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君に、声を  作者: 桜 寧音
二章 高校生(五月〜)
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32/73

4ー1 アニメ制作の裏側で

特典アニメ。

 金曜日の『パステルレイン』の収録は今週から朝十という声優業界としては最も早い時間帯での収録になった。朝の十時からなので夜型の声優さんが多いから朝十を好む声優さんは少ない。アフレコの開始が遅くてお昼からということが多いこと。後は自宅でアフレコ台本の確認を夜にする人が多いこと。

 後は声優業以外にも仕事がある人は家で仕事をしたり。ラジオとかダンスとか脚本とかイラストとか動画配信とか、多種多様に活動されている方が多いというか。そうやって食べていこうとか、声優として売れるためのプラスアルファ。


 色々と手を出しているからこそ夜遅くまで起きている人もいる。そういう方々からすれば朝十は辛いらしい。僕は学生だし他の仕事もしていないからそんなに夜更かしはしていない。

 こんな収録時間が変わったのは『星々を巡る不思議な湖』の収録も増えたからだ。実質仕事が倍になったことと、夜にはラジオの収録があるのでそうなるとアニメの収録を早めるしかない。


 僕は今日、学校を休んでアフレコに来ている。『パステルレイン』では奏太がキララちゃんへの恋心を表に出すようになるもののキララちゃんは綾人君に夢中という三角関係ができている。亀倉さんも合わせたら四角関係になるのか。

 この辺りで少女漫画らしくドロドロな人間関係が現れ始める。空気が悪くなりながらも亀倉さんの天然系お嬢様の空気の読めなさが救いになっていた。ここから一気に恋愛事情が変わっていく。


 『パステルレイン』の収録が終わって休憩を挟んでから『星々を巡る不思議な湖』を収録する準備に移る。

 『星々を巡る不思議な湖』は僕たちが暮らしている現実世界と全く文明の異なる異世界とが繋がる湖を境に繰り広げられる悲恋の物語だ。

 主役の東條さんが女主人公である八代雪(やしろゆき)を。八代は現実世界にいる女子高生。小さな孤島に住む、面白おかしいことが起きないかと願っている、不思議な力も何もない女の子だ。


 僕が演じる役は異世界の男主人公、エスパシオ。不思議な力がありながらも銃火器が凄く発達していて戦争が至る所で起きている荒廃した世界出身の異能力者。その異能を用いて現実世界にやって来たW主人公の内の片方。

 基本はこの二人を中心に物語が進んでいく。

 今日は『星々を巡る不思議な湖』の初収録ということもあってカノン先生もいらっしゃって、ストーリーやキャラクターの説明のために差し入れ込みで来てくださった。差し入れは一口饅頭だった。


「ぶっちゃけて言っちゃえば『星々を巡る不思議な湖』って異世界版の『とりかえばや物語』なんだよね〜」


「ああー。今の物語って遡ったら全部過去にやられ切っているって話ありますもんね」


「世界中の神話とか故事とか見たら大体ストーリー展開ってやられちゃってるんだよ。昔の人たちって想像力豊かだよ」


 東條さんとカノン先生がそんな話をしている。

 『とりかえばや物語』は簡単に言うと男女で肉体と精神が入れ替わってしまい、入れ替わっていることによる弊害を乗り越えていくというのが大筋の物語。

 『星々を巡る不思議な湖』では僕の役と東條さんの役が入れ替わってしまい、それぞれの世界を堪能するけど別れを経験するというもの。


 入れ替わりがあるから難しい役柄だ。エスパシオが入っている状態の八代を演じたり、八代が入っている状態のエスパシオを演じなければならない。

 今日他にいる津宮さんや根本さん、夢城さんなど『パステルレイン』で名ありのキャラを演じている人も『星々を巡る不思議な湖』では別の名ありキャラを演じている。


 様々なキャラクターへの追加補足も終わっていよいよテストに。一話は十分ほどの尺なのでAパートとBパートに別れていない。シーンはいくつも別れているものの休憩は無しでテストと本番はポンポンと進む予定だ。

 漫画と同じ流れで脚本も作られているので、まんま漫画がアニメになったような作品になっている。家で絵コンテを確認して来たけど本当に漫画のままだった。


 最初はエスパシオの世界から始まる。

 緑の少なくなった荒廃した世界。鳴り響く銃声と誰かの悲鳴。立ち昇る火柱と黒い煙。装甲車が走るキャタピラ音。大人数で辛うじて残った林の中を駆ける音と、たった一人で逃げる少年の足音。


『ハァ!ハァッ!ハァ……!』


 「僕」の走る時に漏れる声。真剣に逃げようと走るけど、軍人のような重装備をした人間たちも追いかけてくる。


『追え!実験体を逃すな!』


 根本さんの声がする女性軍人が大声を張り上げる。何があっても絶対に追い詰めるという強い信念を感じる凛々しい声に怯えながら「僕」は林の奥へ精一杯走り続けた。


『誰が捕まるもんか……!やっと手に入れた自由を、奪われてたまるもんか……!』


 憎悪を吐き散らすように奥歯を噛み締めて必死に走る。捕まったら底無しの闇に包まれるからと。そこから抜け出せた唯一の好機を取りこぼしてたまるものかと足を動かし続ける。

 ある一点の場所を目指す。細い手足でできる限界を振り絞ってただそこへ駆け込んだ。


『絶対にこっちだ!境界の彼方は……っ!』


 「僕」が辿り着いたのは小さな小さな、さして深くもなく広くもない湖。池と言われてもおかしくはないこじんまりとした水辺だった。

 そこは希望の象徴のようで、見付けた瞬間「僕」の顔に溢れんばかりの笑顔が貼り付く。すぐに淵に座り込み、湖の中へ手を入れる。


『さあ、連れていけ……!僕を守る揺り籠の庭へ!』


 湖がその声に呼応するように光る。大きな光が辺りを包んで暗転。

 世界が変わって八代がいる現実世界に。夢城さんの演じる女子生徒と八代が校門で別れて、八代は学校の近くにある裏山へ入っていく。


『オカルト研として調べないわけにはいかないよねー。数十年に一回の神隠し。裏山にある湖の近くで消えるからって裏山一帯を立ち入り禁止にするとか、大袈裟だし都市伝説かって話ですよ。まあ、絶海の孤島だけど?都市なんて縁遠い場所だけど?』


 そんな独り言を言いながら立ち入り禁止のフェンスを登っていく八代。小さいフェンスだったために活発な八代は簡単に跳び越えられていた。

 獣道を進んで少し。山の頂上に近い辺りで八代は小さな小さな湖を見付ける。


『これが例の湖かー。綺麗じゃん。いやでもちっちゃいな?池じゃない?』


 持って来ていたスーパーイコンタという蛇腹カメラと呼ばれるクラシックカメラを取り出して湖を撮影していく。神隠しが起きるような何かがあるのか調べるために状況証拠を撮っていく。滑りやすいのか、湖に落ちたとして死体が見付からないなんてことがある深さなのか。近くに崖でもあるのかなど。

 一通り写真に収めた後、突如として湖が光り出した。その怪奇現象に心を震わせる八代。


『キタキタキター!大スクープゥ‼︎湖が光るとか、どういうこと⁉︎』


 全く理解できない現象に湖の側まで近寄って写真を撮り続ける八代。

 そして近付いてしまったために、湖から飛び出して来た細い腕によって湖に引き摺り込まれてしまう。


『え、キャアアああああ⁉︎」


 ドボン!という音と一緒に沈んでいく八代。その深さは事前に確認した底よりも深く、水面に伸ばした手が全く届かないほど。水の中というよりは宇宙の片隅のような真っ暗な空間で、息は苦しくない。

 そのことに頭が追いつかないながらも状況を判断しようとして──埒外の声が届く。


『ああ、人間だ。──僕と違う、幸せそうな奴。代わるならお前が良い』


『え……?』


 「僕」の声と入れ替わりに浮上していく透明な「僕」と、反対に沈んでいく透明な八代。

 「僕」は墜ちていく八代の精神へ振り返って、申し訳なさそうな表情を見せるものの浮かぶことをやめない。


『お前には悪いと思うよ。けど、僕はもうそこに居たくはない。今死ぬか、僕の世界で死ぬか。早いか遅いかの違いだけだ。恨むなら、こんな眉唾な湖に近付いた自分のうっかりさを恨んでよね』


『あな、たは……?』


 八代の質問に答えることなく、「僕」は浮かび八代は沈みきった。

 湖から這い上がるように身体を出す八代の肉体。へばり付く水滴を魔法で吹き飛ばしてから、頭を抱えて大声で笑い挙げる。


『は……。ハハハハハハ!ああ、手に入れた!自由な、平和な、命を謳歌できる楽園と!偽りの体躯(ぼく)を!誰もが辿り着かないヴァルハラに、来てやったぞ‼︎……八代雪って言うのかあ。女なことは残念だけど、受け入れてやるよ。今では僕の大切な身体だからねえ。お前の大切な友達も家族も将来も。ぜ〜んぶ僕のもんだ。おっと、いけないいけない。私のもの、だからね?』


 蠱惑的な、八代が浮かべるわけもない笑顔を浮かべて「僕」の精神が入り込んだ八代が歩き出す。演じるのは僕じゃなく、東條さんだけど。

 そんな「僕」と入れ替わるように八代の精神は「僕」の肉体に入り込んで異世界側の湖の脇に居た。


『え……?私、さっき会った男の子になってる……?()った……?頭割れそう……。戦争?実験体?私の知らないことばかり……。まずはここから逃げなくちゃ。エレンツィオ騎兵軍に捕まるわけにはいかないんだから……』


 「僕」の身体に残った記憶からそう本能的に判断して、八代は歩き出す。それを演じていたのは僕。

 繰り返される戦場の(いなな)きが流れて、一話の終わりだ。


「カット!うん、東條さんも間宮君も入れ替わった後の演技、それぞれになりきってたとしか思えなかったよ。本番もこのままでね」


「わかりました」


「みーちゃん、あたしらの相性バッチリじゃない?これはユニットを組むしかないっしょ」


「ハルちゃん、みーちゃんを独占するの禁止!」


「オホホホ。軍人Aの負け犬の遠吠えは気持ち良いのう。『パステルレイン』じゃ振る側だし?あたしの方が親密じゃない?」


「もー!もー!」


 監督からのOKが出た瞬間、東條さんと根本さんがじゃれつきを始めた。いつものことだから放っておいたけど、初めて見た夢城さんは驚いていた。『パステルレイン』の現場ではあまりこういう過激な状態は見せていなかったのに、もう擬態が外れている。

 いや、後一クールも『パステルレイン』を一緒に録っていたらいつかはバレてたか。エスパシオの言葉じゃないけど早いか遅いかの違いだけだ。


 カノン先生にも褒めていただいたので僕としては十分だった。最後のセリフはちゃんと八代っぽく女の子っぽくできていたみたいだし。

 『星々を巡る不思議な湖』は収録がある日とない日があるみたいなので毎週収録するわけじゃないみたい。そもそもアニメーターの皆さんは『パステルレイン』を描きながら『星々を巡る不思議な湖』も作成しないといけないんだからそんな毎週絵コンテが出来上がるわけがない。


 週一の絵コンテだって大変だって話なのに、その上ショートアニメとはいえもう一作品はキャパシティ的に厳しいだろう。

 雰囲気が違うことと演じたことのないキャラだから、次の収録が俄然やる気になってきた。次は僕がメインの出番だから台本ができたらしっかり読み込もう。漫画も読み返そうっと。


次も日曜日に投稿します。

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