第17話
「アレクシスのご友人かしら?」
彼の顔はどこか見覚えがあったが、名前が思い出せなかった。
「ありがとうございます。お楽しみいただけたでしょうか?」
その答えが、今後の新たな展開にどう繋がるのか。少しずつ、晶子の社交界での立ち位置が固まってきているように感じられる。
彼は人懐こい笑顔でティエナの手を取った。
「結婚式以来ですね」
その言葉に、晶子はハッとする。
「お久しゅうございます、ブリューハウ侯爵様」
にこりと笑みを作るが、内心では渋い顔をしていた。
この男は、結婚式当日、アレクシスが愛人の元へ行くつもりだから、自分と楽しんでみてはどうかと言ってきた人物だと、ティエナの日記に書かれていた。
(まあ、侯爵は実際に初夜、愛人の元に行ったと使用人達が言ってたけど。)
晶子は、しかし気を引き締めてブリューハウを見上げる。
彼もアレクシスに負けず劣らずの地位と名声を持ち、実力もある。ただのナンパ男ではない。
「そんな堅苦しい挨拶はよしてください、ティエナ様。気軽にウェルムと呼んでください」
「そんな畏れ多いですわ」
晶子はほほえみながら、適当に笑って受け流す。
「きっと彼は、今日もパーティーが終わったら恋人のもとへ行くと思います。どうです? 今後の話でもしませんか? 僕はもっと君と仲良くしたいんです」
晶子は心の中であきれた。
この男、何を考えているのかと。
断ろうと口を開けようとしたその時、
「ブリューハウ様!」
「侯爵様!」
彼のもとに、何名かの令息令嬢が集まってきた。
「また馬術の話を聞かせてください。」
「あなた様の馬は、すべて素晴らしいですよね。」
「私もブリューハウ侯爵様の馬で草原を散歩したいですわ。」
(馬……?)
晶子は人目を盗んで手鏡──Ducereに尋ねた。
「この世界での馬の重要性を教えて。」
『はい。馬は単なる移動手段や戦闘の道具ではなく、地位・力・美徳・信頼の象徴でした。彼らの生活と文化の中心に、常に馬がいたんです。馬を所有すること自体が貴族の証。特に軍馬など高品質な馬は、富と権力の象徴でした。騎士が馬を失うことは屈辱とされ、下馬して戦う姿は「敗北」のイメージすらありました。』
晶子は手鏡をしまい、ブリューハウを見た。
(馬も交渉や社交の一つになり得るってことよね。)
その一言が、晶子の頭の中で新たなアイデアを膨らませる。
ブリューハウがこんなに熱心に話すことからも、馬に対する彼の情熱や、貴族社会における馬の位置づけがわかる。
(これも一つの力関係だわ。馬を持つことが、どれほど地位を示すのかが、やっと理解できた)
その後、ブリューハウ侯爵は令息令嬢たちに馬術の話をし、何度も「自分の馬の方が素晴らしい」などと誇らしげに語り始める。
周囲の令嬢たちも、何度も賞賛の言葉を口にし、馬に関する話題で盛り上がっていた。
晶子はそれを静かに聞きながら、次の手をどう打つか考えていた。




