int.10 祭神は世界を見る
狭間の世界の神々の神殿内。
豪華な服を着た恰幅の良い中年男性が椅子に座り、葡萄酒に舌鼓を打っていた。
彼こそは祭神ディオバクス。
運命の調整者にて繁栄を司る神である。
彼はイルグランド連合王国内では、商売繁盛を望む商人からも、豊作を願う農家からも、多くの人々から祈りを捧げられている。
五人の大商人が首長を務めるサラビア連邦に至っては砂漠という環境も相まってか、死神ヘルグリムと二柱でほとんどの信仰を集める神である。
「ごっつ美味い葡萄酒やなあ。……ほな仕事しまひょ」
クロウが聞いたら「なんで関西弁なんだ」と呆れ顔をしたであろう。
そして使役神ミカエラがいたら仕事前に酒を飲んだことについて小一時間説教されていただろう。
ミカエラの目が届いてないことをきちんと確認し、葡萄酒を飲み干した祭神は地下の泉へと向かっていった。
祭神ディオバクスの務めは、世界の滅亡を回避するために運命を変えることである。
彼のおかげで世界が終わることはまずないのだが、魔王の運命は弄れないため勇者という存在が必要だ。
尤も彼自身が好きにヒトや国などの運命を操ることは出来ず、世界滅亡をどのような形かは決めずに回避させるのである。
だが運命を変えればそれだけ綻びが生まれ、世界は綻びを修正するために周りの運命も変わってくる。
彼は詳細な運命は変えられないが、運命を変える範囲は選択可能だ。
だから人々はディオバクスに畏敬の念を抱き、我らは除外してくれと彼に祈りを捧げるのだ。
それが転じて、ディオバクスの恩恵に預かろうと祈る者が現れた。
ディオバクスこそ良運と繁栄をもたらす神であると崇められ始める。
とにかく縁起の良い神様ということで、商人や農夫のみならず、ギャンブラーなどにも信仰されている。
ディオバクスは泉に目を凝らし、世界の、国の、ヒトの運命を見ていく。
見る力もまた漠然とした運命しか分からない。
彼を創りだした女神ルナティミスは運命を変える力も見る力も制限した。
全知全能を許さなかったのである。
「ははあ、王女様は相変わらず運命の糸で雁字搦めやなあ」
彼が見つめるのはイルグランド連合王国第一王女マベール。
左眼下の泣きぼくろが特徴的で儚げな美人である。
茶色のウェーブの長い髪は、どこぞの誰かさんが思わず目で追いそうなほど流麗だ。
祭神には彼女に悲劇の色である青い糸が絡んで見えた。
運命の糸が多く絡んでいるほど、強固な運命を背負ってると言っていい。
例えディオバクスが滅亡回避のために連合王国の運命を変えても、彼女の運命は悲劇的なままであろう。
「む、帝国は未だによう見えんなあ、けったいな国や。勇者はんにしばいてもらわんと」
一方、ガルニア帝国は全体に黒い靄がかかり見通すことが出来ない。
一体全体どうやってるか分からないが、敵対する女神の配下であるディオバクスにも対抗しているようだ。
「カサンドラはんはまだいけそうか」
黒い靄の中で唯一見える、微かな光。
先天的な特殊な魔力を持つ帝国第二王女カサンドラは、ミカエラを始めとした神々が唯一接触できる帝国の人物であった。
ディオバクスは目を閉じ瞑想する。
翻弄させてしまった哀れな娘を元気づけるために、化身を向かわすために。
祭神にとっては唯一接触できる帝国人なだけではなく、運命を辿れば彼女の居室なら帝国内であっても化身を送ることも出来るのだ。
ガルニア帝国の帝都カルナリス。
ゴトライヒ城内、第二王女カサンドラの自室。
カサンドラは美人というよりも可愛らしい姫である。
どこかあどけなさが残った顔立ちはまるで陽だまりに咲く花のようだ。
だが今は陰ってしまっている。
カサンドラは使役神ミカエラの神託を真摯に受け止め、父である皇帝ギルベルトに直訴した。
帝国はこのままでは滅びいくだろうと。
しかし反女神教ともいえる人間至上主義で成り上がった帝国では異端視されてしまう発言であった。
異教徒と認定された彼女だが、皇帝の恩情により死刑は免れて幽閉の身である。
父が自分とは血の繋がらないマグダレーナに絆されたとはいえ、流石に彼の一存で帝国の根幹は変えられなかった。
熱くならず、もっと根回しをすれば良かった。時期尚早であった、と彼女は後悔した。
もし腹違いの姉であるヴィクトーリアに相談していれば違ったのだろうか。
政治とその裏に精通した彼女であったなら変えられたのだろうか。
考えても過去は変えられない。
それでも考えられずにはいられない。
思考を巡らせる毎日を彼女は過ごしていた。
『考えすぎは頭に毒やで、カサンドラはん』
「ディオバクス様!」
聞き慣れた男の声がしてカサンドラは振り返る。
居たのは祭神ディオバクスの化身である金色の子豚であった。
彼女を憐れんだディオバクスは暇を見ては彼女に会いに来ていた。
ミカエラも無駄なことはするなとは言わず、むしろディオバクスからカサンドラの様態をよく訊いていた。
使役神も帝国を止めるためとはいえ、彼女に辛い役目を渡したことに引け目があるようだ。
『勇者はんが来るまでの辛抱でっせ』
「はい。ディオバクス様がいらっしゃるおかげで耐えられます」
『かわええ子やのう、カサンドラはんは』
カサンドラはこうして様子を見に来てくれるディオバクスのおかげで保ってるといっても過言ではなかった。
神としての制約により限定的とはいえ、世界を見渡す彼の話は面白くて時に彼女を笑わせた。
そして彼女は可愛らしい化身に癒されていた――悪趣味な色はともかく。
そして祭神の化身はいつものように、部屋に閉じ込められた彼女のためにおしゃべりを始める。
『今、王都に正義の英雄〈夜の騎士〉ちゅうのが暗躍してるんやけどな。素顔を兜で隠した上半身裸の変態やねん』
「は、はだか。イルグランドは変な人が多いというのは本当なのでしょうか」
カサンドラの狼狽えぶりに思わず笑ってしまう金の子豚。
お姫様な彼女には刺激が強すぎただろうか。
『そんでな、その変態の正体なんやけど』
と、話のオチをつけようとした瞬間である。
「カサンドラ様!中に誰かいらっしゃるのですか!?」
彼女の侍女が扉を勢いよく開けて中に入ってきた。
帝国の基盤を揺るがそうとした彼女に何人たりとも、面会は許されてないのだ。
「お独り言でしたか。軟禁が長く続いたせいでお心が……おいたわしや」
いたはずの金の子豚はいなくなっていた。
幼少の頃からカサンドラの世話していた侍女は遂に彼女がおかしくなってしまい、独り言をぶつくさと続けていたのかと勘違いしていた。
カサンドラにとっては不名誉なことだが、だからといって敵神であるディオバクスの化身がいたなどと口にすれば大変なことになるであろう。
黙するより他はなかった。
「はあー、流石にアカン思うたわ」
地下の泉の前に戻ってきたディオバクスは安堵の息を漏らした。
化身をやられようがディオバクス本人は痛くも痒くもないが、カサンドラの立場が更に悪化したのは想像に難くない。
さて、カサンドラの様子を見終わったためディオバクスは神々が集う広間に戻ったのだが、先客が待っていた。
質素な身なりでありながら淡い金の髪も顔立ちも美しい、気まぐれな生命神プシューケであった。
「ディオ、またカサンドラちゃんと密会してたの?」
鳥のように美しい声でプシューケは声をかける。
桃を手掴みで口に運んでいるが無作法なはずのそれは、彼女の場合まるでそうあるのが正しいかのように様になっていた。
「そないなえらいもんやないで。心配で見に行っただけや」
「やっぱり気に入ってるんじゃない」
祭神の呆れ顔に対してにやけ顔の生命神。
さて何を言っても聞かないだろうと弱冠面倒に思ったが、彼女の隣の席に置かれた特殊な竪琴を見て今度はディオバクスがニヤリと笑う。
ただの竪琴ではないそれは、プシューケの武器である弓と言った方が正しい。
そんな弓が綺麗に手入れされている。
神々の武器を手入れできる存在など、一柱しか存在しない。
「なんや、自分もまーたヘカントケイルと仲ようしてるみたいやないか」
「なっ!?」
武器神ことヘカントケイル。
巨人でありながら神の仲間入りされたと言われる彼は神々の武器や防具の手入れを任せられている。
さてプシューケは頻繁にヘカントケイルに手入れを頼んでいる。
つまるところ、彼女が彼に恋してるのは神々の間で周知の事実であった――ヘカントケイル以外には。
「面食いそうなお前はんがなあ、しかも気まぐれな性格しとるっちゅうのにゾッコン――うげっ!?」
真っ赤になってぷるぷるしてる彼女を弄っていたら、遂に爆発した。
木の矢がディオバクスの頬を掠めていた。
「フン、黙々と仕事してるのがカッコいいのよ。グリムとディオみたくヘラヘラしてない所がね」
プシューケはそこまで言いきると、乱暴に桃にかじりつき始めた。
ディオバクスもまた、頬を垂れる血を拭ってから葡萄を摘まみ始める。
「たっだいまー!おっ、ディオバクスもプシューケもいるじゃん」
「全く、死神ともあろう者がその口調を正す気はないのですか?プシューケも肘をつきながら食事など行儀がなっていませんよ」
「分かったわよミカエラ」
「グリムヘル、盤上遊戯せーへん?」
「いいね、いいねえ!やろうじゃん」
二人で黙々と果実を口に運んでいると、死神グリムヘルと使役神ミカエラが広間に現れた。
どうやら仕事帰りのようで、このように高い確率で二人組みで現れる。
仲が良いというよりは出来の悪い兄のめんどうを見る妹、といった感じだ。
死者から英雄を選定するのに顔を良く合わせるし、二人が生み出されたのは同時期でもある。
なお、ディオバクスとプシューケも似たような時期に生み出されたため、お互いを兄妹と言っても間違いではない。
神々は束の間の平和に身を休める。
女神が不在な上に魔王の動向が分からない今、気を引き締めて世界を見続けなければならない。
特に運命が見えるディオバクスには、戦乱の運命がくっきりと見えていた。
もちろん、運命は見えなくても他の神々もそうした空気は感じている。
「えげつない運命が世界に降りかかるまで時間はかからんなあ」
ディオバクスは盤上遊戯でウンウン唸る死神を軽くいなしながら呟くのであった。
昔は年一で行ってたのに、最近関西めっきり行ってないから似非関西弁になっているかも……。
ご容赦ください……。




