第10話:I'm still lookin' for the PLACES...
喫茶店を出ると、街はすっかり夜の帳を下ろし、再びネオンの海が呼吸を始めていた。
ほんの数日前まで、この夜の街は私にとって「逃げ場所」であり、孤独を紛らわせるための巨大なゴミ箱だった。他人の体温や、アルコールの熱、大音量の音楽。それらに身を投じることで、空っぽの自分から目を背け、思考を停止させていた。
けれど今、同じネオンの光を浴びながら歩く私の心は、あの時とは全く違う。
足取りは軽く、視界はクリアだ。
スマートフォンを鳴らす冷たい支配者はもういない。私を縛り付けていた見えないルールも、他人の顔色を窺う卑屈な私も、昨日のアパートのゴミ捨て場にすべて置いてきた。
駅前の大きなスクランブル交差点に立つ。
青信号と共に、無数の人々が一斉に歩き出す。それぞれが違う顔を持ち、違う目的地へと向かっていく。巨大なうねりのようなその群衆の真ん中で、ケイはふと歩みを緩め、夜空を見上げた。
I'm still lookin' for the FACES...
私はまだ、本当の私の「顔」を探している。
今日一日で、いきなり素晴らしい自分に生まれ変われたわけではない。長年染み付いた依存体質や、自分に自信が持てない弱さが、明日になればまた顔を出すかもしれない。ふとした瞬間に、一人でいる寂しさに耐えきれなくなり、また泣きたくなる夜もあるだろう。
でも、それでいいのだと思う。
最初から完成された完璧な顔なんて、実は誰も持っていない。傷つき、迷い、誰かとすれ違いながら、その時々の正解を探して少しずつ自分の顔を作っていく。その泥臭い過程こそが、私が私として生きているという証なのだから。
I'm still lookin' for the PLACES...
私はまだ、私の本当の「居場所」を探している。
それは誰かが都合よく用意してくれるホテルの密室ではなく、自分自身の足で立ち、自分の心で心底安らげる場所。それがどこにあるのか、どんな形をしているのか、まだはっきりとは分からない。
もしかしたら、一生探し続けるのかもしれない。
1970年にも、1981年にも、1997年にも。そして今この瞬間も。時代がどれだけ変わろうと、人々は皆、答えのない迷路の中で、自分のFACEとPLACEを探して彷徨っている。
その終わりのない旅を「孤独」と呼んで嘆くのか、「自由」と呼んで楽しむのかは、他でもない私自身の心が決めることだ。
「……よし」
ケイは小さく呟き、ピンと背筋を伸ばした。
人波に逆らうことなく、けれど誰かに流されることもなく、しっかりと前を向いて歩き出す。
冷たい夜風が吹き抜ける大通り。ビルの隙間から、昨日と同じように、でも昨日よりもずっと凛として輝く星が見えた。
もう、誰のせいにもしない。誰にも私の人生のカードは切らせない。
私は私のまま、このどうしようもなく残酷で、けれどたまらなく美しい世界で、私の居場所を探し続ける。
Best of my life 愛して。
Best of my life 生きてる。
いつか心の底からそう笑って言える、その日まで。
ケイは眩い光を放つ街の雑踏の中へ、もう二度と振り返ることなく、力強い足取りで溶け込んでいった。
彼女の背中は、もう過去の誰の影も追っていなかった。




