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第七話 『近衛騎士団長』

「ハルト・アベール様。お待ちしておりました。さぁ、中へどうぞ」


 校門前で待機していた馬車へ駆け寄ると、馬車の傍らに待機していた御者が丁寧に頭を下げ、口上を述べる。

 目礼し、御者が開けた馬車の扉へ顔を向ける。

 すると、奥の座席にゆったりと腰掛ける先客が目に入った。


「――大変お待たせしてしまい、誠に申し訳ありません。近衛騎士団長閣下」


 腰を折り、謝罪する。

 アベール家次男――アランが所属する近衛騎士団の長。

 王族の最後の盾、エリート軍団のトップ。


「あぁ。そう畏まる必要はない。事前に通達もしておらんからな」


 口元のカイゼル髭に、額から頬にかけて右目を縦に大きく切り裂く傷跡。

 長年騎士として国家に忠誠を誓い、日々鍛え上げた体は厚く、甥の三日月公爵とは比ぶべくもない。

 アズワール王国において、対多数・対集団における最強の男が俺の父親たるユジン・アベールならば。


「さぁ、掛けたまえ」


 言葉とは裏腹に、眼光鋭く俺を見下ろすこの人こそ。

 一対一(タイマン)にて最強、シルド・ドレーン近衛騎士団長である。


「ハッ! 失礼致します!」


 敬礼の後、馬車へ足を踏み入れ、団長閣下の斜め前に腰を下ろす。

 それを待っていたかのように、ゆっくりと馬車が動き出す。


「そう固くならずともよい。本日の会議も先ほど急に決まったわけだ。たまたま、我らの時間が空くことになった故にな」


 走り出した馬車の窓に、王都の街並みが流れていく。

 たまたま……ね。


「それは……食糧の価格が高騰している件でしょうか?」


 俺が発した不穏な言葉に対して、シルド・ドレーン卿はその瞳に剣呑な気配を漂わせる。


「ほう。耳聡いな。まだ王都には大した影響は出ていないと思ったが」


 確かに、窓の外を流れる街並みは、普段と違う様子は一切感じられない。

 しかし、ここは王立学院のある貴族街。

 情勢不安があっても、最初に影響が出るのは貴族ではなく、民の暮らしだろう。

 実際に平民街では、既に影響が出ている。


「教会の炊き出しが難しくなってきていると、知り合いが嘆いていたものですから」


 ダイナマイトボディを震わせながら、あちらこちらを駆けずり回る親友が零した愚痴。

 商人にとってみれば、値段が吊り上げた途端にどんな強権を振りかざしてくるかわからない貴族より、文句があるなら買うなと強気に出れる平民や貧民相手の方が楽なのだろう。


「――レオン・クラーベか。学生の身でありながら、救世教会の神官として民へ尽くす。まさに光の申し子よな」


 俺があっさりと情報の出処を吐いたことに安堵したのか、先ほどより幾分か気配を和らげる。


「閣下にそのように言って頂けたこと、彼も誇りに思うでしょう」


 プレッシャーから解放され、ホッと息をつきながら、それでも礼を失しないように答える。

 その、緊張が少し解けたタイミングを見計らうかのように、舌鋒するどく切り込んできた。


「しかし今日の私は光の申し子ではなく、アベール家の虎の子に用があって出向いたのだよ。ハルト・アベール」


 先ほどよりも、強烈なプレッシャーを放つ。

 武人として鍛え上げられたその身から迸るのは、濃密な死の気配。


「単刀直入に言おう。近衛騎士団へ入団せよ」


 否やはないぞと言外に滲ませ、俺を睨みつける。

 その殺気に怯えるように、馬車を引く馬が嘶き、蛇行する。

 御者が必死に馬を宥める声が、窓から入ってくる。


「……私の進退については、アベール家より、皆様方の意向に従う旨をお伝えしていたかと思うのですが」


 そのプレッシャーに、はいorYES以外の答えを返すのは恐怖でしかなかったが。

 ここで従うほうが色々と拙いことになるのが目に見えてる。

 震える体を無理やり抑えつけながら、なんとか捻り出した声は掠れていた。


「軍は辞退したよ。既にアベール家から2名もの人員が所属しているわけだからな。残すとこは近衛騎士団か行政府かということになる」


 そんな俺を嘲笑うこともなく、淡々と状況を説明する閣下。

 その間も、こちらを圧迫するようなプレッシャーは一切変わらず。

 説明された状況から、俺が返せる答えの選択肢は殆どない。


「では、近衛騎士団長閣下と宰相閣下がご納得いくようにお決め頂ければ……」


 言うことに従うから、勝手に二人で決めてくれよ!

 こんな状況に追い込まれなくても、決まったことには従うから!

 そんな内心をひた隠して答える。


「人数で言えば、近衛騎士団にもアベール家の次兄が所属しており、誰も所属しておらん行政府が優先されるべきかもしれん。現に宰相はそのように主張しておる」


 そんな俺を無視するかのように、話を続ける近衛騎士団長。

 馬車の内部は、身震い一つ許されない緊迫した空気が流れている。


「しかし、行政府にアベール家の能力は不要だと思わんか? 書類仕事に、アベール家が持つ力の根源、死霊術は活かせるとは思えん」


 俺に質問をしている態で話しかけながら。

 その実、最初から返答を期待しておらず、故に間を置かず話し続ける。


「そのような、人員の無駄遣いを私は許容できぬ」


 そして、その瞳に刃の如き光を湛える。


「近衛騎士団は、国家の最後の防壁であり、王家の盾である。あらゆる面で抜きん出た実力を持つ者にしか務めることは許されぬ」


 そこにあるのは、気迫。

 近衛騎士団長として、三大公爵たるドレーン家に連なる者として。

 強烈なまでの自負は、一切の拒否を許さぬ姿勢へ。


「持つ者は持たざる者と違い、果たすべき責任は大きくなる。ハルト・アベールよ。貴様の才を腐らせることは、その責任を放棄するに等しいと私は考える」


 物理的な重さを持った気迫は、そのまま俺の身を襲う。


「――この身に余る光栄、恐悦至極。しかし、我が身はアベール家の意向に逆らうことは許されず、勝手を申すわけには参りません」


 されど、俺の返答は変わることはない。

 ほんの少し前の俺なら、折れていた。

 自分の立ち位置に不安を感じていた以前の俺なら、ここまで強く求められたら断ることなんて出来なかった。


 つい最近、俺の心は少しばかり強くなったところだ。

 なんせ、家族に愛されてるからね。


「……近衛騎士団には貴様の兄が所属している」


 その言葉は、家族を人質にした脅迫の開始を意味する。

 喉元に突き付けられたのは言葉の刃は、甥の三日月公爵が突き付けた剣よりも切れそうで困る。


「自慢の兄でありますれば。間違いなく国のお役に立てるかと」


 直接的な脅迫することは、シルド・ドレーン――近衛騎士団長という立場からはあり得ない。

 だがそれ故に、こちらも気付いていないフリすることが可能だ。

 もちろん、それがポーズであることに気付いていないはずがない。


「そうか。では改めて、ハルト・アベールよ。貴様の答えは会議の時に聞かせてもうら。しっかりと考えるがよい。家族のことも含めて……な。」

明日は第八話投稿予定です。

ブックマークや評価に、いつも大変感謝しております。

これからもどうぞ宜しくお願いします。

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