5.アクション!
「よりによって、学院に引き連れて来るとは……」
隣でエリクが呆れていた。
「なんでそんな冷静なの!このままじゃフィズ先生が!」
「そうだな、ちょっと近すぎるから、こっちに注意を引こう」
タイトロールは頭部から背中にかけて生えた触手が特徴的なタイ・オー山に住まうトロールの一種だ。
温厚な性格で、草食だと教科書には記載されていたけれど……
ヴォオオァオ
明らかに怒り狂っている。
「フレイムスロー」
エリクが放った火球はタイトロールの足元で炸裂した。小さな炸裂音がして、フィズ先生を追うことに夢中だったタイトロールがこちらを振り向く。
「アルフ。ラウンドピットは使えるか」
「一応できるけど」
「俺が注意を引いとくから、目の前に頼む」
そう言うと、フレイムスローを連発して、タイトロールをこちらに釘付けにする。
タイトロールは鬱陶しそうに火球を振り払いながらこちらに近づいて来た。あまり時間が無い。短縮詠唱で小さめの穴を穿つ。
ラウンドピット!
「出来たよ!」
「よし逃げるぞ!」
僕らは一目散に逃げ出した。タイトロールは全力で追いかけてくる。
「ちょっと待って!こっちは森の方だよ!」
「いいんだ!スモーク!」
僕がピットを穿った真上、煙の魔法によりタイトロールの視界が塞がれ、前後不覚に陥る。
そうなると、地面に空いた穴に面白いように嵌り、タイトロールは盛大に転んだ。棍棒が飛んでいく。
「やった!」
「よし。これであいつは俺らを追ってくるだろう」
エリクの言う通り、立ち上がったタイトロールは怒りの矛先をこっちに変えたように突進を開始する。
ヴォオオァ!
「まずい!」
「飛べ!」
二人して転がるように土柵の向こうへと退避した。真横では柵にぶつかるタイトロール。急いで立ち上がると、そのまま森の奥へ再び走り出す。
「ねぇ、エリク!これどうするの!僕らの魔法なんかじゃ足止めにもならないよ!」
「まぁ任せとけ!」
背後から荒い鼻息が聞こえてくる。森の倒木や窪みを使って巧みに逃げるが、着実に追いつかれつつあった。
「危ない!」
間一髪、タイトロールの腕を掻い潜って、獣道へと転がり出る。
ここまで来ると、森の木々で視界が塞がれ、学院側からは何が起こっているかも分からないだろう。つまり援護も期待出来ない。タイトロールは目の前、どうにかして、気を散らそうと僕は火球を連発するが、所詮子供の魔法。全て弾かれた。
絶対絶命だ。こんなことなら、もっと攻性魔法を覚えておくんだった。
後悔先に立たずとはこの事。
そうか……僕はここで死ぬんだ。
自責の念に駆られていたその時、
「ここまで来れば大丈夫か……」
エリクの小さな呟きが聞こえた。
其は穿つ者
彼の名を奪い
此方に記し
詠唱。聞いたこともない言語だ。古代語?龍言?いや、それとも違う未知の言語。
唱えるエリクの周囲に5つの魔法陣が出現する。とてつもない魔力量だった。あまりの魔力に周囲の景色が歪んで見える。なんだ、この圧迫感……
終局と成せ
郭瀬の矢
彼が短く呟いたその瞬間、目視することさえ叶わない何かが放たれた。一瞬だった。5つはそれぞれ胸と四肢に着弾し、肉を穿つと、鮮血が飛び散る。
しばらく痙攣した後、タイトロールは倒れ伏した。
静寂の後、エリクはゆっくり近づき、タイトロールの様子を確認している。僕はびくびくしながらそれを眺めていた。
「安心しろ、命までは取ってない。四肢が再生したら勝手に山に帰るだろ」
それだけ言うと、こちらを見て、苦笑する。
「なんだよ、アルフ。尻餅ついて。情けないぜ」
「な、な、い、今」
「まぁ、驚くよな」
エリクは僕に手を差し出した。その手も取れずに呆気に取られていると、バツが悪そうに頭を掻く。
「見せるつもりは無かったんだけど、出来れば秘密にしてくれ、あまり目立ちたくないんだ」
「……あ、あぁ。分かった。でも今のは一体……」
僕は立ち上がると、埃を払うのも忘れてエリクに詰め寄る。
「み、見たことも聞いたこともない魔法だ。それに詠唱言語!」
「あーまぁ、なんだ。故郷の魔法なんだよ」
エリクはそれだけ言うと、そそくさと学院へと歩き出す。
どうやら、あまり話したくないことのようだった。
フィズ先生はメリダ教授や他の教員を引き連れて、外縁に戻ってきたようだ。全員フル装備。クロスボウや盾を装備した人も見受けられる。
「あなたたち!」
森から出てきた僕らを見つけると、メリダ教授が慌てた様子で駆け寄って来た。
「無事なのね?」
彼女に全身をぺたぺた触られる。
「ええ、大丈夫ですよ」
「本当に。ああ、良かった……」
周りの教員たちも安堵したように息を吐いた。
「それで、タイトロールはどうしたのかしら」
「見失いました」
「どういうこと?」
「さぁ、自分たちにも何が何だか」
エリクは早口で、森に逃げ込んだ後、がむしゃらに逃げたら、いつの間にか、消えていたと答える。
「追いつかれそうになった時には、どうしようかと思いましたよ」
「それは……運が良かったわね。一流の魔法使いでも無傷とはいかない相手よ」
「そうなんですね」
エリクは飄々としていた。あれだけの力を持っていながら、何故隠すのかは僕には分からなかったが、彼にとっては大事なことなんだろう。だから、僕も口を噤む。
いつか話してくれる時が来るだろう。
そう願っている。
「やぁやぁ君たち!無事で良かったよ!」
フィズ先生だった。満面の笑みで僕の肩を叩いてくる。
「タイトロールから逃げおおせるとは凄いじゃないか。お陰で、プロミネンスの蜜は無事届けられたよ」
「こいつ……」
まずい、このままじゃエリクがフィズ先生を殴りそうだ。
「あの!ここらで失礼しますね!」
僕は慌てて、エリクの背中を押すと、急いでその場を後にする。
「あ、あぁ……」
その場にはぽかんとした、フィズ先生だけが残された。
7日がたった。その間、研究室に籠もったカリーナさんに代わって、いくつかの依頼をこなすことになった。広間の大鏡を磨き上げたり。用水路の詰まり抜きをしたり。来賓の案内をしたり。
「研究助手というかただの小間使いじゃないか?」
「同じ事思ってた」
まぁ、手間賃はちゃんと出してくれたので、文句は無いし、色んな人と知り合いになった。それは収穫かもしれない。
そんなある日、連絡が来た。魔法が完成したらしい。
研究室に呼び出された僕らは機嫌の良いカリーナさんから紙束を渡されたる。
「はい。これが仕様書」
渡された資料によれば、手元にある魔石に持続的に記録を上書き出来るよう改良が施されていた。
「凄い。要求通りのスペックだ!」
「消費魔力は上がったけど、記録容量に誤差は無いわついでにメモリーアウトの持続型も作っておいたわよ」
「ほえー流石天才魔法使い。頼んでみるもんだな」
天才と言われ、カリーナさんは鼻高々だ。
「それで?この魔法を何に使うのかしら?」
「あーその前にさ……」
エリクは言いにくそうに、口籠る。
「何かしら?」
「開発して貰って悪いんだけど、この魔法の名前を決めさせて貰いたいんだ」
通常、魔法は開発した人間が発動キーを設定するのが決まりだ。実際、発動キー自体は詠唱が合っていれば、何でも発動するのだ。しかし、開発者に敬意を表すために、開発者が設定したものを使うのがマナーになっている。
「うーん。まぁ簡単な改良だったし、何に使うのか教えてくれたら、譲ってあげてもいいわよ」
「ありがとうカリーナちゃん。そうしたら……」
エリクは筆を取ると、仕様書の表紙にすらすらと字を書く。
「この魔法の名前は アクト だ」
「アクト、ね。まぁいいんじゃない?」
「そんでもって発動キーは アクション 」
「ふむふむ。でもまたなんでこの言葉に?」
すると、エリクは珍しく恥ずかしそうにぼそっと答えた。
「あーまぁ、その、なんだ、様式美というか……」
映画の神様に嫌われたくないからな。彼はそう言って笑った。
「へぇー。面白いこと考えてるじゃない」
カリーナさんは僕たちの事業?に興味を示してきた。
場所は校内の談話室。授業も終わり、蜂蜜入りのハーブティーを味わいながら皆寛いでいる。
「問題は山積みだけどな」
「いいじゃない。挑戦てのはね、1つ1つ考えて、克服していく過程が楽しいのよ」
「流石歳上のお姉様、一言ある。差し当たっては、カメラ機構をどうするか……だな」
カリーナさんが一言余計だと、エリクの頬を抓っている。
「ねぇ、エリク。ゲンナーのところに顔出そうよ。任せっぱなしも悪いしさ」
「そうだな。それじゃあ、明日の夕方、訪ねてみるか」
「うん。賛成」
「ふふ。あなたたちいいコンビなのね」
カリーナさんは微笑ましいものを見るような目でこちらを見ていた。まさに包容力のある大人の女性だ。
うーん。そうだな、頼んでみようかな。
「あの……カリーナさんに1つお願いがあって」
「お願い?何かしら」
「その……僕たち学生で、それで、エリクも実家が裕福なわけじゃないらしいし……正直に言うと資金が足りなくて……」
「ははーん、なるほどね」
「そうだな。アルフの言う通り、かなり困ってる」
だが、カリーナさんは困り顔だ。
「うーん……私もそこまで稼いでるわけじゃないからなぁ」
それもそうか、あくまでも彼女は教員助手だ。
「でも、名義ぐらいは貸してあげる」
「名義か、それは助かるな」
僕らは未成人で、事業の立ち上げはできない。流石にゲンナーにそこまで助力を乞うのは違う気がしていた。
「でも……そうだな。だったらさ、カリーナちゃん仲間になる?」
「仲間?」
「同志とも言う」
「正直、俺とアルフだけじゃ難しいなと、思ってたんだ。役割は沢山あるよ。人手はいくらでも欲しいし」
「ふむ……乗ったわ」
「判断早っ」
驚く僕らに、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「だって面白そうじゃない。常々思ってたのよ。物語を読みながらね、この話私ならもっと面白くできるのに、とか、なんで主人公ばかり優遇されるの?とか。頭の中にイメージが膨らむと止まらなくなって、友人には妄想癖とか言われたけど」
「なるほど、素質有りだな」
エリクと僕は互いに頷く。
「私も教員である以上そんなに頻繁に手伝えないと思うけど」
「それでもいいよ」
「なら、参加で」
「よろしくね」
そうして、カリーナさんの加入が決まった。
翌日。2人で工房を訪れた。と言っても僕は実家なので、家の前で落ち合って、ゲンナーに会いに行くだけだけど。
「ちょくちょく進捗は聞いてたけど、どうも回転機構に手間取ってたみたい」
「動力自体は手回しで妥協したんだよな?」
「いや、問題はそこじゃなくてね」
「お、やっと来たね」
工房の片隅で作業していたゲンナーが片手を上げて声を掛けてきた。目の前には2つの装置が置かれている。
「ご無沙汰してます」
「こちらこそ。来てもらって悪いけど、まだ完成には程遠くてね。ちょっと意見が欲しくて」
そう言うと、目の前の装置の説明に入る。
「試作したのは2つ。まず、これ」
ゲンナーが縦に長く伸びた溝が掘られた丸太を叩く。中程に4脚の装置が通されており、そこに魔法陣発生用の起点が用意されていた。
「この芯棒にはネジが切ってあって、下のハンドルを回すと芯棒が上下に動くことで描写が変わる仕様になってる。芯棒にはネジの隙間に魔石帯をセットできる」
「魔石帯?」
エリクの疑問にゲンナーが差し出したのは、帯状のベルトのようなものだった。よく見れば、節目に半球状の卵のようなものが有り、中に魔石が確認できる。
「スリンガーフロッグの卵だよ。中身を抜いて乾燥させると丈夫になるんだ」
「へー考えたね」
スリンガーフロッグは比較的狩りやすいらしく、その卵は食用として一般の家庭でもお馴染みの食材だ。しかも、中身を抜いた卵帯は捨てられるから、安価で手に入るし、一石二鳥の素材だ。
「ただデメリットが大きい。まず、装置自体が大きく、持ち運びには向かない。それと、秒間24回使用は不可能に近い」
「常設したら、動かせないわけだね」
「それとある程度の高さが無いとダメだし、秒間14回、5分程度しか尺が無い。ただし、非常に安価で作れる」
「5分か、宣伝用としてなら使えそうだな」
「まぁ、こいつはあくまで前座だ。さて本題といこう……」
ゲンナーは幕のかかった装置を僕らの前に持ってきた。
「こいつが、エリク君原案の試作B型だ」
幕が取り払われると、人の胴体程度の大きさの装置が現れる。上下に先ほどの卵帯が巻いた状態で設置されており、ハンドルにより、巻き出し、巻き取りができる仕組みのようだ。中央には筒状になった起点と何かの機構が付いている。それを見て、エリクが大きな声を上げた。
「これだよ!これ!凄いよゲンナーさん!完璧なカメラだ!」
「その反応を待ってたよ。要望通り、ライトの魔具も付いているから、投射も出来るし、先ほどのと違って、持ち運びも可能だ。だが、問題もある」
ゲンナーはハンドルを持つと回し始めた。装置はカシャカシャと音を立て高速で回転する。
「こいつも秒間24回には届かなかった。どうしても卵殻同士の接触によって回転が制限さてしまって、精々16回てとこかな、時間自体は20分くらいの量が撮れる」
「なるほど、やはり問題はフィルムか」
「あと、非常に高価にならざる得ない」
「そうなの?さっきのほうが大きさ的には高そうなのに」
「素材がな、試作A型は大半が木製で済んだが、こいつは回転機構に鉄を使う」
「単純に分業しないと作れないわけか」
「その通り。B型はA型の4倍程度の値段になるよ」
その後、僕らは試作品の改良案を出し合った。一番の問題点はやはり、フィルム。これはエリクの命名だが、代わりの素材を各々探すことになる。それとは別にどうしても聞いておかなければならない事があった。
「ねぇ。どうしても24回の使用が必要なの?」
僕はずっと疑問だった。エリクの言う24と言う数字には確信があるのかどうか。
「うーん、そうだな、せっかくだから試してみようか」
エリクの提案で、試し撮りをすることになった。装置を裏庭に持ち出し、フィルムをセットする。僕は言われた通りにハンドルを回しながら、アクトの魔法を使用した。
「よし、ゲンナーさん走るぞ!」
「え?今!?」
カメラの前をエリクとゲンナーが走り回る、30秒程撮り装置を止める。エリクは余裕そうだが、ゲンナーは息絶え絶えだ。
「ふぅ。それじゃ、今度はこの魔石で普通にアクト使ってみてくれ」
渡されたのはかなり大き目の魔石だ。
「よし、もう1回走る!」
「はぁはぁ、待って待って!俺は体力無い、から」
ゲンナーの息が整うのを待って2回目。発動キーを唱える。
「アクション」
再び僕の前を走り回る2人。今度は10秒程度。魔石ではこれが限界だった。
「それじゃあ見比べてみようか」
予備で作った本体部分をゲンナーが持ち出して来て、2つに同時にプロジェクションを使う。これはメモリーアウト延長型の名称だ。これもエリクが命名している。何と、映像を拡大して映写出来るように改造されてまでいる。ライトの魔法の応用らしいが、僕にはまだ理解出来ない領域の話だ。やがて、壁に張られた白布に2つの映像が映し出される。
「凄い!動いてる!でも……あれ?」
違和感があった。同じような動きをしていたはずなのに、明らかにフィルムを使用した方が素早く動いているように見える。
「あれ、なんで?再生速度は一緒だよね?」
「確かに、先に撮った方は違和感があるかもね」
プロジェクションを止める。
「ほらな、全然違うだろ?魔石再生と違って、こっちはあくまで連続した絵を見せて人間の脳がそれを連続したように補完してるだけなんだ。だから、繋ぎの絵が少ないと脳はそれを素早く動いている為だと勘違いするわけだ。これは、再生速度云々の問題じゃ解決できない」
「じゃあ24と言う数字は……」
「人間の脳が一番違和感無く錯覚できるコマ数」
「なるほど。たがら、何としても24を目指さなきゃいけないのか」
「まぁ、コマ落としと言って、これも演出に使えるんだけどな」
エリクの説明は分かりやすくて、すんなりと理解できた。案外、教師とか向いてるのかもしれない。すると、エリクが思案するような表情になった。
「……待てよ。コマ落としか」
「どうしたの?」
「いけるかもな……よし!アルフ。決めたぞ」
「お、来たね。エリクの突飛な発案」
「茶化すなよ。いいか?最初に撮る映画を決めた」
「え、まだ24コマに到達してないのに?」
「むしろ、24コマに達していない今だからこそ価値のある映画を撮るべきだ」
エリクは勿体ぶったようにゆっくり立ち上がると、突如戯けて変なポーズを取った。右手が持ち上がり、架空の帽子でも持つかのような姿勢で一礼する。
そうそれはまるで道化のようだ。
「16コマの 喜劇映画 を撮ろう」