第二十五話 『禍根』
牛蛙よりも更に醜悪な様相を持つフルーム・ドレーンは、杖をつきながら、介添人とともに姿を現した。
同じ人であるとは到底思えぬほどの巨体を揺らし、国王陛下の前まで歩み出る。
フゥ……と息を吐き、額を流れる汗を介添人から受け取った手巾で拭うと、改めて話し出す。
「国王陛下ァ。我が愚息がどうやら失礼したようですなァ。とはいえ、これ以上はご勘弁頂きたいものですなァ」
「ふむ……。ドレーン公爵は、此度の事情を知っておろうか? ……まさか知らずに意見しているわけではなかろうな?」
問いかける国王陛下に対し、ニヤニヤと笑みを浮かべながら首肯する。
「もちろんですともォ。そのうえでェ、敢えて申しますとォ、今回の件は如何に国王陛下といえどォ、我が愚息に罪を問うことはできんでしょうなァ」
「ほう……。それは如何な理由でか? 今回、そなたの息子は決められた手順を守ることなく裁判の場へ参席し、またアベール子爵家の子息にあらぬ疑いをかけたわけだが。それでも、そなたの息子に罪はないと?」
訝しむ国王陛下の目線を、肥大した体で平然と受け止めるドレーン公爵。
「もちろんですともォ。罪を贖う必要があるのは、シルド・ドレーンのみでありますゥ」
両手を広げ、まるで舞台役者の如く語りだす。
「まず第一にィ、今回我が愚息がこの場に参席したのはァ、近衛騎士団長シルド・ドレーンの要請を受けてのことでございますゥ。如何なドレーン家の長子といえどォ、近衛騎士団長からの命令を理由もなく断ることはできますまいィ。そしてェ、命令に従って参上した愚息をォ、裁判の場へ入場できるように手配する責任はァ、命令を発したシルド・ドレーンにあると言えませんかなァ?」
その問いを受けて、陛下もまた頷きつつ返答する。
「確かに、そなたの言の通りであれば、参席の際に正規の手続きを踏んでいないことに対する責任をカストロへ追及することはできんな……。しかし、あらぬ疑いをハルト・アベールへかけたことに対する責任は、やはりそなたの息子にあるとは思わんか?」
カストロを守ろうとするドレーン公爵の思惑は、この場にいる全員が――直情的なクライン伯爵は除く――理解している。
そんな分かりやすい思惑に対して、国王陛下は舌鋒鋭くドレーン公爵の急所を突いた。
「国王陛下の仰る通りィ、その責任は息子にあるでしょうなァ。しかし、それでもやはりその責を愚息に問うことはできないと言わざるを得ませんなァ」
しかし、フルーム・ドレーンの表情にはなんら痛痒を感じさせない。
それどころか、まるでこの場にいる全員を見下したような言い回しで続ける。
「この国でェ、未だ成人しておらぬ子どもが罪を犯した場合ィ、その責任を負うべきはその者の保護者でありますゥ」
成人しなければ結婚もできぬ。
正規の職に就くこともできぬ。
なんら権利がないかわり、その者の罪は保護者が負うという、我が国の法を持ち出したフルーム・ドレーン公爵――その瞬間、何を語るのか、聡い者なら察することは容易く。
「カストロは未だ成人の儀を迎えておらぬ故ェ、その責任を負うべきは保護者となりますなァ」
ニンマリとした笑みで、蛙のような顔を歪ませながら、その舌は回り続ける。
「本来であればァ、カストロの保護者は私ィ。フルーム・ドレーンということになるでしょうゥ。しかしィ、今回は血の繋がる叔父が側にいたうえにィ、私自身はこのような場が開かれていることすら先ほどまで知らなかった点を鑑みればァ――やはりィ、責任は叔父たるシルドが負うべきではないでしょうかァ?」
その論を詭弁と言うことはできない。
訓練場が、その場の空気が、フルーム・ドレーンに呑まれていく。
「そのうえで国王陛下に敢えて問いたいのですがァ、近衛騎士団長たるシルド・ドレーンにどのような罰をお与えになる予定でしょうかァ? シルドが負った罪はァ、愚息カストロを参席させる手続きを怠ったことォ、カストロの保護者として行動を自制させなかった点に対する責任を負うことォ、王家の盾という立場でありながらァ、訓練試合で一介の学生に負けたことォ……あァ、英雄殿の子弟にあらぬ疑いをかけた点もですなァ」
その目には侮蔑の感情だけを浮かべて私の方をチラリと見る。
「これほどの罪ィ、本来であれば職を辞するだけでもまだ足らんでしょうなァ。勿論、アベール家に正式な謝罪は別途必要でしょうがァ、それとは別にィ、王宮へ務める者としてどれほどの罰を与えるのが適正でしょうなァ。――ドレーン家としてはァ、恥ずかしながらシルドほどの武の才能を持つ者はおりませんがァ、今度はもう少し頭の良い者を準備しましょうぞォ」
そして、三大公爵が一つ、ドレーン家の持つ権力を最大限利用する。
確かに近衛騎士団長は、シルド・ドレーンが団長となるまで、王家の盾としての機能を失っていた。
こいつは……フルーム・ドレ―ンは陛下を脅している。
シルド・ドレーンにも温情を与えよ。
さもなければ次の近衛騎士団長には、いつも通り役立たずが座ることになると。
「…………シルドを近衛騎士団長から外すことはせん」
絞り出した声は苦渋に満ちていた。
「陛下ッ!」
私は、その処分に納得できず声を張り上げる。
我らの、アベール家の献身などと言うつもりは毛頭なかった。
ただ、息子をここまでコケにされて黙っていることなどできはしなかった。
「落ち着くのだ、アベール子爵。勿論なんら責を問わないというわけではない。しかし、王家の盾としての機能を考えた場合、奴ほどの適任者がおらんのも事実じゃ――堪えよ」
怒りを隠しもせぬ私に、陛下は耐えろと。
その瞬間、私は――失望した。
「シルド・ドレーンの甥たるカストロ・ドレーンは未成年であることを鑑み、今回の罪はシルド・ドレーンが負うものとする! シルド・ドレーンは、自身の罪とカストロの罪を合算し、半年の謹慎処分とする!」
国王陛下の宣言が私の耳朶を打つ。
――私は拳を握り締める。
「以上で結審とする。なお、和解の場やシルドの謝罪の場には我も参加する。采配は――宰相に任せてもよいか?」
その問いに宰相たるベルガル・ソラーシュが頷く。
「……仰せのままに」
その返事を聞くと、国王陛下は踵を返し、訓練場を出ていく。
周囲に近衛騎士を護衛として侍らせ、去っていく後ろ姿を見つめる。
私の胸に去来した感情は――――。
私は国を愛している。
アベール子爵家に生まれたことは私の誇りである。
王家に忠誠を誓い、国のためにこの命を懸けることこそ誉れと思い、今日まで生きてきた。
国王陛下もまた、国を愛し、ここまで国を立て直してこられたのだと思っていた。
だからこそ、どれほど困難な命令が下されても、それに応えてきた。
――単身で砦に残り、他国の兵士を全て排せという無理難題にも……。
あらゆる負の感情が綯い交ぜになって、気が付けば私の握った手からは血が零れていた。
これが……この程度の男が……。
「アベール子爵」
呼びかける声にハッとして振り向けば、そこには宰相が立っていた。
「……お気持ち察するに余りある。だが、儂に任された以上、和解の場に関しては万難を排することを約束しよう。ご子息は、儂にとっても欠かすことのできない存在であるしな」
その言葉に腰を折り、謝辞を述べる。
「詳細は後日連絡致そう。本日は、ご子息のもとへ」
――そして、私はハルトのいる医務室へ向かった。
――――この胸に去来した感情に、折り合いをつけることなく。ただ、蓋をすることにした。
世間は夏休みに入り、そろそろお盆休みも近づいてきましたね!
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