int.9 狼女の過去
シャーリーは幼い頃に母アシーナを亡くした。
アシーナは人狼の中で最強であった。
「一番強いアタシがみんなを守らなきゃね」
常にそう言いながら不敵に笑う自分の母親のことをシャーリーは心のそこより敬愛していた。
最強の狼女に守られた集落は安泰かと思われた――あの日が来るまでは。
シャーリーは物陰に隠れ震えていた。
集落のあちこちから火の手が上がっていたのだ。
人間以外は亜人と蔑むガルニア帝国の仕業だ。
母に隠れるよう言われてからかなり時間が経った。
いつまでこうしていればいいのだろう。
シャーリーは父の顔と、そして大好きな母の顔を早く見たかった。
「シャーリー」
自分を呼ぶ父親の声がする。
シャーリーは素早く立ち上がり、物陰から飛び出した。
彼女の父親であるリューカオーは目にみえて疲労困憊であった。
帝国兵はライカンの何人かが狩りに出ている間を狙ってきたため、呼び戻しに駆けて駆けて駆け抜けた。
結果、追い払うことに成功はしたが大事な者を失ってしまった。
「とうさま、かあさまは?」
シャーリーを連れて皆のもとへ歩いていたが、彼女の声に立ち止まる。
「…………」
「……かあさまが負けたの?うそよね、とうさま?」
リューカオーが何と言ったらいいかと逡巡しているうちにシャーリーは答えにたどり着いた。
作戦などに頭を使うのには向かないが、勘が良い母親似の娘だということを彼は再認識した。
「母さんはとても立派だった。一番強い者として皆を守った」
それでもシャーリーは自分の目で見るまでは、一族最強の母が死んだのを信じていなかったようだ。
向かった先は今回の襲撃で命を失った者たちが安置される場所であった。
先に集まっていた集落の皆も友達や家族の死を嘆いていた。
リューカオーは母の遺体を見るなりえぐえぐと泣き出したシャーリーを抱き締めた。
アシーナが討ち取られてからたどり着いたのは果たして遅かったのか、彼女の遺体を慰みにされる前に間に合ったのか。
いや、遅かったのだ。
考えるまでもなかった、愛しい妻を殺されてしまったのだから。
「わたし、強くなる。かあさまのかたきをうつ。みんなをまもる」
シャーリーは抱き締められながらも己と父、そして英雄として散った母に誓うのだった。
ブラドの館にて勇者軍頭領にして現役勇者クロウの婚約発表を兼ねた、新しく加わる種族たちへの歓迎会。
賊妖精も、鉱妖精も、ライカンも、熊人も、歓迎会にギリギリ間に合った海豹人も大いに盛り上がった。
さすがに巨人は加わらず収容所で食事しているのだが、今後勇者軍に絶対服従でいる以上、衣食住は保証されるので暗い雰囲気ではないという。
力強い彼らだが、直接的な戦闘は嫌がるのでどうしたものかと幹部はうんうんと唸っていた。
デュルガー特製の特大テーブルに突っ伏していたシャーリーは意識を覚醒させる。
寝てしまうほど気持ちよく酒を飲んだというのに、幼い頃の傷跡を夢に見て気分が悪くなってしまった。
あの日の後、ライカンたちは増員された帝国兵の襲撃を受ける前に北東へと逃げ続けた。
シャーリーが幼いながらも厳しい旅路に耐えられたのは、帝国への復讐を遂げるために母すら越える最強となろうと歯をくいしばっていたからだ。
自分の代では叶わないかもしれない、だからこそ配偶者は自分より強い存在を求めていた。
夫が自分の代わりに帝国を打ち倒してくれることを望んでいたからだ。
自分を打ち負かした者の嫁に行くと公言したシャーリーに集落の男達は挑んだが、悉く返り討ちにされて心を折られてしまった。
そんな彼女の目に叶う人物が現れた。
ベルンたちがヨトゥンたちに襲われた報せを受けやってきた彼、そう勇者クロウだ。
勇者と聞き、シャーリーは自分から挑戦せずにはいられなかった。
リューカオーは頭が回るというシンフィーをシャーリーと結婚させたがったが、弱い男と結婚などシャーリーには全くもって御免であった。
そんな焦りもありクロウに挑んだのだが、こちらの攻撃は簡単に受け止められ、見たこともない剣術で得物を手からあっという間に飛ばされてしまった。
彼だ。彼こそが帝国を倒すだろう。
自分を打ち負かした事実と直感を理由に彼の妻となることをシャーリーは望んだ。
その時はただ強者である彼を求めていたが、それを変えたのは魔獣フェンリルとの戦いだ。
初めて対峙する魔獣に尻込みしてしまったシャーリーを、クロウは右腕を犠牲にして庇った。
それだけでなくシャーリーを始めとした仲間を逃し、自分は自動人形と共に魔獣に立ち向かい、そして勝利した。
自分が弱いことが悔しかった。
でもそれ以上にクロウに熱い想いを募らせるようになった。
彼女は身を呈して庇ってくれた上に、魔獣を倒してしまった彼に惚れてしまったのだ。
今はこうして愛しい人の隣を約束され、幸せだった――無論、仇を討つまでは油断してはいないが。
それにクロウの嫁はシャーリーだけではない。
ライカンは生涯一人の相手と添い遂げるため、クロウが二人の嫁を持つと聞き驚いた。
女としての勘なのか、二人を蹴落とすことは無理だと直感していたのでシャーリーは三番目に迎え入れてもらった。
しかしだからといってずっと三番目に甘んじる訳にはいかない。
ライカン最強の娘である以上、本妻の座を狙っていたのだが五百年の時を生きるエリザには勝てないと理解した。
ゆえにアンナとは苛烈な争いを繰り広げているのだが――
「あんた、あの程度の量で気持ち悪くなったの?
それでクロウの晩酌相手が務まる?大丈夫?」
夢見が最悪な様子を見て勘違いしたアンナが絡んできた。
「フン、アタシはクロウの隣に相応しい、強い女になるつもりだ。酒にだってもっと強くなるつもりだ」
そう言って一気にエールを呷る。
するとアンナも競うように一気飲みを始めた。
「勝負よ」
「受けて立つ」
そんなお互いを睨み合い、どちらが多くの酒を飲めるか競い始める彼女たちであった。
「あなたたちはもう少し自重なさい。
クロウさんの将来の妻として競い合うのは構いませんが、あなたたちの関係を心配なされているのですよ?」
エリザは酒の飲みすぎでぶっ倒れた二人を叱る。
……後に出会う人物によって、盛大なブーメランと化してしまうのだが、それはまだ先のお話。
「「うぅ〜」」
二人は呻き合う。
顔を赤らめ、ぐるぐると目を回している。
クロウはそんな彼女らを心配してエリザとシャーリーに運ばせたのだ。
アンナもシャーリーも酔いながらも、クロウに心配かけたことは分かり反省していた。
「ところでアンナ」
「なに、エリザ」
お説教が終わらせ、エリザはそわそわとアンナに何やら尋ねてきた。
アンナはフラフラする頭を押さえながらも会話に集中する。
ボギーは酒に強いのだ、いくらぶっ倒れた後でも話ぐらいは出来る。
むしろボギーであるアンナと引き分けに持ち込んだ、シャーリーが異様であった。
「その……クロウさんとの夜ってどんな感じですか?」
その言葉に酒で赤くなったアンナの顔が更に赤くなる。
脳裏に思い出されるはヒューマンにしてみれば幼い自分の身体に欲情された事実、そして愛する男が昂りながらも相手を思った性行為で、英雄たちが眠る星空界にでも昇るような快感を与えてくれた。
「すごいわよ、こっちの勝ち目なんてないぐらい」
酒の勢いかクロウとの夜を二人の前で詳細に話してしまったアンナ。
酔いが醒めたら身悶えすることになるだろう。
一方聴いていたエリザはゴクリと喉を鳴らす。
彼女は吸血鬼であるため性欲よりも吸血欲の方が強い。今までは反帝国軍の仕事に追われ苦もなく我慢していたが無いわけではないのだ。
勇者であり、故郷の世界でこちらでは高い水準の教育を受けたクロウのおかげで仕事に余裕が出ている。
そして反帝国軍を変えた彼に、何故か自分を惹き付けて止まない彼に、血の美味し――いやなんでもない、そんなクロウを今やエリザは愛していた。
昔の彼女からしてみれば、こんな感情を抱くことはあり得なかった――彼女の立場が原因で。
もはや自分は純潔なままであろうと長年悟っていたが、女にされるという機会を認識する度に鼓動が早くなっていく。
そう、今夜はエリザの番なのだ。
と、話を聞いているうちに意識がハッキリしたシャーリーは怒涛の如く押し寄せる頭痛の中、聞いたこともない単語に困惑していた。
「なあ×××とか×××ってなんだ?」
良い子には聞かせられない言葉をシャーリーから訊かれ、エリザとアンナは固まる。
そういえばクロウが彼女は無知すぎると二人に相談しにきていた。
「クロウに教えてもらいなさい」
「そうですね、クロウさんなら丁寧に教えてくれますよ」
そもそも彼女とも結婚すると言い出したのは自分たちの未来の夫なのだ。
なら彼にこそ指導する義務があるのだ、あるったらあるのだ。
「???」
頭をフラフラさせながらもシャーリーは困惑しつづけていた。
まさかクロウが寝所では自分よりも獣じみたことになるなど、純情狼な彼女は想像すらも出来ずにいたのだった。




