第24話 狂戦士の魔剣(2)
目の前に魔剣〈真の翼〉の刃が迫る。
勇者の剣で防ぐのも避けるのも間に合わない。
――思い出す。
鉄骨が目の前に迫るあの瞬間を。
結局死亡フラグを回収してしまった。
ははっ……俺は所詮この程度の奴だったってことだ。
……今回は頑張ったからもういいよな俺。
――いい訳ないだろ。
折角手に入れたチャンスを。
手放すな。
二度目は無いんだ。
今度こそ掴むのだ。
光に満ちた日々を。
思い浮かべるは俺がこの世界に来て初めて放った魔法。
使い慣れているおかげか一瞬で形成できた。
〈闇の盾〉。
全てを受け止めし、深淵の闇。
魔剣が衝突する。
魔剣の刃から滲み出る呪いと闇が互いを喰いあう。
俺は必死に魔力を注ぎ込む。
喰いあった分だけ〈闇の盾〉を修復する。
「うおおおおおおおおおお!!ここで死んでたまるかあああああああ」
一進一退の攻防。
魔剣の呪いが〈闇の盾〉を削り、〈闇の盾〉が呪いを深淵に吸い込む。
このままでは俺の魔力が空になる。
そしたらあの魔剣は止められない。
でも俺には相棒がいる。
「パパをいじめるなああああああああ!」
ケルベロス戦の時とは逆に、メリーが後から〈闇の盾〉を展開して強固な壁となる。
だがメリーにだって魔力量に限界がある。
早く4人のうち誰かが復帰してくれたら――
――ゴオン!――
――突如、狂戦士の頭に鉄塊が飛来した。
長い柄のついた巨大な鉄球。
メイス型のモーニングスターに似てるが球体に棘は無い。
そんなハンマーに分類されるのかよく分からない武器を手にするは白いメイド。
アルヴィナさんだった。
相変わらず目と口が縫い付けられていて無表情だ。
そもそも生きている訳ではないから当たり前なのだろうが。
まるで野球のフルスイングのようにメイスが振られ、狂戦士が吹っ飛ばされる。
「なぜアルヴィナがここに!?エリザ様を守護していたはずでは!」
他の3人より早く復帰したレリーチェさんが普段の彼女には似つかわしくない大きな声を上げる。
「急に彼女が戦闘場所に移動し始めたのですよ、レリーチェ」
プラチナブロンドの髪をなびかせて、優雅なワンピース姿の美女が現れる。
エリザ様だ。
「お館様、なぜここに来たのである!?」
「大将が最前線出てきてどうするんじゃ!!」
「エリザ様!危険ですお戻りください!」
遅れて復帰したアルフォンスさんたちを含めて3人が驚愕する。
ジャックさんは狂戦士を睨みつけており、何も言わなかった。
彼らの反応は尤もだ、彼女の身にもしも何かあったら反帝国軍は決壊する。
それに今は太陽の位置を見る限り、まだ夕方ちょっと前だ。
エリザ様が行動するには早すぎる。
「アルヴィナが私を放って館から離れるほどの事態なのです。
ならば私も出向くべきでしょう」
彼女はぱちん、と指を鳴らすと矢やら石つぶてやらが無数に飛来した。
賊妖精たちが次々と森から現れる。
「クロウ!助けに来たわよ!」
アンナがお得意の毒を矢じりに塗り、ボウガンでありったけ射出していた。
「お前らどんどん撃て!近づかれたらボロ雑巾のように屠られるぞ!
それが嫌なら必死で撃ち込め!」
新リーダーのマックスさんがボギーたちに支持を出しながらも、自身も一切攻撃の手を止めずにスリングショットで石つぶてを連射していた。
それぞれのダメージは微々たるものだが、まるで豪雨の如く降り注ぎ狂戦士の移動を制限した。
狂戦士の接近を妨害する中、エリザ様は呪文を唱え始める。
「凍て付く氷河よ、怨敵を封じ込め――〈氷河の寒獄〉」
呪文を唱え終わると同時に狂戦士は見る見るうちに凍て付き、とてつもなく巨大な氷に閉じ込められる。
まさしく氷河の監獄だ。
氷属性という概念はこの世界には存在していない。
氷は水の固体であるために水属性に分類されているのだ。
もちろん水の気体、水蒸気も操る呪文も存在する。
どちらも液体の水より難しい魔術だそうだが。
エリザ様が卓越した水属性魔術師ということを目の前の巨大な氷が物語っていた。
「かーっ、いつ見てもおっかないわい」
アルジーさんが複雑そうな顔で言う。
俺から見ても巨大な氷からはとんでもない魔力を感じるが、鉱妖精は魔術を使えないから尚更恐ろしいのだろう。
彼らは魔術を使えない、だが代わりにミスリルといった特殊な鉱石――魔鉱石を精錬できるという話だ。
無論、分かれた種族の地妖精もそうだとのこと。
勝利を確信して喝采を挙げるボギーの一同。
しかしエリザ様が不可解な顔をする。
アルフォンスさんを始めとした一行はエリザ様の様子に気づき、再び警戒を露わにする。
「手ごたえがありませんね」
そう言った瞬間だった。
狂戦士を閉じ込めた氷が粉々に砕け散ったのだ。
「なっ……エリザ様の〈氷河の寒獄〉を受けて無傷であるとは……!!」
アルフォンスさんが狼狽えている。
異世界に来てから日が浅い俺でもあれは単体の敵ではなく、むしろ軍隊相手に放つ大魔術だと分かる。
そんな必殺技とも言える攻撃が効かなかったのだ。
一同に絶望的な雰囲気が漂った。
「っ!後衛部隊、足止めを!」
エリザ様の一声で矢と石の雨が再び襲うが、狂戦士はジリジリとこちらへ距離を詰める。
ブラドの館へ撤退する余裕はあるだろうが、どこへ逃げてもあの狂戦士は一度定めた獲物を追い続けるだろう。
中央大陸東を逃げ回っても、各地に散らばっているという他種族の集落に被害を広げるだけだし、大陸西との境目には怨敵ガルニア帝国が待ち構えている。
ここで倒すしかないのだ。
果たしてあの狂戦士をこの戦力で倒しきれるのだろうか。
もちろんこれ以上援軍はない。
昔はもっと戦える者がいたが帝国に数を減らされてしまった。
各地の集落にボギーを向かわせ、様々な種族を参戦させるための交渉が行われているようだがあまり芳しくないと聞いているし期待できない。
奴に苦戦している理由は獣化した熊人本人の能力よりも魔剣という存在が大きい。
厄介なのは驚異的な機動を誇る斬撃と、呪いにより変質した肉体のタフネスさだ。
――逆に言えばそれら二つをどうにかすれば勝機はある。
「エリザ様、魔剣を振れないよう左腕の動きを止められますか?」
「何か策があるのですか?」
「詳しく話してる時間はありませんが、攻撃すら止められるなら背後から俺があいつを倒して見せます」
彼女の赤い瞳がまっすぐに俺を見つめる。
俺の自信の強さを確認しているのだ。
俺も真剣にまっすぐ見つめ返す。
矢の風切り音や石が衝突する音が響く中、やけにハッキリとしたアンナの咳払いが聞こえる。
そういう意味で見つめ合ってるんじゃありませんよ、アンナさん……。
……ちょっと照れそうになったけども。
「分かりました、あなたが私たちを……私を信じてくれたように私もあなたの策を信じましょう」
礼拝堂での会話を思い出す。
前魔王ドラキュラと同じ吸血鬼である彼女を信じることにしたあの時のことだ。
「お願いします」
「前衛、魔剣を持つ左腕に集中攻撃!後衛は敵の移動を制限しなさい!」
アルフォンスさん、アルジーさん、ジャックさん、アルヴィナさんが地を蹴り距離を詰める。
ジャックさんが魔剣の斬撃と打ち合う。
アルフォンスさんが馬上槍を突き出し、すぐさま引く。
アルジーさんのシャベルが肩を叩き、すぐさま離脱。
アルヴィナさんが左腕にメイスを振り下ろし、すぐに離れる。
交互に左腕に攻撃を加えて反撃の隙を与えない、素晴らしいコンビネーションだ。
「クロウ」
後ろからアンナが声を掛けてきたので振り返る。
彼女の瞳にはこちらを心配する色が見えた。
「無茶しないで」
「ああ、分かってる」
嘘だ。
この作戦は無茶しなければ成功しない。
だけどここで正直に話しても間違いなく止められるだけだ。
お咎めは後で思う存分受けよう。
俺は遠回りに狂戦士の背後へ向かう。
ボギーたちの矢と石の雨は狂戦士の周りに降り注ぎ、行動を制限している。
まるでモーセが海を割ったかのように、背後への一本道を除いて。
「メリー!合図したら俺に〈闇の砲撃〉の魔法を撃ってくれ!」
狂戦士の背後に回りながらメリーに指示を出す。
「パパを攻撃したら怪我しちゃう!」
「そういう作戦なんだ、信じてくれ」
突拍子もない内容に異を唱えるメリー。
こちらも詳しい作戦内容を話したいのはやまやまだがそんな暇はない。
チャンスはいつ巡ってくるとも分からないのだから。
俺の言葉にメリーは渋々といった感じで了承してくれた。
後で思う存分、彼女の頭を撫でてやらないとな。
攻撃の瞬間を待つ。
まだだ、魔剣がめちゃくちゃに振られている。
アルヴィナさんの巨大メイスがへし折らんとばかりに狂戦士の左腕に振り下ろされる。
「今だ!」
背中にメリーの〈闇の砲撃〉が直撃する。
俺は吹っ飛ばされる、矢と石の雨に挟まれた一本道を。
急速に迫る狂戦士の背中。
ちょうど左腕にアルヴィナさんの攻撃が直撃した瞬間だった。
勇者の剣が刺さる。
やはり、激情化する前より硬くなっているのか、引っかかりを感じながらも勇者の剣が突き刺さった。
それでも奴は倒れない。
俺は最後の一撃を放つ。
「いっけええええええええ」
残っていた魔力をありったけ勇者の剣に注入する。
剣に魔法を纏わせる。
魔法に集中するせいで肝心な攻撃ができないため実用的ではない行為。
だが既に刺さった状態では?
更に俺は〈闇の盾〉と魔剣の攻防で気づいていた。
魔剣の呪いを闇属性魔法が削り取られながらも吸収していることを。
「グオオオオオオオオオオ」
ベルンの狂戦士の絶叫が轟く。
呪われて不死身なはずの身体から今までにないぐらいの鮮血が噴き出す。
闇と呪いが相殺し合っているため、肉体が呪いから解き放たれて傷つけられているのだ。
やがて狂戦士の身体から力が抜けて、背中に剣を突き刺してる俺諸共倒れた。
斬撃の嵐はようやく収まり、辺りは静まり返った。
初めて魔力が空っぽになる感覚に陥る。
自分の中の臓器が丸々ひとつごっそりと無くなるような感覚だった。
魔剣にヒビが入り、砕け散る。
狂戦士は徐々に熊の姿から、ソーロルさんのような熊の耳が生えた大男の姿になった。
俺は魔力切れと人を殺した不快な感覚に支配されながらも、立ち上がって勇者の剣を引き抜く。
「倒した、勇者が魔剣持ちを倒した」
一人のボギーがそれを見ながらつぶやいた途端、大歓声が上がる。
ボギーたちが俺の周りに群がりもみくちゃにされる。
近くまできたボギーたちがよくやった、勇者様万歳などと声を掛けてくれる。
「ガハハハハハ!さすがたった一ヶ月で吾輩の剣に追いついただけの男ではあるな!」
「ハーハッハッハ!中々いい策じゃったぞ!」
アルフォンスさんとアルジーさんに背中をバンバン叩かれる。
いてえ、デュルガーの馬鹿力と篭手を嵌めたままの手のひらが俺を容赦なく叩いた。
「危険を顧みず突っ込む姿、勇ましかったぜクロウ」
「……」
マックスさんがさすが俺らの認めた危険因子と褒めてるんだか分からない褒め言葉を掛けてくる。
隣のジャックさんは無言で俺を見てきた、その瞳にいつもの恐ろしさは無く、まるで俺を認めてくれたくれたような眼差しだった。
「パパかっこよかったよ!!」
メリーが首に飛びついてくる。
向日葵の大輪咲きのような笑顔を見せてくれる。
パパと慕ってくれる精霊っ子からのねぎらいの言葉に俺の顔もだらしなく緩んだ。
エリザ様とメイド二人は輪に加わらず遠巻きにこちらを見ていた。
目が合うとエリザ様は微笑み、レリーチェさんは感謝の念からかお辞儀をし、アルヴィナさんは相変わらずの直立不動だ。
そんな、胴上げにでも発展しそうな雰囲気の中、突如危機が訪れた。
「クロウ」
無機質な女の声が大騒ぎの中でもハッキリと聞こえる。
俺に群がっていたボギーたちが左右にサーッと分かれた、モーゼの奇跡が再び起きたのだ。
辺りにいた野郎共は俺を見放すかのように離れていく。
無表情でとてつもない怒気を孕ませながら、左右を群衆に挟まれた道を通ってアンナがやってきた。
ジャックさんには離れる前に目を鋭くして睨まれた。
お兄さんとして妹を宥めて欲しかったのだが、妹がアプローチをかける俺に対して思うところがあるようだ。
首に巻き付いたメリーはそうだった、と言わんばかりに俺から降りて頬を膨らませて両手に手を当てる。
メリーすら敵に回ったようだ。
俺に味方はいなかった。
「無茶しないって言ったわよね?」
その一言を皮切りにアンナのお説教された。
時折、メリーからもあれこれ言われた。
終いにはアンナが涙目になり、ジャックさんが乱入してきた。
それを止めようとしたボギーたちも流れ込み、何が何だかよく分からない状況になってしまった。
ああ、でもこういうのも悪くなかった。
向こうの世界ではこんなに俺を慕う人に囲まれたことはなかったのだから。
最終的に俺がアンナに土下座してから皆で戦後処理に当たるのだった。




