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あの鐘の音のように


 あの戦いから3週間が経過し、私達二人は社交界が行われた南西端の街にもう一度訪れた。男爵令嬢、オルテンシアの治療をした医者に謝礼金やなにやらを渡すためだ。日中にはそれも終わり、今は私とマルテッロは手持ち無沙汰にこの町を観光している。



 男爵令嬢が目を覚ましたのはつい2週間前だ。彼女は、この町の医者に治療を受け、一命を取り留めた。

 私はそのことに安堵した、だが正直言うとそれを十分に喜ぶ余裕はなかった。


 それまで私達も色々大変だったのだ。


 私の普段の行いが災いしたせいか、当初は私やその婚約者のマルテッロがギュソーと私達を襲ってきた騎士殺しの疑いがかけられ、ギュソーが公爵家の息子だったこともあり、裁判が行われた。目覚めたオルテンシアの証言や複数の騎士が襲ってきた状況証拠、私自身が弁護人となりギュソーのこれまでの悪事の物証や証言をマルテッロの父である国王の前で披露し、なんとか正当防衛を証明できた。彼は、悪徳貴族や商人のみならず、この町で最近出没し始めた強盗団とも関わりがあり、もしかしたら隣国のスパイも兼ねていたかもしれない…まだ、詳しい話は調査中だが。彼の悪事は裁判の間も芋づる式にずるずるでてくるものだから、一様に皆騒然としていたのは、私にとっても印象深かった。


 しかしマルテッロと婚約を行い、初めての彼の父への挨拶が、裁判の場になってしまったというのは、ちょっとシャレにならない。その時は私もかなり必死になって説得したり、口八丁に色々まくし立てたが、後から考えればとんでもないことを王、というか義父になる人にしでかした。何故か思いのほか気に入られ、裁判の際に息子を頼むなんて言われた(普通逆じゃないか?)。


 ようは私達が贖罪金を払ったり、牢屋に入れられることはなかった。

 無罪放免ということである。


 とはいえ、この結果に不服な貴族も多い。

 裁判の場に居なかった、彼になついていた一部の貴族や商人に私は恨まれることとなった。ひどい話になれば、私がギュソーの罪をでっち上げたという声も耳に入る…だが彼らは未だ真実を知らない。


 ギュソーの正体は、同じ修道院を出た孤児だった。

 別に特別な生まれでもなんでもない。


 ようやく調べ上げた彼の隠していた経歴は単純なものだった。カルロンゾ公爵の息子が病で死に、替わりに息子と似ていた彼とすり替えて「ギュソー・カルロンゾ」として育てていたのだ。その口止め料として、その私有地の一部を教会に寄進した。私はカルロンゾ公爵の事情なんて知らないし、何故それをしようとしたのか想像すら出来ない。

 親としての寂しさだったのかもしれないし、貴族としての威厳か、単純に跡取りを心配してか…


 だが、厄介だったことは。

 ギュソー・カルロンゾは身代わりにしては優秀で…邪悪すぎたことだ。


 カルロンゾ公爵は毒をギュソーに飲まされていた痕跡があった。専門家でないと分からない神経毒だ。これを毎日少しずつ摂取すれば、死にいたることはないが衰弱して意識が朦朧とし、ベッドの上から出れなくなる。彼は家を乗っ取ろうとしていたのだろう。ほかの関係者も、やはりというか皆殺されていた。私が世話になった神父もシスターも…

 そして彼は、貴族に成り代わることに実質成功した。


 …彼がマルテッロを狙いさえしなければ。

 彼がマルテッロを狙った理由は死んだ今では分からない。だが予想は出来る。


 彼はきっと自分と同じ存在を求めたのだ。


 彼の計画は全て成功していた。

 彼の言葉を借りれば、彼は聡すぎた。立ち回りも見事だった。

 何をやっても成功し、周りには自分の味方になってくれる人間しかいない。

 世間でも、貴族でも、上り詰めた彼は何を感じたのだろうか。


 きっと孤独だったのだ。

 優秀で企みも全て成功して。誰一人理解者すらいなくて。



 そんな中、初めて自分に近しい人物を見つけた――

 マルテッロを。


 彼の異常な強さは、きっとギュソーの優秀さに通じるところがあるから。

 きっと自分に似たマルテッロに、何か救いのようなものを求めたのかもしれない。

 全く迷惑な話である。



 まあ、だからどうした。そういう話なのだが…… 





 観光地のこの町で、私とマルテッロは二人で露天商の果物店を見ていた。


 目の前には、緑や紫、赤や黄色といった色とりどりのフルーツが棚越しに並んでいる。

 さすがに海に面した町であるためか、品揃えは陸続きの王都とは比べ物にならないほど豊富で、安く、それでいて新鮮で美味しそうだ。

 私はバスケットの中のオレンジを一つ手に取る。橙色で艶があり瑞々しく口に入れたらどんな味か想像すら出来た。

 私はそれを露天商から二つ買い取る。


 そういえば、この町一番の高級な果物店で、オルテンシアとレンナにおみやげを買っていくのもいいかもしれない。出来れば日持ちするのが良いだろう…いやレンナは別にして、この町で色々と酷い目に遭遇したオルテンシアには嫌味になってしまうか。


「ねぇ、おみやげを買っていくのも良さそう……ってマルテッロ?」

 私は隣に立っていたマルテッロに声をかけたはずだったが、気付けば彼がどこかに消えていた。

 全く何よ、もう。


 最近、隣に居たはずの彼が突然どこかに消えていることが増えたような気がする。いや、確実に増えた。

 彼はボーとしていて、前よりも何を考えているか分からない時がある。そして今にもどこかに消えてしまいそうな雰囲気だった。

 ギュソーとの戦いのあと、彼の様子が少しおかしくなった。


 私は彼を探すため、少し辺りを見回すと、彼はすぐに見つかった。

 私の後方、大きな鐘のある教会を超えたその先。

 彼は海辺の砂浜に一人佇んでいる。どうやら海を見ていたようだった。

 彼の元に私は向かった。


 塩風が私と、彼の髪を揺らす。

 肌寒さすらない穏やかな潮風。

 波の満ち引き音が耳に響いた。


「マルテッロ!」

「カンパネラ?」

「今から投げるの受け取って!!」

 私は掛け声をかけて、先程購入したオレンジを一つ、数メートル離れたマルテッロに放り投げた。

 橙色のそれは空中で弧を描き、マルテッロはおろおろして受けとめた。

「はしたないよ、カンパネラ」

「別に良いじゃない。私たちしか居ないんだから」

「ふふ、確かにそうかもね」


 太陽が先程より落ち、斜陽が私たちを照らす。

 私たちは立ち止まり、その景色を見ていた。


 水平線から出る夕日は美しく、言葉では形容しがたい。夕日が海に反射し、オレンジ色の水面にユラユラと映っていた。彼に気付かれぬようその横顔をチラと眺める。けれど、やはりいつものボーとした顔で海の先を見つめていた。


「綺麗だ…」


 彼が発したその言葉に一瞬ドキリとした。だが、すぐ冷静に考えれば、この朴念仁が私のことを評して発言したものではないことは明白だった。


「ええ、綺麗な海ね、前来た時はこの景色を楽しむ余裕もなかったけど」

「ああ、私もそう思う」

 彼は相槌を打つ。


「貴方、最近大丈夫?」

「何が?」

 彼は変化のない声の口調で聞き返す。本当に心当たりがないらしい。

「ほら、貴方最近変だったから。すぐどこかに勝手に言ったり、居なくなったり…」

「確かにね…少し悩んでいることがあって、ぼんやりしていたかもしれない」

 私はそれ以上彼の言葉に言及しなかった。

 私達の間に少し、沈黙が流れる。


「最近ね、私こんなに自分が幸せでいいのかなって思う時がある。色々大変な目にも遭わされたけど…貴方はどう?」

「………私だってそうだ」

 彼は戸惑って答えた。

 ここ最近の彼にしては珍しい、少し考えた後、発する言葉を吟味するような躊躇しての発言だった。


「今の間はなに?私と一緒にいるのが嫌だってこと」

「そうじゃない」

「じゃあ、何よ」

 彼は少し黙って、慎重に言葉を選んで、少しずつ答えた。


「……怖いんだ、君の側にいることが。いつか君を傷つけてしまうかもしれない」


「ふーん」

「君のそばにいていいか不安なんだよ。ギュソーの言うことは本当で、私は奴と同じように邪悪な人間なのかもしれない。私は戦いを望み、楽しんでいるのかもしれない、心当たりがあるんだ」


 彼の口からは私の想像していた通りの言葉が返ってきた。

 そうじゃないかとは思っていた。私の側にいることに不安を覚えていたんだ。

 やはり彼はギュソーに言われたことを引きずっていた。

 ギュソーとの対決から、彼の調子は、あからさまに可笑しかったから。


「いつかもっと周りの人間を巻き込んで、君も傷つけてしまうかもしれない。それが取り返しのつかないことになったら…」

 私は彼の言葉を遮って、彼の目の前に出る。 

 マルテッロはそれに戸惑っている様子だった。

 そして私は背伸びをして、彼の髪の毛を両手でワシャワシャした。


「わ、なんだ」


 彼は身を低くかがめ、その行為受け入れていた。

 黄金色の髪が夕暮れのなか、上下左右にたなびく。

 やっぱり私の髪よりサラサラしていて腹が立つ。


「貴方に似合わないわよ。馬鹿みたいに悩むの。貴方っていつもボーとしてて、人の話聞いているのか、聞いていないのかわからない時もあるし、それにムッツリスケベで、ちょっとダサイしカッコ悪い所もあるけど………ギュソーみたいなことは絶対しない奴だと思ってる」

「………私は」



「それに、そんなことどうでもいいじゃない。貴方は貴方なんだから。それに…例え貴方がそうだったとしても、私が側に一緒にいてあげてもよくてよ」



 私が言葉を言い終わると、彼は力いっぱい私を抱きしめてきた。

 あまりに急だったから、片手にもつオレンジを落としそうになった。

「ありがとう…」

「別に、貴方のためじゃないわよ」

 彼は私に抱きつきながら発言した。彼がどんな表情で私を抱きしめたのか、確認も出来ない。でも、夕日のせいかもしれないが、彼の耳がいつもより赤くなっているような気がする。

 私は彼の頭を抱え込み、されるがままにしていた。


「…あの時、私一人だったら、きっと今頃ギュソーに殺されてた」

「………」

「貴方は、あいつに言われたことで傷ついたかもしれないけど」

「………」

「もっと自分を誇っていいのよ」


「……ありがとう。そうだな悩むのは私らしくない」

 彼は私から離れて、頭を左右に振った。それは犬がボサボサになった自分の毛を整える振り払う行為に似ていた。彼を犬みたいだと以前考えたことがあるが、私はやはりその言葉をもう一度思い返していた。

 そして彼は能天気と言うか、さっきまであれだけ悩んでいたのに、もう以前の調子に戻っている。


「何だかやっといつもの感じに戻ったみたい」

「そうかな?でもカンパネラはなんというか、普段より優しいというか、雰囲気が違うというか…ほらいつもはもっとツンケンしてるじゃないか」

 失礼な奴だな。彼は私のことをそんな風に思っていたのか。


「かもね。勿論それは貴方の態度次第だけど…そういえば貴方は私のどこを好きになったか考えてきた?」

「え?」

 私の発言が唐突だったからか、彼は驚いた表情をしていた。

 私は彼を問い詰める。先程よりも険しい口調になっていたかもしれない。

「ほら、あの舞踏会の時のことよ、一緒にダンスを踊ったじゃない?その時、貴方は確かに言ったわ。私のことが好きだって、でも理由は分からないって…」

「ああ、そうだね…それは君が美しいからだ」


 考えるまでもなく、彼は真面目な顔で即答した。何なんだ、こいつは。

 …そういえば、何時も彼に振り回されてきた気がする、出会った時からずっと。

 彼を困らせようと、意地悪な質問をぶつけてみた。

「なら、私の顔がある日突然醜くなったり、歳をとってヨボヨボのお婆ちゃんになったらどうするの?」

「…そうだな、けれどそうなっても、君は美しいよ」

「そ、そう…」


「君は私のことどう思っているんだ?」

 え、今更そんなこと聞くの。というか聞き返してくるとは思わなかった。

 私は彼の言葉にあたふたする。


「それぐらい自分で考えなさいよ」

「では、そうしようかな」

 ぶっきらぼうに言い放つ素直になれない私に対し、バカに素直な彼はそう言って、うーんとか、むむと唸っていた。終いにはヒントをくれと言い出したものだから、彼に呆れてしまった。

 だから私はこう言ってやったのだ。




 絶対教えないわ。だって、そんな恥ずかしいこと言えるわけないもの。




 そういうと、彼はまた馬鹿みたいに悩み始めた。全く困った人だ。私達の日常はこれからも、こうやって続いて行くのだろう。 

 私たちは果物店でお土産を買いに向かうため、この海岸を離れた。


 その道中。


 夕焼けの町では、正午を告げる鐘の音が鳴り響く。

 音は幾重にも反響した。

 いつまでも、いつまでも。

 私たちがその場を離れても、鐘の音が鳴りやむことはなかった。



 この鐘の音の様に私達の関係も永遠に続けばいいと、私はそう思った。












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