第32話 巨人との戦い
天幕の外に出るとてんやわんやな状態になっていた。
ある者は武器を携え集落の外に、ある者は情報伝達のために駆け回っている。
人狼、熊人、海豹人の三種族のうち最も脚が速いのはライカンだ。
そのため伝達兵のほとんどがライカンである。
そんな内の一人が俺に向かって走ってきた。
「勇者殿!敵は北から四人と一匹です!」
「?」
ん?
巨人が来たんだよな?
四人は巨人として、一匹ってなんだ?
「巨人が調伏した魔物を連れています」
「ちなみに種類は?」
「双頭犬です」
オルトロスかあ。
確かギリシャ神話だとケルベロスの弟だったけど魔獣なのか?
「オルトロスは魔物よ、魔獣のケルベロスよりは断然楽な相手よ」
アンナさん解説どうも。
ふむ、それほどの相手じゃないとはいえ注意した方がいいだろう。
「クロウさん、オルトロスは本来自然下で生き残るのは稀です。
二つの頭が喧嘩しますので上手く外敵に対処できないとか」
「真ん中の首が主導権握ってるケルベロスとはだいぶ違うのな」
エリザが補足してくれた。
前いた世界でも双頭で生まれた生物って短命らしいな。
この世界だと理由が喧嘩だけども。
「好戦的な巨人共は北からきて、残りが食糧庫を狙いますがどうしますか」
シンフィーに訊ねられる。
巨人はどうやら頭が良い訳ではないようで襲撃ルートが決まってるらしい。
大きさや強さから来る絶対的な自信もあるのだろう、現に俺らが来るまでは拮抗してたんだし。
「俺らが北を受けもとう。シンフィーたちは食糧庫や他の場所を守備してくれ。
あと温和な奴はなるべく殺さずに捕らえろ、北を守ってた分の戦士がそっちに回るだろうからいけるだろう」
「かしこまりました。落ち着き次第、北側に人をやります」
総大将が前線に出るなんて、と思うかもしれないが人が足りないし巨人相手じゃ俺らが打って出た方がいい。
エリザと事前に話していたが巨人を味方にできるならしておきたい。
いくら魔王に加担した種族いえど、どうやら北方で慎ましく暮らしてたみたいだし、例の四体はともかく捕虜にしておくのも悪くないだろう。
持ち場が決まるや否やアンガートゥールとヘルボールとソーロル、ヴァーガはさっさと行ってしまった。
シンフィーは全体における役割を把握しておきたいらしく、勇者軍勢での緊急打ち合わせに耳を傾けてる。
「アンナはケルベロスと戦ってるし応用が効きそうだから、メリーとでオルトロスを頼む」
「分かったわ!」
「メリー頑張る!」
メリーの頭を撫でてやる。
ほんと可愛い娘だ。
顔がだらしなくなってるのが自分でも分かる。
「アタシは!?アタシは!?アタシは!?」
「んー……そうだなあ」
シャーリーが手を挙げハイハイハーイ!と言わんばかりに迫ってくる。
どう割り振るかなあ。
多分一人と一匹以外にも後方で控えているだろうし、あいつらの大部分は食料目当てだし。
「シャーリーは食糧庫に行ってもらうかな」
「……クロウと一緒がいい」
耳と尾をしゅんと垂れさがらせても駄目ですよ。
俺らは主戦力で四体の巨人を相手する、そして三種族の戦士たちには食糧庫を守ってもらう。
そうなるとシンフィーが食糧庫で指揮をとるのだが、彼はイマイチ信頼を得てないからライカンの動きがぎこちくなると思われる。
そこでシャーリーが中継ならぬ仲介してくれればなんとかなるだろう。
「いえ、シャーリーは北側に行かせたほうがいいでしょう」
「あー……指揮は大丈夫そうか?」
「努力いたします」
シンフィーさんが進言してシャーリーの配属は北側になった。
ただでさえ少人数で北側にあたるのだ。
いくら食糧庫の方が落ち着いたら援軍を寄越してもらう手筈になってるとはいえ、戦力に不安はある。
巨人四人程度に俺らが遅れをとるとは思えないが。
集落の北側に来ると迫りくる五つの影を確認した。
四つの人型とそのうち一体に連れられる大きな獣の影だ。
「師匠とジャックで一体を、エリザとシャーリーでもう一体を頼む。
アンナとメリーは手筈通りオルトロスを、アルヴィナはオルトロスを連れる奴を頼む。」
「クロウ、一人で大丈夫であるか?」
アルフォンス師匠が心配して聞いてくる。
確かにあれだけデカいのを一人で相手をするのは骨が折れそうだ。
「自分の持ち場に決着がついたら助太刀してくれ」
自分の力を過信してる訳ではないが、加護を受けてる勇者としてこの中では単純な力では俺が一番強い。
ただいくらなんでも一人で倒せるとは思ってないので、味方が他の巨人を倒すまでの時間稼ぎに徹する。
「おっしゃ、んじゃ戦るとするか!」
シャーリーが戦闘開始の掛け声をあげる。
……それ俺の役目なんですけどね、まあいいや。
さて一人の巨人と相対する。
巨人とあってデカい。
ていうか四体の中で一番デカい。
七メートルはあるんじゃないか?
野蛮そうな顔をしていて、頭が大きい。
五等身ぐらいだろうか。
胴体は厚く、筋肉質だ。
ライカンら三種族のように毛皮の服を身に纏っている。
手には俺からしたら巨大な槍を持っている。
「俺の名はゴリアス!巨人の民で最強の戦士だ!
ちっぽけな人間よ、蹂躙され無様に死ぬがいい!」
どうやら頭目らしい。
あと巨人たちの種族の名前が判明した、ヨトゥンというらしい。
北欧神話に出てきた霜の巨人の名前だったか。
「ただのヒューマンじゃないぞ、俺はクロウ。勇者クロウだ」
俺も名乗りを上げる。
一瞬、巨人ゴリアスが面食らっていたのでニヤリと口角があがる。
「フン、どうせ虚勢だろう!獣共にどう取り入ったかは知らんがここで果てろ!」
その言葉が吐かれると同時にぶっとい槍がブオンと空気を振動させながら迫ってくる。
俺はそれを身を屈めて回避する。
槍が通り過ぎたと同時に、すぐさま接近。
勇者の剣を振るが、丸太のように太い腕に阻まれた。
「ぐっ」
巨人は苦し気な声を漏らす。
さすがライカンらの攻撃にも耐える巨人。
だが魔獣や魔剣士すら切り裂いた勇者の剣の切れ味を完全に封殺することはできない。
それを悟ってか、腕を切り落とす前に巨人は後ろに下がった。
「……てめえ、本物の勇者か」
「そうだ。降参するなら命は奪わないぞ」
こちらを勇者と認識した巨人の頭目に降参を勧める。
戦わないに越したことはない。
「舐めるなよヒューマン!俺らヨトゥンはかつて魔王についた最初の種族!
こんな北の隅っこで身を縮こまらせるようなモンじゃねえ!てめえを倒してこの地を制覇してやる!」
どうにもヨトゥンという種族と自分の力に過信してるらしい。
何故北の隅で細々と暮らしているのか想像できないようだ。
おそらく魔王が敗れたことで、追いやられたということを。
大体やる気があるのは自分を含めての四人しかいないのに、東を制覇しようなど無謀である。
俺ら勇者軍だって賊妖精一味と数人しかいないのにガルニア帝国に勝てると思っていない。
だからこそ、こうしてライカンたちに恩を売って引き込もうとしてるぐらいなのに。
迫る巨大な穂先を避ける。
最強というだけあって槍の腕は中々のようだ。
突きと振り払いで一定の距離を保ったまま牽制してくる。
勇者の剣の威力を恐れているのだろう。
身を捩らせる。
俺がいた空間を槍が穿つ。
風圧を感じるがあの狂戦士ほどの威圧感はない。
だが油断はしない。
これは命のやり取りだ。
隙を見せれば体にデカい穴が空くだろう。
――ゴオオォォォッ!――
振り下ろされた槍が地面の雪を砕いた。
ここの雪は若干凍っており、かなり硬い。
それを容易く砕くほどの剛力。
中々距離を詰められないので〈闇の砲撃〉の魔法を発射する。
巨人はその巨体に似合わぬ身軽さで躱した。
多少の攻撃を赦すなら接近は可能だろう。
だがそれはナンセンスだ。
横目で確認する限り味方も他の三体を倒すのにそこそこ苦戦してるようだし、こちらが手を貸す必要性が出てくるかもしれない。
エリザにアンナ、メリーは妻として以ての外、師匠とジャックにも死んで欲しくはない。
アルヴィナだってまだ彼女の謎は分かっていないし、シャーリーに至ってはリューカオーさんに頼まれている。
ここで痛手を食らう訳にはいかないのだ。
槍が地面にまた叩きつけられる。
すると氷雪の塊がこちらを飛来した。
向こうも、有利な距離を保ちながら飛び道具で攻撃してきたのだ。
氷雪を避け、時には砕く。
何でもない攻撃だが――
これを隙と見た槍の横薙ぎを跳んで躱す。
氷雪の塊は目くらましで、こちらが本命だ。
繰り出された時、視界を遮って邪魔だなあと思ってすぐに気づいた。
自分たちの勢力や侵攻ルートまでは頭が回らない癖に、戦闘そのものとなるとそうでもないらしい。
そのセンスが更なる過信を生んでるのかもしれないが。
しかし戦闘センスがいいとかどこぞの首無し騎士のようだ。
さて様子見はこの辺にしておこう。
最近覚えたとっておきの魔法を繰り出す。
「〈深淵の沼〉――」
「がっ!?」
巨人の足元に円状の黒い闇が広がる。
足が踝までずぶずぶと沈んでいく。
どうも闇属性の魔法は攻撃そのものより、こういった絡め手の方が相性がいいらしい。
〈闇の砲撃〉だって直撃すると闇が染み込んでいってダメージを与えるし。
接近を試みるが、巨人は必死に槍を振り阻んでくる。
だが踝を苛む闇のダメージか苦し気な顔をしており、槍さばきにも若干の乱れが生じている。
ジリジリと距離を詰めていく。
身を捩り、かがみ、槍の応酬をいなしていく。
槍が繰り出される風圧を感じ、槍に抉られた氷雪の塊を勇者の剣で捌いていく。
ちょっとした局地的な吹雪のようだ。
ゲリラ吹雪とでも言うべきか。
遂に勇者の剣の届く距離まで接近する。
巨人はここまできて初めて恐怖の顔をしていた。
だがその危機感は遅すぎたのだ。
まずは一振り。
「ぐうッ」
槍を持っていない左腕が攻撃を庇ったが、〈深淵の沼〉により後ろへ下がれない。
ゆえに左腕はあっけなく切り落とされた。
もう一振り。
「があッ」
槍を持っている右腕を切り落とす。
巨人は膝をついた。
「殺せ」
ゴリアスは負けを認め、憎々しげにこちらを見てくる。
どうしたら和解できたのだろう。
俺は彼の目を見ながらそう思った。
この世界に来てから生き物を殺すのに、挙句にはこうして人を殺すのに俺は何故だか躊躇しない。
もちろん気持ち悪さは感じるのだが、それ以上に悲しみを覚えるのだ。
好んで命を奪ってる訳ではない。
目の前の自分より巨大な男を見てると、奪わなくて良かった未来を想像してしまうのだ。
「殺せッ」
巨人ゴリアスが叫ぶ。
大声を出したせいか、切り落とされた腕の断面から大量の血が流れ出た。
「ここまで命乞いをしなかったアンタの精神、覚えておこう」
かつての自分は容易く上位者に屈し、奴隷の如く働いた。
自分の幸せを諦めていた、空虚な日々。
この男は馬鹿だ。
だけど最後まで屈することのない精神は前までの俺が持っていないモノだった。
最初は頭の回らない奴だと評価していた俺には彼を蔑むことが出来なくなっていた。
勇者の剣を振り下ろす。
ゴリアスの首が飛ぶ。
痛みは一瞬だっただろう。
それが強固な精神を持った戦士に対する、俺からのせめてもの手向けだった。




