8. お洒落会議には入れません -オーキッドサイドー
女子3人に敵う男はいないのです。
本日2話目です。お間違えの無いように。
「あらーっ! オーキッド様、いらっしゃいませ!」
カレン嬢をエスコートして、2階に着いた途端に賑やかな声に迎えられた。
「久し振りだね、レディ・パトリシア」
私のドレスデザインをしてくれているパトリシアだ。長い金髪を頭の上の方で一つに纏め、まるで馬のしっぽの様に背中に流している。彼女が動くと生き物の様に元気に跳ね回っている。
彼女の碧い目が、私の隣に流れた。
「ああ、こちらがカレ---」 「カレン・ミラノ嬢ですわね!?」
私がカレン嬢を紹介する前に、パトリシアが大きな声で叫んだ。
「……知り合い?」
思わず私はカレン嬢の顔を覗き込んだ。彼女は目を真ん丸にして、ブンブンと何度も頭を振った。
「パトリシア、君はカレン嬢を知っているの?」
嬉しそうにニコニコしているパトリシアと、私の後ろに少しずつ隠れる様に移動しているカレン嬢が対象的だ。パトリシア、君、随分警戒されているよ?
「はい。ドレスのご注文を頂きましたので。今日はクララさんが来てくれると伺っていましたが、カレン様も来て頂けるなんて、恐縮ですわ! さっさ、こちらにどうぞ? こちらにサロンがございますので」
パトリシアはそう言うと、店の奥にあるサロンまで案内してくれた。そう大きくは無いサロンルームだけど、デザインの相談や採寸、試着などもゆったりできる空間になっている。
「そう言えば、ドレスの注文を貰ったって言ったけど、もしかして若草色のドレスだったりする?」
そう。カレン嬢の雰囲気がこの前の夜会の時と、今日のこの姿の印象が違い過ぎるから、気になって聞いてみた。
「はい。良くお判りで。夜会でお会いされましたか? そうですわ、私がデザインして作りました。髪飾りもね」
パトリシアが私達にソファを勧めてくれる。私とカレン嬢は向かい合わせに座って、侍女殿、クララとか言っていたかな、彼女はカレン嬢の後ろに立っている。さすが、侯爵家の侍女殿だ。躾がいいじゃない?
「あの、とっても素敵なドレスで、皆様からも褒めて頂いたのですけど、良く私に合った色とか形とかで作って下さったなと思いまして……どこかで私達お会いしたでしょうか?」
カレン嬢がおずおずと口を開いた。
「ああ、申し訳ありません。直接お会いしたことは無いんです。でも、ピーコック商会でよくお見かけしたものですから。私は商談で定期的にピーコック商会に伺うのですわ。それで、5階の商談室で度々マリオン嬢の執務室に入って行かれるカレン様を見かけていましたので……失礼だとは思ったのですけど、商談階に上がって来られるご令嬢は珍しかったので、お茶を準備しているメイド達の話を聞いちゃったのです。すみません……」
そういう事。肩を竦めて詫びているパトリシアの答えに、カレン嬢はあっけにとられた様に小さく口を開けていた。耳が真っ赤になっているのが見えた。自分の知らない所で見られていた事が恥ずかしいいんだろうけど。
「そ、そうだったのですか。ピーコック商会で……」
歯切れの悪い感じだね? カレン嬢、どうしたの?
「はい。それからお見かけする度に目で追ってしまいまして。いつか私のドレスを着て頂けたらなぁ。と、思っていたのです!! そうしたら、何と侯爵家からご注文を頂いたでは無いですか! もう、渾身の力を込めてお作りしましたわ」
「あ、ありがとうございます。そうだったのですか」
何だか少し疲れた感じで、カレン嬢が脱力したのが判った。
「でも、あの夜会で着ていた若草色のドレスでしょう? さすがパトリシアだね。カレン嬢に良く似合っていたよ。髪飾りも珍しい感じだったね? 良くカレン嬢に似合う色とかが判るね。あの若草色は本当に似合っていたよ。カレン嬢にはああいう色目が似合うのかもね」
夜会の時の姿を思い出して言ってみた。張りのある若草色に流行の小花の刺繍が可憐だったね。髪や目の色とも良く似合っていた。
「そうなのです! 本当に勿体なのです! 何でも伺ったら今までピンク色を中心とした甘目の色合いとフンワリフリル系のドレスが多かったそうでは無いですか!? カレン様には若草色や濃い青、もしくはクリームイエローとかがお似合いなんです! デザインだってふんわりフリフリよりもシンプルで上品、可愛らしいアイテムはポイント使いが良いのですわ! 判って頂けまして!?」
パトリシアの勢いが止まらなくなってきた。要約すると、今のカレン嬢の装いは彼女には納得できないということだ。
パトリシアは変り者だけど、ドレス制作には非凡な才能があるデザイナーだ。きっと、彼女に任せたらカレン嬢はもっと素敵になるだろうね? うん。あの夜会の時の様に。
「という訳で、カレン様? ドレスの相談とちゃんと採寸をさせて頂きたいですわ」
カレン嬢に注がれているパトリシアの視線が怖い。獲物を見つけたオオカミの様だよ?
「で、でも……」
カレン嬢が後ろに控える侍女殿を見上げている。でも、侍女殿は頭を振ってパトリシアに言った。
「パトリシアさん。是非、お願いします。出来ればデザインの相談もしたいのですけど」
カレン嬢が諦めた様に姿勢を正し、私の方に顔を向けた。その顔は苦笑いを浮かべていた。少し困った風に八の字になった眉が可愛らしく見えた。
「という訳で、オーキッド様は今日の所はお引き取り下さいませ。これから私はカレン様とお洒落会議ですから!」
私も客なんだけど。という言葉は飲み込んだ。
そうだ。気になる事の手掛かりが合ったじゃないか。
あの本。あの本について。
あの本が包まれていた青緑色の包み紙。あんな上等な紙を包装紙に使うなんて、ちょっとやそっとの店では無いと思う。
その包み紙と同じ紙袋は、カレン嬢の友人から譲られたモノ。
そして、手提げ袋に入っていたのは……
原稿用紙だった。袋の隙間から見えたのは高価な原稿用紙の綴じられた表紙だった。それもカレン嬢曰く、200枚。つまり4冊分にもなる。
それに、パトリシアが身元を知りたくなるくらい定期的にピーコック商会に出入りしているなんて。それも商品フロアでなく、商談階にだ。貴族の令嬢がいそいそと行く場所では無いと思うけど。
何か引っかかる。
そう言えば、夜会でカレン嬢に質問された事って変わっていたよね? 普通の女の子が聞きたいトコロじゃ無かったような気がするけど。
「うーん」
パトリシアに笑顔でサロンルームを追い出された私は、そのまま大人しく店を後にする。
「まあ、時間もあるしね。ピーコック商会のティールームでも行ってみようかなぁ」
独り言を言いながらゆっくりと路地を歩いた。
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薄っすらと何かに引っ掛かりを感じるオーキッドさん。
それは本の事でもあり、カレンさんの事でもあり?
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