幼女芸術評論家メアリー
「これが・・・ウキヨエか・・・あり得ん」
私はゴルダ、しがない似顔絵描きだ・・・
モーリス商店で展示・販売されていたウキヨエに衝撃を受けた。
「あの・・・お客様、この場で模写をするのはお控え下さい」
「・・・・・・・」
「ちょっと、聞いています?せめて顔料を買って下さいよ」
あり得ん。何だ。あの線は?自然界では絶対にあり得ない。
それから私は仕事を休み模写を続けた。
「あなた・・・今月の生活費が足らないわ」
「・・・・・」
「あなた・・・・」
妻は働きに出たようだ。
「お父さん・・・お母さんが疲れているよ」
「アリ・・・話しかけないでくれ。もう少しなんだ」
「あなた、もう限界です。アリを連れて実家に帰らせてもらいます」
「・・・・・ああ」
「何も言わないのですね」
描いては腹が減り倒れ食事をする。金が無くなったので家具を売る。
家賃も滞納し始めた頃。
私がウキヨエを描いている噂を聞きつけて仕事を依頼する者が訪問してきた。
「・・・この図案で絵を描いて欲しい」
「これは・・・怪文書?」
「滅多なことを言わないで下さい」
貴族の派閥抗争だ。おそらく反王妃派だろう。
「くだらぬ。帰れ。コンテストが近い」
数回使者が来たが、お忍びで貴族令嬢がきた。使者の主人、依頼主のようだ。
「貴方、特別にお抱え扱いにしてもいいわ」
「誰だ?そして何故だ?」
「私はミレーヌ・グルジア、理由はね。貴方は工房に所属していないのですもの。バレにくいわ。バレても火トカゲの尻尾切りできるから、そのお値段を提供出来るわ」
「くだらぬ。帰れ。私は自分のために描いているのだ」
「まあ、いいわ。貴方の代わりはいくらでもいますもの」
そうだ。今までの私は代わりの利く絵師だ。
これからは違う。
絵が完成すれば大金を稼げる。
いや、それよりも描きたかった。
この世界を・・・・・
そして、ウキヨエ大会に出品した。
私の絵は・・・
「一位、フレーゲ工房のマルクス、二位、ゼルゲン工房のリヒター・・・・」
10位にも入っていなかった。
審査員は・・・
「では、主席審査員のメアリー様、お言葉をどうぞ」
「みなしゃま、お疲れ様なの~、とても良い絵だったの~」
幼女だ。ふざけている。私の娘よりも年下だ。思わず抗議の声をあげた。
「すみません。私の絵のどこがいけなかったのですか?私はただ模写をしただけではありません。芸術に高めました!」
すると、幼女は。
「貴方には世界がこのように見えているの~」
と返された。
「そうだ。私が描きたい物を表現した。どこが悪いのか言って欲しい!」
入賞して名を高めれば仕事が舞い込んでくる。妻と娘は帰ってくるのだ。
「全てなの~」
「貴方は幼女ですね。芸術が分かるのですか?」
「分からないの~、でもウキヨエではないの~」
なっ、悪びれもせずに答えた。
「話にならん!」
帰ったら鍵がかかっていた。そうか。家賃滞納で追い出されたのか?
絵の道具は持ち歩いていて良かった。
それから路上で生活をするようになった。絵を描くために似顔絵を描く。
しかし、私の似顔絵は変化してきた。
「ヒィ、なんて醜い・・・それにこの背景は気色悪いわ」
「レーゼ、行こう。もっと良い似顔絵画家さんに依頼しよう」
誰も来なくなった。
生活が出来ない。このままでは救貧院に収容か?
救貧院では絵が描けない・・・意識がもうろうとしてきた。背後から声が聞こえて来た。
「何で、この絵の背景は線や渦巻きなの~」
「・・・そう見えるのです」
「超ヒモ理論なの~?それとも、乱流の数学的構造なの~?」
「知らん・・・って、あの幼女!」
あの審査員、メアリーだったか。背後にいた。大勢のゴロツキを従えている。
「ここはトーマス商会のシマなの~、路上でオネンネをされると治安と見栄えが悪くなるの~」
「だったらどうする?」
「強制収容なの~!メアリーの言うように描くの~」
「何だと!」
強制的に連れて行かれた。ここはトーマス商会の看板がある。裏組織だ。
理解が追いつかない。メアリーは貴族令嬢ではないのか?
貴族令嬢のお遊びだったのではないのか?
「ご飯あげるの~、だから私の言う通りに絵を描いて欲しい~の」
「分かった・・・その代わり描いたら後は自分の好きなように生きて描く。早く言え」
「メアリーの描いて欲しいのは・・・」
何だと、ふざけているのか?
思わず聞き返した。
【子供部屋に飾る絵を描けと?】
「そうなの~、娘さんの子供部屋に飾る絵なの~、道具は一式用意するの~」
子供部屋に飾る絵だと!?ふざけている!
どうせ動物でも描けばいいか。庭にいるポニーでも描くか?
「ヒン?」(何?)
さっさと描いて解放してもらおう・・・
そう言えば・・・アリは花が好きだった。
ポニーと花の絵を描くか。ポニーと背景は木に咲いている花だ。
あれ、ウキヨエだと線を強調するよな。
この木は何だ?
「桜の木でござる」
「うわ・・・」
背後に東方人がいた。
「拙者、日の本の与三郎でござる。浮世絵は故郷の絵でござる」
「詳しく教えて下さい!さぞかし芸術の高みなのでしょう!」
すると東方人は信じられないことを言った。
「あれは・・・子供や女性を喜ばす絵で候。いや、紳士が好む絵もござるが。浮世絵は商の絵でござる」
「あきない・・商業・・・芸術ではないのか・・・」
「もちろん。芸術ではござるが、屏風絵を描く派には格式も全て劣るで候」
「それじゃ・・・私は・・一体」
「女性や子供を喜ばす目的の結果があの絵でござる。結果として人の心を揺り動かすのでござる。ゴルダ殿が芸術と感じたのも正解でござる」
そうなのか。
アリは・・・どう思うのだろうか?
「ヒン、ヒヒ~ン?」(もう動いていい?)
分からない。分からない。分からない。どうしたら良いのか。
「ヒン」(行くよ)
どうしたら・・
「切り取るの~!自然を切り取るの~」
「切り取る・・・」
「トニー君、行くの~」
「ヒン、ヒ~ン」(はい、ご主人)
幼女の助言だがすんなり入った。切り取るのか・・・ただ自然を切り取って描けばいいのか。
だから切り取りたい部分の線が強調されていたのか?
そうだ。そうに違いない。
アリを怖がらせてはいけない。穏やかな絵を描く。
花の絵、アリ・・・悲しいときに見たら心が穏やかになる。嬉しいときに見たら更に嬉しくなる。
そんな絵を描きたい。
思い出した。私は人に喜んでもらいたくて絵師になったのだ。
それから三日三晩寝ないで描いた。
描いた時には力尽きた。
目が覚めたら・・・・幼女がいた。
「これなの~!これで良いの~!娘さんに贈るの~」
「受け取ってくれるだろうか?」
「分からないの~」
「・・・せめて・・受け取るに違いないと言って下さい。娘に送る最後のプレゼントですよ」
「最後じゃないの~、メアリーがパトロンになるの~」
「・・・いや、それは、幼女がパトロン?」
「拒否権はないの~!生活を立て直すの~、芸術家は体が資本なの~」
それから私は人のために描くようになった。
私の描きたい物は売れない。だけどメアリー様は引き取ってくれる。
妻と娘も帰って来てくれた。
「お父さん。何を描いているの?」
「ヒマワリだ。メアリー様の注文だ。マイはどう思う?」
「すごい顔料だわ。真っ黄色・・・でも情熱を感じる」
「そうか・・・代表作になる予感がする」
「でも、私はお父さんが描いてくれた桜の木が一番好きよ」
後にゴルダの絵は商業都市連合で見いだされることになるが、アリは父より贈られた子供部屋の絵だけは手放さなかったと云われている。




