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ウィザード・プロンプト ~落ちこぼれ少年は、漢字で魔法の常識を覆す~  作者: 早野 茂
第四部《学院対決・天才との衝突編》

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第31話「俺を定義してみろ」

バチバチと赤黒く変色した雷のような火花が、焼け焦げた演習場の空気を切り裂いて激しく散っていた。

クロエが強引に展開した『包』の檻が、内側からの異常な膨張圧力によってミシミシと限界の悲鳴を上げ、表面を走る銀色の金属線が危険なほどに明滅している。

最前衛で『結』と『守』の土台となる巨大なガルドは、分厚いブーツを、超高熱でドロドロに溶けたガラス状の砂に足首まで沈み込ませていた。

彼の下唇からは限界を超えた歯の食いしばりによって赤い血がポタポタと滴り、太い腕の血管は今にも破裂しそうに脈打っている。

中衛で魔力を統制するテオの特製革手袋からは焦げた煙が上がり、後衛で力を循環させるセレナの杖の革紐は、今にも焼き切れそうにパキパキとひび割れていた。


檻の中心。レオン・ヴァルクは、自らの血肉をも焼き焦がす狂気的な熱の奔流の中で、がくりと膝をついていた。

彼の視界は、どす黒い赤に濁りきっている。

呼吸をするたびに肺が焼け焦げ、皮膚の下をマグマのような魔力が際限なく駆け巡る。


思い出すのはいつだって恐怖に顔を引きつらせて後ずさる人々の足元だった。

幼い頃、彼が嬉しくて笑い声を上げただけで、部屋中の調度品が熱で爆ぜた。

彼が愛着を持って触れようとした木彫りのおもちゃも、鮮やかな絵本も、差し出された家庭教師の手も、すべてが一瞬で黒焦げの灰に変わった。

「近寄るな」

いつしか彼は自らそう言って他者を遠ざけるようになった。

誰も彼に触れられない。

誰も彼の底知れぬ力を止められない。

周囲は彼を「百年に一人の天才」と称賛し、誰も寄り付かない孤独な玉座へと祭り上げた。

彼自身も自分の中に巣食うこの狂った化け物を止める方法を知らなかった。

だから直感のままに出力を最大化し、すべてを外へ向けて焼き尽くすことでしか力を放出する術を持っていなかったのだ。

だが今は違う。

吐き出しても吐き出しても、力が内側から無限に湧き出し、もはや自らの肉体という器すら保てなくなっている。

血が沸騰し、骨が内側から軋み、意識が白く焼き切れようとしていた。


「……あ、ぁ……」

レオンの喉から、ひび割れた弱い呻きが漏れる。

それは絶対的な強者として君臨してきた男のものではなく、暗闇で火に囲まれ、ただ一人震える迷子の声だった。

彼は熱波で歪む視界の向こうを見た。

猛烈な暴風と吹き荒れる砂塵の向こう側。

自分を恐れて蜘蛛の子を散らすように逃げ出したエリートたちとは違い、そこにいる四人の落ちこぼれたちは誰一人として背を向けていなかった。

ガルドは皮膚を焼かれながらも拳を胸当てに叩きつけ、クロエは指から血を流して回路を繋ぐ。

テオは白目になりかけながらも手袋の指先を動かし続け、セレナは恐怖で泣きながらも杖の光を絶やさない。

彼らは決してレオンから目を逸らさず、外側から必死に檻を支え続けている。


「なぜ……逃げない」

レオンの唇が震える。

このままでは、数秒後にはあいつらも巻き添えになって消し炭になる。

彼が最も恐れていた「他者を灰にする」という結末。

「……逃げろ」

それは彼が生まれて初めて他者に向けて絞り出した、純粋な懇願だった。


だが最後尾に立っていたアキルは、泥だらけのブーツを一歩、猛烈な熱を放つ檻の方へ踏み出した。

「逃げない。お前をこのまま自滅させるつもりはない」

アキルの淡々とした、しかし決して揺るがない声は鼓膜を破るような轟音の渦にあっても信じられないほど鮮明にレオンの耳に届いた。

レオンの瞳孔が開き、毛細血管の浮き出た目に、かつてない縋るような光が宿る。

自分を天才と崇めて追従するのでもなく、化け物と恐れて逃げ出すのでもない。

ただ一つの暴走する不完全な現象として彼という存在を真っ直ぐに見据えるその冷徹な目に、レオンは自らの最後の命を叩きつけるように血を吐くような声で叫んだ。


「なら……!この俺を……定義してみろぉぉっ!!」


魂を削るような叫びが焼け焦げた演習場に響き渡る。

アキルは目を細め、レオンの内から噴き出し、崩壊し続ける濁流の中心を凝視した。

ただ無秩序に荒れ狂っているわけではない。

感覚だけの暴力の中にも、必ずその力の根源となる「形の癖」があるはずだ。

(ただの爆発じゃない。中心から外へ散る『火』とは違う。これは……下から上へと熱が連続して積み重なっていく現象だ)

下で生まれた熱が、次に生まれる熱を下から強烈に押し上げている。

それが重なり合い、共鳴し、さらに高い場所へと噴き上がろうとしている。

だがその膨大なエネルギーのベクトルを束ね、導くための「意味の枠」が存在しない。

だからこそ重なり合った熱は上へ抜けきれず、自らの重さに耐えかねて横へと無惨に崩れ落ち、無軌道な濁流となって周囲を飲み込もうとしているのだ。

(重なり押し上げ合う形。それを定義する文字……!)


アキルは瞬時に懐の『赤い袋』から新しいオークの板札を引き抜き、狂気じみた速度で小刀を滑らせた。

シュッ、シュッ、シュッ!

硬い木を削る鋭い音が轟音に負けじと響く。

「クロエ!檻の正面を開けろ!」

「えっ……!?」

「いいから開けろ!力の逃げ道を作る!」

アキルはガルドの横をすり抜け、超高熱の檻の正面へと躍り出る。

クロエが血の滲む指で金属線を弾き、正面の『包』の結び目を一瞬だけ解いた。


ゴォォォォォッ!!

抑え込まれていた猛烈な熱波が、吹き抜けの風のようにアキルを真正面から襲う。

彼の前髪がチリチリと焦げ、制服の袖が熱で黒く変色する。

だがアキルは一歩も引かず、削り上げたばかりの板札をレオンの足元へ向かって思い切り投げ放った。

カランッ、と硬い木片が、レオンの目の前のガラス化した砂の上に落ちて弾ける。


「レオン!お前の力は、無意味に膨張するだけのバグじゃない!」

アキルの声が鼓膜を破る熱風を切り裂いて届く。

「火が二つ、上下に重なる形だ!下の熱が上の熱を押し上げる!それがお前の力の骨格だ!」

レオンは、足元に落ちた板札を凝視した。

そこに黒い木炭で深く刻まれていたのは、『炎』という文字。

「『炎』の枠に、お前の力を流し込め!!」


レオンの目が、その文字の形に釘付けになる。

火が重なり、上へ上へと押し上げていく形。

その文字の骨格を視界に捉えた瞬間、レオンの濁りきっていた視界から、どす黒い赤がスッと引いた。

呼吸をするたびに肺を焼き焦がしていた灼熱の痛みが、明確な一本の太い芯となって背筋を駆け上がるのを感じる。

「……炎」

レオンが掠れた声でその言葉を口にした、まさにその瞬間だった。

横へと無秩序に膨張し、自重で崩壊しながら周囲をドロドロに溶かしていた暗赤色の濁流がピタリと崩壊を止めた。

それらは自らの内側に力強い脈動を取り戻し、上へ、上へと向かって巨大な火柱のようにまとまり始める。

致命的な「横への広がり」は止まった。


だが、完全に制御できたわけではない。

一定の形を取り戻したとはいえ、レオンの周囲には依然として空を焦がすほどの莫大な熱量が暴れ馬のように渦を巻き、行き場を求めて激しく吠え猛っている。

「ぐぅぅぅっ……!」

檻を支えるクロエの金属線が真っ赤に焼け焦げ、土台となるガルドの腕の筋肉が限界の悲鳴を上げ続ける。

演習場の中心。

上へとまとまり始めた炎の奔流の只中で、レオンは荒い息を吐きながら、足元の『炎』の板札を血走った目で見つめ続けていた。


「……まだだ」

アキルは、吹き荒れる熱風の中で泥だらけのブーツを踏みしめ、懐の『赤い袋』へ再び手を伸ばした。

レオンの炎は形を得て、致命的な自重崩壊は止まった。

だがこれを完全に制御し、圧倒的な力として正しく方向づけるための枠が、あともう二つ必要だった。

(暴れ馬の首に手綱をかけ、走るべき道を指し示す文字……!)

アキルは手の中の小刀を強く握り直し、未だ猛り狂う純真紅の火柱の中心を鋭い目で見据えた。


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