17. こうして私は追い詰められました
どうしたら良いのかしら。
オーキッド様は何とも言えない表情で私を見ています。少し目を細めて、まるで何でしょうか、飼い猫や犬でも見ている様な感じに思えるのは、私の被害妄想なのでしょうか。
面白い動物でも見ているみたいで、すこぶる居心地が悪いです。
「あ、あの、オーキッド様。この前はドレスでしたけど、今夜は騎士の装いなのですね? その、とても素敵ですけど」
お話をぶった切ってこの場をお暇することは出来ません。オーキッド様に私があの本の作者であると疑われていますから。さすがにこのタイミングでは無理があります。何とか話を脇道に反らせたいのですけど。
と言うか、この場からの引き際が判りません。
オーキッド様は両手を広げて、ご自分の衣装を見下ろしました。何ともその所作と言うか、動きも優雅で目を引きますわ。
「この服はね、レディ・パトリシアの作品ですよ。彼女は私に似合う衣装を考え作るのが楽しいそうです。でもね、彼女に任せておくとドンドン派手で、煌びやかになるから注意しなくちゃいけないのです。今夜は、人探しをしたかったからこの衣装にしたのです。この格好に、探し人を思い付く人もいるんじゃないかと思って。ほら、口で説明するより、こんな感じって見せた方が確実だと思いませんか?」
ああぁ。やっぱりオーキッド様は、オーランド・ヴィスタ・バルモント辺境伯を意識しているのですわ!
「でも、さすがに黒革の眼帯は止める様に、ルイに釘を刺されたんです。警戒されるからって」
警戒って……確定ですわ。この方はオーランド・ヴィスタ・バルモント辺境伯が、どんな人物か知っていて作者を探しているのですわ。
それに、今の口振りだとルシェール様もご存じだという事ですか!?
「そ、そうなのですか?」
もう限界です。じわじわと真綿で首を絞められています。
誰か、助けて―――っ!!
「カレンお姉様!!」
可愛らしく元気な声が聞こえました。
助かった!
「カレンお姉様。こちらにいらしたのですね?」
アリシア様ですわ。さっきお会いした時に、後でお話ししましょうと言っていましたから、こんな端っこにいた私を探してくれたのでしょう。
「アリシア様」
彼女に見えるよう、小さく手を振りました。
オーキッド様はアリシア様に背を向けていますから、近づいてくる彼女の姿は私にしか見えません。でも、私の呼びかけにオーキッド様は片眉を上げて反応されました。
近づいて来たアリシア様に、オーキッド様はニッコリと微笑まれましたわ。
「アリシア嬢。御機嫌よう。先日以来ですね」
目の前まで来たアリシア様に、そう声を掛けると騎士の礼を執って腰を折りました。長い黒髪がさらりと流れて、まるでエルメーヌ様が描いた挿絵のワンシーンみたいですわ。
思わず見惚れていたのは、私だけではありませんでした。アリシア様も目をぱちくりと開いてオーキッド様を見ていますわ。
ああ、いけません。良い齢をした女性二人が美貌の殿方の前で呆けていては!
私はオーキッド様に見えない様に、アリシア様の背をツンツンします。アリシア様! お気を確かに!
そして早く目を覚まして下さいな!
早く現実に戻さないと、何か余計な事を口走りそうです。
「まあ、アリシア様とお会いした事があるのですか? お二人共お知り合いでしたのね?」
私は2人の顔を交互に見ながら問いました。
「えっ? は? あ、あの私は貴方とお会いした事がございまして?」
我に返ったアリシア様は少し怪訝そうに首を傾げると、私の後ろにスススーッと隠れる様に移動しました。オーキッド様を警戒しているようですけど、お知り合いではございませんの?
「ええ。先週、ピーコック・ガーデンでお会いしましたよ。私の粗相にお手を貸して下さいました。そこでセーヴル殿の妹君と伺いましたけれど?」
まさに、咲き零れる大輪の百合の花です。オーキッド様の背後、バックにソレが見えますわ。ああ、こんな顔を見せられたら世の女性達は気絶ものでしょう。アリシア様が目を見張っていますけど……この方の覚えが無いなんてあり得なと思いますけど?
「ピーコック・ガーデン……? お兄様の事をお話し? って、だってオーキッド様って!?」
オーキッド様の顔をじっと見ていたアリシア様が、唇をひくひくさせながら、ゆっくりと震える右手の人差し指を向けましたわ。
あらあら、人を指差してはいけませんわよ?
「ええ。あの時はお世話になりました。そう言えばきちんと名乗っていませんでしたね。私はオーキッド・フォン・パルマンと申します。辺境の地を納めております。以後お見知りおきを」
「う、うそ! だってドレスでしたわ! ワインレッドのドレス! オーキッド様って---」
目を白黒させながら、オーキッド様の頭の先から爪先までを何度も見ています。ああ、ドレス姿のオーキッド様とピーコック商会のティールームでお二人はお会いしたのですね。
「オ、オ、オーキッド様って男装の麗人ですのね!?」
アリシア様。そっちに勘違いしますか!?
「だ、男装の、れ、麗人って!? ご、ごめんなさいっ」
もう、ルシェール様が耐え切れずに笑い出してしまいました。声を殺して後ろを向くと、堪える様な笑い声が聞こえましたわ。確かに、一部始終を見ていたルシェール様からしたらオーキッド様とアリシア様の温度差と言うか、方向性の違いと言うか……面白いでしょうね。
私だって、唇をギザギザに噛み締めていなければ耐えられませんわよ。
「アリシア嬢、誤解されているようですけど、私は男性ですよ? まあ、確かに先週お会いした時はドレスを着ていましたけど。気に入りの一着だったのですけどね」
さらりとアリシア様の誤解を訂正しましたけど、この方の女装はそんじょそこらいらの女性よりも綺麗ですから、信じられないかも知れませんわ。
アリシア様はキラキラした大きな瞳で、オーキッド様を見上げています。頬もピンク色に上気して、気分が上昇しているのが判ります。
変な予感がしますけど。
「んまあっ! 素敵! 何て素敵なのです! カレンお姉様、オーキッド様って何て素敵なのでしょう! まるであの方ですわ。私達の愛と美と憧れの象徴、オーラ---、ムグググッ!」
「アリシア様! 美味しいチェリーを召し上がれ!!」
興奮したアリシア様が、一番言って欲しくない名前を言い掛けたので、私はテーブルにあったチェリーを一粒摘み、その口にポイッと放り込みました。
ああ、もう、はしたないとか、不作法だとか、言わないで下さいませ!
だって、絶体絶命なんですもの!
ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます。
初感想も頂きました! 登場人物達を可愛がって頂けると
嬉しいです。
アリシアちゃんは、立派な腐女子予備軍なので
オーキッドみたいな男性は大好物です。
好物を前に、タガがはずれてます(汗)
さあ、どこまでカレンさんは耐えきれるでしょうか。
次話では、皆さん勢揃いになるかも。
えーと、セーヴルさんにクラウス君でしょ?
アレッド王太子も寄って来ます。
ご存じの方はお楽しみに。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
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