第36話 ファーストナイト
お ま た せ
女性陣の様子が落ち着き始めると、俺たちを遠巻きに見ていた集団が近づいてきた。
援軍部隊のようだ。
「クロウ様、お見事でした」
と、援軍を率いていたシンフィーが俺に片膝をつく。
すると後ろに居た人狼、熊人、海豹人ら全員が同じように片膝をついた。
アンガートゥールにヘルボール、ソーロルまでもが俺に敬意を示していた。
「魔獣たるフェンリルを倒す偉業、我らはしかと目に焼きつけました。
つきましては、治療後でいいので今後のご相談があるのですが」
ひとまずは俺の治療を先にしてもらえることになった。
ケガ人が目の前に集まっている天幕に連れてこられ、中にお邪魔する。
普通は天幕の外で治療を受けるのだが、魔獣退治の総大将として特別待遇のようだ。
治療、と言っても薬草を絞った汁を消毒液のようにつけたり(めっちゃ染みた)、薄い獣の皮を包帯として巻くだけだ。
右肩も、腕が無くなったが傷口は完全に塞がっているので感染の心配はない、と治療に秀でたセルキーからお墨付きをもらえた。
そのまま俺は今日は休ませてもらうことにした。
翌朝、医療天幕内でシンフィーたちを待つ。
すると女四人がべったりくっ付いてきた。
「パパ、あーんして」
右腕を失った俺に、メリーが甲斐甲斐しく食べ物を口に運んでくれる。
他の三人もあーん待ちだ。
アルヴィナは天幕入口で敵に備えて立っている。
別に一人でも左手を使えば食べられるのだが、無理にやめさせるとめんどくさいので好きにさせておく。
まあそれに周りに女を侍らせるというのも随分と気分がいい――
「鼻の下伸びてるわよ」
「パパのエッチ!!」
なんてギャイギャイ言ってたらシンフィーがやって来た。
「お待たせしまし……お邪魔しました」
のだが、俺たちの様子を見てUターンしようとするので止める。
女性陣も流石に空気を読んで俺から離れてくれた。
そして一人のセルキーが俺の前に出てくる。
「勇者様、シンガといいますだ。ヴァーガ元族長の息子ですだ。
親父の仇をうってくれたこと感謝しますだ」
どうやらヴァーガの息子のようだ。
父親の仇であるフェンリルを倒してくれたことへの感謝として、頭を下げた。
「その……気の毒だったな」
「戦士として、しかも仲間を逃がすため親父は戦いましただ。
悲しいけど誇らしくもあるので大丈夫ですだ」
確かに彼は戦士として恥ずかしくない最期を迎えた。
それでもシンガの目からは複雑な色が見てとれる。
彼の言う通り父親の最期を息子として誇らしく思いつつ、それでも家族を失った悲しみは単純に塗り替えられるものではないのだろう。
「先程の話の続きなのですが」
シンガの隣に出てきたシンフィーが切り出す。
その隣には、更にアンガートゥールが並ぶ。
「我ら三種族を勇者軍に入れて頂きたいと思います」
三人は再び俺に跪く。
「巨人から我らを守っていただいた恩返しもありますが、魔獣を倒したあなたならば我らが憎き帝国にも打ち勝てましょう。ぜひお供させてください」
「ああ、こちらこそ頼む」
彼ら三種族を味方に引き込むことにも成功した。
エリザは表情を変えないが明らかに嬉しそうだ。
俺が来る前は交渉が難航していたらしいからな。
「ではクロウ様、捕虜にした巨人……ヨトゥンの処遇を決めて頂きたいのですが」
強奪部隊の巨人たちか。
こちらに死傷沙汰を起こさなかったとはいえ、貴重な食料を奪っていったのは確かだ。
それでも――
「ちょっと話してみないと決めれないな」
鬼の北上の件があるし、安易に処分を決めるのはいかがなものと思われる。
大罪人なら殺しても多少良心は傷まないが、しこりの残りそうな相手だし。
ヨトゥンたちから事情を聞き終える。
俺が主に話を聞いたのはアルビオという髭もじゃの老人からだった。
やはり鬼共が彼らのテリトリー内の食料を荒らしたらしく、食うに困っていた。
そこでゴリアスを始めとする好戦的な輩がヨトゥンの族長を殺害して旗頭に成り代わり、ベルンの集落を襲撃した、と。
「儂らは第三の魔王が敗れて戦いから身をひいた巨人の末裔なんじゃ。
ゆえにここにおる者たちは争いを好まぬ」
しかし食い物がないのは死活問題で、強制されていたとはいえ強奪に躍起になってしまったのは事実。
だから罰は甘んじて受けるという。
「強奪部隊を率いていたカリゴラという者を捕らえたほうが良さそうであるな」
捕虜と話すということで付いてきていたアルフォンス師匠が言うカリゴラという奴は、盗みに積極的だが命のやり取りからは真っ先に逃げ出す小物らしい。
まあそういうタイプだからこそ生き残れるのだろうけど。
フェンリルが登場した時点では既に姿をくらましていたという。
「ふふ、捕まえたら尋問してもいいですね?クロウ様」
「え、はい」
何やらエリザが黒い笑み全開で聞いてきたので頷くしかなかった。
「エリザの拷問はおっかないのである」
師匠が小声で教えてくれる。
帝国じゃ昔から恐れられている拷問術の使い手らしい。
毒に詳しい嫁に、拷問が得意な嫁……シャーリーも娶るなら戦闘狂も、だ。
俺の嫁達は逞しいな(白目)。
「あたしが探しに行くぞ」
突如、シャーリーが立ち上がって宣言する。
「魔獣との戦いでは足手まといになった分、挽回したい」
俺は構わないと言ってるが、シャーリーは構うのだろう。
俺への申し訳なさと、弱い自身への責め苦が軽くなると言うなら任せよう。
「クロウ様の嫁となるかもしれないシャーリーに何かあってはいけない。私も行こう」
……シンフィーはそう言うけど、彼は本当に俺に彼女を譲っていいのだろうか。
引き延ばしても火種が大きくなるだけだと思い、シンフィーと二人きりで話すことにした。
「本当にそっちの趣味ではないのですね?」
「クロウ……私のことは遊びだったの?」
「パパ、メリーは信じてるから」
「なあ、そっちの趣味って何だ?」
シンフィーと大事な話があるからと他のメンバーの同席は断ったが、女三人が何やら騒いでいる。
……約一名、分かってない純情狼さんがいらっしゃいます。
「……だからそんな趣味はないし、ライカン一族に関して話し合いたいことがあるだけだ」
間違ってはいない言い方をして納得してもらい、天幕に入る。
「…………」
「……あの、一族に関する話というのは?」
どう切り出そうか考えていたら、沈黙に耐えられなかったのかシンフィーがきっかけをくれた。
「シャーリーに関してなんだが……その、シンフィーはいいのか?」
寝取りに近い罪悪感があるから随分と曖昧な訊き方になってしまう。
だがシンフィーはそんなことかとばかり、だが若干顔を暗くして答えた。
「確かに彼女には力強さにライカンとして、綺麗な女性ということで男として惹かれていました。
しかし弱い私はシャーリーの隣には相応しくないでしょう。
第一、集落の皆に反感を持たれていたぐらいですから。
クロウ様こそ彼女に相応しく、また皆も納得してくれるでしょう」
――なんというか。
彼からは女を取られた悲しみよりも劣等感が滲み出ている。
それはかつて底辺だった俺を思わせる雰囲気だ。
「シンフィー」
「はい」
俺の雰囲気が変わったせいか、シンフィーは姿勢を改めて返事をする。
「彼女をもらい受ける代わりに、勇者軍頭領として、魔獣殺しの勇者として、シンフィーがライカンの長になる支援をしよう」
その言葉にシンフィーは目を見開く。
三種族を引き入れた魔獣を倒した実力者として、俺の一言があればシンフィーに対する反感を和らげることが出来るだろう。
それにシャーリーをリューカオーさんに頼まれているし、彼女を落とした責任はとるべきだ。
彼女という人なりは好ましいしな。
彼女のしっぽがモフモフとか肉体が引き締まっているのは関係ない、関係ないったら関係ない。
「ですが、私は弱くて……」
「弱くてもお前は後方に詰める指揮官として向いている。
実際に強奪部隊の戦いやフェンリルの襲撃による被害は聞いた限りじゃ少ないだろ?」
シンフィーの報告では俺が思うに死傷者はかなり少ない。
それだけ彼が現場判断に優れているということだ。
「種族として力を重要視する部分は変えられないだろうが、それでもお前の持つ能力はライカンに必要だ。それはリューカオーさんも分かっててお前を次の長に推したんだろ?」
シンフィーは俺の言葉を聞き涙を流していた。
今まで誰にもこういった褒め言葉をもらったことがないのだろう。
リューカオーさんも長として次代の長候補を甘やかすことは出来なかったはずだ。
シンフィーは涙を拭い、俺に跪く。
「このシンフィー、改めて勇者クロウ様に忠誠を誓います」
何もそこまで言わなくてもいいとは思ったが、嗚咽交じりの彼の宣言に水を差すような真似は出来なった。
天幕を出ると、シンフィーが俺を見る目が変わったらしく女性陣に詰めかけられた。
「……あなたは男も落としたのですか?」
「クロウ、結婚してくれると言ったのは本当なのよね……?」
「パパ、メリーはパパのこと信じていいのか分からない……」
「なあどういう事だ?誰かあたしに教えてくれよ!」
冷ややかな目と、涙に濡れた目と、瞳から光が消えた目と、未だに何が何だか分かってない目が俺に説明を欲していた。
「違うって……シャーリーを嫁にもらうかわりに、彼が長となるのに俺が後押しすることになった」
そう言うとシャーリーがものすごい尻尾をぶんぶん振り回し始めた。
「ホントか!?ホントなのか!?ホントなんだな!?」
喜ぶ狼女とは対照的に三人が冷ややかな目を俺に送ってくる。
土下座してもいいが、今は周りの目が……。
「……はあ、仕方ありませんね。今度血をたんまりと吸わせてくださいね」
「じゃあ私は毒集めに協力してもらおうかしらね」
「メリーにはご本読んでね?」
なんとかなった……。
てか、俺尻に敷かれてないか?
いや、女増やした俺が悪いけどさ。
なんやかんやがあった後、三種族の戦士たちを集め、改めて勇者軍への編入を知らせる。
既に各集落に伝令を向かわせたので、残った人々の耳にもすぐに入るだろう。
そして俺がシンフィーを次のライカン族長として推薦する旨を発表。
最初はざわついたが、「勇者様が認めたなら」「我らライカンの感性では分からぬ基準があるのだろう」と
落ち着いていった。
多少は彼への風当たりが弱くなるといいな。
そしてシンフィーを隊長にカリゴラ捜索班を編成することを発表。
大部分がライカンとベルンでの編成部隊だが、一応海もセルキーに探してもらう。
シャーリーが自分が隊長じゃないと喚いていたが尻尾を撫でて黙らした。
すると彼女は蕩けるような顔になってしまい、女性陣から殺意の波動を受けた。
正直死ぬかと思った。
それぞれスキンシップしてやると笑顔に変わった、誰かを特別扱いすると嫉妬の華が乱れ咲くようなので気をつけよう。
夜になった。
俺に宛がわれた天幕へ向かう。
明日になればここを離れてライカンの集落を通り、ブラドの館に戻ることとなる。
鬼のせいで周囲の食べ物が減っているため、ライカンもベルンも身内を引き連れ後から合流する。
セルキーも海を泳いでくるらしい。
気候の変化についていけるのか心配だったのだが、彼らは思ってたよりずっと逞しい種族で大丈夫なようだ。セルキーなんて防寒用の脂肪が落ちて痩せるから平気だとシンガが笑っていた。
ゆっくり寝たいだろうからと、俺の周りの警備はいくらか離されている。
アルヴィナであってもだ。
どうやったかは分からないが、エリザと一緒にいるようだ。
天幕の中に入る。
すると――
なんだかとてもいい匂いがしたと思うと、身体が熱くなってくる。
どこかで同じ経験を――そうだ、エリザの〈魅了の魔眼〉だ。
俺はすぐさま思考を冷却したのだが、目の前に映った人物で動揺する。
「ってアンナ!?」
そう、獣の毛皮などで作ったベッドの上には薄着のアンナがいたのだ。
「クロウ……」
彼女は火照った顔をしており、とろんとした目で俺を見つめる。
「どうした、何があった!?」
すると彼女が残像を残して消えたかと思うと、俺に思いっきり抱き着いてきた。
「体が熱いの……」
人間からしたら幼い姿の彼女から妖艶な雰囲気が漂い、俺を包み込んでくる。
「私たち、夫婦になるんだから、その、慰めて?」
耳に囁かれた言葉で俺の中の獣が目を覚ます。
ここまで言われてそそらない男がいるだろうか?いやいない。断言しよう。
アンナを抱え、ベッドに飛び込む。
彼女の容姿に覚えた背徳感すら快感へと変え、欲望をまき散らした。




