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【後編】0.愛と孤独

既視感のある新世界に辿り着いたカムトゥルー9号。

誤差はたった16年。

ほぼ正確な時間旅行を成し遂げたこの船に乗っているのは、一人の男性と一人の女性のみ。

片方はAIだが、もはや人と化していた。

二人は笑みを浮かべていた。

それが同じ意味の笑顔かはわからない。

しかしどちらも嬉々として準備をする。

この世界の地球に紛れるために。


カムトゥルー9は誰もいない日本の山に既に着陸していた。

神崎はいつもの探索のときのように惑星に降り立つ。

未来から来た男は徐々に馴染んでいく。

そして地球崩壊を唱え、カムトゥルー9事件にまで発展する。




地球崩壊やカムトゥルー9理論が発表された当時の科学者たちは混乱に満ちていた。

神崎の理論が指すことは理解できたのだが、それが地球崩壊を招くとは言えない。

論理の飛躍があったのだ。

一応根拠となる物はある。

しかし百歩譲ってそれが危険な物質だったとしても不可解が残った。

そのデータをどこから持ってきたのか、どうやって調べたのか。

それが不明な現状ではその理論を認めることはできない。

会議の末研究者が出した結論は、これは巧妙なデマ。

残念ながらそう言わざるを得ないのだ。

その上地球崩壊の対策案が、現在の社会を大きく変える可能性があった。

だからこそ社会を動かし経済を変えることが目的とも解釈できた。


通常であればそんな理論はまともに見てもらえない。

だがしかしその理論は地球崩壊を唱えた。

世間は当然混乱に満ちるだろう。

いや、今まさにその波紋が広がりつつある。

だからこそ、科学者、政府、ある会社は協力をした。

確証もないデータで社会が混乱するのは避けなければならない。

デマで経済が破綻してはいけない。

その理論を否定しよう。

隠蔽しよう。

この判断は社会のためとそう信じて。




事件の後、神崎は下を向いてばかりいた。

これが40年以上研究した成果なのか。

私の愛していた地球はこんなものだったのか。

深い喪失の中に沈んでいく。

あのことを思い出すだけで勝手に涙が溢れる。

理論は消去された。

しかも自身を運んだ船を作った会社によって。

どうやらこの世界ではシューティンスター社は未だ宇宙船の開発をしていないようだ。

近年台頭し、大手情報会社として情報を牛耳っている。

技術力をつけたのもおそらく最近のことであった。

少なくとも16年前であれば、こんな大掛かりなことは出来なかっただろう。


存在を否定された男は次何をやるのか。

逃亡した。

カムトゥルー9号に再び乗り込んで、地球から脱出した。


──惑星アーサンドがあるはずだ。

そこで一息ついてもいいだろう。


そう思っていた。

だが、少し考えればわかる話だ。

まだ宇宙事業が発展していないのだから。

宇宙船内で神崎は再び絶望した。


惑星アーサンドはこの世界に存在しなかった。

オプティマルはこの世に存在しなかった。


操舵室の中央テーブルを弱々しく叩く。

酷く心臓が鳴って焦燥感に駆られる。

足に力が入らない。

涙を流す声がこの場を支配する。

それを心配したのは酔い姐だった。


「先生、元気を出してちょうだい。まだ何かできるはずだわ」


「そ、そうだね。一度冷静になって考え直そう」




神崎はあれから地球で再び奮闘したが意味はなかった。

だからこそ、もう一度過去に戻ってやり直そうと思った。

もう一度あの鉱石や液体を採取すればできるはずだと考えた。

そして宇宙を航海する。

その後酔い姐は後悔することになる。


まずはあの時間が歪んでいる鉱石を採取しに行った。

その惑星がなければ事は始まらない。

アーサンドのように無くなっていることも考えたが、あると信じ続けた。


「アイ君、惑星の探知を続けてくれ」


《承知しました》


その返事がアイではないことなど気づかない。

酔い姐が神崎をバーに誘う。

最近はロクな休憩も取れなかったので、それに付き合う。

その後目的の惑星は見つかった。

前と変わらずそこにあったとわかり、胸を撫で下ろした。


それからか、神崎はよくお酒を飲むようになった。

前とは違ってバーに入り浸り、自分の中にある喪失感から目を背けるようになっていた。

自堕落な生活をしながらもういないアイからの惑星到着の報告を待つ。

今日もまた酔い姐とバーで雑談していた。


「相変わらずお喋りが好きだね、酔い姐」


「ふふっ、そうね。いつになろうとこういう時間が好きだわ。……ずっと続いてほしいくらい」


「さすがにずっとは無理だろう、酔い姐。いつかは寿命が来てしまうさ」


酔い姐は目を細める。

少し間が空いてから笑みを浮かべた。


「……ふふっ、先生はいつも人の名前を言うね」


「そういう君も、よくふふっと笑うじゃないか、酔い姐」


そのときだった。

大きな振動。

傾く船。

コップや酒が割れる音。

けたたましい音。

赤い照明。

前触れのないアナウンス。


《緊急事態発生。小惑星と激突。船頭の湾曲を確認》


割れたガラスの破片が神崎の左腹に突き刺さる。

椅子から転げ落ち、体が床に打ち付けられる。


「な、何が……」


続けて酸素濃度低下のアナウンスが入る。

酔い姐も神崎も非常に焦りを感じている。

物理的な傷と心の傷を負いながら、今生存するために行動をする。


「先生、早くコールドスリープをッ!」


「あぁ、わかった」


腹を抑え痛みを我慢して、なんとかコールドスリープ室へ走る。

だが不幸は重なる。

プシューという音がどこからともなく聞こえてくる。

音の方向から、赤色の気体が船内に侵入してきた。

神崎は咄嗟に息を止めたが意味がないと気づいてフラフラしながらポットへ近づく。

神崎の意識はだんだんと遠のいていく。


「先生!」


酔い姐は倒れる神崎を支える。

そのとき、もうまともに見えない視界の中で神崎は死を悟った。

最期に何かを残そうと必死に言葉を紡ぐ。


「……酔い、姐」


「先生!もう少しだけ頑張ってくださいッ!」


酔い姐も神崎の考えを薄々感じ取っていた。

だが諦めずになんとかポットまで運んで、寝転がす。

急いでコールドスリープの準備をする。

神崎の意識は遠のいていく。

何かを遺そうとしても、伝えたい想いがありすぎてまとまらない。

言える時間は限られているのに。

酔い姐はようやくコールドスリープの準備を完了させた。

迷わずコールドスリープを開始させる。

開始と同時に小さな声をはっきりと耳にした。

決して忘れることのないもの。

神崎の最期の言葉だった。


「──良い旅を、」


神崎は猛烈な眠気に襲われ、伝えきれなかった想いと共に瞼を閉じる。

その瞼が開くことは二度とない。


酔い姐はいつまでも覚えている。

最期の言葉も、最期の会話も。

苦しそうな神崎と、苦痛が欠けた自分。

それをまざまざと見せつけられた気分で、神崎との間に超えられない壁があるように思えた。

その壁が立ちはだかる。

どうして私は人間じゃないのか。

どうしてこんなにも冷たいのか。


旅は続く。

神崎の治療方法を求めて。

宇宙船カムトゥルー9号。

それはまるで漂うデブリだ。


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