第59話 邪竜ファヴニール
お待たせしました。
奥へと進んでいく。
より一層静けさと暗さが増した気がして不気味で仕方が無い。
「……クロウ様、マナの濃密さが上がったわ」
〈啓現の魔眼〉を持つグレースの発言を受け入れるなら魔獣との戦いが近いということだ。
彼女の言葉により、全員が――アルヴィナ以外が――思考を切り替える。
狭い洞窟からとてつもなく広い空洞に出た。
アルヴィナのポールウェポンの光が強く輝きすぎて――眩しいなオイ!!
「クロウ!!」
視力がいいアンナは眩しそうに目を覆うように手をかざしながら叫ぶ。
目の前でマナが渦巻いていた。
今までの中で一番デカい!!
「強敵だー!!」
「喜んでる場合じゃありません!!」
「ホントよ馬鹿犬!!」
……こんな時でもシャーリーはブレねえなあ。
「パパ」
メリーが服の裾をちょんちょん引っ張るので振り向く。
「パパなら大丈夫、勝てるよ」
「よーし、パパがんばっちゃうぞー!!!!」
婚約者ズは呆れ顔だ。
「クロウ様なら大丈夫ですよ♪」
グレースさん、顔が引きつってますよ。
引き締めたはずの気が一気に緩んでなんだかなあと思ったが、逆に緊張が解けてスッキリした。
目の前に現れる敵に集中しよう。
濃密なマナの塊が生み出したのは巨大な爬虫類だった。
紫の滑らかな鱗に覆われ、蛇のように長い身体。
捩じれた山羊のような二本の角は悪魔を思わせる。
四本の足と巨大な翼、そして細長い瞳孔が俺らを睨み付けた。
目の前の敵を引き裂かんとばかり、巨大な口を広げ吠える。
鋭い牙がびっしりと並んでいるのが嫌でも目についた。
「グレースこいつは!?」
恐らく森妖精の間に伝わっているから知っているであろう、彼女に訊く。
グレースは魔獣から目を決して放さず、口を開いた。
「分からないわ、でも見た目からして竜に違いないわ」
なんてこった。遂に竜のお出ましだ。
魔獣のドラゴンがどのくらいヤバイかは分からないが、凄まじい殺気を浴びさせられて今までの敵のようにはいかないと察する。
しかもグレースもそれ以上の事は分からない、情報が乏しければそれだけ戦闘は不利になってしまう。
「来るぞ!!」
ファヴニールの僅かな気配の揺らぎを察知したシャーリーが叫ぶ。
全員が本能的に回避行動をとる。
ファヴニールはまるで蛇のように身体をくねらせ突進してきた。
迫り来る巨体が脇を通りすぎ、発生した風圧に吹き飛ばれそうになる身体にグッと力を入れて踏みとどまる。
動かないでいたら今頃挽き肉になっていただろう。
身体能力の高くないエリザはユニコーンレオ化したメリーの背に乗って事なきを得た。
「もう次が来るわ!」
アンナの警告通り、ファヴニールは首を捻って口を大きく広げている。ただの威嚇じゃない!
紫色の煙が吐かれる。
九頭竜ヒュドラ戦の経験からすぐに猛毒だと脳内に結論が出て、全員がそれぞれ咄嗟にかわしていく。
「息止めて!! ちょっとでも吸ったら不味いわ!!」
アンナが叫びを上げる。
毒のエキスパートの彼女が喜ばず、切羽詰った発言をするからには相当なのだろう。
ヒュドラの毒により危機に陥ったシャーリーの時のように治癒すら許されないと頭の隅に置いておく。
『かわしたか、虫けらどもめ』
重低音の声が響き渡る。
俺ら全員が驚愕の表情を浮かべる。
こいつ、魔獣なのに言葉を話せるのか!!
『我は邪竜ファヴニール。勇者を喰らい、人の世を終わらす魔獣の一体也』
ただでさえビックリしているのに更に新たな事実がファヴニールとやらの口から漏れ出す。
北欧神話にそんな名前のドラゴンがいた気がする。
彼(?)の発言が正しいなら魔獣は人を絶滅させる存在ということになるが――
『これは驚いた。勇者は容姿端麗と聞いているがまるで野卑な山賊のようではないか』
俺達にとっては大きな鼻息を噴きながらファヴニールは吐き捨てる。
鼻で笑ったのだ。
俺の。
顔を。
「ク、クロウさん落ち着いて!!」
びきびきと頭の血管が浮き出て、ぶっつんと何かが切れそうになってる俺にエリザが慌てたように声をかける。
「お前は俺を怒らせた」
勇者の剣を奴に突きつける。
こいつは倒さなければならない。
サーチアンドデストロイだ!!
『頭も良くないようだな』
その一言で俺の脳は急速に冷え込む。
挑発されていたのだ。俺の思考を奪い、戦いを有利に進めるために。
「最強と謳われるドラゴンのくせに、随分と暗くて狭いところに現れたな。それに――」
女性陣がハラハラと見守る中、俺は言い放ってやる。
「ドラゴンっていうより、羽の生えたしなびたイモリみたいじゃないかお前」
威圧が俺達に降りかかる。
気を緩めたら潰されてしまいそうだ。
『よかろう、全力で叩き潰してくれる』
「それはこっちの台詞だ」
お互いにゴゴゴゴと擬音の出そうな威圧を振りまきながら対峙する。
俺は下半身に力を溜めていく。
力を解き放つ。
爆発的な推進力でファヴニールに突っこむ。
『真っ直ぐ突っこむだけか、愚か者め』
頭を振り、角で打ち払おうとする邪竜だが――
そんなことこっちだって分かりきってるに決まってるじゃないか。
俺は心の中でほくそ笑みながら進行方向を急激に曲げる。
正しくは途中で曲がれるように力をコントロールしていた。
『何!?』
ファヴニールは驚愕し、俺の攻撃に対応しようとしているが遅い。
俺の勇者の剣は奴の翼の皮膜をシーツのように割いていく!!
「すげえ!! さすがクロウ!!」
「またそうやって一人で突っ走る!!」
「もうクロウ様一人でいいんじゃないかしら」
「パパやっちゃえ!!」
「応援してないで私達も援護に入りますよ!!」
「…………」
女性陣はわいのわいの騒いでいて、エリザとアンナの二人を中心に支援に入ってくれるようだ。
『さすがに侮りすぎたな。そして――』
俺の目の前からファヴニールの首が消えて、代わりに尾が現れる。
つまり一瞬の内に身体を回転させやがったコイツ!!
『それはお前もだ』
反射的に身体を動かしたが、奴の尾が掠める。
ケルベロスの攻撃より凄まじい打撃が襲い、痛みが危険をひっきりなしに知らせてくる。
「「クロウ!!」」
「クロウさん!」
「パパ!!」
女性陣がファヴニールの気を逸らすべく、各々攻撃を放ってくれる。
意気込んでいた中、こんな有様じゃ全く持って面目ない……。
「傷を治す水よ! 〈癒しの水〉!」
駆け寄ってきたグレースが治癒魔術をかけてくれて大分マシになったが、完全に治す高位の治癒魔術を使うには隙が無さ過ぎる。
「ちくしょう、全然手ごたえがねえ!」
「いいからクロウが復帰するまで時間稼ぐわよ!」
「アンナの言うとおりです! 貫け氷槍! 〈氷柱の投槍〉!」
「〈闇の砲撃〉!!」
ファヴニールはシャーリーとアルヴィナを軽くあしらい、アンナの援護射撃とメリーとエリザの魔法・魔術を受けても全く傷つかない。
それでいて彼女らを叩きのめさず、毒の息を吐いたり尾を叩きつけたりと俺を執拗に狙ってくる。
俺と彼女達のただならぬ関係を察知したのか、彼女らの目の前で俺を殺したいのかもしれない。
『女に守られるとはなんとも情けないことよ』
「言ってろ、ドラゴンもどき」
ファヴニールは口を開けて蛇のようにシャアアアアと唸った。
どうやら地雷を踏んでしまったようでござる。
奴は開けた口を閉じずに、紫色の炎を吐いてきた!
「クロウ! あの炎、嫌な臭いがする!」
「さすが嗅覚はピカイチね。あの炎から毒気が発生しているわ!!」
シャーリーとアンナの忠告を一瞬にして整理。
つまり奴の毒はガスであり、あの炎は猛毒のガスを発しているということか。
「荒れ狂う水よ、舞い踊れ!! 〈流水の竜巻〉!!」
グレースが魔術で水の竜巻を発生させた紫色の炎を消していく。
しかし洞窟内で奴の攻撃は脅威だな、毒ガスが篭っていくだけでなく酸素が消費されてしまう。
速攻で決着をつけるべきだ、と結論を出し俺は痛む身体を無理やり動かす。
今までにないスピードでファヴニールを撹乱しながら、すれ違いざまに勇者の剣で斬りつけていく。
ファヴニールもまた、俺に合わせてスピードを上げていく。
あのシャーリーですらも俺らの攻防についていけず脱落、エリザとグレースと護衛のメリーは奴が撒き散らす紫色の炎の消化に当たっている。あ、シャーリーも護衛に回ったようだ。
アンナは予測射撃で矢を撃ちまくっている。
たまに俺に当たりそうになるが身体を捻り、逆に俺の身体を陰にした奴への奇襲へと変えていく。
俺が避けれると信じているのだろう。
アルヴィナは唯一俺らの戦闘についてきて、ポールウェポンの強烈な一撃を見舞っている。
やはり相当ダメージを喰らうのか、ファヴニールも認識を改めたようでそればかりは避けていく。さっきからそれだけ力を解放していてくれれば良かったのだ、これは――
「あっぶね!!」
まるでリンボーダンスのごとく腰を落として上半身を逸らし、尾の一撃をかわす。
尾が真上スレスレを過ぎ去り、凄まじい緊張感が沸いてくる。
『余計なことを考えている場合か?』
俺の一瞬の焦りを愉快そうにしているファヴニールを見て、一切の雑念を取り払う。
すると、奴も楽しげな雰囲気をかなぐり捨てて殺気の密度を練り上げていく。
『そうだ、それでいい。勇者よ、本気で殺しあおうではないか。
それこそが我らの宿命だ』
びりびりと空気が震えだす。
誰一人して声を出さない、いや出せない。
奴から目を離せないため女性陣の様子は分からないが、彼女らは身動き一つとれない状態のはずだ。
静寂の中睨みあう。
この場に居る全員の呼吸音が耳につく。
どちらからともなく、俺とファヴニールは動き出す。
この世界に来てから――いや生まれてこの方、最速の動きを持って接近する。
交差する一撃。
その決着は。
「え」
首の無い、どこか見覚えのある胴体が目に映る。
というか、こんな高さまで跳んだ記憶が無い。
「そ、そんな」
「クロウさん!!」
シャーリーの絶望するような声とエリザの叫び声がこだまする。
ああ、なるほど。
首の断面から血を吹く胴体は俺の物だ。
どうやら首を飛ばされたらしい。
ここまでか。
俺はゆっくりと目を閉じ――




