第1話:血の匂いと温かいスープ
ご覧いただきありがとうございます。「迷宮の底、復讐の血脈はモンスターを屠る」第1話です。
かつてすべてを奪われた少年が、絶望のトラウマを胸に泥臭くも凄絶な復讐の道を歩み始めるダークファンタジーとして執筆しました。優しい世界観のなろう系とは一線を画す、血と鉄と狂気に満ちた少年の成長と殺戮の旅路を見守っていたら幸いです。
これから定期的に更新していきますので、もし気に入っていただけましたらブックマークや評価、感想などをよろしくお願いいたします!
荒々しい声とともに、冷たい水が頭から浴びせかけられた。
跳ね起きるように上体を起こすと、咽せ返るような泥と獣の臭いが鼻腔を突く。ここは王都の端にある冒険者ギルドの馬小屋、その一角に打ち捨てられた藁の上だ。
「おい、いつまで寝てる気だ。今日の依頼の荷馬車の見張り、行くぞ」
声をかけてきたのは、革の安藤甲を身にまとった男――ベテラン冒険者のガルドだった。顔中にある無数の傷と、酒精混じりの息が彼の場数を踏んできた証拠だ。
僕は無言でうなずき、足元に転がっていた錆びかけた短剣を腰のベルトに差し込んだ。
朝の冷気が、肌を刺すように冷たい。
ギルドの裏手にある水桶に顔を突っ込み、凍てつく水で眠気を無理やり押し流す。顔を上げると、水面に映る自分の目が嫌でも目に入った。
生気のない、澱んだ黒い瞳。その奥底には、あの日の悪夢がこびりついている。
頭の芯が、キリキリと痛んだ。
(――まただ)
夜ごと、夢を見る。
生暖かい唾液の匂い。骨がミシミシと音を立てて砕ける感触。そして、真っ暗な胃袋の中でロイとマキル、それにイが肉塊へと変わっていく光景。
「助けて」と喉まで出かかった声は、いつだって胃液に溶かされて消えていく。あの暗闇の中で、僕は死んだのだ。あの時、巨獣の腹の中で一度、完全に命を絶たれた。今生きているのは、ただの残骸にすぎない。
「おい、ルイン。ぼさっとするな。出発するぞ」
ガルドの怒声に背中を押され、僕は重い足取りでギルドの門出へと向かった。
王都の外れに広がる交易街道は、商人たちの馬車で慌ただしく行き交っている。だが、その一歩外側、深い森や荒野に足を踏み入れれば、そこはもう人類の領域ではない。
かつて一族が暮らしていた辺境の村は、地図の上からも消え去った。あの夜、村を蹂虪した巨大な魔獣――名前すらない、ただ「災厄」とだけ呼ばれる化け物。あいつをこの手で引きずり出し、すべての内臓を引きずり出してやる。そのために、僕は生き延びた。
「なあ、ガルドさん」
馬車の荷台の隅に揺られながら、僕は前を歩く男の背中に声をかけた。
「なんだ、ガキ」
「この街道の先に、一番深い迷宮はどこにある?」
ガルドは足取りを止めず、振り返りもせずに鼻で笑った。
「おまっ……冗談だろ。新米の分際で迷宮だと? しかも一番深いところなんて、Aランク以上のパーティーでも全滅するような死地だぞ。お前みたいなガキが足を踏み入れたら、一瞬で魔物のエサになるのがオチだ」
エサ、という言葉に、胃の腑が熱く焼けるような感覚を覚えた。
あの暗闇。あの圧倒的な絶望。あの時、僕は確かにエサだった。飲み込まれ、消化され、無力に泣き叫ぶだけの肉の塊だった。
「……だから、行くんだ」
小さく呟いた僕の声は、ごうごうと吹く荒野の風にかき消された。
ガルドは呆れたように首を振り、「勝手にしろ、ただし俺の足手まといになるなよ」と吐き捨てるように言った。
日が傾きかけ、空が血のような赤色に染まる頃、僕たちは最初の目的地である「黒岩の洞窟」の入口にたどり着いた。
湿った冷気が、まるで生き物の吐息のように洞口から這い出してくる。奥底からは、低く地響きのような唸り声が聞こえていた。
一般の冒険者にとっては、ただの小遣い稼ぎのゴブリンの巣穴に過ぎない。しかし、僕の目には、その奥に広がる果てしない闇が、あの日の巨獣の喉の奥と重なって見えた。
「行くぞ。武器を抜け」
ガルドが剣を抜き放ち、薄暗い洞窟の中へと踏み出していく。
僕はその後ろに続きながら、腰の短剣の柄にしっかりと指をかけた。手のひらに冷たい金属の感触が伝わってくる。
(もう、逃げない)
あの日の暗闇で失ったものを取り戻すために。
世界中のすべての迷宮を血に染め、巣食うすべてのモンスターを根絶やしにするまで、僕の復讐は終わらない。
暗い洞窟の奥へと、一歩を踏み出した。
第1話「血の匂いと温かいスープ」最後までお読みいただきありがとうございました!
主人公・ルインのスタート地点は、決して華やかなものではなく、胃酸の匂いとトラウマにまみれた泥臭いものです。あの日の巨獣に呑み込まれた恐怖、そしてそこから這い上がった彼の歪んだ決意をどのように描いていくか、作者自身もとてもワクワクしながら書いています。
「優しくされるほど、自分が生きていることが申し訳なくなる」「すべてを殺すまで、自分の心臓は止まらない」そんなアンチヒーロー寄りの少年が、これから数々の迷宮と化け物をどうやって血祭りにあげていくのか。次回からは本格的な戦闘や、彼を取り巻く人間模様も少しずつ掘り下げていきます。




