第33話 それぞれの戦い(三人称視点)
アンナとメリー、アルヴィナは一人の巨人と一匹の魔物と対峙していた。
魔物は巨大な犬で、頭が二つあった。
双頭犬。
本来、二つの頭が主導権を争い、結果自然下では容易く命を落とす魔物。
ゆえにこの個体が生き残れたのは巨人の飼い犬になるということである。
調伏され、主が主導権を握る。
誰かの下につかなければ生き残れないのだ。
「巨人一の調伏師、エディル様に女が敵うと思ってんのか!?」
オルトロスの背後にいる巨人が声を張り上げる。
エディルは赤髪のヨトゥンであった。
顔はヨトゥンらしく野蛮だ。
「メリー行くわよ!」
「うん!」
少女にしか見えない二人はオルトロスの方へと走る。
アルヴィナはエディルの下へと駆けて行った。
かの地下墓地で相対した三つ首の番犬に比べれば子犬のようだ。
アンナは頭の片隅でオルトロスをそう評した。
まず大きさが二回りも小さい。
目からうかがえる知性も劣る。
二つの首はそれぞれ二人の動きを追う。
注意が必要だとすればそれぐらいだろう。
オルトロスが突進してくるが、二人は難なくやり過ごす。
オルトロスは突進が躱されるや否や、方向転換して再び迫ってくる。
だが稚拙に真っ直ぐ突進してくる軌道は、アンナはもちろんメリーにですら欠伸が出るほど避けるのは難しくない。
ケルベロスなら炎を吐くか魔法を撃つかでそれぞれに攻撃を繰り出してきただろう。
観察終了。
目の前の魔物は単に首が二つある巨大な犬だ。
アンナは様子見をやめ、いつでも攻撃する態勢にうつる。
攻撃したくてウズウズしてるメリーが目の端にチラチラ映り、おやつを前にした子供のようだなと思いアンナはくすりと笑ってしまった。
オルトロスの体が跳ねる。
飛びかかるつもりだ。
アンナは瞬時に体の向きを変え、疾走する。
彼女がいたところにオルトロスの前足が叩きつけられる。
アンナは振り向きざまに投げナイフを放った。
「グギャアアアアァァァァ」
オルトロスが悲鳴をあげる。
ちっぽけなナイフが突き刺さっただけなのに。
だが大したダメージを受けないでいられるのは、ナイフだけならばの話だ。
「どう?梟熊の毒は?」
クロウとブラドの館に向かう道中に倒したオウルベア。
オスの個体であったため、アンナにとっては幸運にも毒を採取できたのだ。
クロウは知らなかったが、生き物に詳しい者はこう思っただろう。
鳥類と哺乳類の特徴を持ち、オスのみが毒を持つ。
――それはまるでカモノハシのようだと。
オルトロスはオウルベアの毒を受け、痙攣する。
人が受けたらなら一週間は身体の自由を奪われる麻痺毒だ。
だが人に比べ遥かに大きいオルトロスにはそこまでの効果は望めなかった。
数秒痙攣しただけですぐさま身軽になるだろう。
だがその数秒は闇の精霊にとっては充分な隙だった。
「〈影の槍衾〉!」
オルトロスの足元より、剣山のようにいくつもの影の針が飛び出す。
「キャイイイィィィン」
痛みの余り、まるで子犬のように鳴き叫ぶオルトロス。
〈影の槍衾〉に体を縫い付けられ動けなくなる。
さてどう倒そうかと二人が一瞬逡巡したときだ。
――ゴギャア――
肉が抉れ骨が折れる嫌な音がする。
音の元はというと。
アルヴィナのポールウェポンによって首を折られたエディルであった。
調伏が解かれたのか、オルトロスは更に混乱する。
混乱が落ち着き次第、二つの首が足を引っ張り合うだろう。
すると、その様子を眺めていたアンナの顔が嬉しそうに歪んだ。
「ねえメリー、ワンちゃん欲しくない?」
「!欲しい!」
アンナはクロスボウの矢を取り出し、身動きできないオルトロスに近づく。
「それじゃあこの子に新しい主人からの洗礼を受けてもらいましょ」
アンナの笑顔にオルトロスは震えあがった。
「ぶあっくしょいっ」
アルフォンスは不死者らしかぬクシャミをした。
「アンデッドが風邪か笑えるナ」
彼のクシャミを笑ったのはゴグマグと名乗るヨトゥンであった。
手には巨大な槌が添えられている。
アンデッドは風邪をひいたりはしない、とすると彼の並外れた察知能力が作動したということになる。
「誰か高名な騎士である我輩のことを噂しておるのであろう」
まさかそれが弟子であり、仕えるべき主とは知らずに彼は返した。
「はっ、死人が偉そうニ!」
ゴグマグは巨大な槌を振るう。
「どっせえええええええええええい」
アルフォンスは振るわれた巨大な槌を馬上槍によって弾く。
「アンデッド風情がア!!」
渾身の一撃を逸らされたゴグマグは怒り狂った。
積極的に攻めてきた四体のヨトゥンは皆短気であったが、ゴグマグはその中でも最も怒りやすい性格であった。
精緻だった初撃以降は、怒りにより力強さは上がったが雑な攻撃になってくる。
隙だらけの攻撃の方がよっぽどやりやすい。
アルフォンスはもはや、馬上槍で捌くことなく振り下ろされるハンマーの一撃を容易く躱していく。
「ちょこまか動くんじゃねエ!!」
ゴグマグの目が血走り始める。
冷静な判断が失われた。
それを暗殺者は見逃しはしない。
「――解体ァ!!」
身を潜めて隙を伺っていたジャックが飛来する。
右腕に持った鉈がゴグマグの右耳を斬り飛ばした。
ゴグマグは唐突な痛みにうめき声をあげる。
そして怒りのボルテージが上がっていく。
自分より遥かに小さい者に体の一部を奪われた怒り。
彼は今度はちょこまかと動く解体魔へと標的を移した。
「吾輩の相手をしなくていいのか、である」
目を逸らした途端、馬上槍が腹に突き刺さる。
「ッ、クソがア!!!!」
アルフォンスに振り向けば、今度はジャックの手斧が振り落とされる。
二人に翻弄され、身体の一部が徐々に削れていく。
ジャックが丹念に切れ込みをいれたため、右腕、左腕が切り離された。
「て、てめエ……」
ゴグマグの怒りがようやく恐怖により冷える。
残った脚の蹴りで牽制しようとするが、二人は容易く避け、カウンターを入れてくる。
左足を斬り飛ばされ倒れ、アルフォンスの槍で地面に縫い付けられる。
残った片足をばたつかせ抵抗するが、ジャックが切り落とす。
両手両足を失い、地面に縫い付けられたゴグマグは二人の悪魔を見て震えた。
たかがチビとアンデッドと舐めていた結果がこれだ。
戦いが始まる前から自分は負けていたのだろう。
「解体ァ……」
ジャックが口角を歪ませながら鉈を振り上げる。
ゴグマグにはジャックの口癖が死刑宣告に聞こえた。
恐怖に言葉も出ないまま、瞳が振り下ろされる鉈を映したのを最後に彼の意識は暗闇に包まれた。
「痛ェな!でも不死身の俺には無駄だァ!」
シャーリーは二振りの剣をグレデルと名乗ったヨトゥンの腕に叩きつけていた。
だが彼の肉体は鋼のように硬く、容易に傷をつけられない。
弱点と思われる頭と心臓を狙うが、腕に阻まれてしまう。
「貫け氷槍――〈氷柱の投槍〉」
エリザは大魔術より小規模な術でグレデルを牽制し、シャーリーを援護していた。
理由は三つ。
一つは自分の側を守る味方がいないということ。
大魔術は詠唱中や精霊に行使させてる間は集中する時間が長いので、自分への攻撃を防ぐ存在がいなければ大きな隙となる。
二つ目はシャーリーと会ってからほんの数日しか経っておらず、連携はとれていない。
シャーリーが大魔術に巻き込まれる可能性もあるし、彼女が疲弊した隙を狙われ攻撃を受けるかもしれない。
その時、自分が動ける状態でないとマズい。
最後に敵の観察。
本人の言う通り、不死身にしか思えるこの巨人には何か秘密があるはずだ。
敏感に反応し防いでいる首や心臓以外にも弱点があるかもしれない。
グレデルの右肩に氷槍が当たるが貫通はしない。
だが当たった箇所の皮膚はとてつもない冷気により凍りついていた。
彼女の氷魔術は発せられる冷気ですら凶器だ。
〈氷血〉の異名は伊達ではない。
だがエリザは内心では舌打ちしたい気分であった。
一撃当てても大したダメージにはならず、本当に牽制にしかならない。
シャーリーが剣を振るう。
二本の剣は〈氷柱の投槍〉が当たり凍った箇所を叩き斬る。
シャーリーとしては何となく狙っただけだ。
しかし只の何となくではない。
どこぞのデュラハンの如く、彼女も類稀なる直感の持ち主であった。
僅かにヒビが入る。
鋼鉄の肉体に。
だがシャーリーの剣は二本とも折れてしまった。
「ハッ、その剣は二本とも不死身の肉体にゃあ柔かったようだなァ!」
「ああだけどお前を倒す方法が思いついた」
シャーリーは獰猛に笑う。
「お喋りしてる暇があるとは、随分余裕がありますね」
エリザは妖艶に笑う。
彼女の背後に〈氷柱の投槍〉が何本も現れていた。
シャーリーが相手と話しながらも周りの様子を伺っていたのが背後からでも分かった。
無防備な自分に何かあれば守ってくれるだろうと賭け、少し長く詠唱したことで氷槍の数が増えたのだ。
グレデルに避けようがないほど大量に氷槍が押し寄せる。
「その魔術はいくら数を増やそうが、俺には通らねーのはさっき見ただろォ?」
グレデルに当たった氷槍は無惨にも砕け散る。
だが彼の皮膚は至る所凍りついた。
丸腰のシャーリーが近づいていく。
「おいおい、武器も無いのに死ぬ気かァ?」
グレデルはニヤニヤ笑う。
彼は終わりが近づいてきたことに気づけなかった。
自身の強靭な肉体を過信していたのだ。
「あたしはな――素手のこっちの方がつえーんだよおおおおおぉぉぉぉ」
シャーリーがそう叫ぶと身体が橙の毛に覆われる。
獣化し、二足歩行の狼となったのだ。
目に止まらぬほど速く、獣の拳が巨人に叩きつけられる。
殴る――
殴る――!
殴るッ――!
連続で繰り出されるパンチ。
獣化すると肉球や指の構造上、武器を持つことは困難だ。
だが指先には鋭利な刃物がついている。
爪だ。
二振りの剣を打ちつけた時には比べようがないほどの衝撃がグレデルを襲う。
「なッ……」
殴りつけられた箇所が砕かれていき、グレデルは驚愕する。
痛みとは生命の危険を知らせる信号だ。
故にグレデルは肉体は傷つかずとも感じていた痛みを我慢していたのだが、凍てついたせいで感覚が麻痺していたようだ。
痛みに悶えるよりも先に、不死身の身体が砕かれたことに衝撃を受けていた。
意識が薄れていく。
手足は真っ先に砕かれ、逃走はままならない。
そもそも恐ろしいほどの笑みを浮かべる二人から逃げられるとも思えない。
恐怖すら凍りつけられ、不死身と宣ったヨトゥンの命が砕かれていった。
「全員撤退せよおおおお!」
人狼の次代の族長と噂されるシンフィーが吠える。
ある者は言われずとも戦士の誇りすら捨てて我先にと逃げ出す。
ある者は力不足な指揮官と陰口を叩かれたシンフィーの指示を素直に受けて逃げ出す。
ある者は食料を奪いにきたにも関わらず敵に混じって逃げ出す。
食料を巡り争っていたはずの獣の三種族とヨトゥンは、唐突に現れた災厄から背を向けて必死に逃げていた。
「やめろヴァーガ、あんなんに立ち向かったら死んじまう!」
「そうだよ、アレと同じ魔獣を倒したっていう勇者のとこまで逃げよう!」
熊人の族長候補であるアンガートゥールとヘルヴォールの兄妹二人は、脚の遅い同族を逃がすため時間を稼ぐと言って聞かない海豹人の長ヴァーガを説き伏せようとしていた。
自身を犠牲にしてでも多くの同族を守ろうとするその姿は彼らの父親を思い起こさせたからだ。
「オラのことはいい、さっさと行くだ」
ヴァーガの決意は固く、まるで嵐を前にした大岩の如く立ち構えていた。
「クソっ、死ぬなよ!」
「勇者を連れて戻ってくるから、それまで耐えるんだよ!」
人の進言を聞き入れない、頑固なところまで似ていた。
二人は必死に走り出す。
アレに唯一勝てるであろう、勇者クロウの下へ。




