱戦だった。大立ち回りで途中まで善戦したが、5人は流石に無理だったのか、エリクはボコボコに殴られてクラスの外に放り投げられた。
僕はどうしたかって?勿論、静観を決め込んだ。争い事は専門じゃない。暴力ダメ絶対。
「いてて……」
授業も終わり、僕らは談話室に退避していた。散々殴られたエリクは、しかし、けろっとした様子で授業を受け、終わり次第さっさっとここまで逃げてきた。なのに、今は腕を回して怪我を確認してる。
「あれ、さっきは平気そうだったのに」
「実は頭部と胴体は大丈夫なんだけど、手足は保険が効かないんだよ」
「あー、例のあれ?」
「そうだ、例のあれだ」
エリクが言ってるのは、この前見たあの不思議な技のことだろう。そういう派生もあるってことかな。取っ組み合いになる前に使っていた様子は無いから、もしかしたら常に使い続けている?だとしたら、とんでもない練度だ。
「でも、意外だね」
「ん?」
「エリクって、こういう事もっと上手く躱したり、跳ね返すもんだと思ってた」
僕の予想だと、1回技を掛けた段階でさっさと逃げるものだと思っていた。
「普段ならな。今回は少し興味が湧いてな」
「喧嘩の作法とかに?」
「違う違う。マイナスだよ。あれだけ悪役を自然に出来る奴も珍しいと思ってさ」
「え、それだけの為に?」
「そうさ、それだけの為に、だ。ここで反撃して全員やっちまったら、あいつと俺は一生交わらないだろうと思ってな。今んとこお互い一本ずつ、イーブンだろ」
「でも、クラス内では喧嘩に負けた奴って評価がずっと付きまとうことになるんだよ?もしかしたらいじめられちゃうかも」
するとエリクは、体をソファに投げ出すと、足を組んでこちらを見た。
「よし、アルフに1つ質問をしよう」
「いいよ、聞こうか」
僕も向き直る。
「いじめはなんで起こると思う?」
「……序列を決めて、自分を優位な側に置いておきたいから」
「なるほど、生物の本能だな」
「自分を大きく見せるのは人間としては当たり前だし、弱者を定義して……そうか、そう考えるといじめは必要悪なのかな、権力者が力を見せるように、将来その立場に相応しい人間を選別する為に」
「勘違いするなよアルフ。いじめは悪だ、それは未来永劫変わらない。能力を示すなら、与えられた枠組みの中で示すべきだし、その方法は本当の非凡な才能を取り逃すことになる」
「ふむ、エリクの考え方は……」
「だから、もっと手前で手を打つ」
僕の言葉は遮られた。
「……手前というのは?」
「どうして序列争いをするのか、どうして優位を取らなければいけないのか」
一拍置くと、組んでいた足を下ろして、僕に向き直った。
「退屈だからだ」
「退屈」
「そうだ、敵が目の前にいたら、争ってる場合じゃないし、試験が始まったら、喧嘩なんて出来ない」
「それは、でも一理あるとは思うけど、退屈は皆等しく訪れるものでしょう?」
「そうだ。だから、作る」
エリクの目に炎が見えた。意志の炎だ。あの夜、スピリットに襲われながらも彼の見せた輝きがそこにあった。
「夢中になって、それ以外目につかなるなるような、いじめなんてしている場合じゃないと思わせるような。夢の映画を作る」
「なんか思ってたよりも、大きな話になる気がしてきたな」
「当たり前だ。人生を全て使っても終わるかどうかの大仕事だ。頼りにしてるからな相棒。俺たちで世界を変えるとまでは言わないが、いろんな在り方を示すことは出来るはずだ。……で、話は変わるがよ、お前俺のこと見捨てたよな?」
「はて、なんのことだか……」
「誤魔化すなよ。あーあ、信じてたのになぁ。もっと正義感で助太刀!みたいなタイプだと思ってたけのに」
「うーん。それこそエリクは勘違いしてるみたいだけど、僕は自分が一番可愛いタイプだからね」
「なんだ、ただの臆病者か」
「あ、今の悪口、頭にきたな」
カチンと来た。この後、2人で取っ組み合いが始まった事は予想に難しくないだろう。結果は敢えて言わないが、これは、僕の人生で初めての喧嘩だった。
「揉めてるって聞いたから見に来てみれば、あなたたち何してるのよ」
しばらく後、随分くたびれた僕たちは、カリーナさんの説教を聞きながら、床に仰向けに伸びていた。
「昇格試験も間近なこの時期に随分余裕ね」
「それはもういいから……」
「うぅ、さっき打った頭が痛い……」
「そう言えば、カメラ?だっけ。見に行ったんでしょう?どうだったの?」
「うーん、まぁ概ね良好」
「若干の問題点は有りです」
「なにそれ、変な言い回しね」
僕らはカリーナさんに、B-1カメラの進捗を語って聞かせた。機構自体に問題は無いが、フィルムの完成度に問題が有る。
「なるほど、スリンガーフロッグの卵、考えたわね。そのゲンナーさん?て人は機転が利くタイプね」
「だが、この先、卵フィルムじゃいつまでたっても未完成てやつだ」
「新しい素材が見つかるといいんだけど……」
まず、16コマで初作品を撮る。それは決まっていた。エリク的にも、喜劇映画は撮ってみる価値のあるもので、世間に映画とは何かを知らしめるにはベストな選択らしい。
「もしかしたら、何とかなるかも知れないわ」
カリーナさんの言葉にエリクが跳ね起きた。
「本当か!」
「えぇ、知り合いに魔石の研究してる人がいるんだけど、最近新しい発見があったらしいのよ」
「新しい発見?」
「なんでも、魔石の形を変えるとかなんとか」
「魔石の形を?ちょっと想像できないですけど。出来るならば凄いですね」
「そうか!魔石自体に手を加えるのか!それは思いつかなかった!」
「ただ……かなり忙しいらしくてね。もし興味あるなら、それとなく連絡取ってみるけど」
「是非お願いします!」
「頼む!」
「え、えぇ。レスポンス遅い人だから、半年ぐらいは時間かかるかもだけど」
食い気味で返答したら、カリーナさんが引いていた。僕らは一縷の望みをかけてカリーナさんに繋ぎをお願いした。むしろ、半年ぐらいが丁度良い。その間に初映画を撮ることができる。
「よしよし、後顧の憂いは断った。まずは喜劇だ」
「役者は今度見に行くとして、問題は内容だよね」
「おほん。それについて早速で悪いが、1つ提案がある」
エリクは勿体ぶった様子で鞄を漁り始めた。
「おお、きたきた!いつものやつ」
「私も聞きたいわ」
彼は鞄から数冊の本を取り出してきた。題名には寓話集とある。他にも童話や神話、伝記等いくつかのジャンルの本があった。どれも有名なものばかりだ。
「最初の映画は、観る人が馴染みのあるものにしようと思うんだ。映画という娯楽に忌避感を与えないよう、馴染みのあるキャラクターを使って親しみやすくしたい」
「なるほどね。いい案だわ。それなら年齢を問わず宣伝しやすいし、口伝てに説明しやすいわね」
「長さも10〜20分で丁度いいかもね」
「で、お勧めの物語があったら教えて欲しい。実はあまりこういった方面に知識が無い」
それから僕らは小一時間案を出し合った。幼子が迷子になる童話や、砂漠の神様の話、建国の英雄譚等いくつか出たが、どれも喜劇とするには無理のあるものばかりだった。
「難しいものね。テーマを決めるのって」
「インスピレーションの元になるものだからな。ここがつまらないと結局本編も駄作になる」
「映像の初観せなんだから、ある程度観れるものであればいいんじゃないのかしら?」
「そうですね、どんなものであれ、興味は引けそうな気はする」
「……俺は嫌だね。世界最初の映画が子供の遊びだと思われたまま歴史に残るのは」
「歴史に残る……」
成功すれば、確かにそうなるのかもしれない。僕は暖炉の炎を見つめながら、過去の人たちもそう思って努力を重ねたのかと思案する。例えばこの火の魔法を人類に授けたと云われる火の悪魔。彼は火事を起こさせて、混沌を生み出そうとしたと伝えられているが、本当にそうだったのだろうか。実際に火の魔法で人々は豊かになった。物語では付け火を唆す悪魔の誘惑に打ち勝った人々の勝利が語られているが、そうではなかったとしたら。悪魔は最初から火の魔法を人類に渡す為に現れて、誤解され、迫害されたのだとしたら。
「火納祭て秋口だったよね」
「間違ってはないぞ、夏の終わりぐらいに学院にも手伝いの依頼が来るしな。突然、どうした?」
火納祭は首都ガーリアで行われる大祭で、人類が火の悪魔に打ち勝ち、火の魔法を手に入れたことを祝う祭りだ。毎年、学院に手伝いのお願いが回ってくる。というのも、街中にある魔導灯を学院生が点け直すという行事があり、その際に住人から感謝の品を貰うというのが通例行事になっている。
「火の悪魔はどうかな?」
「……それは、いや、待てよ……」
「火の悪魔って、悪役じゃないかしら?」
「でも、道化としてなら面白そうじゃないかなと思うんですよ」
カリーナさんは否定的だったが、僕はかなり面白くなる気がしていた。
「……アルフ。名案かもしれない」
エリクもこの面白さに気付いた。
「火の悪魔のキャラクター性を変えていいと思うんだ」
僕の発言に、エリクが頷きながら、指差す。
「そう、それだ。失敗ばかりのダメ悪魔。人が好きなのに上手く接することが出来ない」
「人に火の魔法を教えて戯けて見せるが、火事ばかり起こすので嫌われている」
「火事か、いいな。つまり火の悪魔への誤解」
「でも、最後は嫌われたまま終わっちゃうわよ?その流れだと」
「いいんだ。短編だし、最後まで描く必要は無い。だが、そうなると、テロップで説明が必要になってくるか」
「テロップ?」
「いや、こっちの話だ。多分どうにかなる」
「よく分からないけど、撮る物は決まったのね?」
エリクは確認するように僕を見た。すぐに頷いてみせる。
「じゃあ決まりだ」
火の悪魔は寂しがり屋
僕らの初映画の題名が決まった。




