プロローグ
長尾智子は、空を見上げていた。
銀色のバトンが、青く高い秋空に吸い込まれるように舞っていた。
あの空を見上げた瞬間から、新しい挑戦と冒険が始まった。
智子はそう思っている。
◇ ◇ ◇
九月も中旬に入った。
群馬県の中之条中央小学校では、運動会の準備が始まっていた。
智子のクラスの五年一組でも、休み時間になると運動会の話題で持ちきりだった。
「リレーのれんしゅうやろうぜ。二組は、もうきのう、やってたぞ」
「はやくおうえんの練習しようぜ。三組はもう、やったってよ」
といった会話があちこちから聞こえてくる。
そして、運動会につきものの入場行進の練習も始まった。
「はい、全体、止まれ! イチ、ニ!」
担任の皆川先生の快活な号令が校庭のトラックに響いた。
他のクラスは体育の時間に入場行進の練習をしているが、智子たちのクラスは違った。皆川先生は「体育の時間は運動に集中するもんだ」と言い、放課後に練習をさせていた。
「よーし、集まれ!」
皆川先生は、自分の周りにクラス全員を体育座りさせ、練習の講評と運動会当日の注意を説明しはじめた。
……先生、また同じ話をするのかな……。一番後ろに座っていた智子はそう思い、よそ見をしていた。
校庭のトラックの中では、バトン部が演技の練習を始めていた。
この小学校では、運動会の昼休憩の時間に、吹奏楽部の演奏にあわせて、校庭の真ん中でバトン部が演技をするのだ。先週、部員が集められて練習がはじまったと、智子は聞いていた。
バトン部の女子児童は、バトンを高く宙に放り投げたり受け取ったり、バトンを指先で回転させたりしていた。
空は青く高く、西側にはうろこ雲が広がっていた。まだ夏のような暑さは残っているけど、さわやかな日だった。
青い空に銀色のバトンが舞う姿に、智子は、丸く大きい目を広げて見入っていた。 この姿を絵に描いてみたいと思った。
「長尾!」
よそ見をしていた智子は、皆川先生に声を掛けられた。びくっと背筋を伸ばし、慌てて正面を見て返事をした。
「はい!」
両耳の上で結ばれている、濃い栗色のツインテールがふわっと揺れた。
「さっきから、空ばかり見てどうした? 空でも飛びたくなったのか?」
皆川先生が笑いながら言う。クラスの子達もつられて笑う。
「すみません……」
智子は少し頬を染め、頭をちょこんと下げた。




