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冷凍された真夢  作者: 棺之夜幟
七章
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片割れ同士の夜

 正月のお年玉を見せつけられているような、不快感と高揚感があった。目の前の肉片混じりの爪が、日比野のものである確固たる証拠はない。しかし、この子供のような大人が、嘘をつかないような気がしてならなかった。


「豊君は君と望ちゃんのこととなると、黙ってしまう。説得に少し骨が折れたよ」


 日比野慎一はそう笑って、一枚ずつ爪を牛丼の上に乗せた。一見してトッピングのようにも見えはするが、食欲は湧きそうになかった。


「僕達の共有した視界を使って、僕の居場所を見つけた、ということですね」


 生爪入りの牛丼を横に避け、僕はもう一つの丼に手をつけた。口いっぱいに肉と米を頬張る。肉汁を感じているうち、日比野慎一が優しげに、その通りと言った。


「では、貴方は僕と日比野豊、加えて赤檮望に起きている夢に関する現象について、利用できるくらいには知っているんですね」

「根源を理解しているわけではないが、現象について言語化できるくらいにはね。記録の積み重ねからの推測の域を出ることはないが」

「記録……僕達以外にも似た事例があるんですね。僕達の母親も有していたんですか」

「成程、少しは知っている口かな。残念ながら君達の母親はまた異なっていた。というか、あれは夢占いの類だったね。水恋は大それた怪異(成り損ない)ではなかった。夜咲の母としては優れていたが」


 彼が一呼吸置くと、唐突に車が動いた。慣性は僕の手にあった食物の山を車内にぶちまけようとしたが、すかさずバランスを取って、口に運ぶ。僕の口が空かないのを見て、日比野慎一は続けた。


「夜咲というのは一つの宗教集団だ。人の身で神に至ることを重視している。今では過去に成ったとされる夜咲の母を崇める。神になる過程は多様な考えが存在している。夜咲の血統は君達だけではない。宗家から末端まで数千はくだらない。その夜咲の中で、一卵性双生児が生まれた場合、より低い確率で、一定の特異な子が生まれる。彼らの起こす現象は共鳴と呼ぶことが多い」


 僕が口の中身を胃に納めると、彼は笑った。


「共鳴は単に双子がお互いの経験を知ることが出来るという現象だ。君達のそれとは異なっているところも多いんじゃないかな」


 どうだろう、と彼は問う。確かに、差異はある。僕と日比野のそれは、一部は共鳴と同じと言っていい。夢で互いの過去を見ている。しかし、それだけではない。僕はそれ以外に夢を見ていた。和泉の死について、新原の殺しについて、あれは何だったのか。そして、僕達と血を共有しない望が、何故、僕の過去を見たのか。それがわからなかった。


「その共鳴と、他には何か無いんですか」

「共鳴は飽くまでも君達に起きている変化のベースだろうね。それ以外に、それぞれ生まれつき怪異としての特性があった」

「千里眼とか」

「赤の他人の死や、それに関する真実を見ると言うのを、そう呼ぶなら」


 だが、と逆説を添えて、彼は続けた。


「少々、それでは格好がつかないな。そこまで万能ではないし、何より真実が目に見える現実に則しているとは限らない」

「なら、過去には何と」

「今までに事例はあるがきちんと自覚があるのは君くらいだろう。喜んでいい。命名権は君にある」


 何を喜べと言うのかわからなかった。どうも、何かがズレている。この日比野慎一という男には、現実感がなかった。韮井先生と語る領分は近しいのだろうが、抱えている反社会性が、言葉の裏をどうしても想像させる。


「……なんと呼ぶかは、恩師に決めてもらいたいと思います」

「ネーミングに自信がない?」

「僕より僕に関心があって、僕の夢についてよく考えてくださったからです。何より、先生ならきっと、粗末にしない。ずっと覚えていてくれる」


 空になったプラスチックを放った。そういて、紙包の中身に齧り付いた。バンズには薄っぺらい肉の塊と、しょっぱいソースだけが挟まっていた。


「なら、豊君もその人に名付けてもらおうかな。私のは全て拒否されてしまって」

「断られないとは思いますよ」

「それは良いことを聞いた」


 彼は前を向いたまま、そう呟いて、また数秒黙った。


「そっちの方の特性は、発信機とか、そういうのに似たものなんですかね」


 ふと、僕の言葉に、日比野慎一は首を傾げた。


「どうしてそう思う」

「僕が受信なら、あっちは逆かなと。それに、僕だけなら望に僕の過去が伝わった理由がない。貴方は僕達の共鳴はベースだと言った。なら、常に側にいた日比野豊が、それを彼女に見せてしまったんじゃないかと」


 僕の回答に、成程と納得だけ零すと、彼は数秒静かに僕を見つめた。じっくりと見る日比野の養父は、やはり似ているところを見つけることが難しいように思った。あえて共通点を見出すとするなら、その語り口くらいだった。


「その解釈で大体良いだろう。彼は無意識に、自分が見たものを他人に見せたり、共感を強制してしまうらしい。例えば太陽の光を乱反射させる、そんな感じだ。一番に影響を受けたのは望ちゃんだったが、私や実子の方もそのうちにね」

「だからマンションを買い与えて、隔離したんですか」

「それは本人が望んだんだ。望ちゃんと一緒に出て行った」


 だが、と口角が上がった。笑いを堪えて、日比野慎一は口を開いた。


「少し自由にさせすぎたらしい。奏君も君達の邂逅を喜んではいた。が、望んでいた形も、深さも、とうに過ぎていた。これでは最初に君達を引き離した意味が無い」

「貴方は彼を担保として受け取ったのではないと言いましたが」


 僕の問いに、彼は目尻を下げた。


「全ては君を神にするため。豊君をただ人間でいさせてあげるためだった」


 全く説得力のない言葉だった。僕は最後に残った牛丼の上に飾られた、日比野の生爪を眺めながら、その真意を待った。

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