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婿入りしようと思うのでモテる為に頑張ります。赤ん坊時代編1

 俺の名前は佐藤陽斗(はると)

 生後六ヶ月の零歳児である。

 ちなみにもう首はすわっている。


 さて、俺は将来イケてる苗字のレディーの元へ婿入りする人生目標を立てた。

 その為には男としてモテる努力をしなければならないのだが。

 

 俺は今赤ん坊だ。

 抱き抱えられるかベビーカーでなきゃ満足に外も出歩けない。


 そんな赤ん坊の内に出来ることはかなり限られている。

 まず動きまわれる身体、それと言葉を話せる器官の成長。

 こればかりはゆっくり時間をかけないと無理だ。


 ということで、俺はまず周囲の苗字確認を始めることにした。


 灯台下暗しということわざもある。 

 もしかしたら、すぐ近くに運命のお相手となる苗字持ち女児がいるかもしれないからな。


「どうもこんにちは~」

「あら佐藤さん、こんにちは~」

「陽斗君も元気~?」

「だっ!」


 ベビーカーに乗せられた俺は、母様と共に自宅マンション近くにある公園へ散歩に出かけた。

 そこで同じようにベビーカーに赤ん坊(女児)を乗せた奥様二人と出会う。


 幸いなことに我が母様はなかなかに社交的だ。

 元アイドルという身バレなど全くお構いなしに、近所のママ友さん達と積極的に交流を深めている。

 この積極性は将来必ず役に立つだろう。今のうちに立ち回りとかしっかり学んでおかないとな。

 

 さ〜て、女児持ちの奥様方の苗字は何かな?


「ねえ山崎さん、この前の予防接種どうでした?」

「あ~、もう大変でしたよ~! ウチの子注射打つだいぶ前から泣きすぎて、先生に笑われちゃった~」

「わかるわかる〜。ウチも同じようなものよ。やっぱり何かされるって分かってるのかしらねぇ?」

「そうそう、察しが良すぎるのも困るわよね~」

「え~、そうなんですか? ウチの陽斗君は静かというか、微動だにしてなかったよねぇ?」


 そりゃ微動だにしないですよ。

 別に逃げたりしないのに、母様俺の事動かないようガッツリ押さえつけるんですもの。

 それでいて動くなって圧を後ろからひしひしと感じたら静かにもなりますわ。

 

「さっすが元アイドルの子。肝が据わってるのかもね〜」

「もう和島さんやめてくださいよ〜。昔の話ですって~」


 母様は軽く手を振る。だがほんの少し嬉しそうだ。


 ――とまあ、こんな感じで情報収集は順調に進んでいる。


 ふむ、山崎さんと和島さんか。


 う~ん、悪くはない。

 悪くはないのだが、今俺の求めている苗字とは言い難い。

 どうせならば母様の旧姓、橘に匹敵するくらいの苗字にしたいところだ。

 人生目標にしたからには妥協などしない。俺が納得するまでとことん高望みしてやるつもりだ。


 その後、山崎さんと和島さんとのママさんトークが小一時間続き、二人と別れた後お昼を食べる為自宅へ戻ることとなった。


 ちなみに俺はマイボトル(哺乳瓶)でしかミルクは飲まん主義だ。

 決して直で飲むのが恥ずかしすぎるからではない。ほ、ホントだからね!


「あ、逢さ~ん」


 自宅マンションのエレベーター前に来たところで母様に声が掛けられる。

 それは先ほど公園で別れたばかりのママさん――ではなく、また別のママさんだった。

 と言うのも、その人の腕の中にはふわふわのブランケットに包まれた女児の赤ん坊がいたからだ。


 情報収集継続だな。


「あ、もみじさん。偶然ねぇ」


 母様はにこやかに会釈する。名前で呼ばれているところを見ると、先ほどのママさん達より親しいのだろうか?

 もみじさんと言うらしいが、その()()()は苗字なのか? 

 木片に花と書いて『椛』という苗字なら確かに存在する。

 彼女がそうだとすればなかなかに興味深い。これはお近付きになっておくべきか。


「ほーらあきな、陽斗君に挨拶しよ~。こんにちわぁ」

「お~、わぁ~」

「あー! 上手ねぇあきなちゃ~ん」


 母様はしっかり挨拶? をしたあきなちゃんという女児に拍手を送る。

 俺はベビーカーの中からじっとその子を観察した。


 髪は薄い栗色で、まだ柔らかく産毛みたいにふわふわしている。頬はもちっとしていそうで、笑うたびに小さなえくぼが浮かびそうな気配がある。


 ふむ。顔立ちはまだ完成してはいないが、もう既に可愛い枠に分類されるだろう。

 今のうちから親睦を深めておいて損はないな。

 

『一階です。ドアが開きます』


 エレベーターの電子音声が流れてくる。

 ドアが開くと、俺達はエレベーターの中に入る。


「そうだ逢さん、お昼まだならウチで一緒に食べない? ちょっと筑前煮作りすぎちゃって、消費手伝って欲しいのよ」

「オッケー。じゃあ私お味噌汁持ってくね。あと欲しい物ある?」

「あとは大丈夫。それじゃあ、待ってま〜す」


 共に昼食を食べる約束を交わし、もみじさん達は三階で降りていった。

 俺達は四階だ。


「陽斗君、今日あきなちゃんとマンマだって〜。嬉しいね〜」


 嬉しい、のか?

 前世の記憶を取り戻す前、つまりただの赤ん坊であった頃の記憶は正直皆無だ。

 母様の言い方だと仲が良い間柄だったんだろうが、十七歳男子の脳を取り戻した俺が同じ様に振る舞える気がしない。

 てか、赤ん坊同士のコミュニケーションはどうすればいいんだ? ただ遊んだりしてればいいのか?

 

「よし、陽斗君行くよ〜」


 などと考え込んでいる間に、母様は自宅から味噌汁の入ったスープジャーと哺乳瓶を用意していた。

 

 まあ、深く考えすぎても仕方ないか。

 相手は赤ん坊だ。機嫌を損なわないよう注意すれば何とか乗り切れるだろう。

 

 俺達は三階に降りて、もみじさん宅前までやってきた。

 そこで俺は玄関前にある丁寧に名前が入れられた表札を見た。







 佐藤秋司(しゅうじ)

 佐藤(もみじ)

 佐藤陽菜(あきな)

 





「だだぁよっ!!(何でだよっ!!)」

「うわぁ!?」


 赤ちゃん語、略して赤語で絶叫する。


 そりゃ佐藤だからさぁ、ご近所で苗字被りがあってもおかしくないよ! おかしくないけどさぁ!

 婿入り候補を減らさないで欲しいのよ!

 てか漢字は合ってるけど名前の方かい! 道理でお互い名前呼びする訳だ! 

 おんなじ佐藤だから!


「え!? 何今の声!? あえっ、逢さん?」


 玄関のドアが開き、もみじさん――佐藤椛さんが顔を出す。


 己貴様ぁああああ! 興味深い苗字と見せかけて佐藤だとぉ! 俺を糠喜びさせやがってぇええええっ!


「だぁああああああああああああああああっ!」

「な、何々どうしたの陽斗君!? 赤ちゃんとは思えない顔してるんだけど!?」

「あ~、私も驚くんだけど、何か最近こうなる時があるんだよね」

「悪いものに憑かれてない!? 大丈夫!?」


 誰が悪魔だ悪霊だっ! 俺は俺の怒りをぶつけてるだけじゃあぁああああ!

 八つ当たりばんざぁああああいっ!


「ぶぁあああああああああいっ!」

「ぶぅ、きゃー、うー!」

「ぶぁ?」


 佐藤椛家の部屋の中から笑い声が聞こえてくる。

 ドアの隙間から覗き込んで見ると、両手をぱたぱたさせて喜んでいる陽菜ちゃんの姿があった。


「あ、陽菜? 面白いの?」

「きゃー!」

「あらぁ、陽斗君良かったねぇ。陽菜ちゃんその鬼みたいな顔面白いって~」


 いや面白い言われても。

 ただ怒っただけで喜ばれるとは思わなんだ。

 ……もしかして俺の怒り顔ってそんなに変顔なの?


「正直この子の感性が心配だけど、まあ泣き出さないだけましか。……あ、ごめんなさい。二人ともどうぞ入って入って」

「は〜い。お邪魔しま〜す」


 椛さんに促され、俺達は部屋の中へ上がらせてもらった。

 ベビーカーから降ろされて母様に抱き抱えられた俺は、陽菜ちゃんの前にゆっくりと降ろされた。

 

「二人とも、ミルク作るからちょっとだけ待っててね~」


 母様達はそう言って台所の方へ行ってしまう。

 おいおい、いきなり二人きりですかい。

 赤子とは言え男女をいきなり二人きりにするのは教育上よろしくないのでは?

 ……いや考えすぎか。

 

 俺はとりあえず陽菜ちゃんの方に顔を向ける。


「あう?」


 無垢で疑いを知らないような、澄んだ淡い茶の瞳がじっとこちらを見つめてくる。

 うむ、近くでこうして見るとやはり可愛い。

 近い将来、引く手数多の美少女に化ける可能性が大いにある。


 

 でも、でも佐藤なんだよなぁ!



 これが最大の障害である。

 俺はイケてる苗字のレディーに婿入りすると心に決めている。

 特に、佐藤姓の女性とだけは結婚しない。

 たとえ超絶可愛くて、俺に対して好意を抱いてくれて、俺自身が命を賭けて守ってあげたくなるような存在だったとしても。 


 そこだけは何があろうと絶対に妥協する訳にはいかない。


「あーぅ?」

「だ?」


 そんなことを考えていると、陽菜ちゃんが俺の横まで近づいてきて、超至近距離でじっと俺を見てきた。

 まるで何かを確認するように。


 何だ? 今俺は鬼顔をしていないが?


 そのまま陽菜ちゃんは俺の頬をぺちぺちと叩いてきた。

 痛くはない。むしろぷにぷにしてて気持ちいい。

 

 あー、これはあれか? 赤ん坊ならではのコミュニケーションというやつか?


 俺も試しに手を伸ばし、陽菜ちゃんの頬に触れてみる。


「……きゃあ~!」


 陽菜ちゃんはしばらく俺を見つめたあとで、ふにゃっと顔を緩ませて笑った。


 ……やめてください。その破壊力は反則です。

 俺は一瞬で思考が止まりかける。婿入り計画とかイケてる苗字とか、そういうのが全部吹き飛びかねない危険な笑顔だ。

 


 くそぅ! 何で、何でこんなに可愛いのに佐藤なんだよぉおおおおおっ!!

 何かすっごい悔しいですっ!!

 


「ぶあああああああああああああっ!!」

「きゃー!!」



 この世の理不尽さに怒りを露わにしている俺。

 その顔を至近距離で見ている陽菜ちゃん――大喜びである。

 

「あら陽斗君、自分からあの顔してあげてるのね」

「ん~、陽菜もめちゃくちゃ喜んでるみたいだし、まあ大丈夫、なのかな?」


 台所でこちらの様子を見ていた母様達は、出来上がったミルク入り哺乳瓶を持ってこちらにやってきた。


「陽斗く~ん、陽菜ちゃ~ん。ミルクできまちたよ~」

「だっ!」


 俺は母様が差し出した哺乳瓶を奪い取り、ぐびぐびとやけ酒(酒飲んだことないが)の如く飲み始める。


「え? もう陽斗君一人で飲めるの? ていうか飲み方がやばくない?」

「子供の成長って早いものね~」

「いやそう言うことじゃなくて……。この子、将来いろいろやらかしそうね……」


 何やら不可思議なものを見る視線を椛さんから向けられてる気がするが、知ったことか。


 しかし、佐藤陽菜。


 この子とはどうも長い付き合いになりそうな予感がする。


 ……よし決めた。


 佐藤陽菜とはとりあえず()()として関わろう。 

 婿入り候補には絶対にしない。

 これは俺の信念であり人生目標だ。

 たとえどれだけ可愛かろうと、どれだけ将来有望だろうと――


「陽菜、陽斗君のこと好き?」

「すぅ~きゃあ!」 


 ……絶対にだ。

 揺らぐなよ、俺。マジで。 

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