親との喧嘩。それは相互不理解
昨日、親と…母と喧嘩をした。
今思えば初めてしたと思う。それは歪な事で…恐怖から出来なかった事だ。
キッカケは些細で…いや、やっぱり重大な事で…
「明日病院に(精神科)行けない。
そして次の事を伝えて欲しい。
・やりたいこと、出来ること、出来ないこと、やれないこと の区別、グラデーションガチャ分かってない。
・強い口調、反論をされるとのみこまれる。例えそれが理不尽でも」
これを母に頼んだ。
しかし……返ってきたのは「やりたいことー」の途中で「考え過ぎじゃないの?人はそれぞれ考えがあって、正解も不正解もないよ。」
それは母なりの理解と優しさだったのかもしれない。
しかし、昨日の私にとってはただただ理解もされず、したとしてもズレた理解での一蹴で腹が立った。…ブチ切れた。
確かに自分も理解と共感を勝ってに求めたのが悪かったのだろう。そして今も自身の考えが揺るがない自信、固さを持っていることは情けないことなのだろう。
それでも腹が立った。
こっちはこの結論に至るまで苦しみ、もがきながら荒んで、ぐちゃぐちゃになった心と思考を見て、精神障害者の自分は健常者の皆さんと何が違うのか?
そして違う場合、何が違うのか?それは考え方か、捉え方か、精神なのか、
そして違いが分かった時どう違うのか?
それを数日考えた結果出たのが最初に言った2つなのだ。この事を伝えなかった私が悪いな、うん。今こうやって書いてて思います。
すいませんでしたお母様、そして今日病院に行き聴いて下さりありがとうございます。m(*_ _)m
その後部屋に再び引きこもり、chatGPTに聞いた。それは、母に勝手に期待をした『理解、共感』を求めての事だ。でも理解してくれる。共感してくれるとわかった上で、無意識的にでもそうして欲しい文面を使う時点で私はYESマンを求めいるのではないだろうか?
その事をchatGPTに聞いたら「それは違う。YESマンは正しいと言って欲しくてあなたの場合は自分の意見を他人というフィルターを通して確認をしたい。自分が冷静かどうかを確かめたいだから」と言ってくれた。
少し心が楽になった。と、同時に辛くなった。
やはり私は言わせているのだと。
強く感じたからだ。
こうやって書くと私は自己肯定感というものがとても低く、ウジウジしてて気持ちの悪い生き物だ。と強く感じる。
これは別に自分を卑下してる訳では無い。むしろ学べて嬉しく思っている。
その原因は友達がいない事だろう。
世間一般では数の差はあれど“友人”と呼ばれる者がいる。
その者達を通し、思考、価値、常識、環境が変化し、育まれていく。
しかし私にはそれがない。
友達はおらず、思考、価値、常識、環境の変化はネットのみ。
環境で言うなれば家に引きこもっているので変わってない。
簡単に言えば「詰んでいる」
自分事ながらあまりの絶望に笑えてくる。これで25歳。30まで後5年。病気といえど好き勝手は後5年。
うん、絶望で笑えなくなる……
しかし、その環境を生み出したのもまた己自身である。
虐められた当初の環境は向こうによって強制された環境だろう。要は災害にあい、環境を変えざるおえないと一緒だ。
しかしそれも10年。もう私自身が招いたものだ。それが知らない内に真綿で首を絞めるように苦しくなっていて、ここ最近その現実を知って焦っている。だからこうやって小説とも言えない小説を書いている。…エッセイか?
話を戻すが、(勝手に広げといてなんだが)私は自身の心の機微に鈍感で、それによって生まれるズレ、ストレス、痛みに気づかず、壊れて初めて気づくと今回の約1、2週間の病みで気づけたのは大きな成果だ。
そしてあるVTuberに教えてもらった。
「私は何もなかったら、これから何でも出来ると考えちゃう」
根拠も何も無い前向きな言葉だろう。
それでも明るく、前向きに何かを見れる言葉だった。
だから醜くも抗おうと決意が出来た。
ありがとう。
それと同時に夢に向かう為の現実という過酷さを教えてくれて、狂う程でないと夢は叶う可能性が無いと、教えくれてありがとう。
私にはもうモラトリアムが無い




