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冷凍された真夢  作者: 棺之夜幟
七章
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流れ作業と情緒

「君達はどちらかしか神になれない」


 今度は淡々と、冷静に言葉が吐き出された。


「生まれた時にはわかっていた。神になれる最低の条件を揃えられるのは、一人だけだと。だから一方を私が貰い受けた。豊君には人間のまま、私の後を継いでもらわないとならない」


 冷淡な視線が、街灯に照らされて、ほんのりと見えた。きっと今の態度が素なのだろう。一人の父親というよりも、利益を求める商人のそれと酷似していた。


「実子の方では駄目だったんですか」

「あの子は母親に似てしまった。あれでは表の家業すら継ぐことは出来ない。だが夜咲水恋から生まれた夜咲の直系、夜咲豊なら、ごく自然に、私のようになれると思っていた」


 そう、彼は溜息を吐いた。遠い目線の先に、何があるのかはわからなかった。ただ、その後、すぐに僕の輪郭を捉えて、彼は静かに言った。


「君なら、私より上手くやれるようになると、思ったんだよ」


 日比野慎一はそう言って、僕の右耳に手を添えた。冷えた、死体のような手だった。


「奏君は君に豊と名を与え、私は君を受け取るはずだった。生まれたばかりだというのに、泣きもせず、深く息を吸って、片割れの喉を掴んでいた君を」


 するりと、太い指が、僕の喉笛に触れた。


「君は生まれつき、人間に成り損なっていた。夜咲の神とは、人間から成るものだ。初めから人でない者はお話にならない」


 瞳孔が揺れていた。今なら、彼の感情を見つけられる気がした。自分の成り立ちに、興味はなかった。だが、日比野のそれには、表面を流離う程度には触れてみたいと思っていた。あの浮いた男のことを、本人が知るよりも深く知ることに、高揚感があった。


「だが私が奏君から受け取ったのは、眠っただけの夜咲(ハラヤ)だった」


 七竈祓()は夜咲豊で、日比野豊(片割れ)は夜咲祓であると、そう言いたいらしかった。その事実に、ある一つの思考が落ちた。


「そうか、それで、混ざったんだ」


 自分の口からこぼれたものは、ついぞ戻ることはなかった。ただ、発言の趣旨を日比野慎一も理解していたらしい。


「奏君は君達を同一の存在に見立てるために、私を騙した。君達はどちらも祓であり、豊でもある。彼は強制的に共鳴を起こすことを画策し、成功した」

「……父の特技が博打だとは、昨日まで思っていませんでしたよ」

「勝てない勝負には出ないのが、ギャンブルのコツだ。あの石橋を叩き割って川を叩く性格は、向いているのだろう」


 博打で他人の人生を壊していそうな面が言うと、妙に説得力があった。父と長い付き合いだというのも、よくわかる。


「そんな性格だからこそ、私を騙してでも、君を神にしようとしているんだ」


 周囲が見慣れた景色になった頃、日比野慎一は切り出した。僕の顔を覗き込む目は、子供のようになっていた。


「今までのやり方で、条件で、夜咲には怪異(成り損ない)しか生み出されなかった。故に、彼はセオリーを外れる選択をした。夜咲の神に似ているが異なっている怪異を、人として育て、人と外道の境界を歩かせる。最初から素質があるんだ、後で神に見立て直すのは簡単だ。よく辿り着いたものだと感心したよ」


 よく回る舌を、彼はじっとりと、少しずつ緩めた。やっとのことで止まった口の端は、一瞬だけ下がっていた。

 聞いてみれば奇妙なことばかりだった。父も、目の前のこの男も、僕を最初から人ではないものとして見ている。確かに、出生時の僕の行動には、異常性という泥が染み付いていた。ただ、それを信仰として取り扱うのは、些か行き過ぎている。彼らは根から、そういう界隈に身を置いているのだ。そこから生まれた僕と日比野は、計画的に飼われているに過ぎないのだろう。


「最初こそ彼とは足並みが揃わなかったが、今となっては私も奏君も、君が神になるのを待ち望んでいるんだ」


 優しげに微笑む彼の目は、濁っていた。彼は唇の上に指を置いて、再び言葉を溢した。


「君のために、奏君は最後の条件を用意しているのだから」


 記憶の引っかかりと、嫌な予感があった。電話の向こうから聞こえた音が、骨を切り、肉を断つ音であったではないかと、予測が脳に染みた。


「日比野さん」


 その父の悪意を、少しでも逸らしたくて、僕の口は、はっきりと願望を垂れ流そうとしていた。


「今までの援助を頂いたついでに、一つ、僕の願いを聞いてもらえませんか」

「勿論。私は君のことだって、息子同然だと思っている。何でも言ってみなさい」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 既に僕達を乗せた車は目的地にて停止していた。別荘の灯りは、全ての窓から漏れていた。


「父を……七竈奏を僕や兄弟が殺した後、僕達の暮らしを保障してくださいませんか」


 日比野慎一は、一瞬だけキョトンと目を丸くした。だが、すぐにまた口角を上げる。


「義理のお兄さん達や葦屋君を守ってほしい、ではないんだね」

「幽冥達は自分の足でどうにか逃げられますし、保護してくださる人もいるでしょう。でも僕達は、逃げる場所がありません。進む先も、退く所も、貴方達に握り潰されてしまいましたから」


 車のドアが開いた。同時に、別荘からは義母が走り出すのが見えた。


「まあ、そうだな。その時になったら、うちにおいで。少しは考えるさ。今度はちゃんとしたものを食べさせてあげるよ」


 そう言って、彼は僕の肩を叩いた。その表情は、何処か落胆と憂いを混ぜ込んでいた。

 流れるような「またね」という言葉を合図に、僕は車を降りた。今度はしっかりと足先が体重を支えていた。歩き出すより前に、僕は義母に腕を引かれて、別荘の玄関に放り込まれた。


 義母の手は震えていて、灯りの下に見えた彼女の顔は、赤黒く腫れ上がっていた。

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