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第20話

 令嬢たちはブリューハウに目を輝かせながら話を聞いていた。


「そう、だから馬は力持ちだから体重関係なく乗れる。大事なのは馬との相性と腕前ですね。」

「ぜひ私を乗せて欲しいですわ。」

「私も!」


 晶子は彼の話をこっそりDucere(ドゥケレ)にメモを取っていた。


 女性が馬に跨って乗るのは禁止。

 横座りが基本。

 騎乗には男性のサポートが必要。

 美しい所作も求められる。


 話の内容に眉を寄せていると、令嬢たちがまるで童話の挿絵のようだと盛り上がり始めた。


「あの、女一人では馬には乗れないのですか?」


 その言葉を口にした途端、部屋が水を打ったように静まり返った。

 その中で、ブリューハウは穏やかな微笑みを浮かべ、体を前のめりにした。


「安心してティエナ様。もしもの時は僕がお連れしますよ」


 彼の言葉に、令嬢たちの柔らかな笑い声が上がる。


「私にも言って下さい!」

「なら私にも。ブリューハウ様の引く馬に乗りたいですわ。」


(私は自転車代わりになると思ってたんだけどなぁ。)


 晶子は小さくため息をついた。

 何の収穫もないまま解散となったが、去り際にブリューハウが耳元で囁いた。


「女性も一人で乗れる方法があるよ」


 驚いて晶子が顔を上げると、金色の瞳の中に目を見開くティエナが映る。


「特別な鞍が必要だけどね。もちろん僕の家にはある」


 そう言ってウインクをする。


「また会いましょう。今度は僕の屋敷で」




*******************


 夕食時、晶子は今日起こったことを頭の中で整理していた。

 女性一人でも乗れる鞍。聞いたことがない。

(あとでDucere(ドゥケレ)に聞いてみようかしら。)


 香草焼きのお肉を切りながら手を動かしていると、声をかけられた。


「ブリューハウが来ていたそうだな」


 いつも通りの無感情な声だった。


「えぇ。パーティーで仲良くなった令嬢たちと彼の馬術を聞いていたの」


 やはり友人の来訪は気になるのかと考えながら、口に肉を運ぶ。


「彼を愛人に迎える気か?」


 思わず肉を吹き出しそうになった。


「まさか。馬術での知り合いです」


 口元をナプキンで拭く。

(きっと自分に愛人がいるから、そういう発想になるのね。可哀そうな人)


 晶子は食事を終えると席を立つ。


「では先に失礼します」


 そう言って、晶子は食堂を退室した。



 *******************


 あれから二日後の夜。髪を乾かしながらベッドに腰掛けると、手鏡――Ducere(ドゥケレ)に問いかけた。


「ねぇ、この世界には女性で一人で乗れる特別な鞍があるって本当?」


 鏡面が淡い光を放ち、文字が走る。


『あります。鞍の片側に片足を固定するための「ホーン」がついていて、女性が安定して座れるように設計されています』


「じゃあ、ブリューハウの言っていたことは嘘じゃないのね」


 鏡面を撫でると、挿絵で女性が馬に横に腰掛けるように鞍に足をかけて乗っている画が浮かぶ。


「これで一人で走れるの?」


『はい。実際に走ったり障害物を飛び越えたりします。騎手は長めのムチや脚の圧力を使って馬に指示を出します』


「なるほど……」


 晶子は姿見を見て唸った。


「ドレス姿で乗らなきゃダメなのかしら?」


 思わず呟いた言葉に、鏡が淡く光る。


『この世界では、女性が足を出すのは禁忌です。ロングスカート着用が基本です』


 流れ出た文字に息を吐いた。


「前途多難ね」


 ふと喉が渇いて廊下を出て歩いていると、男女の囁き声が聞こえた。

 廊下の向こうを見ると、アレクシスと華やかな女性が身を寄せ合って歩いている。


(あらあら。お熱いことで)


 そそくさと来た道を戻ろうとしたとき、女性の声で「ちょっと待って」という言葉が廊下に響いた。

 思わず振り返ると、アレクシスと女性が深い口付けを交わしていた。まるでこちらに見せつけるかのように。


「……ふふ」


 晶子は思わず笑ってしまい、慌てて口を塞ぐと廊下の奥へと消えた。唖然とした二人を残したまま。


(いい歳していやねぇ~。人にイチャイチャをアピールするなんて。ああ見えてお子ちゃまなんだから)


 夜勤で起きていた使用人に頼んでハーブティーを淹れてもらう。


「いい香り……」


 自分の書斎でゆっくりお茶を飲む。晶子は奇麗な月夜を見ながら考えた。

(今回は流れでパーティーして馬術に関わったけれど、他にもやりたいことないか探さなきゃ)


 晶子は手鏡を持って囁く。


「この世界の女性の嗜みとか、趣味は何?」


 問いかけに、淡い文字が浮かんで列を作る。


『刺繍・糸紡ぎ・機織り(美徳の象徴・社交の場でもある)文章の読み書き(聖書や公文書を読むため必須)詩作・音楽・舞踏(宮廷文化の中心。詩の朗読や楽器演奏は教養の証。舞踏は社交の場での重要なスキル)乗馬(社交の場での移動手段。優雅さと技術が求められる)家事の指揮・領地の管理(使用人への指示や物資管理など、実務能力も必要)』


 びっしり書かれた文字に、晶子の頬が引きつった。


「おお……意外とやること満載。まぁ、テーブルマナーみたいにティエナさんの体が覚えているものもあるけど、そういえば字も読めるわね。」


 今更ながら異国の文字を読んでいるのだと思い至る。


「よし!じゃあ明日はやることリストを作っちゃおう!今日はもう寝よ寝よ~」


 晶子はふかふかのベッドに飛び込んでぐうぐうと眠り込んだ。

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