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救世の暗黒勇者(リメイク前エタ)  作者: 墨沼
第二章 北の地にて獣は吠える
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第35話 氷狼王フェンリル(2)



右肩の切断面から黒い腕が生えた。

勇者の剣と同じくらい禍々しい右腕だ。


俺の仲間たちはもちろん、フェンリルでさえも突然の出来事で固まっていた。

魔獣ですら驚愕する異常事態が起きているらしい。

そして食い千切られた時よりも更に痛みが増している。




つかの間の静寂を破ったのはフェンリルであった。

巨大な狼は我に返り、再び口を大きく開いて襲いかかる。



すると、俺の右腕は勝手に動き出してフェンリルを殴りつけた。



巨大な狼がたかが人の拳で吹っ飛ばされる。

フェンリルは倒れたまま痙攣している、気絶したようだ。

殴った際の衝撃は伝わらなかったが右肩に痛みが走り、肉体を苛む。

どうやら右腕が動くと痛むようだ。


勇者とはいえ、素手で魔獣をぶっ飛ばせるような力なんて俺にはなかったはずだ。

この黒い腕は一体何だと言うのだ。



痛みに必死に耐えるために歯を食いしばる。

歯が軋む音を聞いていると、そのうち砕けてしまうのではないかという嫌な錯覚を覚える。



「があァッ!!!!」


右肩に更なる痛みが走り、思わず声が漏れる。

なんと右腕が巨大化し始めた。

あの狂戦士のようにぶっとくなる訳ではなく、腕の太さはそのままで長さが伸び、手のひらが巨大化していく。

俺の意志に関係なく勝手に黒い右腕は地を這いはじめ、俺を引きずながらもフェンリルへと向かいだした。



フェンリルが体勢を整えるのを待たずに黒い腕は蹂躙を開始する。

氷狼王の巨体を掴みかかり、握り潰さんとばかりに指が閉じられていく。


フェンリルは指に噛みつくが腕からの感触は一切無く、それは痛覚も同じであった。

氷狼王は必死にもがき、ついに抜け出した。


だが右腕はすかさず手を開き、横薙ぎに振る。

強烈な張り手だ。

フェンリルが再び吹っ飛び倒れる。


フェンリルはすぐさま起き上がったが右腕相手には遅かった。

すでに指が閉じられ、拳の形を作っている。



巨大な拳が振り下ろされる。

アルヴィナの強烈な一撃を思わせる拳骨。

当たったフェンリルからばきばきと骨が折れる音がした。

ぐえっと情けない声を上げフェンリルはずざざざざと雪の上を滑り、動かなくなった。

右腕の感触が無いから分からないが、あの程度で魔獣が死ぬとは思えない。

だが強烈な攻撃で気絶させることはできたようだ。




「メリー!クロウが!クロウが!」


シャーリーの泣き叫ぶ声。

その声をきっかけに仲間たちが動き出した。

俺のそばに走ってきたメリーが一本角の獅子の姿のまま、こちらへと呼びかける。



「パパ!そ、その右腕は!?」

「ッ、分からねえ!シャーリーを安全なところへ連れて行ってくれ!」


右腕が何故か止まっている。

これ好機とばかりにメリーに支持を出す。

この黒い腕が暴れまわっている間は声を出す暇すら与えられない。



「クロウ!」


アンナも来たようだ。

遠くから見ててすっ飛んで来てくれたのだろう。

こんな時に思うのはなんだが、夫思いのいい嫁になるに違いない。


「アンナ!二人を連れて安全な所へ!」

「ダメよ!アンタを置いていけない!」

「だからって居ても巻き込まれるだけだ!

この腕は俺の意志じゃ制御できないんだ!」



アンナ、お願いだ。聞き分けてくれ。


君は警戒しながらも初対面の俺に食い物を分けてくれた。

君がいなかったらケルベロスは倒せなかった。

反帝国軍という、この世界での居場所を用意してくれたのは君だ。


どんな思惑があったにせよ、君がいなければ俺は野垂れ死んでいたかもしれない。


それに君は俺をこんなにも慕ってくれた。

だから――



「お前を、お前たちを泣かせるような事はしない!」


アンナだけじゃない。

俺の脳裏にエリザの顔がよぎる。

彼女だって初対面では色々あったが、今では互いに慕い合う婚約者だ。

美人を二人も泣かせるなんて、男としてなってない。

それに、アンナが泣いたらジャックにバラバラにされちまうしな。


「絶対にやられはしない、だから信じてくれ!」

「っ、分かったわ!約束よ!エリザたち連れてきてすぐに戻ってくるから!」


メリーが背にシャーリーを乗せている。

すると、獣の姿の彼女はこちらへと振り向いた。


「パパなら勝てるよ、だってパパは」

「ああ、分かってる。さっさと行くんだ」


勇者だからな。

アンナとシャーリーを乗せたメリーの姿が遠くなっていく。



ここで負けはしない。

俺は――




『そうだ、それでいい』



右腕から声が聞こえた。

夢で出会った俺と瓜二つの顔が嬉しそうにニヤリと歪むのを想像し、なんだかイラっとした。


そういえばシャーリーにはこの声は聞こえていなかったのだろうか。

声色が俺だから独り言とでも思ったのだろうか。



「……アルヴィナにも逃げて欲しいけど、俺の言うこと聞かないだろ?」

「…………」


いつの間にか隣にはアルヴィナが立っていた。

俺の話を聞いても後ろへ下がろうとしない。

縫い付けられている口から言葉が出なくとも、その姿勢から俺から離れはしないという意志が伝わってくる。

アルヴィナは俺の顔を見て、視線を右腕に移した。

……あれ?気のせいだろうか、一瞬笑ったような――



「グルオオオオオオォォォォ!!」


吹き飛ばされていたフェンリルが気が付き立ち上がり、存在を誇張するかのように吠えた。

この隙に攻撃せず怒るとはよほどプライドが高いらしい。

俺はふとアルヴィナの見せた一瞬の顔を逡巡していたが、すぐさま現実へと引き戻された。


フェンリルと対峙する。

荒れていた呼吸を整え、大きく息を吸い込んだ。



「があああああああああああァァァァ!!」


俺もデカい雄叫びをあげてやった。

倒すつもりで目の前の敵に集中すると腕の大きさが元に戻り、自由に動かせるようになった。



フェンリルの前脚が振り下ろされる。

それに合わせて右腕で受け止めようとすると、見慣れた黒い円が展開された。



「〈闇の盾(ダークシールド)〉の魔法……!」



どういう理屈だかは分からない。

だが右腕は闇魔法を形成できるようだ。


攻撃を受け止め、〈闇の盾〉を先端につけた右腕を横に振るってフェンリルを吹っ飛ばす。

そして瞬時に――



「〈闇の砲撃(ダークカノン)〉!!」


着地地点に〈闇の砲撃〉を飛ばす。

〈闇の盾〉が消え、代わりに戦車の砲塔のようになった右腕から闇の弾丸が発射される。

命中したが大したダメージは与えられなかったように見えた



だが一瞬でも怯ませればいい。


ゴオンと鈍い音が雪原に響き渡る。

アルヴィナの一撃が見事に腹に決まった。


「ゴゲェッ」


勇者の剣が吐き出されれば良かったのだが、物事は思い通りにいかないものだ。

フェンリルが吐き出したのは血の混じった唾液だけであった。


とどめを刺すなら勇者の剣は必要だろう。

どうやって取り戻すか考えていたら右腕が疼き始める。

そんなことはどうでもいいから俺で攻撃しろ、そう言ってるかのように思えた。



「お望み通りに、ほらよっ!!」


痛みに耐えながら右腕を振るい、フェンリルを叩きつける。

アルヴィナはこちらの攻撃に合わせて離れてくれた。



殴る、当たる、アルヴィナが相手を誘うように動く。

殴る、避けられる、アルヴィナの攻撃が当たる。


俺の攻撃が当たれば、次にアルヴィナが攻撃して相手の動きを誘導してくれた。

当たらなければ、俺の攻撃を躱した後のフェンリルに重い一撃を振り下ろしてくれる。


ひたすら俺の右腕とアルヴィナのポールウェポンの殴打が続いた。



「グルオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!」


一方的に殴られていたフェンリルは俺たちから距離をとると、口から吹雪を吐き出す。

だがその攻撃は既に対処方法が分かっている。



「〈獄炎の吐息(ヘルフレイムブレス)〉――!!」



地獄の炎と破壊の吹雪がぶつかり合う。

一対一なら根比べだがアルヴィナがいる。



アルヴィナがフェンリルに飛びかかるが、フェンリルは吹雪を中断して回避。

その代償として〈獄炎の吐息〉を受けていた。

灰色の毛並みが焦げていく。



「グルゥ……」


フェンリルが憎々しげにこちらを睨む。

自慢の毛並みが黒焦げだからだろう。


だけど容赦はしない。

俺は腕を大きく振りかぶり――




――思いっきり地面を殴りつけた。




凍り付いた雪が砕けていく。

フェンリルは横跳びに避けようとするが甘い。

回避先にも小規模なクレパスが現れ、四本の脚を挟み閉じていく。


遂にフェンリルの動きを封じ込めることに成功した。



俺はゆっくりとフェンリルに歩み寄る。

俺の後ろにはアルヴィナがついくる、何かあったら絶対に守ると言わんばかりに。


フェンリルの目に俺が映る。

心なしか怯えているようにも見えた。



「……ぐっ」


俺の考えてることが伝わったのか、黒い右腕が伸び始めた。

俺は右腕をフェンリルの口に突っ込む(・・・・・・)



フェンリルは右腕を噛み砕こうとするが、黒い腕は奴の巨大な牙を弾きながら突き進む。

感触がないため、目的の物を引き出すのに不安だ。

あったらあったで奴の体の中やら、胃の中身の感触が伝わってきて気持ち悪いのだろうけど。



右腕がゆっくりと縮みながら戻ってくる。

手には勇者の剣が握られていた。

黒い剣と黒い腕が醸し出す禍々しい雰囲気は似ており、まるで兄弟のようである。



勇者の剣を両手で構える。

フェンリルはこれから起こることから逃げようと、必死にもがき出す。

だがその動きは弱弱しい。

アルヴィナと二人で殴打の嵐を浴びさせた時のダメージが響いているのだろう。




剣を振り下ろす。

フェンリルの首が飛んだ。


フェンリルの身体が光り、粒子となって崩れ拡散していく。

ケルベロスの最期は見届けなかったが、どうやら魔獣は死体は残さずに光の粒子となるようだ。

ゲームのようだったが、それ以上に幻想的な光景で思わず見入ってしまう。

俺はフェンリルだった光の粒子が天に昇って消えていくのを見届けた。

そしていくらか冷たいマナが自身の内に入ってくきたのを理解した。



光の粒子が昇って見えなくなった途端、黒い腕もボロボロと崩れていった。

この腕が無かったらフェンリルを倒せなかったと思うが、それでも感謝よりも得体の知れなさからおぞましさを感じていた。



黒い腕が崩れてなくなった右肩の傷口を恐る恐る見たが、傷口は何故か塞がっていた。

肩から先が無い光景を見て、改めて右腕を失くした喪失感が沸き上がってくる。




「クロウ!」

「クロウさん!」

「パパー!」



アンナたちが駆け寄ってきた。

フェンリルの相手に集中していて気づかなかったが、どうやら近くまで助けに来てくれていたらしい。

三者三様に飛びついてきた。



「右肩を見せてください!!場合によっては凍らせて傷口を……あれ塞がっている……」

「パパなら倒せるってメリー信じてたよ!!」

「……ぐすっ。よかった、生きててくれた」


アンナさん、またもや服が涙と鼻水で……まあいいや。


三人に抱き着かれながら前を見やるとシャーリーがいた。

どうやら彼女たちの後ろに隠れていたらしい。



「……クロウ、悪かった。私のせいで――」

「言うな。お前がやられたらリューカオーさんに申し訳が立たなかった」


右腕について謝られる前に遮る。

恐らく罪悪感に苛まれているだろう彼女に、気にするなと返してやる。



「クロウ……」


シャーリーの声が震える。

今ので感極まるとは涙もろい性格なのだろうか、などと思ったがすぐに見当違いだと思い知らされる。



俺を見る彼女の眼は英雄を見る眼ではなかった。

アンナやエリザと同じ、女が男を見る眼。

もしかしてこれは――



「二人と婚約しておいて更に女性を落とすのですか、あなたは」

「誑しね、女の敵だわ」

「パパっ!!」


エリザは呆れたようなジト目を向けてきて、アンナは怒りモードの無表情、メリーは頬を膨らませてプンプンと擬音が聞こえそうなくらい怒っている。




なんだか魔獣との戦いよりも荒れそうだ。

そう思いつつも俺の顔は笑っていただろう。


彼女たちを怒らせても、悲しませることはなかったのだから。





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