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冷凍された真夢  作者: 棺之夜幟
二章
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葬儀屋

 和泉霧子の横顔は、スッキリとした目元と高い鼻で形作られていた。纏めていた髪を解いたからか、ふわりと濡れ羽色の束がカーブを描く。姉と和泉恭子と双子であるとすれば、彼女もまた二九歳である。本来はあまり若い部類の女性ではない存在なのだろう。それでも本来の魅力である筈の色気はあまり無く、歳不相応な可愛らしさが秀でている。隣でボーッとしている小清水と一緒に見れば、同い年と言われても何ら不思議はないようにも取れた。

 

「七竈」

 

 ふと小清水が僕を見て笑う。彼はちょいちょいと手招いた。僕は今初めて存在に気づいたというふうに装った。

 

「小清水、待たせた。和泉さんもお待たせしました」

「私は大丈夫よ。さっきあがったばかりだから」

 

 和泉霧子はそう言って、僕の前に立った。不思議と威圧感は少ない。伏せ目がちの目元が、彼女の長い睫毛を主張する。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 スタスタと歩く彼女を追って、僕達は歩く。病院の裏口から出て、真っ直ぐに路地を行く。

 どうやら葬儀屋というのは、大通りや商店街にあるわけではないようで、何度も何度も、僕達は角を曲がった。本当に近いと言えるかといえば、そうではないだろう。体感としては、一駅分は歩いただろうか。

 

「近道っていうものはないの。でも、もう少しだから」

 

 彼女には僕の考えがわかっているようにすら思う。元々、悟るのが早い人間なのかもしれない。知的な雰囲気がより一層誇張されるようだった。ただそれにしても、彼女の足取りは軽く、よく歩き慣れた道なのだとわかる。

 時間が過ぎていく。日はまだ落ちない。不自然な程に時間が進んでいる体感が無かった。どこか、あの夢を見ている時と、似ていた。

 暫くして、和泉霧子は足を止めた。彼女の前にあるのは、錆びて何も読めない看板とガラス扉。何処かの極道モチーフのテレビゲームで出てきそうな、所謂、事務所と言った雰囲気の建物だった。

 

「ここが葬儀屋。大抵のことはここで解決出来るわ」

 

 彼女はそう言って、重そうな雰囲気を醸し出す扉を軽々と押し除けて、中へと足を踏み入れる。僕は小清水と一度顔を合わせる。扉の中から、早くしなさいと彼女が顔を出した。意を決して、僕は葬儀屋の扉を押す。後ろから小清水に押されて、死臭の漂う沼のような部屋へ、体を入れた。

 

「いらっしゃい」

 

 冷房の効き過ぎた部屋で、涼やかな声が聞こえた。ハッと僕が顔を上げると、乱雑に書類と段ボールが置かれている部屋の中、受付と書かれたデスクがポツンと一つだけ階段のそばで佇んでいる。その中で興味無さげに新聞を読む、一人の青年がいた。毛先だけを黄土色に染めた彼は、僕に目を合わせると、銀のピアスを光らせながら目を細めた。

 

「随分とまあ、面倒臭いのを連れてくるな、霧子さん」

 

 その言葉を聞いた和泉霧子が、眉を潜めて青年を見下す。

 

「アンタらよりは面倒なことにはなってないわよ」

 

 多分、と付け足して、彼女は青年の隣、階段を駆け上がっていった。青年の痛い目線を浴びつつも、僕達もそれに続いた。

 二階に上がると、死臭はより強まって、更には独特な煙草の臭いがそれらと混ざり、吐き気すら感じられる空間が出来上がっていた。僕が思わず口に手を当てていると、隣に立つ小清水は、更に血の気が引いた表情をしていた。

 

「おや、霧子さん。珍しいですね。お友達ですか? それとも新しい彼氏さん?」

「誰がこんな子供を彼氏にするのよ。アンタらの客を連れてきてあげたんでしょ」

 

 和泉霧子とそんな会話を繰り広げていたのは、喪服に身を包んだ、凛とした女性だった。ストレートの黒髪に、赤い唇と墨で塗りつぶしたような瞳。深淵をも観んとする彼女と目を合わせれば、こちらが引き摺り込まれそうに感じた。

 

「こんにちは。私は八百原と言います。この葬儀屋の社長をしております。さあ、お茶でも煎れましょう。本日はどのようなご用件でいらっしゃいましたか」

 

 凪、と八百原は言って、廊下から一人の男性を呼びつけた。彼はここの社員なのか、黙って湯と茶葉を用意し始める。僕達は八百原に言われるまま、ストンと革張りのソファに腰を落ち着けてしまった。

 すぐに僕達の前に煎茶が置かれていく。ソファで囲むテーブルの上には、客に出すには多いほど山盛りにつまれた正体不明のグミのような菓子が置かれている。霧子はそれを何の躊躇いもなく口に放り込んだ。

 

「なんか、おばあちゃんの家みたいだな」

 

 何処か不安げな表情をしつつ、小清水がそんなことを言った。

 

「実際、そこの女社長はババアだからね」

 

 霧子の一言で、八百原がおやまあとのんびり口を抑えた。少しピリッと張り詰めた空気が流れる。

 

「まあまあ、おばあちゃん家だと思って寛いで下さっても構いませんから。ここはそういう場所として開放しているので」

 

 八百原がそう言って笑う。僕は彼女の茶を飲む手に、キラリと光る鱗のようなものを見て、あの夢を思い起こした。

 僕がここを訪ねた意味を、思い出す。

 

「……ここなら、僕が見ている夢について、何かわかるかも知れない、と。大学の先生と霧子さんに言われて、ここまで来ました」

 

 僕の目の前にある湯呑みに、茶柱は浮いていない。

 それでも、僕が言葉を決するには十分な事象が揃っていた。この葬儀屋がどんな場所かを僕は知らない。それでも、頼るしかないと思える程に、僕の頭の中は追い詰められていた。

 

「人を食う男の、そいつの日々を俯瞰する夢を見るんです。それは決して、ただの悪夢じゃない。そいつは確実に、僕のことを夢を通して認識している」

 

 僕がポツポツと言葉を繋いでいると、八百原はにっこりと微笑んだ。その微笑みの中の、薄らと見える瞳が、心臓と腸を掴まれるようで、僕は咄嗟に目を逸らした。

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