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生まれ変わっても佐藤だった

 苗字。それはこの世に生を受けた瞬間から与えられる家名である。


 家族や親族といった近しい関係性を除けば、他人を呼ぶ際にまず使われるのは大抵これだ。


 佐々木、石川、渡辺などの地名由来。

 西村、前田、上野といった方位や位置に由来するもの。

 服部、犬養、鍛冶のような職業由来のもの。


 我が母国日本には、そのような苗字が約二十万種も存在すると言われている。


 そして、その中でも群を抜いて影響力を及ぼしているのは――間違いなく、『藤原氏』由来の苗字だろう。


 藤原氏。それはかつて、この国の中枢に君臨した名門の名。尚且つ、最も子孫繁栄を成し遂げた一族である。


 現在、頭や後ろなどに『藤』の使われる苗字の殆どは藤原氏の血筋と考えられている。


 藤原、藤田 、藤本 、藤井 、後藤、藤村 、藤重 、伊藤、遠藤、藤沢、斎藤 、藤瀬、藤木、藤林、藤森 、藤山、藤谷、加藤、工藤、藤堂、佐藤、藤縄、須藤エトセトラ……。


 時代を経て藤原氏の家名は枝分かれし、形を変え、今では百を超えるほどまで数を増やした。


 やがてその血筋は、ある一つの苗字として広く浸透することになる。



 ――佐藤。



 およそ百九十万人。六十人に一人はいるとされる、日本で最も多い苗字。


 言い換えればどこにでもいて、ありふれていて、珍しくもなんともない苗字だ。


 クラスに複数人いようものなら、名前呼びかあだ名、もしくは『メガネの佐藤』『デブの佐藤』『ちっちゃい方の佐藤』と外観的特徴で扱われた者もいるだろう。

 まあこれは比率が高いということで、佐藤に限った話ではないだろうが。


 そして、かく言う俺の苗字もまた、その『どこにでもある側』の人間だった。


 俺はこの苗字が好きじゃない。


 誰しも、どうせだったらもっとカッコいい、可愛い、今と違う名前が良かったと思ったことが少なからずあるのではないだろうか。

 俺の場合はそれが苗字側だったって話だ。


 いや、別に悪い苗字って訳じゃない。多い分覚えられやすいし、悪目立ちもしないし、急に印鑑が必要になった時すぐ買いに行ける。

 寧ろ便利だ。社会的にも困ることはまずない。


 だが普通だ。如何せん魅力がない。兎にも角にも数が多すぎる。


 何よりも。


 俺が佐藤じゃなかったら、()()()()()()も起きなかったかもしれないのに。


「――もし次生まれ変われたのなら、今度は佐藤以外になりたいな……」


 そんな言葉を呟いて、俺は手摺に手を掛けた。




◆  ◆  ◆  




 目蓋を開くと、知らない天井が広がっていた。


「あー、ぶー」


 口から出るのは言葉とは言えない音ばかりで、体は思うように動かすことができない。

 何とか寝返りをうって横を見ると、柵のような木の板で囲まれていて、俺のすぐ傍には振るとガランガランと鳴る玩具が転がっていた。


(――ああ。これ、赤ん坊だ)


 段々と意識がはっきりしてきた俺は、今の状況を冷静に分析する。そして俺は一つの確信に辿り着いた。



 生まれ変わった。


 それも前世の記憶付きで。



 断片的なものではあるが、かつて一人の男として生きていた頃の記憶が徐々に蘇ってくる。


 かつての名前が壱世(いっせい)だったことも。

 享年が17歳の男子高校生だったことも。

 佐藤という苗字が好きじゃなかったことも。


(周りを見る限り、どうやら日本にそのまま生まれ落ちたみたいだな)


 壁に貼られたカレンダーを見ると、令和の暦が読み取れた。年数から察するに、どうやらここは俺が死んでから七年後の日本らしい。

 転生が生き物全体に及ぶものかは全く分からない。七年という時間を掛けて転生を迎えられたのも、果たして早いのか遅いのか。


「あらぁ、はると君起きたのぉ〜? おはよ〜」


 俺の起床に気が付いた、今世の母親と思われる女性が微笑みながらこちらを覗きこんだ。


 肩口で揺れる艶やかなセミロングの茶髪をなびかせ、溢れ出す母性の香りの中にどことなく少女の面影が映る。そんな端正な顔に思わず見惚れてしまう。


 おいおいマジですか。こんな誰もが振り返るような美女が今世の生みの親だと言うのか。かつての母が霞んで見えるぜ。

 ……あやばい。ホントに母さんの顔が霞んで見える。

 まだ記憶が完全に甦ってないからだろうけど、流石にそれは薄情すぎる。せめて直近の身内、家族の顔くらいは追々思い出さなきゃな。


 まあそれは一旦置いといて。


 今の母様から俺の新たな名が『はると』であることを知ることができた。

 名前と君付け呼びのお陰で、俺はTSせずに男児として再びこの世に生まれ落ちれたようだ。


「あら、どうしたのはると君? じーっと私の顔見て。ママに惚れちゃった?」

「ぶ、ぶぅー!」


 ほ、惚れてなどいない! 仮にも実の母である貴方様なんぞに、ほ、惚れてなどいないっ!


 そう訴える声は赤ちゃん語、略して赤語なので伝わるはずないが、そう言った俺は母とは反対方向に身体を向ける。


「あらあら、ぶぅたれちゃって可愛いでちゅね〜」



 ――ピンポーン。



「あら、誰か来た。ここでいい子にしててね、はると君」


 母様は俺の頭を軽く撫でてから訪問者を出迎えに部屋を出ていった。


(……さてと、問題はここからだ)


 転生。やり直し。第二の人生。


 異世界だろうが現実世界だろうが、この手の場合、大抵の転生者はスローライフだのハーレムだの、はたまた前世の無念を晴らすだの、そう言った新たな人生プランを考えるものだが。


 俺の場合、最優先事項は別にあった。



 そう、苗字である。



 俺の死ぬ間際に望んだ、『佐藤』以外になりたいという願い。


 神様か閻魔大王様か。俺を生まれ変わらせてくれたことには深く感謝申し上げます。なのでもし私めに御慈悲を掛けてくださっているのならば、佐藤だけは、どうか佐藤の姓だけには生まれ変わらせてないでください。


 マジで! ホントマジでっ!


「はーい」

《こんにちはー。川佐便でーす》


 玄関前の状況を映しているモニター越しだろうか、訪問者らしき男性の声が電子音めいて聞こえてくる。

 これはナイスタイミング。宅配業者ならば人物確認の為に苗字を必ず読み上げる筈。


 俺は耳を澄ませた。


 ここで全てが決まる。俺の、新しい人生のスタート地点が。


 そして、運命の瞬間が訪れる。


 頼む佐藤以外で。

 この際何でもいいから。

 鈴木でも田中でもいいから。

 

 頼むから佐藤だけは、佐藤だけはっ!













《こちら佐藤幸一郎(こういちろう)様のお宅で間違いありませんでしょうかー?》


 あ、終わった。

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