第43話 鳥蟹合戦
綺麗な歌声がどんどん大きくなってきた。
いや、違う。声の主が近づいてきているのだ。
再び円陣を組み警戒しようとするが中々上手くいかない。
アルヴィナとメリー以外、俺含めて歌声を詳細に聴かないように耳を塞ぐので精いっぱいだったからだ。
しかし突如メリーが俺の影に潜り込み、脳内で歌が止んだことを教えてくれる。
それから間もなくして上半身が人間のようで鳥の翼と下半身を持つ存在がぽとぽとと何人も落ちてくる。
おそらく彼らが鳥人なのだろうが、それにしても一体何が――
「ヒイイイイイイン」
「ユメ!」
どうやら夢魔のユメが眠らせてくれたらしい。
グッジョブだ。
最低でも同盟を組みたい彼らを傷つける訳にはいかないからな。
落ちてきたハーピーたちをまじまじと観察する。
ハーピーはギリシャ神話に出てくる上半身が人間の女で、鳥の下半身と腕の代わりに翼を持つ怪物だ。
だが、この世界の彼らは女だけでなく男もいるみたいだ。
女はきちんと胸に布を巻いてたりする。
……邪な考えがよぎったせいか、後方から鋭い視線が刺さってきて怖くて振り返られねえ……。
彼らを無力化するのにグレースが棘のない蔦を呼び出してぐるぐる巻きにしてくれた。
エリザ曰く、ハーピーの翼の骨格が脆いそうなので慎重に作業してもらう。
巻き終わると同時に一番体格が良く、羽根の艶がいい男のハーピーが目を覚ました。
「我が領域を荒らしにきた人間め!」
「「「ヒューマンめ!」」」
彼の言葉に続き、他のハーピーが一斉に口を開く。
どうやら彼がこの中で一番偉いらしい。
「違う、俺たちは君たちや人魚と同盟を組みに来たんだ」
「嘘をつけ!ヒューマンは敵!ヒューマンは自分以外をヒトと思わない!」
「「「思わない!」」」
うーむ、中々にヒューマンは悪い種族だという認識がこびりついてしまっているようだ。
うちの構成員も全員ガルニアを目の敵にしてるし、彼らもヒューマンとあらば襲い掛かるほど酷い目に遭ってきたのだろう。
「クロウはガルニアのヒューマンじゃねえぞ!勇者だ!」
俺が言われようのない非難を浴びてるせいか、シャーリーが声に険を含みながら言ってくれた。
「勇者だと……」
「「「勇者だと……」」」
途端にハーピーたちはざわめき出す。
勇者のネームバリューやべえな。
「証拠は!?」
「「「証拠は!?」」」
「〈闇の精霊〉のメリーだよ」
メリーが彼らの前に出てターンする。フリフリのスカートがふわりと円を描く。
やっぱりうちの子は可愛いなあ。
「間違いない、勇者だ」
「「「勇者だ」」」
ハーピーたちが俺を勇者だと理解してくれたらしい。
彼らの態度が申し訳なさそうになる。
「すまない、ヒューマンだからと誤解したようだ。詫びさせてくれ」
「「「詫びさせてくれ」」」
いいですけど……その訓練された社蓄のような後に続く言い方やめてくれませんかね……。
ああ、古傷が開きそうだ……。
誤解を解き、彼らを解放する。
先程の体格のいいハーピーが名乗り出てきた。
「我が名はニコトエア。ハーピーの長だ」
なんとハーピーたちのトップだった。
「最近辺りがおかしくてな、帝国の仕業かといつもより警戒していたのだ」
異変も気になったがまずはハーピーの事情を聞くことになった。
まず彼らは子育てが絶望的に下手らしい。
なので同じく呪歌を使えるローレライに託児してるらしい。
その代わり、この辺りで食べ物を集めたり哨戒にあたってるという訳だ。
「だが最近、川から流れ出る水に毒が含まれててな。
それでいつも以上に神経を尖らせてしまっていたのだ。」
川から運ばれた毒が海に流れ込むと、ローレライだけでなくそこで育つハーピーの子供も害しかねない。
ゆえに汚染源を調べていたようだ。
「この近くにある大沼から発生している、ゆえに勇者たちを疑ってしまった。
本当に申し訳ない」
「それなら疑っても仕方ないな」
聞いてる限りじゃ春が来たばかり、つまりブラドの館では訓練場が出来上がった頃に毒が海に注がれ始めたようだ。
「グレースは何か知ってるか?」
「待って……」
グレースは近くにある小川の傍まで行き、じーっと集中する。
「大沼に棲んでる魔物が毒を吐き始めた、みたいなことを〈水の精霊〉が伝えてきたわね。
姿をとってないから詳細は分からないわ」
どうやら俺達には見えないウンディーネと話していたらしい。
同じ精霊であるメリーがグレースの隣に行き、水面を見つめる。
「その魔物が増えすぎてるみたいだね」
「あらさすが精霊同士ともあって、私より詳しく分かるのね」
メリーもウンディーネの意を汲み取り、分かる範囲を伝えてくる。
「水で姿を現してくれれば強い意志で、もっと詳しい話を聞けるのですけどね」
「おそらくこの辺の小川にも毒が混じっていて、姿をとれるほどの力がないのよ」
「……私が言うつもりだったのですが」
「あらそうなの?ごめんなさいね」
エリザとグレースがそう教えてくれた……喧嘩しながら。
うふふふ、おほほほと悪役のお嬢様みたいな笑い方で牽制し合っている。
エリザはグレースを目の敵にするし、グレースが更に挑発するものだから俺への説明だけでもこうして衝突してしまうようだ。
アンナとシャーリーの二人の喧嘩が可愛らしく見えてくるよ……。
「勇者よ、呪歌の件だけでなく祖が魔王に与していた事といい、図々しいがその魔物の駆除を手伝ってはくれぬだろうか。
我らハーピーは貴方に協力するし、ローレライとの仲介も引き受けよう」
彼らの種族もまた魔王に与した経歴があるらしいが、そんなものは彼ら自身の所業じゃない。
「過去のハーピー達のことを俺は知らない。それよりも貴方たちが帝国打倒に協力してくれれば俺はうれしい」
俺が手を伸ばすと、ニコトエアも翼を差し出し軽い握手をした。翼が折れたら大変だから軽く、だ。
「うふふふふふ」
薄気味悪い女の笑い声がする、声の主は……まあ一人しか居ないわな。
「アンナ、毒のことになるとこうなのですよね……」
ニヤニヤ笑うアンナにエリザがため息をつく。
毒好きウーマンことアンナが毒沼と聞いてからテンションが鰻登りなのである。
普段は気が回るいい女なのだが……まあこれも彼女の魅力の内なのかもしれないと考えるようにしよう。
シャーリーはそんなアンナを見たことなかったのでギョっとしていたし、グレースはふうんといった感じで彼女を見ていた。
「クロウ、すぐ向かうわよ!モタモタしてたら魔物が逃げちゃうかもしれないわ!」
「大沼に棲んでいるから逃げないと思うぞ……」
アンナに急かされ俺ら一行は馬車に乗り、ハーピーたちはその上空を飛んでついてくるのであった。
大沼に着いた。
アンナに鞭を打たれ、猛スピードを強制されたユメがへとへとになっていた。
「アンナ、少しは自重しろ」
「私的な事でユメを疲れさせないでください。
今後重要な面で支障が出たらどうするんですか」
「ご、ごめんなさい……」
珍しくアンナが俺とエリザに叱られる事となる。
俺はアンナから視線を大沼に移す。
「……しっかしまあ、予想以上に酷いな」
大沼はもはや毒沼といった感じであった。
水が紫色に変色しており、いかにも毒々しい見た目となってしまっている。
「春になる前は普通の沼であったというのに」
ニコトエアが辺りを警戒しながら呟く。
沼をこんな風にしてしまった魔物とは一体――
「何か聞こえたわ!」
「クロウ!なんかいるぞ!」
アンナ、シャーリーが気配を察知する。
アルヴィナもすぐさま応戦できる体勢になっていた。
ごぽごぽと沼のそこら中に気泡が沸いてくる。
それ全てが魔物の息だとしたらとんでもない数だ。
やがてぬーっと魔物が姿を現した。
「魔蟹です!」
エリザが魔物の名を叫ぶ。
一言でいえば大きな蟹。
だがその甲殻は堅そうなだけでなく、棘状の突起が生えている。
体当たりや腕で叩きつけられたら痛そうだ。
最初の一匹に続いて次々に現れる。
片方のハサミが大きいものもいれば、両方のハサミが同じ大きさで前者より小さいものもいる。
「沼には入らず遠距離攻撃だ!」
誰も入らないと思うが一応言っておく。
シャーリーでさえ突っ込みたくてうずうずしてはいるが、右腕の無い俺の隣にきて守りを固めることにしたらしい。
アルフォンス師匠なら何も考えず「突撃である!」とか言って突っ込んでた、そして平然と戻ってくるだろう。
俺とメリーで〈闇の弾丸〉という〈闇の砲撃〉の下位互換だが、飛び回るハーピーを巻き込まない小規模な魔法を展開する。
ハーピーたちは呪歌を歌っているためかカルキノスたちの動きがぎこちない。俺たちには影響が出ないようにしてくれてるみたいだ、すげえな。
呪歌というのは名前の通り、呪術が基礎にあるらしい。
彼らの声は在り方を変えたことで、敵味方に様々な影響をもたらすのだ。
「カルキノスの毒……絶対手に入れるわ」
「クロウ様!私が一番多く倒すわ!」
アンナがクロスボウの矢を浴びさせ、グレースが茨を生やして叩きつけている。
アンナはやる気十分だし、グレースも俺にいいところを見せようと茨が毒で汚染されようともどんどん攻撃している。
鬼神迫る彼女らがちょっと怖い……特にアンナは嫁に来てもらうから今後が気になってしまう。
彼女との子供が彼女の毒これくしょんに手を出さないか心配だ……いやまだそんなこと考えるのは早いし、そんな場合でもないか。
迫りくる巨大蟹を俺の傍にいるシャーリーが叩き斬り、アルヴィナが叩き潰していく。
するとカルキノスは一定の距離を保って近寄って来なくなった。
口から紫色の泡がぶくぶくと出てきている――まさか。
「全員避けろ!!」
俺の一言で全員それぞれの方向に避ける。
するとどうだろうか。
各自が立っていた場所にカルキノスが紫色の液体を吹いてくるではないか!
「カルキノスが大量発生したのが原因で間違いなさそうですね!――氷よ盾となれ、〈氷の盾〉!!」
エリザが言うようにこいつらが元凶なのには間違いない。
だったらこいつらを倒すことこそが、今やるべきことである。
ハーピー達はまるでトンビのように上空をぐるぐる回って歌い続ける。
彼らのおかげで毒液鉄砲の精密さは欠かれている。
「勇者殿!!様子がおかしい!!」
上空のニコトエアが叫ぶ。
俺たちはすぐさま大沼の中心に目を向ける。
「マナが渦巻いてる……?」
グレースが〈啓現の魔眼〉で、俺達には見えないマナを観測している。
だがやがてそれは黒い色を以て具現化する。
俺は監獄冥府タルタロスで出会った地獄の番犬の時と同じだとすぐに気づいた。
「魔獣が現れる前兆だ!!全員警戒態勢!!」
アンナたちは気を引き締め、ハーピーたちは一瞬ビクついていた。
――やがて黒いマナは収束し、伝説が姿を現す。
それは蛇のように長い首を持っていた。
それも一つじゃない。ケルベロスを凌ぐ九つの首。
胴体は四本脚に尾があり、よくファンタジーのイラストで見るドラゴンのものだった。
爬虫類じみた眼で睨まれ、俺たちはまるでカエルのように動けなくなる。
「九頭竜ヒュドラ……」
グレースが驚愕しながら奴の名を呟く。
ヒュドラ。
ギリシャ神話に出てくる怪物。
首の一本は不死身で、吐く毒は無敵の英雄であろうと死に至らせる。
この世界の奴はそこまで能力高くないだろう……そう信じたい。
九頭竜はしゅーと、蛇が威嚇するような音を出してくる。
ハーピーたちは戦意喪失状態。
うちのメンバーは魔獣戦の経験が活きたおかげで何とか恐怖を抑えつけられているようだ。
グレースも何百年も生きてるからだろうか、驚きは隠せていないが逃げようとはしない。
「戦う以外に選択肢はないか……」
十八の目に睨まれながら俺は覚悟を決めた。




