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冷凍された真夢  作者: 棺之夜幟
四章
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血肉争う者

 沈黙の中、酸味を啜っている間にも、生肉が次々と運ばれていく。机に何とか納められた大量の皿の上には、多種多様の筋肉と内臓が彩られていた。


「何人前だ、これ」

「四人前じゃないかな。一つのコースが二人前で、それを二つ頼んでいるから」


 日比野はそうして、金属トングで数枚の肉片を網の上に置いた。明らかに、以前よりも全体量が増えている。僕の食事量を鑑みたとしても、ここまで躊躇なく注文するとは思わなかった。何より、これでは食べるのに時間がかかる。網にも面積の限界というものがある。夕方までに、という義兄の言葉を反芻した。僕は丁寧に、より加熱の効率を考えて、肉を並べた。


「追加で食べたいもの、ある?」

「今のところは考えてない」

「そう、じゃあ、なんかあったら遠慮なく言ってね」

「わかった、じゃあ、遠慮なく」


 僕は薄らと笑う彼の眼を睨んだ。


「お前、何を企んでいるんだ?」


 数センチ、上に目線を立てる。据わった日比野の黒い虹彩は、何となく僕の父に似ている気がした。


「企む……何を」


 何を考えているのか分からない瞳。だが、確かに、絶対という言葉を使って、言えることがある。


「いったい何をしようとしているんだ。僕を使って、何を」


 口から零れる感情、一つ一つの行動、僕を見ている視線――――その全てが、僕に何かしらの価値を見出している者のそれだった。


「君、もしかしてこういうの慣れてる? それとも猜疑心が強いのかな」


 首が、右に曲がる。日比野はまた表情を変化させた。その間、眼球は僕を認めて動かない。平静で、その心に戸惑いはない。全てが予定調和だとでも言うように、彼は口を開いた。


「僕はね、神様を作りたいんだ」


 そう言う日比野の視線は、一点集中的に、熱を帯びていた。ブレない自己から伸びる、異質の芽。それを僕らは狂気と呼ぶ。彼は正しく狂人だった。


「神? だったら神社やら教会やらにでも――――」

「違う」


 僕から飛び出た言葉を、まるで口に含んだ蟻でも吐き出すかのように、日比野は断じた。


「僕は"神"に救いを求めてるわけじゃない」


 発する語句の全てに、意思があった。上辺や夢うつつのそれではない。この男は、全て本気で言っているのだ。


「神様を"作る"んだよ」

「だから、何故作るんだ」


 問いを立てると、日比野は数秒、黙って、再び指と唇を、最低限に動かし始めた。


「七竈君、神様ってどんな存在だと思う?」


 この質問に乗るのは些か気が引ける。躊躇う他なかった。質問返しをするということは、僕はこいつに転がされているということだ。この男と対話すればするほど、毒を飲まされている感覚を覚える。


「神様というのはね、人の形をしているけど、人ではないものなんだよ。人間の見た目でも、人間の道理からかけ離れている」

「なんだ、唐突に自己紹介なんか始めて」


 僕の茶々入れに、彼は酷く穏やかに笑った。


「だからだよ」


 日比野の手は、焼け過ぎた肉に向かう。ごく当たり前のように、彼は食事を再開した。


「ヒトの形をしているけど人じゃない"神様"なら、きっと僕を理解してくれる。もし作った後、神様が僕を理解出来なかったら……その時は僕も神様になるんだ。多分、人になるよりはずっと簡単だろう」


 一瞬、言葉の意味を辿れなかった。けれど、何故か()()は出来てしまった。


「……それで、何故僕なんだ」


 一呼吸、僕は箸を進めた。炭化した脂質とタンパク質を口に含んで、目を覚ます。この会話は夢じゃない。僕は正気で、日比野も案外正気だ。


「君、思い付きで人を殺したことがあるだろう。それも何度も、特別な理由も感情も無く」


 その単調な台詞は、新原の部屋でも聞いた、少しだけ楽し気な、浮ついた空気に飾られていた。


「わかるよ、僕もだ」


 突然、日比野は僕の胸倉をつかんで、僕の頭を引き寄せる。ケラケラと笑って、彼は僕と額を合わせた。

 下から浴びる熱気で、お互い、脳味噌は熱くなっていた。


「遠くから眺めていたあの頃から考えていた。君と僕は似ている。僕らは理解(わか)り合える」


 日比野の高揚感に置いていかれそうだった。だが、じわじわと、感情が助走をつけてそれを追い抜こうとしていた。

 僕は日比野の胸倉を両手で掴んだ。一度引いた額を、彼の鼻っ柱めがけて、出せる力の全てを以って打ち付ける。


「回りくどい。気持ち悪い。初恋と中二病を拗らせた童貞かお前は」


 その感情は、生まれて初めて得たものだった。銀細工への失望と似てこそいるが、そのベクトルも要素も異なる。


「人殺し何てその辺にぞろぞろ蛆のように歩いているものだ。良心が欠けている非常識な人間も毎日ニュースで名前が出ている。刑務所にラブレターでも送ってろ。それでも足りないなら、お前が住んでるマンションのインターホン全部押してこい。あそこには人間喰ってる化け物も住んでるんだぞ」


 鼻を抑え、顔の半分を赤く濡らす日比野を、僕は息切れと共に見下した。僕が次に息を深く吐こうとした時、彼は上半身を持ち上げ、僕を仰ぎ見た。


「人間を喰うくらいで人間を辞めることは出来ないんだよ」


 口で息をする度、彼の肩が上下に動く。大人しく席に戻った日比野に倣って、僕も腰を落とした。


「それに()()()素晴らしいほどに(ヒト)だよ」


 でも、と彼は間髪入れさせずに、口を滑らかに繋ぐ。


「君は違う。これは僕の直感と主観と色眼鏡と……事実を全て含めて言っている」


 周り回って不誠実を疑うくらいに、日比野は真っ直ぐ僕を見ていた。抑えが無い彼の鼻孔から、とめどなく血液が流れている。その血は確かに僕のそれと同じ、赤だった。


 ――――次に店員がやってくる頃には、僕達は黙って全ての皿を空にしていた。同じものを、同じ手順で、同じ量、腹に詰め込む。


 君と僕は似ている。


 その言葉がまるで水のように、僕の無味無臭の、乾いて仕方がない頭の中で、滲んだ。

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