逃げったっていい、だが現状をよしとはしない。そんな今日
エンタメとは幻想である。
だから現実を持ち込むと齟齬が起きる。それは-になる事はあっても+になる事は無い。
あった場合は使用者の力量である。
だから口うるさく、親の顔程見慣れた『こちらの作品はフィクションであり、実際に存在する建物、組織、人物等を批判するものではありません』がある。
なのでガチ恋も常識もモラルも鬱陶しいのだ。
それを使いフィクションが昇華、面白くなる事はあれど逆はない。
だからこそ『真実は小説より奇なり』と言えるのかもしれない・・・・・・
『銀の匙』
前回の事の続きだ。
今は前回程気分がべらぼうに落ちておらず、限りなくフラットに近い為、根っこからの共感、言葉では無い事をご留意して頂きたい。
『逃げていいんです。どんどん逃げてください。その逃げた先にある物をしっかりと見てください』←確かこの様なセリフだった。
これを知り、これを見て、泣きそうになった。心が刺さった。
でも泣かなかった・・・涙は血液で足りなくなり、勿体ないから。
自分は逃げた。イジメがあり、勉強に着いていけず誤魔化し、鬱になり、対人恐怖症、社交不安になり、2級の手帳を貰い、そんな現実を見ながらでも、チラッと見るくらいで直視では無く、幻想に視線の重きを置いていた。(社会にでたら外に出れる様になったらこういう事したいなー)(友達欲しいなー)(趣味を語り合いたいなー)
この事を悪と断じない。夢であり、原動力になるから。
だが同時にそれは今を、現実を見なければならない。ければではなく“見る”だ。
それが足りなかった。不足してた。
なんならそんな夢を、幻想を見ながら現状に満足してた。
(時間は自由、働かなくていい、義務は無い)
これに10年近い時を置くと麻痺をする。歪む、麻痺が常態化し、気づかなくなる。
最初は罪悪感があった。皆義務を成し、働いている。なのに私は布団の上でアニメを見るだけそれでいいのだろうか?家にいながらでも勉強は出来る。ただ持つペンが震えた・・・・・・
今はその事を忘れ、勉強もするにはするが当時に比べれば甘い。怠惰だ。
怠惰である事に気づけない、当たり前が一番の怠惰だと今思う。
こうやって日々の醜さをみにくく見せ、毒を吐くような毒吐きをして分かる。
話がそれたが要は今できることをやろう!!
それがどんな小さく、他人にとっては歩くこと、起きる様な事でも。
そう教えられ、気付かされ今ここにいて書いている。
だから今日も抗おうと思う。




