第40話 茨の森を目指して
出発の日が来て、ユメが繋がれた馬車に荷を積む。
今回のメンバーは俺、メリー、アンナ、エリザ、シャーリー、アルヴィナ。
これは長旅になる上に、詰め込む食料や春が来たばかりの地では現地調達も限られるため人数を絞った結果である。
彼女らはついていくと固い意志を持っており(アルヴィナはどうせくっついてくるし)、ジャックがアンナを止めようとして酷い目に遭っていた。兄妹喧嘩では妹に敵わないようだ。
夢の内容も他のメンバーは知らないので丁度いいし、なんだかんだでハーレムパーティなので俺得である。
その分、彼女らが酷い目に遭わないよう守らないと。
俺は中二病患者が着そうな黒い外套を着ている。
勇者軍頭領として相応しい服装を着るべきだと、レリーチェが夜なべしてまで作ってくれたのだ。
もはや勇者というより暗殺者の出で立ちなのだが、皆がよく似合っていると褒めてくれて複雑な気持ちになった……。
「よし、出発!!」
全員の準備が出来たのでアンナが御者台に座り、ユメに鞭を打って進み始める。
「館はアタシらに任せな!」
「クロウ様、シャーリーをくれぐれも頼みますぞ」
「クロウ!シャーリー!戦闘時は深く考えるなである!!」
「気ーつけてな」
「何があっても生き残るのじゃぞ!!相手を騙し殺してでもな!」
「エリザ様、お気をつけて」
「おう馬鹿弟子、鳥人や人魚の歌に惑わされるなよ」
「クロウさん、勇者であるあなたに言うまでもないですが、女神様のご加護がありますように」
「ああ勇者よ!この地にお帰りになったら、是非このエリックめにあなたの英雄譚をお聞かせいただきたい!!」
随分と賑やかになったものだ。
普段は館から出ないレリーチェにジャスティン先生、ハイド師匠、神出鬼没のエリックまで見送りに来てくれた。
「おう、行ってくる!」
俺らは手を振り前に進む。
帝国との戦いに勝つためにも。
さて女性陣に囲まれた馬車内。
だがその雰囲気は決して和気藹々としたものではない。
それはそうだ、だってピクニックに来ている訳ではないのだから。
「魔獣また出てくるのかなあ」
俺の心配と言えばそれだ。
監獄冥府タルタロスと言い、熊人の集落と言い、至る所で魔獣に遭遇している。
二度あることは三度あるのではなかろうか。
「可能性は高いですね、歴代の勇者にも誰一人例外なく魔獣退治の逸話がありますし」
「それでも一人につき一体ぐらいだろ?」
「ええ……」
エリザが言うように勇者は魔獣を討伐した伝説がある。
魔獣達が伝説と謳われるのは彼らの存在が口伝にしかないからだ。
地獄の番犬ケルベロスと氷狼王フェンリルを倒した俺はそれがよく分かる、
なぜならあいつらは魔物と違って死体を残さずマナへ還るからだ。
だから言い伝えでしか残っていないのだ。
どういった理由で魔獣が出現するかは定かではないが、少なくとも試練的な感じで必ず勇者の前に立ちはだかっている。
しかしそれは先程エリザに言ったように一人につき一体が普通なのだ。
死神が俺の異常性に笑いだした光景を思い浮かべたら、なんだか腹が立ってきた。
「クロウさんの事もですが、前回から五百年しか経っていませんし今後どうなるか分かりません。
魔獣への警戒は怠らない方向で行きましょう」
エリザの言葉に無言で頷く。
魔獣でなくとも一瞬の油断が命取りにならない。
今のところ魔物や亜人に苦戦することはないが、かといって気を緩めていいものではない。
だらけているようで、神経を常に研ぎ澄ませているマックスの教えが身に沁み込んでいた。
「魔獣が出てきても今度はビビらねえ!アタシに任せな!」
師匠と特訓したせいか自信をつけたシャーリーが胸を張って拳で頼もしく叩く。
「シャーリー、無理はするなよ。魔獣討伐は勇者の役目だからな」
意気込んでいる彼女に水を差すようで悪いが、そうやって張り切っている時ほど人は危ないものだ。
自分の力量を弁えず、周りが見えずで失敗をしやすい。
「なんでだ!アタシだって人狼の戦士として戦う!!それに……それにクロウの右腕はアタシの責任なんだから!!」
俺の言葉に思った通りシャーリーは怒り出す。
彼女は母を失ったことにより、強さに並々ならぬ想いを秘めている。
だから彼女が怒るのは予想できていたのだが……最後の言葉を目じりに涙を溜めながら口に出すのは意外であった。
あーあ、泣かした。と言わんばかりにエリザとメリーの視線が突き刺さる。
御者台で馬を制御しているためアンナは背を向けているが、それでも批難するようなオーラが漂っている気がしてならない。
俺はため息をついた後、シャーリーにきちんと俺の想いを告げることにした。
「シャーリー、俺はお前が好きだし、婚約者であるお前を失いたくないんだよ。だから無理をしないでくれって言いたいんだ」
「クロウ……」
俺の言葉にシャーリーは顔を真っ赤にして瞳を潤ませ始めた。
俺の気恥ずかしさを犠牲に事態は収拾された――
と思ったのだが、メリーとエリザが無言の抗議の目を向けてくる。
更に御者台のアンナが馬車をわざと揺らして不機嫌を伝えてきた。
……うん。ハーレムってのは素晴らしい分、大変だ。
一人一人と向き合っていかなきゃいけないし、平等に接してやらないとドロドロの昼ドラ地獄を生みかねない。
アルヴィナを除くメンバーにそれぞれ彼女らがいかに大切な存在か口説き続ける。
娘であるメリーも例外ではない。
女性陣の機嫌をとっていると、急に馬車が止まった。
どうやら魔物か亜人に遭遇したようだ。
「豚鬼よ!」
「よし、俺が相手してくるから皆待っとけ!!」
遂にファンタジー定番のオークさん登場だ。
緑の肌にギラつく目と豚のような鼻、口から突き出る猪のような牙、毛の抜けたゴリラみたいにマッチョな亜人だ。
五体がそれぞれの鉄の武器を手に馬車の行く道を塞いでいた。
アルフォンス師匠曰く、オークは女を優先的に襲い、死より惨たらしい結末をもたらすのだとか。
きっと魅力的なうちの女たちを狙ってきたに違いない。
今こそ男の魅せどころ――
「うおりゃああああああ」
「ふんっ」
「凍り付け、哀れな贄よ……〈氷結の彫像〉」
「えいっ」
「…………」
…………。
ユメが〈睡眠の霧〉でオークたちの意識を奪い、
シャーリーの双剣がオークの胴体を交差に斬り、
アンナの鉈がオークの首を刎ね、
エリザの氷の魔術がオークの氷像を生み、
メリーの影の短剣がオークの喉元に突き刺さり、
アルヴィナのメイスがオークの背骨をへし折り、潰した。
俺の出番ねえ……。
「オークの前に女はその……色々と危険なんだからさ、俺に任せてくれよ」
「クロウもしかして勘違いしてるんじゃない?」
意気消沈した俺の呟きにアンナが答えた。
俺の怪訝な顔を見て、アンナの代わりにエリザが説明してくれる。
「女が攫われたからっていやらしい想像をする方が多いのですが、オークは肉の柔らかい女を好んで食べるのですよ」
な、なんだってー!?
エリザの話を聞いているとどうやらオークにはメスもちゃんと存在しているらしく、集落から出てこないため認知度が低いらしい。
それも後押ししてか、日本の変態紳士諸君の考えるような妄想をこの世界の野郎共もする訳だ。
オスしかいないから他の種族に子を孕ませる種族だ、と。
極稀にヒトの女を犯すオスのオークもいるそうだが、そいつの境遇を見る限り同じオークからも侮蔑されている趣味のようだし、しかも被害者女性は美人とは正反対の顔でよく肥えているらしい。
ともかく人は彼らにとって食料という認識で、美的感覚も我々とは大きく異なっているようだ。
「クロウがどういうことを考えているかよく分かったわ」
アンナがジト目で見てくる。
オークの先入観により勘違いしてたとはいえ、否定できない……。
しばらく進むと小さな泉があったので馬車を止めて休憩とする。
オークとの戦闘でアンナやシャーリーの武器は手入れが必要になったし、丁度いいから昼食にすることにした。
やたら辺りにはキノコが生えている。
どれもマックスさんから教えられた食べられる物だ。
「アンナ、一応確認頼むわ」
「分かったわ!」
毒が大好きなアンナは毒キノコの判別のプロだ。
食用キノコに混ざっていないかワクワクしている……あったら洒落にならないんだけどな。
「……あれ?」
「どした?」
判別していたアンナが珍しく唸っている。
食用と見た目が変わらない毒キノコを一発で見抜く彼女を唸らせるなんて、一体……。
「毒じゃないと思うけど、食用ともなんか違うわ。これら全部が」
予想だにしない結果がもたらされた。
様子を見ていたシャーリーが近寄ってきた。
匂いをくんくんと嗅いでいる。ライカンの嗅覚の出番と言うことだ。
「……!!魔物の匂いだ!!」
その言葉を皮切りにアンナと俺はキノコを手放し距離をとる。
三人で警戒するがキノコたちが襲ってくる様子は見られない。
「どういうことだ?」
「アタシが聞きてーよ!」
「とにかく処理しとくわね」
俺とシャーリーが混乱する中、アンナが瓶に入った毒液をキノコにぶち撒ける。
キノコは次々に黒く変色して萎びていった。
帝国兵にも使うつもりなんだろうな、えげつねえ……。
エリザやメリーも駆け寄ってきた。
事情を話すと二人とも怪訝な顔をしながらも、キノコの魔物など知らないと言う。
気配をいち早く察知するアルヴィナも無反応だから外敵はいないはずだ。
「ねえパパ、これ見て」
メリーが何か見つけたらしく、彼女の視線の先にある物を見やる。
それは俺が採集したキノコを食べながら死んでいる虫の死骸であった。
しかもつやつやと光沢のある甲殻から同じようなキノコが生えてるではないか。
「冬虫夏草ですか?見たことの無い種類ですが……」
「……まさかこのキノコ」
エリザの呟きで俺は嫌な予想をする。
冬虫夏草は虫に寄生する菌類の仲間だ。
もし俺らが食べていたとしたら――
と、沈黙して俺の背後を陣取っていたアルヴィナがピクリと動いた。
ユメもなんだか落ち着きがない。
全員でお互い背中を合わせるように円を作り、周囲を警戒する。
茂みが揺れ、がさがさという音が何者かの接近を知らせていた。
――現れたのはキノコまみれの人型だった。
人型を筆頭に次々とキノコだらけの何か――だった者が現れ始める。
狼のように四つん這いの獣型なども混じっていた。
「こいつら、ここのキノコを食べた成れの果てって訳ね」
「殺されても彼らの仲間入りになるのかもしれませんよ」
「とにかくやっつければいいんだな!」
「攻撃したら胞子が飛んできて寄生されるかもしれないから迂闊に接近するな」
殺る気満々のシャーリーを抑えつける。
昔の映画にキノコ人間、海外ゲームではキノコゾンビ、最近流行りの漫画では害虫人間が寄生されていたがなんとまあ色々有りな世界だなここは。
ともかくこいつらに何をしたら、何をされたら寄生されるのか分からないのが厄介すぎる。
「じゃあアレでやっつけようパパ!!」
「あー……よし、後始末の手伝いは頼むぞ!!」
自身の内に渦巻く魔力に集中――発動する能力は――
「〈獄炎の吐息!!〉」
地獄の番犬の炎がキノコ共を焼き尽くす。
こんがりと焼けたジューシーな香りが漂うが無視。
黒焦げになるまで能力を止めない。
包囲網を一網打尽にし、皆で火災にならぬよう火が残っていないか確認していく。
俺の〈破滅の厳冬〉やエリザの氷魔術もあったが、奴等がそれで死ぬかは分からないから使わなかった。
俺のいた世界の菌類は冷凍しても完全に死なないやつとかいたしな。
確認し終え、迅速に出発する。
結局昼食は馬車の中で干し肉にありつくこととなった。
そら寄生キノコ(仮)という魔物だらけの場所でのんびり飯を食えるほど豪胆ではない。
緊急時だったとはいえ、今後は森の中では〈獄炎の吐息〉に頼らない戦術も考えないとなあ。
馬車のスピードが落ちていき、やがて止まる。
オークの襲撃のように急停車ではない。
つまり――
「着いたわ」
アンナの声を受け、馬車を全員で降りる。
そこには巨大な茨が幾重にも絡み合い、まるで森のようになっていた。
人が一人やっと通れそうな隙間があるぐらいだろうか。
「茨の森にご到着か」
〈誘惑の魔女〉――
彼女が住まうと言われる茨の森は、彼女の呼称に反して確実に侵入者を拒んでいた。




