第28話 狼女との出会い
お待たせしました。
梅雨だとどうも調子が出ない、梅雨なんて滅べばいいのに。
犬人の縄張りを出て数日かけて進むと周りの景色が変わってきた。
地面は薄っすらと雪化粧をし、木々は針葉樹が多くなってくる。
気温も下がってきたから、俺たちは用意していた毛皮の上着を羽織る。
「もう少しで人狼の集落に着きます。そこで一旦休みましょう」
本当は自分の集落に休まず行きたいであろうソーロルさんが声を掛けてくる。
ライカンはいわゆる狼人間で、平常時は熊人のように獣耳が頭のてっぺんにあり、獣化すると狼の姿になる種族だ。
似たようなベルンと海豹人とは大昔から交流があるそうだ。
「自分の娘もそこに避難してまして」
と思ったら娘さんはライカンのところまで避難していたようだ。
それならむしろ立ち寄りたいのだろう。
なんとなくそわそわしてるし。
やがて丸太で作った集落の入口が見えてくる。
「ソーロルだ!!勇者を連れて来たぞ!!」
ソーロルが大声で叫ぶと、2人の守衛のうち1人が慌てて集落の内に向かっていった。
頭のてっぺんには耳、尻からはふさふさの尻尾が生えている。
ライカンだ。
何やら偉い人が出迎えに来てくれるらしい。
……女の子のライカンの尻尾モフりてえなあ。
邪な考えをしたためかエリザから視線を感じる。
女ってどうしてこう鋭いのだろうか。
「……クロウさんは同性の方が趣味なのですか?」
「違う!尻尾見て、女の子のライカンがいたら触らせてくれないかなーって思っただけで!!」
男のケツを凝視したせいか、とんでもない勘違いをされていた。
あらぬ疑いを受けるくらいならと、正直に言ったのだが――
「クロウさんは初めて会ったとき私のお尻見ましたよね?その……どうでしたか?」
更にとんでもないことを口走られた。
最近どうしちゃったんだよエリザ、冷静腹黒の頃に戻ってくれ。
いや、やっぱり腹黒には戻らなくていい。
「どうって……綺麗でしたよ」
「……そうですか」
いや、赤面するくらいなら聞かないでほしい。
馬車内の空間が落ち着かない状態に。
目を合わせづらいので窓の方へ目をやると――
そこには無表情の少女の顔が。
「うわあああああああああああ」
「ど、どうしたのですか!?……アンナ、それ怖いですよ」
アンナさんが無表情でこちらの様子を窺っていた。
彼女は馬鳥から降りると馬車の中に入ってきた。
「出迎えの準備ができたみたいよ」
どうやらそれを知らせに来てくれたようだが、エリザとの会話が外に漏れていて様子を窺っていたのだろう。
声がめっちゃ不機嫌だ。
何かご機嫌取りしないとマズイな。
「アンナはいつ見ても可愛いな」
頭を撫でて褒めておこう。
「子供扱いしないで」
そう言った割には顔が赤く、満更でもなさそうだ。
チョロい、チョロいぞアンナ。
と、思えば今度はエリザがつまらなそうな顔をしている。
やっぱそういうことなんだろうなあ……。
アンナの気持ちに気づいてからか、その手の感情を向けられると察せるようになった。
……前の世界では年中冬だった話はやめような。
さて、全員で門をくぐると迎えてくれたのは――
「アンタらが勇者一行か!アタシはシャーリー、ライカンの長の娘だ!」
ショートカットの髪や頭の上にある耳、尾は艶のある橙色の毛で、いかにも元気溌剌そうな17歳ぐらいの少女であった。
顔は可愛く、もう少し歳を重ねれば美女になるであろう。
瞳は黄色で力強い眼光を放ち、開いた口からは尖った犬歯が見えた。
ベルンのように薄い毛皮で作った服を着ていて、くびれた腰のラインが見てとれる。
寒くないのかなと思ったが、この地に住んでいてもっと厳しい寒さを経験して平気なのだろう。
俺らはそれぞれ名自己紹介をし終えると、彼女は俺に向いて人差し指で指す。
おいおい、初対面なのに失礼だぞ。
「勇者、私と勝負だ!!」
いきなりの宣戦布告に皆でポカーンとすると、ソーロルがため息をついて説明してくれた。
「シャーリーさんは好戦的なんですよ。
我らが族長を倒したクロウさんに腕試しせずにはいられないのでしょう」
「そういうことだ!!」
手を腰に当て胸を張る。
ソーロルが戦闘バカだと説明して、なんでドヤ顔してるんだこの子は……。
「そんなことしてる暇ないと思うんだが……」
どう考えてもベルンの集落が襲撃を受けてる中で、力試しするよりかは情報を聞いて話し合った方がいいと思うのだが。
「私が負けたら何でもするぞ!」
ほう、男に向かって何でもするとは大きく出たな……。
「分かった。それじゃあ俺が勝ったら――」
アンナとエリザが一瞬目を見開き、身が凍り付く程の冷たい目を向けてくる中で俺は言い放つ。
「思う存分尻尾を触らせてもらう!」
広場で向かい合うと、あっという間にライカンやベルン達に囲まれる。
ソーロルは心配だった娘の下へ言ったようだ。
ちなみに俺は魔法禁止、シャーリーは獣化禁止だ。
相手が降参するか、武器を落としたら勝ち。
そして致命的な傷を負わせてはいけない。
「パパー、がんばれー!終わったらメリーとアンナとエリザの3人とOHANASHIしようね!!」
一対一の試合なのでメリーには離れててもらう。
応援と死刑宣告を同時にされるって奇妙な気分になるな。
……あれ、むしろこの試合が終わった後の方が激戦になるんじゃないか?
――よし、俺は考えるのをやめた。
「アタシはいつでもいいぞ!」
両刃の双剣を構え、その場でフットワークをとりながら指で挑発するシャーリー。
……尻尾をぶんぶん振ってる、犬と同じだと考えると興奮してるのだろうか。
「時間が押してるからな、とっとと終わらさせる!!」
俺はそこまで言って走り出す。
一瞬で距離を詰めて勇者の剣を振り下ろす、しかしシャーリーは皮一枚でこれを回避する。
「やるじゃないか!」
「そちらこそ!」
俺は躱された縦斬りの勢いをそのままにして、シャーリーが避けた先に横薙ぎを繰り出す。
――ガッキイイイィィィン!!――
「くっ!」
シャーリーが双剣を交差させて受け止めるが、凄まじい金属音があたりに響く。
かなりの力を込めたからか、彼女からもうめき声が上がる。
「シャーリー様!人間に負けるな!」
「クロウ!勝てなかったら吾輩と馬上試合100回である!」
「シャーリー様がんばれ!」
「クロウさん!勝てば……そ、その、イイコトしてあげます!!」
「ちょっとエリザ!抜け駆けはしないって協定結んだじゃない!」
なんか俺側の応援がおかしいんだけど……。
外野はひとまず置いておこう、集中するべきは目の前の狼女だ。
身軽なので一当てするのは厳しい上に、ライカンだからか細腕の割にはかなりの筋力で攻撃をギリギリ受け止められてしまう。
もちろん戦いがこのまま長引き、持久戦に持ち込めば俺の勝利は揺るぎないだろう。
だけど巨人に対して策を練る時間が欲しい。
グダグダと戦っている時間などないのだ。
ならば――
俺はシャーリーから距離をとり、アル爺が作ってくれた鞘に勇者の剣を納めるが柄からは手を離さず身を低くして構える。
「どうした?降参か、勇者様」
シャーリーはそんな俺を見て獲物を追い詰めた獣の笑みを浮かべる。
その油断、突かせてもらうぞ!!
――シャーリーの手から双剣が吹っ飛んだ。
「は?」
彼女の間抜けな声が静まり返った広場に響く。
「勝負ありだな」
俺は鞘から抜かれた勇者の剣を再び鞘に戻した。
目を閉じてカッコつけてみる。
つまらぬものを斬って……はいないな。
「ちょ、ちょっと待って!何が起きたんだ!」
シャーリーは負けを認めない、というよりも何故自分が負けたのかが気になるらしい。
「居合い斬りだよ」
「いあい?」
「鞘に納めた剣を抜く勢いで、高速で相手を斬るんだ」
「そういえば王国にも〈鬼斬り〉という、見えない速さで鞘から剣を抜いて斬る剣士がいるという情報を聞いています」
あーどうやら二番煎じなのか、NIPPONの剣術はすでに普及しているっぽいな。
偶然思いついたのか、前の勇者が伝え残したのか。
……多分後者だろうな。
まあ一度、こうした手合わせで使いたかっただけなので良しとしよう。
そして悔しがると思ったシャーリーは何故かキラキラした目をこちらに向けてくる。
「勇者様ホントつえーんだな!」
「クロウでいいよ」
「よしクロウ!後で思う存分尻尾触らせてやる、でもまずはあたしの家に行くぞ!」
と、俺の腕抱き、ぐいぐいと引っ張り始めた。
……ふむ、大きくも無ければ小さくもない、ちょうどいい柔らかい感触が腕に――
「ちょ、ちょっと待って!腕を放せ!」
約2名からめっちゃ黒いオーラが立ち昇ってるんですよ!
このままじゃ俺たち2人の命が危ない!
「ダメ!放さない!」
あ、メリーがスーッと近寄ってきた。
「パパ、覚悟しておいた方がいいよ?」
やべえ、笑顔だけど目が笑ってない。
瞳が暗闇のように真っ暗で、ヤンなデレを感じる。
メリーって名前だし(俺がつけたのだが)、短剣使ってるし、後ろからブスリと刺されそうな予感がした俺は青ざめる。
「師匠!ジャック!助けて!」
師匠たちの方を向いて助けを求めると、師匠はソーロルの様子を見てくるのであると姿をくらまし、ジャックは俺の居合斬りを見よう見まねで鉈で再現しようとしている。
俺の警護を務めるはずのアルヴィナも沈黙している。
天に見放され、俺はずるずると引きずられる。後ろに黒いオーラを放つ3人を引き連れて……。
シャーリーの家、長の宅に着く。
雪が多く降る地とあってか、この集落の家屋は屋根の傾斜が急で、使われてる木材も丈夫そうだ。
「親父!連れてきたぞ!」
バーンと開かれるドア。
……乱暴に扱っても壊れないんだな、この家100人乗っても大丈夫そうだ。
師匠、ジャック、アルヴィナは外で馬車の警護だ。
ライカンたちが全く信用できない訳じゃないんだけどね。
それに村長の家は他に比べ大きいとはいえ、全員は入らないだろうし。
「客人の前だというのに、もっと静かに開けられんのか」
出迎えたのは初老のライカンだった。
白が混じる灰色の髪に、頬に大きな傷が入る顔、頑固そうな傭兵という印象を受ける。
「ライカンの長を務めるリュカーオーです、娘の無礼についてはお許しを」
「勇者クロウです、構いませんよ。ちょっとした運動になりましたから」
尻尾モフり券も手に入ったしな。
代償に女性陣から冷たい視線を向けられるようになったが。
「我々が危険だという事態に手を差し伸べて頂き感服しております」
「いえ当然のことですよ」
リュカーオーさんに絶賛されるが謙遜しておく。
仲間に引き込めるし、ベルンやライカンが敗れたら明日は我が身だしな。
そこからは最新の情報を聞くこととなった。
現在、ベルンの集落を最前線としてベルンやライカン、そしてセルキーの合同軍で巨人と戦っているようだ。
幸いなことに重傷者は出ていても死者は出ていない。
そして魔王が指示を出してないか、という話になったのだが……。
「そういう訳ではなさそうです……そして一部を除いて巨人共も襲撃したくてしているようには見えないのです」
リュカーオーさんによると巨人は一枚岩ではないらしい。
魔王の命というよりも、食事を狙っていることから巨人の住む場所の食料が例年より少なかったのではなかろうか。
4体の巨人以外は積極的ではないおかげで死者が出てないようだが、その4体が一方的に蹂躙しようと攻めてくる、とのことだ。
「恐らく、その4体さえ倒せば降参するとは思いますが」
ふむ、どうやら方針としてはそれで行くとして、後は現場に行ってみないと分からないよな。
「親父、話が変わるけどさ」
と戦の方針が決まっところでシャーリーが話を切り出した。
元気溌剌ですぐさま戦闘を申し込んできたから俺としてはミサイル娘という印象があったのだけれど、初対面時とは裏腹に彼女は巨人との戦いについて話し合ってるときは黙ってじっとしていた。
「なんだシャーリーよ」
シャーリーはぎゅっと拳を握り、意を決して口を開いた。
「あたし、クロウの……勇者クロウ様の嫁になる」
お茶の間フリーズが起きた。
は?
会って手合わせしただけなのに、いきなり結婚?
エリザとアンナから凄まじいプレッシャーが放たれる。
メリーも頬を膨らませながら出てきたし、荒れそうだ……。




