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亜人の行進—ソロの狼煙—  作者: しまうま
第3章 音色の違う行進曲
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第31話 残灰

「アイミー……教えてくれ。人間は俺達を何に加工する……?」


 人間の世界を進むと決意してから数日。

 まだ包帯の取れていないシヴァは、赤茶髪の若い娘の前で椅子に座っている。


 砦主の部屋で机に向かい、束ねられた羊皮紙にペンを入れるアイミーは目の前のワーウルフを見ようとしない。


「今は安静にするべきだろう? 心も体も」


「いいから、頼むよ。悪い方に想像が膨らむんだ」


 彼は自身の腕を握ると、更に言葉を続けた。


「この牙と爪を隠せておける自身がない……。心の準備をさせて欲しいんだ」


 アイミーはペンを置くと、机の上に置かれたティーカップに手を伸ばす。薄い湯気を吹いて揺らし、一口飲んで息を吐く。


「わかった。でも、少し誤解があるように思う」


 彼女はカップをそっと置くと、ワーウルフに視線を向けた。


「ワーウルフが狩られるのは、希少だからだよ」


 そう言って彼女は立ち上がると、背後にあったコートツリーからローブを取ってシヴァに投げる。


「それは主に羊毛で作ってある。他にも色々と服の素材はあるが、動物由来だとそれが一番広く普及してるな」


「こんなに軽いのに、暖かい……」


「それに動物の爪や牙の加工物も、この砦の中では見ていないんじゃないか?」


 その言葉にシヴァは周囲を見渡した。鉄・木・石に金。紙や布が目に止まる。

 いつのまにか、呼吸が少し荒くなる。


「希少だから……。人目に触れないからこそ、俺達は狩られるんだな……」


 揺れる瞳を前にしても、彼女の声色は変わらない。


「いいや、頻出するなら私達と生活圏が被ってくる。どのみち殺されはすると思うよ」


 アイミーはまたゆっくりと、椅子に座った。


「話を戻そうか」


 彼女はティーカップに角砂糖を一つ落としてスプーンを摘む。


「つまり、ワーウルフは機能性よりも希少性を重視する者に好まれている。それがどんな人間かわかるか?」


 彼女はカップの中をゆっくりと混ぜる。

 シヴァはそれを見ながら考えている。

 そんな彼の脳裏に過ったのは、天狼山だ。


「儀式や信仰……? 俺の集落ならそれ以外にないな……」


 ワーウルフの答えに彼女は微笑む。


「鋭いな……それが私達の——」


 そんな言葉の途中で、口が止まる。

 アイミーはスプーンを置いたかと思えば。視線を一瞬シヴァに向けた。


「話が脱線するところだった……。たぶん私の国では、見栄を張るための飾りくらいの価値だろうね」


 シヴァの揺れた瞳がピタッと止まる。

 その代わり、心の奥が酷く焼ける。


「飾り……」


「よく聞くのは衣服かアクセサリーだろうな。あるいは部屋の装飾か。どれも機能面で言えば非合理だが、それが豊かさのアピールになる」


 シヴァの眉がピクリと動く。口を開けて、出す言葉を探している。

 その間に、アイミーは更に言葉を続けた。


「まぁ、物が少ない上に権力者と会う機会も少ないんだ。あまり、そこに囚われるのはお勧めしないよ」


 そうしてやっと、ワーウルフは言葉を探し終える。


「アイミー。貴女の一族は持っているのか?」


 その声は震えていない。どこか重くて力強い。


「持ってない。幸いにも見栄を軽視する一族なんだ」


 彼女は静かに笑う。

 大きく口角を上げてはいるが、その目の奥は笑っていない。

 そんな瞳がシヴァに向いた。


「これで質問を締め切らせてもらうぞ。仕事が手に付かない」


 冷たい瞳が、ゆっくりと熱を取り戻していく。


「暇なら本を多く読め。人間のことが簡単に知れる」


 彼女は壁に取り付けられた書棚を指で示した。


「知識の量だけなら、君は赤ん坊さ」


 そう言いながら、彼女は湯気の消えたティーカップを持ち上げて、それを一気に飲み干した。


 **********


 ぶどうの香りに朝露が混じる。

 夜が明けたばかりで、鋭角に差す日光は一台の荷馬車を照らしている。


「また来ます。ありがとうございました」


 ネルがそう言うと、中年の男は健やかに笑った。


「その時までに、最高のワインを作っておきます」


 その脇を抜けて、ビリスがカルランを肩に担いで荷馬車に入る。それにエルフは冷たい視線を向けながら言った。


「次は、節度のある人間を連れてきますので」


 そうして、ネルも荷馬車に足をかける。

 それとすれ違うようにシヴァは、中年の男に歩み寄る。


「お返しします」


 そう言って、ワーウルフは半透明な瓶を差し出した。


「これは……」


「思い出です」


 その瓶の底には灰が数cm積もっていた。

 シヴァは更に言葉を続ける。


「煙に変えて、持ち主に返しました。だから、ここに残るのは別のものです」


 男は涙を堪えて、その灰を受け取った。

 シヴァは背中を向けて、荷馬車に乗り込む。

 別れの言葉が馬を押す。


 ぶどう園が段々と遠くなっていく。

 山の全体が見えてくる。


 それを眺めるシヴァにネルが声をかけた。


「遺灰は土に埋めるんじゃなかった?」


「そうだよ」


 彼はそう答えて振り返る。


「でも、あれはワーウルフの毛皮じゃない。毛並みからして狼だよ」


「……それなら良かった」


 馬車の速度が増していく。それに連れて、風が強く通り過ぎる。

 前方からビリスの声が響く。


「ネルちゃ〜ん、進行方向はどちら〜?」


「とりあえず西へ!!」


 エルフは床に地形図を広げ始めた。


「二日酔いのバカが目覚めたら、話し合いましょう」


 そう言って、紙上の現在地に指を立てる。かと思えば、それを左方向にそわせていく。

 彼女の長い指が早々に床板に触れた。


「別の地図が必要ですね」


 ネルはポツリと呟いた。

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