100回目のバッドエンドと、最低の始まり
新作書きました。
よろしければご覧ください。
「――お前は強すぎたんだよ、ノルン。だから、ここで死んでくれ」
冷たい感触が胸を貫いた。
見下ろしてくるのは、昨日まで肩を組んで笑い合っていたはずの王国の騎士団長。
その背後には、俺が命がけで魔王から救ったはずの王女が、氷のような冷たい目を向けていた。
あぁ、またか。
薄れゆく意識の中で、俺は呆れ半分、諦め半分の溜息をついた。
俺の前世は、しがない日本のサラリーマンだった。
連日の残業と休日出勤の果てに、過労でPCに突っ伏してあっけなく人生の幕を閉じた。
その後、真っ白な空間で出会った神様とやらは、平身低頭で俺にこう言ったのだ。
『申し訳ありません! 完全に私の手違いで命を刈り取ってしまいました! お詫びに、ご希望の世界で【最高の人生】を送れるように手配いたします!』
剣と魔法のファンタジー世界で、最高の人生を。
俺のふんわりとしたオーダーは、確かに受理されたはずだった。
そして俺は「ノルン」として転生し、神の言葉通り、すべてを手に入れた。
圧倒的な魔力や、絶対に折れない伝説の聖剣。
俺にデレデレの精霊たち。
苦労することなく魔王をワンパンで沈め、瞬く間に世界を救う英雄となった。
……そう、ここまでは順風満帆なのだ。
弱すぎて全く張り合いがなく、つまらないという点を除けば。
だが問題はこの後だ。
英雄として頂点を極めた後、俺は絶対にバッドエンドを迎えるのだ。
ある時は味方に暗殺され、ある時は魔族の残党と相打ちになり、ある時は無実の罪で処刑台に送られた。
そして死ぬたびに、俺は15歳の「スキル授与の儀式」の日に死に戻る。
(今回で……ちょうど100回目か)
視界が暗転する。 次に目を開けた時、俺は見慣れた教会の天井を見上げていた。
「次、ノルン! 前へ出なさい!」
神官の甲高い声が響く。
周囲には、これからスキルを授けられる同い年の村の子供たちが、期待に満ちた顔で並んでいる。
100回目の、人生のスタート地点だ。
俺はゆっくりと立ち上がりながら、一つの確固たる決意を固めていた。
(もう、英雄なんて絶対にやらない)
何度繰り返しても、順調に成り上がった先には「死」というバッドエンドしか待っていない。
ならば答えは簡単だ。
今までの逆に生きればいい。
勝手に手に入る伝説の武器はドブに捨てよう。
言い寄ってくるヒロインや精霊は全力でスルーしよう。
魔王? 知らん、誰か他の奴が倒せばいい。
目指すは、誰からも期待されない底辺の村人A。
そして、暖かい布団の上で寿命を迎える「大往生」だ。
成り上がりを強制してくるこのふざけた世界で、俺は全力で「成り下がり」を目指してやる!
「さあ、ノルン。水晶に手を。神の祝福があらんことを」
神官に促され、俺は水晶の前に立つ。
本来ならここで【聖剣術】や【極大魔法】といったチートスキルが開花し、周囲がどよめくのだ。
だが、今回は違う。
俺は前回のループで偶然見つけた、「魔力を完全に隠蔽し、一番弱いスキルを偽装する」という裏技を使う。
俺は水晶に手を触れ、念じた。
(来い……! 農作業しかできない、最底辺のゴミスキル……!)
水晶が、淡い光を放つ。
神官が目を細め、そこに浮かび上がった文字を読み上げた。
「こ、これは……!! スキル【村人】……しかもレベル0だと!?」
教会内が、水を打ったように静まり返る。
よしっ! 完璧だ! これで俺はただの無能として、平和なスローライフ(底辺)を送れる!
俺が内心でガッツポーズをした、その時だった。
「おおおお! 伝説に聞く『すべての始源にして神域に至る隠しスキル』! まさか、この村から【始まりの村人】が現れるとは!!」
「ノルン様! どうか私を弟子にしてください!」
……はい?
ひざまずく神官、そして熱狂する村人たち。
おかしい。
過去99回のどのループよりも、周りの熱狂度が高い気がする。
「ち、ちが……俺はただの……」
「またまたご謙遜を! さあ、王都へ使いを出さねば! 勇者様の誕生だ!」
どうしてこうなった。
俺の完璧な「成り下がり」計画は、開始5分で早くも暗礁に乗り上げようとしていた。
♦︎
村人たちが「勇者様誕生の宴だ!」と浮かれている隙を突き、俺は夜逃げを決行した。
このまま村に居れば、確実に王都からの迎えが来てしまう。
過去99回のループでも、王城に連れて行かれた時点で「バッドエンド確定ルート」に突入するのだ。
それだけは絶対に避けなければならなかった。
隣町へと続く夜道を歩きながら、俺は今後の「成り下がり計画」を練っていた。
手っ取り早く勇者候補から外れる方法。
それは『前科』を作ることだった。
王国法によれば、勇者は清廉潔白でなければならない。
ならば、軽犯罪で捕まり、薄汚い牢屋で臭い飯を食う小悪党になればいい。
数日ぶち込まれる程度のケチな犯罪者になれば、王都の連中も俺を諦めるはずだ。
目指すは、ただのスリ。
それも、わざと捕まるようなドジな三流のスリだった。
翌朝、俺は宿場町『トール』に到着した。
通りを見渡すと、いかにも成金といった風貌の、恰幅の良い商人が歩いている。
周囲を数人の護衛が物々しく囲んでいた。
(よし、あいつにしよう。あの懐にある財布を、わざとらしくスリ取って、護衛に捕まえてもらうんだ)
俺は過去のループで身につけた【暗殺者】の歩法を完全に封印し、あえて足音をドタバタと鳴らしながら商人に近づいた。
「ふふふ、隙あり、だぜ!」
三流の悪党のようなセリフをわざわざ口に出し、俺は商人の懐へと手を伸ばした。
ガシッ。 計画通り、俺の手は護衛の男に力強く掴まれた。
「何をしている、貴様!」
護衛が怒鳴る。
町を巡回していた衛兵たちも、騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきた。 完璧だ。
あとは「すんません、魔が差したんですぅ!」と土下座して、牢屋へ連行されるだけだ。
しかし、俺が掴み出していた商人の懐の袋が、勢い余って地面に落ちた瞬間——事態は急変した。
ドサッ、と袋からこぼれ落ちたのは、金貨ではなかった。
赤黒い光を放つ不気味な石の数々。それを見た衛兵たちの顔色が一瞬で青ざめる。
「そ、それは……所持しているだけで死刑になる、違法の『魔族召喚石』!?」
「なっ……!?」
商人が慌てて拾い集めようとするが、衛兵たちが一斉に剣を抜いて商人と護衛を取り囲んだ。
「お、おのれ! なぜ私がこんな厳重に隠蔽魔法をかけていた袋を、いとも簡単に見破れたのだ! 貴様、何者だ!?」
商人が血走った目で俺を睨みつける。
いや、見破ってないから!
ただ一番金を持っていそうだったから狙っただけだ。
衛兵の隊長らしき男が、感動の面持ちで俺の手を両手で力強く握りしめてきた。
「素晴らしい! 奴は近隣の村で子供を攫い、魔族に売り飛ばしていた大罪人だ。
我々も証拠が掴めず苦慮していたというのに……
君は一瞬で奴の正体を見抜き、あえて身を挺して証拠を暴いてくれたのだな!」
「いや、俺はただのスリで……」
「謙遜しないでくれ! 君のような勇敢な若者こそ、真の英雄だ!
すぐに領主様に報告し、君には『名誉騎士』の称号と莫大な報奨金を受け取ってもらわねば!」
周囲の町民たちから、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。だが俺は絶望に天を仰いだ。
前科持ちの小悪党になるはずが、なぜか町を救った名誉騎士(英雄)に成り上がってしまった。
(どうしてこうなるんだよ……!)
俺の平穏な大往生への道は、果てしなく遠かった。




