第十六話 『皮肉』
後ろ手を手錠で拘束され、頭を床にこすりつけるように、跪く俺の背中にいくつもの視線が突き刺さる。
訝しむような、されども気怠げな視線は、フィロス国王だろう。
貴族席に座る近衛騎士団長シルド・ドレーンは、その瞳に暗い悦びを宿っている。
一方で、喜色満面といった表情を浮かべる三日月公爵ことカストロ・ドレーン。
近衛騎士団長の言葉によって、まさに火に油とばかりに、憎しみが燃え上がるクライン伯爵。
室内の近衛騎士たちもまた、敵意を一切隠さず、こちらを睨み付ける。
我が父ユジン・アベールは、静かに座している。
宰相ベルガル・ソラーシュは、その瞳に怜悧な光をたたえて、事態の推移を静観している。
そして、右往左往とばかりに瞳をフラフラさせ、怯えていることを隠しもしない軍総司令官たるトマス・ミーファ。
十人十色とも言うべき視線を受けながら、俺はゆっくりと顔を上げる。
「近衛騎士団長閣下。閣下は、本当にそのようにお考えなのでしょうか?」
その問いを受けて、獰猛な笑みを浮かべる近衛騎士団長。
諾と頷き、そして話し出す。
「アベール子爵家に名を連ねる者がそのような浅慮をするわけないと信じたい気持ちは持っておる。しかし、状況証拠として考え得るものの中で、もっとも納得いく筋道は、私が話した内容だと思わんかね?」
その問いを受けて俺は大げさに驚いてやる。
「なんと! では本当にそのようにお考えなのですか? それとも私を試しておられるので?」
近衛騎士団長に向いていた首を、真正面――国王へと向ける。
「近衛騎士団長の仰る内容を実行したのであれば、私以外にもう一人協力者が必要ですね。私は、アベール家の三男。風魔法を使用できませんから」
その返事にハッとした表情を浮かべたのは、一体何人いただろうか?
肝心の国王は、相変わらず気怠げなままだが、構わず話を続ける。
「窓の外から風魔法による攻撃を受けていることは既に兵士へ伝えております。そのため、実際に部屋の実況見分を行った兵士の皆様は、部屋が破壊されているのを確認しておられます」
俺の話した内容に、焦ったように叫ぶ近衛騎士団長。
席を立ち上がり、血走った目で怒鳴りつけてくる。
「そのような者、貴様が大暴れして破壊してないと証明できぬだろうがッ!」
その声に振り返り、ニヤリと嗤ってみせる。
その程度の理論武装で、真実を覆せるものか、馬鹿が。
「これは何とも不思議な事を言いますね。近衛騎士団長。先ほども言ったとおり、私は風魔法が使えないのですよ? 仰るように私が大暴れしたら、その音に誰も気づかないなどあり得ますか?」
外と室内を分かつ壁、廊下と室内を分かつ壁。
壁を二枚もぶち抜いているのだ。
当然、それほどの威力ある攻撃を誰が放とうとも、大きな音が鳴るはずなのだ。
「……消音魔法か」
国王の呟きに首肯する。
破壊の音を消し、周囲に気取られないようにできるのは、風魔法を使える者だけだ。
「ならば貴様に協力者がいただけだろうが! 風魔法を使用できるものなど、王立学院に何十名、何百名といるだろう! その中の誰かを協力者にすれば、実行可能ではないか!」
声を上げたのは、抑えつけられていたクライン伯爵だった。
その怒声に対して、俺は向き直り、こちらから質問する。
「では、その協力者とは?」
その問いに、伯爵は口を開くも、声が発せられることはなかった。
口を開いた状態で固まる伯爵へ、再度問いかける。
「その協力者とは誰でしょうか? 私が兵士の方へ話した内容に嘘偽りや隠し事はありません。私の話した内容を虚偽であるとし、近衛騎士団長の論が正しいとするのであれば、その証拠が必要でしょう。最も証拠として強い効力を持つのは、その共犯者を見つけることだと思いますが?」
言外に、自説の証人を確保していないのは、そちらの不手際でしょうと滲ませてやる。
そして振り返り、先ほどから蹴りをくれたり、頭を抑えてつけてくれた近衛騎士を見やる。
「……ところで。マルティス・クライン殿は、近衛騎士、つまり貴方の同僚だったわけですが」
筋違いの恨みや、内心で気に入らないと思われるのは仕方ない。
でも、実力行使はやり過ぎだろう。
こいつにも多少は痛い目を見てもらおうか。
「そんな貴方にお尋ねしたい。マルティス殿が得意とするのは、どんな魔法でしたか?」
俺の事を射殺さんばかりに睨み付け、されど口を開かぬ近衛騎士に対して、アズワール国の最高権力者たる国王は重々しく口を開いた。
「……応えよ。そこの騎士よ」
その声に観念したかのように口を開く。
「ハッ……。その……マルティス殿は風魔法を得意としていたと記憶しております」
フィロス国王は返答に対して鷹揚に頷いてみせ、さらに続けて問い質す。
「それは、どのくらい得意であったか? 壁を破壊するほどの魔法が使用できたか? できるのであれば、それほどの攻撃魔法を消音魔法と同時使用できるほどの技量があったか?」
国王の問いに、近衛騎士は一瞬、シルド・ドレーンを見やる。
しかし、近衛騎士団長の苦々しい表情を見て、諦めたように呟く。
「……どちらも可能だったかと……」
小さな声であったが、シンと静まりかえるこの部屋で聞き逃す者はいなかっただろう。
俺は、その言葉を受けて、再度国王へ向き直る。
「国王陛下。私はこれまで一貫して、マルティス殿に襲われたと説明しております。こちらの近衛騎士殿によって、マルティス殿の実力であれば、私が再三申し上げた内容を実行できることも証明されたと思うのですが、いかがでしょうか?」
その言葉には、俺を足蹴にした近衛騎士への皮肉を含ませてみる。
しかしながら国王へ申し上げた内容に、またしても噛みついたのはクライン伯爵であった。
「貴様が協力者を用意して事に及んだ可能性は排除できておらぬ!」
俺は冷ややかな目を向ける。
さきほどから騒ぐばかりの伯爵に対し、当初はご子息を失った悲しみに同情もしていたのだが。
こいつもまた、見たいモノしか見ない典型的な貴族の一人なのだろう。
「その協力者とは誰でしょう? それを証明する責任は、そのような疑いを持ち出した近衛騎士団長や伯爵にあるのではないですか?」
再度叫ぼうとする伯爵を制し、さらに言い募る。
「私の言い分が少なくとも実行可能であることは、こちらにいる近衛騎士の証言によって証明されたと思います。そちらの言い分が正しいと仰るなら、せめて実行するのに最低限必要な協力者ぐらい、そちらで見つけてもらわないと話になりません。――見つけるどころか、その当てすらないのに、協力者がいれば実行可能などとほざく。そのような論理がまかり通ると本気でお考えで?」
伯爵の言い分を鼻で笑ってやる。見つけられるはずがないのだ。
多少の犯罪なら脅迫されたり、なんらかの便宜を期待して、近衛騎士団長や伯爵に協力して、俺の共犯者として名乗り出る馬鹿もいるかもしれない。
ところが、これは貴族である近衛騎士殺しだ。
平民であれば、死刑は間違いないだろうし、貴族であっても、多少の便宜では赤字になる。
つまり、いるはずのない共犯者に成り代わってくれる人材は、ほぼほぼ間違いなく見つけることができないだろう。
しかし、今後家族を人質にとるなどの脅迫により、共犯者に仕立て上げることのできる人材を、伯爵や近衛騎士団長が見つけることもありえるだろう。
ただ、今日この場に連れてきていない以上、ここで俺を有罪にするのは不可能なのだ。
そして、今後そういう共犯者を名乗る者が現れても問題ないように、ここで俺が勝負を決めればよい。
そう、本題はここからだ。
――くだらぬ茶番に巻き込んだ代償を払わせてやる。
明日は第十七話を公開予定です。
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