第38話 北方より帰還
人狼の集落に着き、二種族の移住希望者と捕虜の巨人たちを連れてブラドの館に向かうことになった。
と言っても集落に残りたがる者は皆無だったが。
そもそもライカンは草原に住んでいたのを帝国に追いやられていたのだし、熊人は周辺の食料が激減したのだから南下に反対しなかった。
心の内では住んでいた場所に心残りがあるのだろうが、それでも食料事情が良く、帝国に襲撃されても対抗できるという利点を無視できないのだろう。
「クロウ様、シンフィーの後援の件については誠にありがとうございます」
リューカオーさんがシンフィーから事情を聞くなり、俺に頭を下げた。
だが上げた顔は笑顔ながら有無を言わさぬ迫力があった。
「シャーリーのこともお側に置いてくださるとのことで。
しかし娘を悲しませたら、お分かりですね?」
「は、はい」
穏やかな声色なのに鋭さと重さが混在していた。
娘を嫁に出す父親の姿がそこにあった。
今や妻を亡くした彼にとっては唯一の血の繋がる家族だから尚更だ。
彼女を責任もってモフじゃなかった幸せにしてやらないと。
だがその前に――
「あの、言いづらいのですが彼女は性の知識って……」
「ウッ……」
そこまで言いかけるとマズイと言った風にリューカオーさんは呻く。
「同族の女どもに教えさせたのですが理解しなかったようで……」
しゅんと狼耳を下に垂らしてるが、老人がやっても可愛くはなかった。
ともかくシャーリーにアレやコレやを教える課題が明確となってしまったな。
リューカオーさんとの話し合いの後にはソーロルと会った。
彼はウルスラを肩車してニコニコしていた。
とても微笑ましい光景を見て俺が頬を緩ませると、彼は急にぎょっとした顔をした。
俺の凶悪な笑顔をウルスラに向けたと勘違いしたらしい。
「いくらクロウ様にでもこの子を嫁がせるのは早すぎます!」
「俺にはそんな趣味ねえよっ!?」
どうやらアンナと婚約したせいでロリコン判定を食らっていたらしい。
幼女趣味はなく、アンナは歴とした大人であることや修羅場を潜り抜けた絆が決め手になり好きになったと話すと誤解を解くことが出来た。
この調子だと誤解が広がっていそうだな……頭が痛い。
アンナとの夜は背徳感で興奮したが、幼ければいいって訳じゃないからロリコンじゃない!!
……じゃないよね?
ライカンの集落から出発してから数日。
道中はこれといって問題はなかった。
小鬼が出ようが魔物が出ようが、帝国や厳しい北の大地で生きてきたライカンとベルンの相手にならない。捕虜のヨトゥンたちには大人しくしてもらっていた、争いを好まない人ばかりだし。
むしろ食料の調達が最強の敵であった。
できるだけ自分たちに狩りで調達してもらってはいるが、彼らはよく食べるのでギリギリだ。
特にシャーリーが一番大食らいなので俺までもが飯を調達する羽目になって、それを良しとしないエリザが珍しくブチギレた。
もう少しで狼女の氷像が出来上がっていただろう。
「首領である夫に食料を取りに行かせる妻がいますか!摂生なさい!」
「うぅ……」
ちなみにシャーリーがいくら食べても太らない体質だと知り、アンナも機嫌が悪い。
というかエリザ曰く、俺の妻になった途端アンナに躊躇しなくなったという。
エリザには勝てないと分かったが、アンナよりは優位に立とうと出し抜こうとしてるらしい。
俺の前ではそんな様子を見せないのでまるで後宮争いのようだ。ハーレムの宿命なのだろうか……。
ともかくシャーリーにはお仕置きが必要だな、……もちろん夜に。
「またパパ悪い笑顔してる」
「シャーリー、クロウさんの罰、覚悟した方がいいですよ」
「!?」
「ハッ、自業自得だわ」
アンナが悪女のような笑顔になると、唸りそうな勢いでシャーリーが睨み付けている
あー、これは確かによろしくなさそうですわ。
「二人とも仲良くな」
彼女らの後ろに回り込み、アンナの可愛い尻とシャーリーのふさふさの尻尾を撫で上げる。
「あぅっ!?」
「ひゃっ!?」
よし張りつめた空気が弛緩したな――いやエリザとメリーから俺に向かって圧力がかかり始めた。
シャーリーは蕩けてしまっているが、アンナまで顔を赤らめながらキツい眼差しを向けてくる。
――結果、セクハラ禁止令が下されてしまった。
そして夜寝るとき以外はメリーの監視付きに。
ここ最近メリーが離れて、一人の自由時間が多かったのに……。
更に歩き進めてようやく館付近に着く。
数十日空けていただけなのにとても久しぶりに帰ってきた気がする。
アンナが既に手紙を鳥に括りつけて飛ばしていたので、既にライカンたちの住居予定地は切り拓かれてる。
館の周りを新たに各種族の集落とするのだ。
各方角にある四つの門の内、北の門が見えてきた。
「お疲れさんボス……って右腕どうした?」
「それがな……」
新しく出来た門の支柱に座り、気怠そうな目で手をひらひらと振っているのはマックスだ。
だが俺の右腕が無いことに驚愕する。
リューカオーさんは事前に聞いてたらしく、見舞いの言葉を掛けただけだった。
氷狼王フェンリルの下りを話すと、むしろよく片腕で済んだなと言われた。
自分だったら今頃クソになってると下品な言い方をしたのでアンナから睨まれて竦んでいた。
「にしても増えたなあ、噂に聞く全盛期より多いんじゃないか?」
「そうですね、吸血鬼が私以外にもいた頃を超えてます」
マックスがエリザに話しかける。
反帝国軍全盛期時代はエリザ以外にもヴァンパイア達がおり、軍の大部分を占めた彼らはもうガルニア帝国に対し猛威を振るったらしい。
ゆえに帝国も全力で潰しにかかりエリザ以外のヴァンパイアは殺されてしまったと聞く。
賊妖精を招き入れたのもそれが原因だと二人の師匠やジャスティン先生が話してくれた。
「おっと悪いな、嫌な事思い出させちまって」
「構いませんよ」
さて越して来た種族の仮設住宅やヨトゥンたちの収容施設も出来てるらしいが――
「これが仮設住宅……?」
仮設住宅という割には頑丈そうなな家が建っていた。
「このままずっと住んでも問題ないですよこれ……」
中まで検分してきたシンフィーが何とも言えない表情で言った。
正直、頑丈さだけでは彼らの集落の家と変わらないのではないだろうか。
ヨトゥンの収容施設に至っては多分永遠に出れないだろう堅牢さ。
どこの匠が建ててくれたというのか。
……想像はついているけどね。
「まだまだ驚くには早いぜ」
マックスはそう言うなり俺を館へと促す
「な!?」
「うそ!?」
「であるか!?」
俺とアンナとアルフォンスが驚愕の声をあげる。
なんということでしょう。
ところどころレンガが崩れ、壁は蔦に侵食されていた屋敷が綺麗になっていたのである。
エリザに至っては感無量で言葉も出ないみたいだし。
「はーっははははは、どうじゃ見違えたじゃろ!?」
誇らしげに腕を組みながらアル爺がやってきた。
そしてその後ろには犬人の巣から助けた鉱妖精たちだった。
やせ細っていた身体は肉を得て、かといってだらしない脂肪が垂れさがっている訳ではなく筋肉により引き締まっている。
全員が悪者のような笑顔をしており、活力に溢れていた。
「儂の同胞を助けてくれたこと、感謝するぞ。礼と言ってはなんだが館の修繕と新しく来る奴らのための仮の住居は建てておいた」
「おお、よくやってくれた」
俺がそう言って褒めると、逆にデュルガーたちが再び感謝の言葉を述べ始めた。
「お館様がいなきゃ俺ら一生犬ッコロ共の奴隷だった。
俺らは生きるために汚い手だって使うが、命の恩人に義は果たす。
クソ帝国をぶっとばすのについていくぜ」
おうっ、と野太い掛け声が全員から響き渡る。
エリザやレリーチェのように最後の一人になったと思っていたアル爺はとても嬉しそうだった。
館内に入り、レリーチェやジャスティン先生から報告を受ける。
どうやら山羊人たちの様子がきな臭いとボギーの隠密が情報を持ち帰っていたらしい。
「魔王の勢力下になったのか?」
「いえ、むしろサテュロスの王は自分こそが魔王と言ってるみたいですね……。
魔王であったならクロウさんやメリーさんが反応しているでしょう、自称してるだけの可能性が高いです」
「ゆえに帝国側も対応は変えていないようです。クロウ様には頭の片隅に入れておいてもらえば問題ないかと」
後は俺の問題について話し合う。
勇者としては珍しい闇属性が何らかの影響を与えているのではないかと、俺がここに来る前や夢の内容は伏せて二人に伝えた。
俺たちが帰ってきたので事務処理に余裕の出たジャスティン先生やハイド師匠が調べてくれるそうだ。
自室に戻ってきた。少々気疲れしていたので仮眠する。
夜には新しい仲間の歓迎会と三人との婚約を発表するからな。
正式な結婚は、満員一致で帝国との戦いが終わってから式を挙げることになっている。
ボギーはそんな面倒なことはしない(彼らは事実婚で済ませ、しかも相手がころころ変わりがち)とマックスが言っていたが、アンナは嬉しそうだ。
ライカンの場合は婚姻の儀というものを厳かな雰囲気で行うらしいのだが、皆で全種族共通の方式(イルグランド連合王国式)でいくと決めてある。
うとうとと船を漕いでるうちに、次第に俺は眠りの海へと沈んでいった。
黒、黒、黒。
黒いコールタールに包まれる夢。
何回見ても慣れない不快な夢だ。
『あの右腕は役に立ったか?』
不敵に笑う俺の姿をした何かが問いてきた。
「まあな、とんでもなく痛かったけど」
『そうか、それは良かった。右腕についてだが、南に進めば元に戻せるかもな』
義手でもつけようかと思っていたが、どうやら希望が残っていることを教えられる。
南といえば〈誘惑の魔女〉に会いに行くのだが、先に本人に訊いてしまおう。
「それよりもお前は〈深淵の怪物〉なのか?」
俺が訊くとうーんと奴は唸った。
『そうとも呼ばれているけど、間違ってもいないし合ってもいない、かな』
どうやらこいつは本当に〈深淵の怪物〉らしいが、本性は違うということか?
「〈深淵の怪物〉は森妖精の伝承上の存在に過ぎないからな。
俺はその原型、元ネタってやつだ」
なるほど、じゃあ〈深淵の怪物〉を調べていくうちに正体はおのずと分かるという訳か。
……ん?それよりも今――
『そんなことよりメリーを泣かすなよ』
気になる言い回しがあったのだが、奴の底冷えするような声で思わず思考を中断してしまった。
「やっぱりメリーはお前のことを知ってそうだな」
『ああ、当り前じゃないか。俺はお前なのだから。
最初に言っただろう?』
どういうことだ?俺の姿と声をしているだけではないのか?
俺も――いや、俺が〈深淵の怪物〉ということなのか?
『そもそもなんで彼女にメリーって名前を付けたんだ?』
「それはあの子の姿を見て――」
痛い、まるで脳を突き刺すかのような頭痛がした。
耳障りなノイズが思考を邪魔する。
なんだ?アンナと過ごした翌朝にも感じたこの感覚。
『真実を知りたければ進め。お前が勇者としての本当の願いも思い出すだろう』
頭痛に苛まれ、意識が覚醒していくのを感じる中、奴の言葉が嫌というほどハッキリと聞こえた。
「っ!…………はぁはぁ」
夢から醒める。
夢の中でもしていた頭痛は起きてもなお止まず、更に身体が汗をびっしょりかいていて気持ちが悪い。
深呼吸して落ち着くと、誰かに手を握られていることにようやく気付いた。
首を横に動かし、小さな手の主を見る。
「メリー……」
手を握っていてくれたメリーの顔は心配と悲しさが混じっていた。
彼女のこんな顔、今まで見たことがなかった。
「メリー、俺はメリーと以前会ったことがあるか?」
記憶はないが、直感でなんとなくそう思い口に出していた。
猫の姿となる闇の精霊の時点でこのファンタジー世界の住人だし、例え前世がゴスロリ服を着るような少女であったとしても、会ったことがあるなら忘れるのが難しいほど彼女は可愛らしい。
それでも俺は今この瞬間では記憶よりも直感を信じた。
「ごめんなさいパパ……神様との約束で詳しくは言えないの」
神様――ルナティミスか。
女神との契約とは何なのだろう。
しかし、それでも以前俺は彼女と面識があるらしいことを聞き出せた。
「メリーごめんな……どうしても思い出せないんだ」
「いいんだよパパ」
――いいわけあるか、お前が泣いているのに――
そう言葉に出すのをぐっとこらえ、メリーを抱き寄せる。
彼女の目から出た涙の粒が光を反射して光る。
常々思っていたが、俺は単に魔王退治の勇者として呼ばれただけではないようだ。
静かに泣くメリーをあやしながら、考えても仕方ない思考を続けていく俺であった。




