後編
「――ソーマ、どうしたの?」
いつのまにか、考え込んでいたらしい。
気づけば、サラが俺の近くでこちらをのぞき込んでいた。
疲労と眠気まじりの瞳は、それでもまっすぐに俺をみていた。
はぐらかしてもばれる。
正直にいえるわけもない。
どうしたら、そう考え、思考の海に沈む。
一体どうすれば、変えられるのだろう?
――信託によると、聖女は悲劇によって生み出される。
バベルの辿りついたのは、前回ハービットとの殺し合いを終えた直後。
サラは俺がいない間に襲われ、瀕死の状態。
そんなサラを抱きかかえて、治療もかねて辿り着いた場所で聞かされたのは――。
――聖女は、癒やしと救済の象徴であり、厄災を浄化する唯一の存在。
サラの傷は酷いモノで、一般の神父では手に負えないからと目の前に現れたのは、最高責任者の司祭の老人だった。
厳格な雰囲気を醸し出したヤツはサラを救う素振りはせず。
――聖女の存在そのものが、厄災を招く。
――そうして、災厄をその身にうけ、命の灯火が消えたとき。
――世界は浄化され、平穏が訪れる。
――故に――。
司祭が苦渋と悔恨に満ちた声音で言った。
――聖女の傷を、癒やすことができない。すまない。
司祭が頭を下げるのと、俺が神父の首をはねるのは同時だった。
サラの癒やしは自身には使えない。
サラの魔法も、災難も世界に押しつけられたモノ。
ここで助かっても、更なる悲劇に見舞われ――――
そうして、その悲劇に対抗する力は、その時の俺にはなかった。
俺も、ハービットとの殺し合いで、ズタボロだ。
左腕と、右目をもっていかれた。
そんな状態で、彼女を守り続けられるわけがない。
ああ、いやだ。
いやだ。
何もできずに、彼女が苦しみ、死ぬところなんてみたくない。
だから悩み空いた末に――――サラを殺した。
彼女が、余計な苦しみをあじ合わなくても良いように。
『ごめんね、でもありがとう――――愛している、ソーマ』
意識がもうろうとしていた中、きっとサラは状況が飲み込めていなかった。
けど、胸に剣を突き立てる直前。
確かに彼女は優しく微笑んでいて――――。
ああ。
「・・・・・・」
脳裏に、前回の絶望した自身の叫びが響く。
「・・・・・・」
「ソーマ?」
あんな思いは、もう二度としたくない。
けれど、
もし又同じ目にあったら、俺はまた――――。
彼女を殺すのだろう。
自身の無力と、世界そのものを呪い
彼女の微笑みを胸に刻み、刃を突き立てる――――。
「――――ふざけんなくそったれ」
脳内に映像が浮かんだ瞬間、気づけば吐き捨てていた。
「ソーマ?」
「サラ――――世界を敵に回そう」
「えっ?」
唐突な俺の言葉に、サラが怪訝な顔をするのは当然だろう、それでも構わず続ける。
「世界は、お前を否定するクソッタレだ、お前が苦しむことが当然だといわんばかりに不幸ばかりを押しつける。俺は――――それをどうにかしたくて、頑張り続けたけど、でもきっとただ不幸をはねのけるだけじゃ、だめなんだ」
きっとやり直しを繰り返していたのは、今は遥か遠い、村で過ごした穏やかな日々が、いつかまた取り戻せると信じていたから。
だから、何度も何度も繰り返し続けた。
何度も負けた、何度も殺された。何度も殺した
その度に次こそは、と願い続けた。
でも、そんな願いも叶うことは、きっとない。
世界が、サラを、俺の願いを否定するから。
だから―――。
「共に、生きていこう。世界の敵となっても、間違いと否定されて――」
いつからか、殺し続けた相手に言われたとおり、悪魔そのものとなって、人をやめてしまっても。
「それでも、二人で、生きていきたいと、そう思うから」
だからこの間違いだらけの選択肢を、サラに選んで欲しい
「・・・・・・」
ああ、この答えがきっと俺の中で正しくて。
その事に気づくのに、何度やり直しただろう?
そんな自分に苦笑する。
「ソーマ駄目だよ、駄目」
サラの言葉に我にかえる。
今までの話しは、繰り返した出来事と、その先で得た知識を元に語ったものだ。
だから、当然サラからすれば、支離滅裂であり、ましてや世界の敵だのどうの言われたってわけがわからないはず――。
「私、ソーマには幸せになってほしいから、ずっと願い続けて、だから――――“繰り返して“きたのに」
「えっ」
「何度も、何度も、今度こそはって思って、でも戻った直後はいつも治す以外できなくて、いつも無理ばかりさせて――」
サラの目から涙がこぼれる。
「私は、私は、ソーマといられて、過ごして、幸せだったから、だから、あなたが幸せでいられる未来を願い続けて、戻してきたのに――――」
その言葉で、今までの繰り返しが走馬灯のように蘇る。
俺の願いが、生み出したと思っていた繰り返しが行われていたのは――――。
「おまえのお陰、なのか?」
「――――」
ふるふると首を振る。
けど、その反応でわかった。
「そっか――」
ありがとな、と言う前に、サラは言った。
「私、ずっと苦しめてたんだ。ソーマを、ソーマだけを幸せにしようとしていたのに、なのに、繰り返してたのは、時間だけじゃなかった。ソーマの記憶も一緒に・・・・・・私、最低なこと、してたんだ」
頭を抱え込むサラ。
そんな彼女の顔をあげさせて
「――――んっ」
キスをした。
「ソーマ・・・・・・ぁ」
言葉を防ぐためにしばらく続けて、口を離す。
お互いの唾液が混じった糸が月明かりに照らされる。
「俺は、この繰り返しで確かに、色々歪んだところはある」
殺す事も、殺されることも、何も感じなくなった。
けどな、と前置きをおいて。
「それでも、今こうしていられることが、その繰り返しのお陰なら感謝できるし、なにより――――お前が、俺を愛してくれるのは嬉しいよ、だから否定しないでくれよ、寂しくなるだろ?」
一糸まとわぬサラを覆っていた毛布をゆっくりおろす。
「サラ」
そっとサラを押し倒した。
「――――」
潤んだ瞳、微かに上気するする頬、そして生まれたままの姿を月明かりが優しく照らす。
覆い被さり、じっと見つめ続ける。
すると。
「ソーマ・・・・・・」
「なんだ?」
問い返すと、少しの間口を引き結び、そしてゆっくり開いて言った。
「私と一緒に――――どこまでも堕ちて(ついてきて)くれる?」
断言するものではなく、迷いながら、それでも本音を零すサラ。
「んっ」
サラは、自身の指を噛んで、皮膚から血を滲ませると、そっと俺に差し出した。
聖女であるサラの血。
世界を救う事を拒否した最愛の女性の血。
そっと指に触れて顔を近づけ、躊躇うことなく、口に含み、血を嚥下する。
すると何かが俺の中に入り込む。
それを認知しながら、口を離し一言言った。
「もちろん喜んで・・・・・・俺は人間をやめるよ」
この時、何かが決定的に変わった。
痛みも何もない。
けど、何かがずれる感覚。
その感覚と共に、サラの髪色や瞳が変化する。
白髪になったサラの髪は灰色に。
瞳は澄んだ緑から、漆黒の黒へ。
それは、世界がサラを否定した証だと、そう思った。
「――――なんか、また変わっちゃった」
「いいさ別に」
髪のいじるサラの頭を優しく撫でる。
見た目がどんなに変わっても。
「愛してる」
「うん、私も」
愛してる、その言葉を受けた後で、サラの唇をふさいだ――――
正史では、聖女の悲劇が、後に世界の平和の礎となる。
しかし、度重なる繰り返しで、正史から外れ。
悲劇の聖女は生まれず、代わりに「災厄の魔女と悪魔」が誕生した。
災厄を引き寄せる魔女とそれを守護する悪魔。
彼女の存在が、世界に脅威をもたらすとされている。
――――しかし。
災厄が引き起こされる度に、その禍根をたつ要因になるのも、彼女達の存在なのだと。
知るのは本人と、一握りであり。
本人達は、多くの怨恨をその身に受けても。
それでも、確かに幸福だと、そう思っている――――。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




