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君に、声を  作者: 桜 寧音
二章 高校生(五月〜)
33/73

4ー2ー1 アニメ制作の裏側で

洋画の吹き替えでの再会。

 日曜日。

 声優業界としてはアニメ関連のイベントとかがある曜日。かと言ってイベント系しか仕事がないわけではない。収録も普通にある。そんな日曜日に僕はあるスタジオに来ていた。今日は洋画の吹き替えがある。

 事務所の傾向からして吹き替えの仕事が多い。流山社長がそっち分野の第一人者なために吹き替え方面の仕事が一番来る。吹き替えの仕事は本当にコネとボイスサンプルを送ることでキャストが決まることが多いのでオーディションもなく仕事が決まる。


 今回はコネとボイスサンプルで仕事が貰えたようだ。映画のタイトルは『カムランの丘』。アーサー王伝説の、特に最後のアーサー王が致命傷を負うカムランの丘での戦いに焦点を置いた映画だ。

 収録室に入る前に今日の当番表を見る。雄大と話していたからっていうのもあるけど、中々に入るには勇気のいるキャスト一覧だ。


 メインどころのアーサー王や反乱を起こしたアーサー王の不義の子モルドレッド、その他円卓の騎士はほとんど有名どころの俳優さんが演じている。一人だけ声優の渡来康太(わたらい こうた)さんがいらっしゃるが、他の人は俳優として有名な人だったりアイドルグループの一人だったり。

 こういう現場でたまにいるのがお笑い芸人の方だが、今回はいなかった。こういうのって配給会社次第だからいない時はいない。それはいいんだけど、数少ない女性のキャストにちょっと気まずい人がいた。序盤に役目が終わるアーサー王の妻グネヴィアを福圓梨沙子さんが。


 そしてアーサー王の姉でありモルドレッドの母であるモールガン役を宮下喜沙さんが演じる。

 僕も子役の頃に何度も共演させていただいたアイドルの方。アイドルとしてももちろんトップ級に人気だが、女優としても上手くて演技も好評な人だ。

 最後に共演したのはいつだったか。中学生になってからは多分共演していない。となると小学校以来になるのか。なら覚えていないかなあ。


 芸名も変わったし、声変わりもしたし。多分大丈夫だろう。

 というわけでスタジオに入る。僕の前にいたのは福圓さんだけだった。


「おはようございます。福圓さん早いですね」


「おはよう間宮君。今日ちょっと良いことがあってね」


 エヘ、とでも言いそうなくらい微笑んでいる福圓さん。すでに来ていたスタッフの皆さんに挨拶をしていると段々とキャストが集まってきた。予定が合わなくて今日来ない人もいるけど、大体のキャストは現場に来ていた。

 その方々とも挨拶をしていく。男優の方々とは共演したことのない人たちばっかりだったので僕のことがわかる人はいなかった。子役の頃から様々な作品に出てきたけど、案外俳優さんは多いので僕が多くの作品に出たからって全ての俳優さんと共演したわけではない。


 俳優さんによっては得意とされるジャンルがあって、ホラー系に出る人ばかりもいるし、こういった映画で吹き替えを嫌う人もいるので吹き替えで絶対に会わない人もいる。

 吹き替えはドラマなどの演技と違って息を意図的に入れたりするので色々と違うと感じる人も多い。マイクを通して演技をするのが苦手な人もいて、普通の演技ならできるけど声を収録するのは演技が固くなってしまってダメだと言う人もいる。


 それで演技が下手だと思われるのが嫌で吹き替えを断る俳優さんもいる。

 だからか、共演したことがある男優さんと一緒になることはなかった。

 そしてちょっと懸念していた人が現場にやってきた。


「おはようございます〜。宮下喜沙です。よろしくお願いします」


 二十代後半になったばかりの未だに人気絶頂期が続いている、知らない人がいない最強のアイドル。鈴華ちゃんからサインをもらってきて欲しいと言われてしまったのであとでお願いしないと。

 喜沙さんはスタッフさんと話し終わるとキャストと話し始める。メインどころの男優さんと話した後、福圓さんとキャイキャイ話し始める。


「梨沙子ちゃん現場で会うのは久しぶり〜」


「喜沙さん久しぶりです〜」


 二人は知り合いだったのか、手を恋人繋ぎにして両手を組んでいた。すごく仲が良さそうだ。アイドルと声優がどこで接点があるのだろうと思っていたら、二人の間に共通の人物がいた。

 宮下智紀さん。喜沙さんの弟で、福圓さんがファンであるメジャーリーガー。そう考えると接点は確かにあるかもしれない。


 多分智紀さんの試合を一緒に見に行って会ったとかそんなとこだろうか。過去に福圓さんがやらかしていることも関係しているのかもしれない。

 喜沙さんもキャストさんをぐるぐる巡っていて、福圓さんが最後の方だった。僕がおそらく最後になるだろうと思って待っていたところ、福圓さんが手招きで僕を呼ぶ。


「間宮くん、こっち来てー。今回モールガン役を演じる宮下喜沙さんだよ」


初めまして(・・・・・)、今回モブ役で参加させていただきます。間宮光希と申します。演技の上手な宮下喜沙さんと会えて嬉しいです。あの、差し支えなければ姪っ子が宮下さんのサインを欲しがっていまして。後でいただけませんか?」


 下手から出てみると、喜沙さんはこちらをじっと見てくる。

 うーん、気付かれただろうか。


「初めましてぇ?間宮、光希?えっと声優なのかな?」


「喜沙さん?」


 福圓さんが訝しんでいる喜沙さんを見て首を傾げている。

 喜沙さんは人の名前を呼び捨てにしないことで有名だ。それはバラエティの撮影中でもこういったスタッフの顔合わせでも誰かを呼び捨てにしたりしない。

 そのことでも福圓さんはおかしいなと感じたのかもしれない。


「初めまして、って嘘つく人にサインはあげられないかな?」


「……お久しぶりです。その節は、お世話になったことと同時に多大なご迷惑をおかけしまして……。諸事情で名前を変えまして」


「そっか。じゃあ芸名的には初めましてで合ってるんだ。嘘つきって言っちゃってごめんね?」


「いえ、説明しなかった僕が悪いので……」


 お互い謝る。けど、これに関しては僕が一方的に悪い。

 僕は仕事をした記憶も覚えているのに、勝手に僕の事情でそのことをなかったことにしたことが一番の原因だ。喜沙さんからすれば嘘つきでしかない。

 というか。

 こんな誰もが振り返る美人な方にあなたのことを忘れましたなんて言える人間は僕くらいじゃないだろうか。これは酷い。相手は結婚したい芸能人一位だというのに。


「今は声優をしています。ですので、前の話はしないでいただけると嬉しいです。知っている人も少ないので」


「あ、そうなんだ。スタッフさんも?」


「知っている人はここだと二人、ですかね」


 スタッフルームを見て、確実に知っていそうな人は二人だけだと思った。それ以上は知らないだろう。

 僕たちの会話がわからなかったのか、福圓さんはずっと頭の上に疑問符を浮かべている。


「???えっと、喜沙さんは間宮くんと知り合いだったのですか?」


「そうだねー。サインもあげちゃうくらいには仲良しだよ。私のお母さんも知ってる超有名人」


「え……?間宮くんが?」


「あ、そうだ!間宮君ってこの後予定ある?本当だったら私と梨沙子ちゃんともう一人でご飯を食べに行く予定だったんだけど、間宮君も来ない?」


「一応予定はないんですけど……。いいんですか?」


「うん。もう一人にも今聞いてみるねー」


 話がどんどんと進んで喜沙さんはメールを打ち始める。福圓さんに許可を取らなくて良かったんだろうか。

 収録が順調に進めば夕飯は外で食べられるだろうし、明日の学校に支障がないように帰らせてもらえば夜の予定はないと言っていい。その辺りはわかってると思うから大丈夫だ。


「あの、福圓さん?良かったんですか?」


「あー、うん。ちょっと複雑だけど大丈夫。間宮くんも知らない仲じゃないから良いよ。でも喜沙さんが間宮くんの分は奢ってくださいよ?」


「それはもちろん。未成年に割り勘なんてさせないよー。それと相手もOKだって。間宮君に会いたかったって言ってるよ」


「え?僕の知ってる方ですか?」


「お互い一方通行じゃないかな?」


 その返答に不安になる。僕も知っている人のはずなのに、詳しくは知らないっぽい。向こうも僕を知っているっぽいけど、会ったことはないみたいだ。じゃあ俳優さんや声優さんじゃないっぽい。全然想像もできないけど。

 どんな女性だろうか。昔の僕を知っているっぽいことだけはわかった。


「間宮君、声優になって二年経つの?」


「三年目に入ったばかりですね。ずっとモブばかりで新人のままです」


「えー?間宮君が?声優業界って厳しいんだね」


「というより、高校生声優が珍しいんです。需要も女性寄りですので。男性声優はそもそもの数が少ないんですよ」


「梨沙子ちゃんは高校生で色々と有名だったのに?実力社会じゃないのは芸能界あるあるだとしても、間宮君が上がってこないのは不思議かもしれないわ」


「えー……。喜沙さん、間宮くんのことわたしの後輩より詳しいですよ?そんなに仲が良かったのですか?」


「まあね。私、彼のファンだったから」


 それは初耳だ。僕が喜沙さんに憧れを抱く理由がどこにあるのだろうかと思い起こす。当時そんなことは全く言われなかったし、現場で接していても優しいお姉さんとただの子供という関係性だったと思うんだけど。

 ファンという言葉は一旦置いておいて、収録が始まる。あの宮下喜沙と親しく話していた子供は誰かと他のキャストさんや事情を知らないスタッフさんから変な視線を受けたが、福圓さんの知り合いっぽいということで納得されたようだった。

 福圓さんは俳優業界でも有名なようだ。そこから喜沙さんに繋がることもあるらしい。


『モルドレッド、あなたこそが王位を継ぐべき存在なのです。アーサーは衰えました。ブリテンはあなたが統べなさい』


 喜沙さんの演技を聞いていても、本当に声優さんが演技をしているかのように自然な、でも喜沙さんとは思えないような声で演じる。声を変える俳優さんは少ないが、喜沙さんは変えていた。

 モールガンは言ってしまえばアーサー王からブリテンを簒奪しようとしている悪女だ。息子であるモルドレッドを嗾けて、アーサー王に致命傷を与え、結局ブリテンを治める者がいなくなって崩壊させた破滅の魔女。


 アーサー王の姉なのでかなりのお年なのだが、この映画の元々の演者もそこまで年を取っていないので若い女優さんが演じている。調べたらモールガンの息子であるガウェイン卿のキャストさんはモールガン役の方より年上だった。

 まあ、だからこそ喜沙さんがキャスティングされた面はあるんだろう。アーサー王の見た目も若くて年齢把握が中々に困難だ。

 僕はモブの騎士の役を演じて、ひたすらにやられたり叫んだり。八役くらい演じた。いや、こうしてたくさんの役を演じるのは楽しい。


『陛下、お逃げください!』


『この一切豊かにならないブリテンの、どこに未来がある!』


『貴様ァ!モルドレッドのどこに正義がある!アーサー王の治世だからこそブリテンは外敵から守られてきたというのに……!』


『王はもう衰えた!王妃としての役目を果たせなかったグネヴィアよりも、不義の子であろうとペンドラゴンの血を継ぐモルドレッドこそ後継に相応しい!』


 これ、全員違う役だから全部声を変えた。一シーンでこれだけ違う役で会話があるというのに全部僕に割り振ったのは子役の頃の僕を知っているスタッフが捩じ込んだらしい。そして流山社長がそのまま許可したのだとか。

 本番もトチることなく終わらせたらアーサー王役の俳優である高柳さんに声をかけられた。


「いやあ、君本当に新人?っていうか高校生?別の声にしか聞こえなかったよ」


「お褒めいただきありがとうございます。これくらいしか取り柄がありませんから」


 本当に。声優ができなくなったら僕にできることなんてないんじゃないだろうか。

 それから収録は問題なく進んで朝から始まった吹き替えは夜の六時前には終わっていた。アクションシーンが多い二時間超えの映画だとこれくらいの時間で終わる。収録が押したりしなくて良かった。

 終わってから喜沙さんと福圓さんに付いて行ってタクシーに乗る。どこに向かうのだろうと思っていると着いた場所は個室がある和食屋さん。料亭と言った方が良いだろうか。すっごく高そうなお店だった。


 喜沙さんが予約をしていたようですぐに案内される。すでにもう一人は着いていたようで、部屋にいるのだとか。

 部屋に入ると、一人の男性が座っていた。男性だったことに驚いた後に、僕でさえ見たことがある人がここにいることに顎が外れそうになった。

 何で彼が日本にいるんだろうか。今はアメリカにいるはずなのに。


「喜沙姉、梨沙子さん。ただいま。それと間宮沙希君、初めまして。宮下智紀です」


 日本で知らない人がいないメジャーリーガー。投手が本業ながらDHで試合にも出てホームランを打っている二刀流で活躍している百年に一度の傑物の二人目。

 宮下智紀さんが、そこにいた。


次も日曜日に投稿します。

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