第39話 新たな力、新たな目的
柔らかな朝の陽ざしが部屋に差し込む。
目をぱちりと開ければ目の前にはエリザの寝顔があった。
ブラドの館へと帰ってきて俺とエリザにジャスティン先生は人狼、熊人たちが移り住んできた事後処理に追われた。
海豹人たちもやってきたのだが彼らは一時的に留まるようで、
「近くの浜辺に集落が出来上がったらそこに移り住むだ」
とシンガがアザラシを思わせる口をもごもごさせながら言っていた。
アザラシの特性を継ぐ彼らにとって内陸は居心地が悪いんだろうな。
ライカン達の集落はベルンのように破壊されていないため、帝国や鬼に対する防衛拠点にすることとなった。非戦闘民を安全に移住させるため戦士たち全員が付き添ってきたが、移住も安全に終わったので幾人かに防衛についてもらう。
指導者についてはリューカオーさんとヘルボールが館周辺に出来た集落に残り、シンフィーとアンガートゥールが防衛拠点へ赴任となる。
シンフィーへのライカン達の態度が心配だが、これ以上は彼がどうにかしなければならない問題だ。
手を出さぬよう、リューカオーさんから釘を刺された。
巨人達には主に土木作業に従事してもらっている。
巨人の末裔とだけあって身体の大きい彼らがいると建設が捗る。
彼らのおかげで鉱妖精たちに頼んでおいた施設は今ではもう完成しているだろう。
後、俺の思いつきで戦闘時における彼らの役割が決まったので訓練中である。
俺の考えが上手く嵌れば強力な戦力になってくれるだろう。
アンナとシャーリーは二人して猛特訓を始めた。
アンナは兄であるジャックに鉈の指導を受け、シャーリーはアルフォンス師匠とひたすら模擬戦地獄をしている。
シャーリーは「クロウの横に並び立つんだ!」と意気込んで、師匠と二人でフハハハハと高笑いしながら戦うからすっげえうるさい。止めさせるべきだった。
一方でアンナは前線で戦えないことを気にしてるらしく、兄であるジャックから鉈の手ほどきを受けている。元々才能があったようで、短剣から得物を変えるようだ。
と忙しくしているうちに冬がやってきて、更にその対処に追われて……と忙殺された。
この辺りはたまに雪が降る程度なのだが、冬になれば当然ながら食物が少なくなる。
一か所に種族が集まりすぎたせいか食糧危機に陥っていた……そんな状態でも気にせずシャーリーは食いまくってたけど。
保存食はライカンとボギーたちが貯蔵していたが、それはあくまで彼らの分で、ベルンとヨトゥンたちの分はない。セルキーたちは冬でも関係なく海で魚介類を狩っており、たまに分けてくれるので有り難かった。
勇者軍を飢えさせないためにも俺は結成した食糧調達部隊を引き連れて、元ライカン集落の防衛拠点を中心に雪象を絶滅しない程度に狩り続けることにした。
幸いにも、ライカンたちは鼻が良いので見つけるのは容易かった。
そうこうしている内に春の兆しが見え始めた。
冬ということだけあって帝国も蹄人達を攻め切れていないようでこちらまで兵が来ることはなかったし、魔王の手先たる鬼も見かけなかった。
食料集めてる間に攻撃されたらひとたまりもないと思っていたが、彼らも冬を越すので精いっぱいなのだろう。
さてようやく一息つけると思っていた俺の前に立ちはだかったのはエリザだった。
唇を舐めて濡らし、高山に咲く花を思わせる笑みで夜の営みを誘ってきた。
もちろん断らなかった。
首から血を吸いまくられて貧血になりかけたが、お返しにとばかり彼女の身体を貪ってやった。
初対面で脳裏に焼きついた彼女の裸体に手が届いているのは本当に夢かと思った。
しかも――いやこれ以上はいけない境界線を越えてしまう。
ともかくお互い望んでいた一夜を過ごし、こうしてお互い同じ寝床で朝を迎えたのだ。
ピロートークもしたが結局彼女は自身の過去を語らなかった。
俺だって未だに元いた世界について詳しくは話していないからお相子だ。
あの虚ろな日々は思い出したくもない。
俺がもぞもぞと動いていると毛布がはだけて彼女の谷間が露わになってしまった――わざとじゃないんだ信じてくれ。
そして俺の視線が谷間に吸い込まれ、思わず手が伸びてしまっても仕方ない。そう仕方がないんだ!
それに婚約者だし何も問題はねえ!
俺は宇宙をこの手に掴あああああむ!!
馬鹿なことを考えながら指に吸い付く柔らかな触感をもみもみと楽しんでいると、エリザの目がゆっくりと開いた。
目と目が合う瞬間――
「クロウさん、触ったお代は頂きますよ」
「ちょ、まっ、アッー!!」
エリザが覆いかぶさってきて、首から俺の血を遠慮なくずずーっと吸い始めたのだった。
ひと悶着あった後、身体を清めて着替えてから朝食を婚約者たちやメリーと共にとる。
アルヴィナは相変わらず俺の後ろに立っている……背後霊みたいだな。
血を吸われた俺は遂に貧血になったので顔色が悪く、メリーやシャーリーに心配された。
あの後エリザも吸いすぎたと謝ってくれたのだが、本人はつやつやと輝いていた。
「…………」
アンナさん、エリザみたく冷たい視線を向けるのはやめてください……。
「クロウをここまでへばらせるなんて、あんた達一体どんなことしてたの?」
「……血を吸われた」
「なるほどね……」
俺の答えにアンナの溜飲が下がったようだ。
シャーリーは未だにキョトンとしている。
そういえば、アンナとエリザに「クロウが娶ると決めたのだから、あなたが夜のことを教えてあげなさいね?」と言われてしまっていた。
……どうしようか。
朝食を終え、体調が良くなってきたので(皆が勇者の回復の速さに呆れてた)、出来上がっているはずの施設に向かう。
メリーとアルヴィナは勿論、アンナとエリザとシャーリーも付いてきた。
現場に辿り着くとヨトゥンたちが邪魔にならないよう遠くで座って休んでおり、アルジーを筆頭にしたデュルガーたちが円状の建物を見上げてた。
「おう、遅かったじゃねえか大将!」
「遂に出来上がったか、訓練場が」
そう、俺が頼んでおいたのは訓練場の設営だ。
別に今まで通り空き地でも良かったのだが、わざわざ建ててもらったのには理由がある。
デュルガー達も連れて中へと入っていく。
構造は至ってシンプルな闘技場といった風で面白みがない。
だが大抵の無茶をしても壊れないよう建ててもらった。
「んじゃ早速やってみるから離れててくれ」
「分かりました、全員退避!!」
事前に打ち合わせた通り、エリザの号令で全員が隅に固まる。
そしてエリザとメリーの両名による〈氷の盾〉と〈闇の盾〉が展開される。
――そう俺がやろうとしていることは魔獣フェンリルから得た能力の試し撃ちだ。
前にケルベロスの能力である〈獄炎の吐息〉を撃ったら大火災になりかねなかった。
だからこうして周りに被害を与えないよう、試しに撃てて尚且つ普段は訓練場として使えるよう建設を命令したのだ。
自身の内で渦巻く魔力に集中する。
ケルベロスの物と同じように、何やら違うと感じる力を見つける。
それは冷たく、気高さを感じさせた。
俺は能力を発動させる。
すると――
「!?」
訓練場内が猛吹雪になっていた。
ごうごうと音を立てて、まるで全てを飲み込まんとしている。
「パパ止めてええええええ」
メリーとエリザの魔法と魔術の盾がボロボロになって消えかけていた。
俺は慌てて能力の発動を切る。
すると先ほどまでの光景が嘘のように吹雪がピタリと止んだ。
「さすが魔獣の力、とんでもないわね……」
「ええ、私の〈氷河の寒獄〉を超えていますね……」
「すげえ!すげえよクロウ!」
アンナとエリザは戦々恐々といった感じで感想を述べる。
シャーリーは目をキラキラさせながら俺を称賛していた。
アルジーを始めとするデュルガー達は凍っていないが全く動かなくなっていた、よほど衝撃的だったのだろう。
「パパ!名前は?名前!」
メリーがきゃっきゃと能力の名づけをせがんでくる。
そうだなあ……フェンリルの能力で猛吹雪だから――
「〈破滅の厳冬〉――かな」
「カッコいいー!!」
メリーのお目に叶ったようだ。
それにしてもとんでもない威力だなあ、訓練場内部が凍り付いてアイススケート場みたくなってる……。
それにしても
「これ溶けるのかな……」
結局、あの後溶けたはいいが水浸しになり大変だった。
片付けたヨトゥン達の夕食をちょっと豪華にしてやろうと思う。
「さてここから〈誘惑の魔女〉の茨の森へ進むことに関してなのですが……」
現在、エリザなどの幹部を集めて会議中だ。リューカオーさんやヘルボール、シンガにも同席してもらっている。
「南に住む種族を勇者軍に勧誘、最低でも同盟を組みたいと私は思っています」
とまで言って俺の方へ彼女は振り返る。当然ながら俺は頷き同意を示した。
山羊人の王が魔王だと名乗る以上、例え偽物の可能性が高くても勇者として見過ごすことはできない。というのが勇者の導き手たる、お付きの精霊メリーと話し合った結論だ。
どのみち帝国をぶっ飛ばすのに彼らの領を通らなければならないし、魔王を自称する彼らと話し合いをしても決裂するだろう。といった風に会議では全員の考えが一致した。
そうするとタウロスとガルニア帝国との三つ巴の戦いになった場合、戦力が足りない。
もちろんなるべくどちらかの相手とだけ戦えるよう、タイミングを計るつもりだが実際どうなるかは誰も分からない。
なので戦力増強のため、茨の森のダークエルフ魔女から〈深淵の怪物〉について聞き出した後にそのまま南下して他種族を引き入れちゃおう。という話だ。
さて東南に住む種族は鳥人、人魚、そして離島に住む謎の種族。
離島は竜の島と言われている。
なぜなら竜の末裔である飛竜の住処らしいからだ。
この世界のドラゴンは第二の魔王リヴィアタンに率いられ、勇者たちに多くを滅ぼされたという。
生き残った彼らは現在では亜竜となって各地に存在し、中央大陸東ではワイバーンがその島から飛んでくるのが目撃されている。
そんな島に人なんているのかよって思ったのだが、どうやらドラゴンを信仰している種族が住んでいるらしく、木彫りのドラゴンなど他の種族では見られない工芸品が海岸に打ち上がっているそうだ。
「でもよ、その島に行って帰ってきたやつはいねえんだろ?」
「うむ。吾輩が人間だった頃、帝国の調査隊が上陸したが帰って来なかったのである」
マックスの言葉にかつてガルニア人であった師匠が答える。
どうやら彼は帝国の裏切り者らしいが、あまり過去を話したがらないので詮索はしない。
「海とあらばオイラたちセルキーがお供しますだ」
「我々は居留守を預かろう」
「そうだね、サテュロス共が攻めてこないとは限らない」
シンガはローレライや竜の島における援助を、リューカオーさんとヘルボールは館の防衛を買って出てくれた。
「まーた忙しくなるなあ」
俺がそう言って頭を掻くと、メリーと許嫁たちがそれぞれ声をかけてくる。
「パパ、魔王が攻撃してこない内にやっちゃお!」
「そうよ、能天気みたくノロノロやってたら夏になるわ」
「よく分かんねーけどアタシがいれば大丈夫だ!」
「クロウさん、右腕の件もありますからなるべく早く動きましょう」
……そうだった。
黒い腕が生えた右肩の断面を撫でる。
幻肢痛に苛まれたり日常生活で困ったりしているが俺の夢に出てくる〈深淵の怪物〉(仮)曰く、南に進めば右腕が戻る見込みがある。
メリーたちにその事は既に話してある、というかアイツ関連の夢は逐一報告することになっている。
俺としても黒い右腕はまた借りたいと思える物じゃなかったし、右腕を治すためにも夢の奴の正体を探るためにも、そして来たるべき戦いに備えるためにもちゃっちゃと済ませてしまおう。




