第42話 定番のあの魔物
森妖精の闇の堕とし子グレースの言葉に対し、エリザはキッと睨みながら答える。
「……あなた、自分が何を言ってるのか分かっているのですか?
魔女の烙印を押されたあなたがついてくることで、勇者軍の評判と士気が落ちるかもしれないのですよ」
「それが何? 私が活動していた頃にあなたの種族である吸血鬼はいなかったけど、時々結界の中で風の精霊から聞く噂はいいものじゃなかったわ。
だからあなたもそれは変わらないでしょ?」
今にも女同士の戦いが始まりそうな中、初めて聞く情報が飛んでいた。
どうやらグレースが魔女として封印される前に吸血鬼は存在しなかったらしい。
少なくとも七千五百年以上ある歴史の中で彼女らは比較的新しい種族ということだ。
エリザが言い返せずに黙り込むのを見届け、グレースは俺に笑顔で振り向き自己アピールを開始する。
「ついて行かせてくれるなら存分に尽くしてあげるわ。
それに戦闘じゃ私は役に立つわよ、何たって高貴なる森妖精の女魔法使いなんだから」
「なっ!?」
衝撃的な事実を知り、俺もむすっとしてた女たちも雷が落ちたかのような衝撃を受ける。
エルフの闇の堕とし子であるかと思った彼女は、なんとハイエルフの闇の堕とし子だったのだ。
「この茨の森を作ったのも私。地水という二重属性で結界を張ったのも私よ。
どう? すごいでしょ♪」
更には彼女は封印されたのではなく、自ら自分を封印したと言うではないか。
「なんでそんなことしたんだ?」
シャーリーが訊ねる。
彼女のよく考えず直球に投げる言葉にナイスボールと言いたい。
「……この世の中が退屈だったからよ、だから結界を張ってほとんどの時間を眠ってたの」
グレースはうんざりしたような顔をして答える。
でもなんだかその顔は退屈というよりも――
「それよりも女魔法使いとわざわざ言いましたが、女だからって何か特別な能力でもあるのですか?魔法使いは」
エリザは眉間に皺を寄せて質問した。
確かに魔法使いだというアピールだけで十分だ、わざわざ女を頭につける必要はあまりない。
「ああ、勇者は男しか居なかったしハイエルフは秘密主義だったわね。
……そうね、私をクロウ様のお嫁さんにしてくれるなら教えてあげてもいいわ♪」
「ちょっとアンタ!! ポッと出なのに私たちの前で何様なのよ!?」
「……アタシがイラッと来たのはなんでだ」
そらシャーリーも出会って戦った後にいきなり求婚してきたからな。
「クロウさん、あなたからも何か言ってください」
エリザから凄まじい冷気が俺の身体を取り巻き身震いした。
下手なことを言えば氷像になりかねないな、これ。
「……さすがに今すぐには頷けないな」
シャーリーも他二人に比べれば短い付き合いで婚約を決めたが、それでも初対面の時はひとまず置いといて魔獣戦を経てから今の関係に至ったのだ。
流石に一日も経たずに結婚を決めるのは躊躇われる。
それがどんなにプロポーションのいい彼女でもだ。
「愛人でもいいわよ♪」
俺の発言に対し、胸を寄せて提案をしてくる。
深い谷間に俺の視線が吸い込まれてしまう。
もちろん婚約者三名の怒りは噴火寸前だ――彼女に対しても俺に対しても。
「……婚約や愛人関係は置いといて、連れて行ってやる。代わりにこちらの言うことは聞いてもらうぞ」
「クロウさん!」
俺の答えにエリザが反発する。
〈誘惑の魔女〉の悪名を持っているとはいえ、戦力が増えるのは好ましい。それがハイエルフなら尚更だ。
それに人には失われ、ハイエルフのみが継承する魔法についても詳しく知りたい。
ハイド師匠が教えてくれたのはあくまで魔術を模倣した魔法だ。
魔術が詠唱や魔術陣を必要とするのは、精霊に「魔力分けてあげるから魔法であーしてこーして」という呼びかけであるからだ。
精霊を中間するため、自分が思い描いた魔法を行使させることは精霊と交友の深いエルフですら困難を極める。
だが勇者である俺やハイエルフであるグレースは違う。
自分の思い描いた超常、魔法を使うことができるのだ――もちろん魔力の消費や法則などの制限がつくが。
……決して大きな胸の魅力に負けた訳ではない。
本当だよ!?
「……分かりました」
「帝国を倒すためなら仕方ないわね……」
「アタシはクロウに従う」
「いいよ、パパ」
女性陣もしぶしぶ納得した。
メリーだけがあまり否定的ではないようだ、前に「誘惑されるなよ?」と言っていたのに。
実際に会ったことによって印象が変わったのだろうか。
「じゃあ教えてあげるわ、女の魔法は男の魔法より強いのよ。
マナや魔力の流れが見える〈啓現の魔眼〉を持っている、ハイエルフしか知らない極秘事項よ」
思ったより単純で「お、おう」と言ってしまうような内容なのだが、エリザは違うようだった。
「隠しているのは女性が地位を得すぎる可能性があるからですか? ……女神教のように」
「ええそうね。オッドミームでも嫌な風習があるくらいだし」
日本も男尊女卑社会を形成するために、女人禁制とかあったな。
女神教も創造主が女神であるため、女性しか上層部になれないことから女尊男卑派もいるという。
エルフたちは女性が頂点に君臨することを危惧して、何をやっているのだろうか……。
なんやかんやでグレースが仲間になった。
これから鳥人や人魚を探していくこととなる。
「下がっててね、今道を作るから」
彼女がそう言って前方に集中し始めると、縦横無尽に張り巡らされた茨が一斉にうねうねと動き出した。
まるでモーセの十戒のように道が開けたではないか!
「すげえ!」
「すごいすごーい!」
シャーリーとメリーが歓声をあげる。
「本物のハイエルフ……」
「言ったでしょう?嘘をついてるとでも思ったの?」
「ハイエルフとエルフは外見じゃ殆ど見分けがつきませんからね」
「はいはーいそこまで。時間が惜しいから進もうな」
エリザとグレースがまた火花を散らし始めたので先を促す。
彼女らは同時に「ごめんなさい」とハモって再び顔を合わせる。
女吸血鬼は冷たい視線を、森妖精の魔女は冷ややかな笑顔を。
……また悩みの種が増えてしまったな。
グレースに会う前に苦労したのが嘘のように、容易く茨の森の入口に戻ることが出来た。
ユメが繋がれた馬車に乗り込み、グレースに茨をどかしてもらいながら進む。
すると普通の森に出たのだが、やはり南方とあってか植生が大分違うようだ。
と、何やら緑色の半透明の水あめみたいなのが這っている。
あれはもしや――
「粘生物ね」
アンナがそいつの名前を言う。
やっぱり思った通りスライムだったか。
「おお、あれが……」
俺は多くのファンタジーゲームで最初の雑魚敵である奴に出会えたことに、謎の感動を覚えていた。
「なんでスライムにそんな感動しているのよ……」
「賊妖精たちが駆除してるから見かけないだけで、館の周りの岩の裏とかにもいますよ……」
「なんでクロウはあんな弱っちいのが気になるんだ?」
「パパ、スライム好きなの?」
「あら、クロウ様はスライムでの夜遊びが好きなのですか?」」
アンナとエリザに呆れられ、シャーリーとメリーに疑問を持たれ、グレースはいかがわしそうな言葉を口にする。
「いや単純に初めて見て感動してるだけだから……」
グレースの一言でエリザとアンナ、メリーにまで疑いの目をかけられたので誤解を解いておく。
確かにぬるぬるした液体があれば夜が楽しくなりそうだが、さすがに魔物の一部を使う気にはなれんなあ……。
ともかく全員で馬車を降りて俺はスライムを撃破する。
スライムには核たる器官があり、そこが弱点との事。半透明の部分への攻撃は無意味でうっすら濃い内蔵にもダメージが通る。
後は火の魔術も効果的らしい。
「あ、あっちにもいるよ」
メリーが新たなスライムを見つける。
「あら、こちらにも」
エリザが違うスライムを見つける。
「ここにもいるわよ」
グレースがまた違うスライムを――。
「うげっ」
「マズイわね……」
シャーリーが鼻をひくつかせた後に呻き、アンナが半眼で遠くを見ながら呟く。
そう此処は――
「なんでこんなにスライムがいるんだよ!!」
スライム地獄でした。
いや多すぎるでしょ。
そのうち合体しそうだぞコイツら。
「包囲されました!」
スライムはナメクジのように這いながら寄ってきた。
まるで俺たちがスライムの海に浮かぶ小島にいるかのような、そんな状態になってしまった。
アルヴィナが叩き潰しているが、キリがない。
この量のスライムに一斉に襲い掛かられたら窒息し、奴らに瞬く間に取りこまれてしまうだろう。
何より俺の女達とメリー、アルヴィナをスライムまみれにさせて汚される訳にはいかない……ユメとグレースも守ってやらねば。
「あら、私の腕の見せどころかしら」
グレースがそう言うなり茨が生え始め、スライムたちを蹂躙する。
のた打ち回る茨に核を潰されていくスライムたち。
「キリがないわ!」
アンナが鉈で斬ったり、クロスボウで核を射抜きながら言う。
全員で背中を守るように戦っているが、スライムたちは減る気配が一向に見えない。
「俺が凍らせる」
埒があかないのでメンバーに声を掛ける。
グレースだけがキョトンとしていた、彼女は俺が魔獣のマナを吸収する能力を知らないからな。
〈破滅の厳冬!!〉
南の森にて猛吹雪が吹き付ける。
身体がほとんど水分のスライムはあっという間に凍り付いた。
凍っている様はまるで巨大なエメラルドが転がっているようだった。
凍ったスライムたちはアルヴィナに瞬く間に粉砕されていった。
ナムアミダブツ。
「す、すごいわ。さすがクロウ様。
水属性も使えるのね」
グレースが笑顔をひきつけながらも俺を褒める。
闇の勇者であることは伝えていたので、どうやら彼女は二重属性持ちと勘違いしているらしい。
「いや、氷狼王フェンリルを倒してマナを吸収した結果手に入れた能力だよ。
地獄の番犬ケルベロスの炎も出せるぞ」
グレースが完全に笑顔のまま固まってしまった。
俺やエリザが物理的に凍らせた訳ではない、どうやら魔獣を二体も倒したことを理解しようとして処理が追い付かないらしい。
「ほ、ほんとに素晴らしいわクロウ様! 魔獣を二体も倒しただけでなく、魔獣の力を自分の物にしてしまうなんて!!」
グレースはようやく停止を解いて褒め称えてきた。
……スタイル抜群の美女に褒められて悪い気はしないけど、なんだか引っかかるんだよなあ。
足元を見やると最初応戦していたときに飛び散ったのか、スライムの一部が落ちていた。
手にとってみるとゼリーのようにぷるんぷるんしていて、ぬるぬるの粘液に覆われている。
粘液を人差し指と親指で抓んで上下に開くと、糸を引くではないか。
「パパ……」
「私に使ったらどうなるか分かるわよね? クロウ」
「自分に使ってでも軽蔑しますよ、クロウさん」
「あら私はいいわよ、クロウ様が望むなら」
「よく分からないんだがどういうことなんだ??」
まだ何も言ってないんだけどな……。
興味を持っただけでエリザとアンナに冷たい視線を浴びさせられてしまう。
最初から使う気は無かったが、メリーを始めとした三人に嫌われると分かれば興味すら失せた。
ようやく手に入った俺の幸せだからな、彼女らは。
「――静かに」
急にアンナの顔に警戒の色が表れ、耳を澄ませ始めた。
賊妖精の聴覚が何かを捉えたらしい。
「これは――歌?」
「!! 聞いてはいけません、アンナ!!」
アンナが歌が聞こえると言うなり、エリザが耳を塞ぎ始める。
一体どうしたというんだ?
「ハーピーによる呪歌に違いありません!!
聞けば相手の術中に陥ります!!」
スライムたちを倒したと思ったら、どうやら交渉しようと思っていた相手が先制攻撃を仕掛けてきたらしい。
小さくはあるが綺麗な歌声が聞こえてきた。
俺たちは耳を塞ぎながら、姿なき歌声の主に対して警戒するのであった。
救世の暗黒勇者でのスライムはでっかいアメーバみたいな魔物です。




