第14話 ブラドの館
反帝国軍の本拠地、ブラドの館の鉄柵の門へと向かう。
さすがに門や塀は防護上、改修が幾度となく施されているようだ。
門に近づくと塀の上に小さな影が現れる。
若干顎鬚が伸びたボギーの男だ。
髪は茶色でツンツンヘアー。
童顔だが、こちらを睨む目つきは獲物をロックオンした鷹のように鋭い。
「止まれ、そこのヒューマン!」
スリングショットを向け警戒された。
しかし、アンナが前へ出て事情を説明してくれる。
「待ちなさいマックス!この人は味方よ!」
「本当か?帝国の罠じゃないだろうな?」
こちらを警戒するボギーはマックスさんという名前らしい。
盗掘班のリーダーだったということから察するに、地位の高そうなアンナが保証しても疑いは晴れない。
思っていたよりもガルニア帝国は残虐非道の限りを尽くしたらしく、ヒューマンの信用は地の底のようだ。
「本当よ。タルタロスで他の仲間が倒れて孤立したとき、彼が助けてくれなければ私も死んでいたわ」
帝国の者なら他種族を助けはしない、なら違うんじゃね?って感じで納得してスリングショットを下してくれた。
「アンナがそこまで言うなら俺は信じよう。だがボスの許可が必要だ、ちょっと待ってろ」
と言って颯爽と敷地内に飛び降りて館の方へものすごい速さで走っていった。
さすが盗賊向き妖精、ボギーといったところか。
アンナの俊敏な動きを幾度となく見ていても未だに慣れない。
「もう日も暮れそうだしボスも起きてるでしょ。すぐに中に入れるわ」
とアンナが振り返って夕日を眺めながら言う。
「ボギーって夜行性なのか?」
今起きるということはボギーたちのボスは夜に活動しているということだろう。
そう推測したのだがアンナはなんともいえない微妙な表情をしている。
「私たちは確かに夜盗を働くこともあるけど、基本的にヒューマンと同じで朝起きて夜に寝るわ」
「じゃあボスさんは昼夜逆転しているのか」
夜勤やニートという単語が俺の頭の中に思い浮かぶ。
日光が関係しているようで朝起きて夜寝ないと調子狂うんだよな。
だがアンナはようやく合点がいったという表情をした後、何がおかしいのかニヤリと笑う。
「なるほど。あんたはボスがあたしたちと同じボギーだと勘違いしてる訳ね」
「え?違うの?」
普通に考えてボギーのボスはボギーだろ?
いや、待てよ。
他種族を迫害する帝国への反抗軍というならば――
「色んな種族が集まった組織ってことか」
「正解。ボスが何の種族なのかは会ってからのお楽しみよ」
反帝国軍ボスの種族はもったいぶって教えてくれなかった。
アンナと談笑していたらマックスさんとは別のボギーの男性二人が門へと走って来た。
「アンナの姐さん、お疲れ様です。そこのヒューマンの立ち入り許可が出ました」
二人が鉄柵に手をかけて力を入れる。
ゴゴゴゴと門が開いていく。
開けるのにも一苦労といった感じだが、守りとしては逆に有利なのだろうか。
敷地内に入る。
目の前に入って来た光景は――
綺麗な庭ではなく雑草の王国であった。
一応、館までの道は整備されてるがそれ以外はちっちゃな草原状態だ。
中から何か飛び出してきそうで思わず注視してしまう。
暗いところなどに恐れを感じるのは本能の残り香だっけか?
「その草むらの中に侵入者用の罠が仕掛けてあるから気を付けてね」
トラップキングダムでした。
自ら進んで入りはしないがあぶねえ、館に入る前に言ってほしい。
どうやら館へ向かってきた一本道から逸れた森もブービートラップのオンパレードらしい。
敵からの侵入経路を絞ってる訳か。
館の入口である両扉に近づいたときであった。
唐突な殺気を感じ、見渡すと飛来するのは数個の石。
剛速球というほどではないが、当たれば気絶は免れない速さ。
小さな隕石たちは俺目がけて飛来し――
一瞬で具現化したメリーが短剣で全て払いのけた。
案内してくれてた二人のボギーが何事か、と片方は鉈、もう片方は手斧を取り出す。
だがそれを俺に向けるよりも早く、
「あたしの客に失礼したやつはどこのどいつ?」
無表情のアンナから出た言葉は周囲の温度を下げたんじゃないかってぐらい冷ややかであった。
勇者秘匿事件、毛むくじゃら事件と短い間で色々と彼女は怒ったが、これほど本気で怒ってはいなかった。
アンナが屋根の方を睨んでいるので俺もそっちを見やる。
数人のフードを被ったボギーがスリングショットを撃ったであろう体勢のまま固まっていた。
石を放ったのは彼らだろう。
その中の一人が叫ぶ。
「だ、だけど姐さん!俺らの敵、ヒューマンだぜ!?そのまま通すのは危険だ!」
命令なく勝手に攻撃したボギーの言い分も最もだ。
間者などの危険もあるのだろう、無力化しておくのが安全だと俺でも思う。
だがアンナは一蹴する。
「マックスからの命令がなかったのかい?」
その一言で屋根の上から叫んでいたボギーの一人は口を紡ぐ。
マックスさん、ただの門番かと思ってたがかなり上の役職みたいだな。
「後であいつら全員私の前に連れてきなさい」
アンナにそう言われた案内役の二人は全力で頷き、屋根の上のボギーたちはガタガタ震えている。
彼女のお説教とお仕置きは中々ヤバいようだ。
うん、これからは極力アンナを怒らせないようにしよう。
「悪いね、クロウ。親族を殺されてヒューマンに恨みがある奴が多いんだ」
ため息をつきながら謝るアンナ。
こちらを攻撃した気持ちは同じボギーとして分かるのだろう。
だからといって命令違反した部下を容易に許してはいけないし、命の恩人である俺へ攻撃した怒りといった心情が見て伺える。
「構わないよ、それよりもメリーも入って大丈夫かな」
アンナは知ってるし、入ってしまって今更だが姿を現してしまったので聞いておく。
珍しく不機嫌なメリーを見やる。
俺を攻撃したことが許せないらしく、命令さえあれば屋根の上に飛んでいってボギーたちを蹴散らしそうだ。
「大丈夫よ、あんたが寝てる間にメリーと話してて良い子だって分かったしね」
「アンナ、パパを虐めようとしたあいつらちゃんと叱ってよ」
「はいはい」
森にいた頃から警戒していたメリーがようやく注意を緩めたようでアンナと和気あいあいと話している。
なんだか微笑ましい光景である。
「なによ、その似合わない笑顔は」
「地味に傷つくぞ」
対して俺とアンナは軽口を叩きあう。
この扱いの差はなんなんですかね・・・。
館の中へ入っていく。
荒れ放題の外観とは違い、内装は古いが清掃が行き通ってるといった感じか。
床も鏡のようにとまではいかないが埃は積もってないし、壁にもシミなどは見当たらない。
これなら天井から吊り下げられてるシャンデリアの鎖が錆びてて、切れて落ちてくるような不運も起こらないだろう。
「お疲れさまです、アンナ様」
と、メイドさんが現れた。
頭に付けているのは萌え萌えなカチューシャではなく、三角巾。
黒い髪は仕事の邪魔にならないよう後ろで二つのお団子にしている。
顔は失礼だが素朴――清廉とでも言おうか、村娘や教会のシスターにいそうだ。
美人ってほどではないが清楚系でメイドらしい、割と見かけそうな女性。
上半身だけは。
メイド服のスカートから出るのは綺麗な脚ではなく髪と同じ黒い蜘蛛の下半身。
しかも毛が生えててタランチュラを彷彿とさせる。
蜘蛛の特徴である八本脚のうち二本は上半身の両腕のようで、蜘蛛の部分から生えているのは六本。
それがわきわきと動きながらこっちへ向かっており、一部の人には見ているだけで拷問だろう。
俺は平気だが。
もちろん伝説に聞くアラクネであろう存在を目の当たりにして大層驚いている。
「メイドを務めさせていただいてます、蜘蛛人のレリーチェと申します。」
レリーチェさんはご丁寧にスカートの両端をつまんで自己紹介してくれた。
「ただいまレリーチェ。惚けてるこっちの馬鹿はクロウよ」
と俺を紹介しながら肘鉄を食らわしてジト目で見てくる。
「あんたレリーチェみたいなのがタイプなの?」
「いやアラクネを初めて見たんでビックリしたんだよ」
と彼女には聞こえないぐらいの小声でお互い話す。
フーン、と何やら半信半疑な反応をするアンナ。
まあ本職のメイドさんを初めて見て感動もしてましたけどね!
言ったらまた変態成敗が始まるので心の奥底に仕舞っておく。
「主に会う前にお二人とも身を清めた方がよろしいかと」
確かに二人とも死臭漂うタルタロスに居て臭いがついているだろうし、野宿や幾度とない戦闘でかなり汚れていた。
お言葉に甘えさせていただくか。
風呂は大きいが一つしかないとのことで、アンナには部下をとっちのめてくるから先に入ってろと言われた。
怒気をまき散らしながら別の通路を進むアンナを見送りながら、俺を攻撃してきたとはいえ相当怒られるであろうボギーたちに合掌する。
自業自得だけどな。
レリーチェさんに浴室へ繋がる更衣室へ案内される。
彼女は他に仕事があるようでどこかへと行ってしまった。
疲れを癒してくれるだろう風呂に期待を込めてドアを開け――
「は?」
「え?」
――ところが先客が待ち構えていた。
更衣室にいたのは肌が真っ白な、あられもない姿の金髪美女だった。




