第37話 夜が明けて
天幕越しに差し込む朝日の光で目が覚める。
淫靡な香りが鼻を刺激し、身体は怠く起床を拒む。
すぐ傍らからは小さな温もりを感じる。
まるで天使のような寝顔を見せてすやすやと眠るアンナだ。
そうだ。
昨日は欲望と勢いに任せて彼女と……。
念を押して再び言っておくが彼女の年齢は前いた世界でも問題ないとはいえ、身体が小さいため随分と無理をさせてしまった。
最後にはあまりの激しさで気を失ってしまったのだ。
アンナの少し癖のある髪を撫でてやる。
すると口角をあげて涎を垂らした。
「ふみゅ……」
アンナが目をゆっくり開ける。
ぽーっとした表情でしばらく見つめ合ってたが、ぼんと音がしそうなくらい顔を真っ赤にして毛皮制の布団の中へとしゅるしゅると潜っていった。
可愛らしい彼女の様子に微笑みかけ――
「って、アンナ?昨日のアレは何だ?」
俺が笑顔で訊ねると、びくりと布団のふくらみが震えた。
珍しく俺が怒っているのにビビっているようだ。
「あ、あのね……」
観念をして顔を出したアンナはぽつぽつと語り始めた。
話をまとめるとこうだ。
狩りの特訓中からそうだったが、婚約しても俺がいつまで経っても手を出しそうな雰囲気がないのでエリザの協力を得て場をセットしたという。
だから警備兵は離れた場所にいたのか。
そして天幕の中の異様な空気は、アンナが毒から調合した媚薬による香だという。
俺は耐えたのだが、媚薬が回ったアンナにムラッときて押し倒してしまったのだから結果的オーライだった。
俺はため息をつく。
アンナはビクッと震え、俺に呆れられたかと思い涙目になってる。
「あのなあ……確かに経験が無かったしアンナ相手に躊躇してたのはあるけど、そういうことしたかったならちゃんと言――」
とそこまで言いかけてアンナの様子がおかしい――というか明らかに怒っていることに気付く。
「クロウが手を出さないのが悪いのよう!!しかもあんなに上手くて初めて?嘘つかないで!!女誑し!!女の敵!!スケベ!!ヘンタイ!!」
彼女はがーっと怒り出した。
前者は分かる、だが後者は何だ?
「っ――?」
深く考えようとしたら眩暈がした。
一瞬、脳裏を黒い沼が支配しかける。
「クロウっ!?」
慌ててアンナが俺を支えてくれる。
何だ?
ここのところおかしい。
そして俺の中で沸き上がるいくつもの単語。
夢の中の俺――
闇――
異例の勇者――
黒い泥――
この世界は――
ル――
「誰かっ!!誰かあ!!」
アンナの叫び声で現実に引き戻される。
何か大事なことを忘れていて、思い出せそうな気がするが頭痛が邪魔をする。
「クロウさんっ!」
「クロウ!」
「パパ!!」
「…………」
エリザ、シャーリー、メリー、アルヴィナが駆け込んできた。
皆が皆、泣きそうな目で心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫、ちょっと眩暈がしただけ……」
「あの黒い右腕が原因じゃないのですか?」
ひんやりとしたエリザの声が俺の胸を突き刺す。
俺の否定は却下せんとする表情をしている。
たかが夢とはいえ、関係のありそうなことを俺は全てを話すことにした。
五人は俺の夢の話を聞き、それぞれが考えに耽っていた。
と言ってもシャーリーはクエスチョンマークが大量に浮かびそうな顔をしているし、アルヴィナは相変わらず無反応だ。
「クロウさんのいた世界ではたかが夢かもしれませんが、この世界では違うのですよ」
エリザが説明してくれたが、この世界では稀に夢の中で神様に会うことがあるそうだ。
しかし俺の場合、どの六柱の神にも当てはまらなそうなので他に考えられる可能性を二つ挙げられた。
「一つは魔王の仕業が考えられます」
歴代の魔王が持っていたという特殊能力、今回の魔王が夢に干渉する能力を持っていた場合。
「その可能性は低いわ、それなら右腕を生やさせる必要性はないでしょ」
アンナの言う通りだ。
反目し合っている勇者を魔獣から救うメリットなんて一ミリたりとも有りはしない。
エリザはアンナの言葉にうなずく。
俺たちを試していたのか。
彼女は俺たちに自分で考えさせるかのように、時折試すことがある。
そして残った可能性を口に出す。
「……本命であるもう一つは、森妖精に伝わる〈深淵の怪物〉です」
それを聞いたアンナやシャーリーは首を傾げる。
シャーリーはともかくアンナも知らないようだ。
「私も詳しくは知らないのですが、エルフに伝わるおとぎ話のようです」
いやむしろなんでそんなことを知ってるんですかエリザさん。
「でもクロウがここに来る前や夢の内容に出てきた黒い泥とも関連がありそうだよな?」
俺が異世界に来る前のことは俺の女に限って話している。
そしてシャーリーは戦い以外で頭が回らないのだが、たまに本能的に核心をつくことを言う。
――と、シンフィーが言ってた。
確かに俺自身が闇属性とかいう異例勇者だし、いかにも闇っぽい深淵と関係無くはないだろう。
シャーリーの発言に皆が頷いた。
「でもエルフから話を聞くにしても帝国を越えた西側に行かなきゃだろ?
しばらくは様子を見るしかないんじゃないか?」
〈深淵の怪物〉とやらを知るにも、五百年以上生きているエリザ(本人の前では禁句である)以外に知っていそうなエルフたちはイルグランド連合王国のオッドミームの森に住んでいる。
しかしそこへ至るには我らが憎きガルニア帝国領内を通らなければいけないのだ。
帝国を倒さなければ、俺を苦しめてるのか助けてるのか分からない黒い泥の謎は分からない。
「いえ、帝国を通らなくてもエルフには会えます」
エリザの意味不明な言葉にアンナとシャーリーの二人はハッとした顔をする。
「エリザ危険よ!!魔女に会うなんて!!」
「そうだそうだ!魔剣の危険さは知ってるだろ!?それに何年も生きてるから魔女自体見たことあ――なんでもありません」
エリザから冷たい殺気を受けてシャーリーが敬語で黙る。
だがシャーリーの敬語を初めて聞いたことに感慨に耽っている場合ではない。
「魔女ってなんだよ?」
「あたしが説明するぞ!!」
今日は珍しいことが続くなあ、シャーリーが説明してくれるなんて。
「馬鹿にするなー!!」
声に出ていたようだ、シャーリーのいいパンチが飛んできたので受け止め、大人しく話を聞くことにする。
シャーリーは話をするのが下手だった。
エリザとアンナの補足をまとめ、要約する。
かつて〈始祖の魔女〉がいた。
彼女はなんとあの呪術を編み出した存在だという。
呪術は〈真の翼〉のような魔剣を生み出す危険な物だ。
〈真の翼〉を管理していた熊人を始め、人狼や海豹人の間では族長のみが呪術の詳細を知り、呪術に容易に手を出してはならないと伝わっている。
故人であるヘイドラグ族長みたいに、どうしてもという時に覚悟を持って禁忌に触れるそうだ。
物の在り方を変えてしまう呪術。
ハイド師匠が自分たちは呪術によって不死者になったと言っていたので特に気にしてなかったが、言われてみれば一般人からしたら気味悪いだろう。
魔剣はめちゃくちゃ有害だったしな。
「忌み嫌われる呪術を生み出した〈始祖の魔女〉の存在により、いわゆる悪女的な奴が魔女って呼ばれるようになったのよ」
アンナがそう教えてくれる。
それは分かる、俺のいた世界でも魔女は悪魔と交わる女とされ忌み嫌われていたからな。
「エリザが会おうって言ってるのは〈誘惑の魔女〉と呼ばれるエルフの闇の堕とし子なのよ」
「南に茨の森が広がっているが、ありゃ魔女を封印してるんだって親父が言ってた」
シャーリーも知ってるほどその〈誘惑の魔女〉は有名らしい。
話を聞いていると何人もの男を誘惑し、最終的には死に至らせた悪名高き魔女だという。
だが俺が最も気になったのは誘惑という二つ名、そして所謂ダークエルフと思われる闇の堕とし子。
その二つから導き出される俺の推測は――
「つまりエロエロな魔女ってことか!!」
興奮してそう言うと三人から殴られた。
三人に勝てる訳ないだろ!!
「で、メリーはどう思うんだ?」
殴られた頭を擦りながらこれまで会話に参加しなかったメリーに話しかける。
メリーは隠しているつもりだろうが俺には分かる、彼女は何か知っている。
闇の精霊だから闇関連にはそれなりに詳しいはずだ。
「パパのしたいようにすればいいと思うよ♪」
「そうじゃなくてさ、メリーは今の話聞いて――」
「あ、流石に〈誘惑の魔女〉さんの色目に負けたらメリー怒るよ?」
その一言が冷戦を生んだ。
四人の冷ややかな眼差しが俺を串刺しにする。
アルヴィナに助けを求めて目を向けるが、無反応。
結局メリーにははぐらかされた上に、とても魔女に誘惑されるなと念を入れた説教をくらったのだった。
さて今日中に撤退するのだが、その前に巨人たちから聴取した情報を聞き入れることになる。
その中には昨晩捕まり、エリザに拷問を受けた強奪部隊の統率者カリゴラから仕入れた物もある。
……ちなみにカリゴラはすでに処理されたとのこと。
俺はアンナとハッスルしてて気づかなかったが、戦士たちは悲痛な叫び声のせいで眠れなかったという。
エリザの方を見ると、にこにこしていたがそれは黒い笑みだ。
さっきも魔女の誘惑に負けようものなら、と二本の指をちょきちょき動かすジェスチャーをするので股間が寒くなった。
ついでに俺の異常解明ついでに新たに闇に関することを聞いたのだが芳しくなかった。
彼らの種族に伝わる神話として、世界が生まれて間もない頃に〈虚空の裂け目〉から巨人の始祖が降り立ったということが聞けたぐらいか。
北欧神話まんまだが、一応〈虚空の裂け目〉についてジャスティン先生に調べさせるとエリザが言っていた。
また彼らの処遇についてだが捕虜として館まで連れていくことになった。
直接的な攻撃を加えた四人のヨトゥンとは違いまだ受け入れられるラインだったからだ。
三種族の皆もキツい視線を送りながらも何も口を出さなかったしな。
さてライカンとベルンの戦士たちと共にまずはライカンの集落へと向かう。
シンガ率いるセルキーたちは先に自分たちの集落へ向かい、ソーロルはライカン集落への伝令として先行している。
多分、ウルスラが心配なのだろう。
ユメのたてがみを撫でてやる。
最近構ってやらなかったせいか不機嫌だ。
……そういえば彼女も女だ。
扱いは丁重にせねばな。
「思えば雌馬も落としたのよね」
アンナがそう漏らすが冗談でもやめてくれ。
変な噂が立ってしまう。
どうも彼女は未だに俺が初めてだったことに疑いを持っているらしく、今のもそういう思いを込めた憂さ晴らしなのかもしれない。
なら俺も躊躇しないぞ。
「またたっぷり可愛がってやるからな」
ゲス顔でそう耳に囁いてやると顔を真っ赤にして飛び上がるアンナ。
よし、してやったり。
「ヘンタイがあああああああああああああ」
「んげぇっ!?」
飛び上がったままアンナはまわし蹴りを繰り出し、俺の側頭部に華麗に直撃させた。
素晴らしいフォームで、審査員がいたなら全員十点満点を出すだろう。
「あら、次は私の番ですよ?」
痛みに悶えている中現れたのはエリザだった。
赤い瞳に俺を映し、舌でぺろりと唇を舐める。
なんか彼女の場合、吸血がメインのような気がするな……。
「そ、そうね。次はエリザだから……」
俺の知らないところで女たちの間で決めごとをしているらしい。
そして俺は初対面時に脳に焼きつけたエリザの裸体を思い出した。
「すごい悪い顔になっているよパパ」
メリーに言われて気づいたが、ニヤニヤしてしまったらしい。
目つきの悪い俺が笑うと悪代官のようだと言われるんだよな……。
「結局順番ってなんだー?」
……誰もシャーリーに保健の授業をしてやってないのか。
アンナとエリザは気まずそうに顔を逸らした。
と、まあ惚気をかましていたら出発準備が整った。
さて集落を経由して我が家とも言うべき、ブラドの館へ帰ろう。
俺の異常を突き止めるために、南への遠征も計画しなきゃだしな。




