第八話 『会議の間』
馬車が王宮へ到着すると、近衛騎士団長シルド・ドレーンは、俺へ一瞥もくれず足早に立ち去った。
出来れば同行したかったんだが……。
というのも、子爵家三男という後継でもない微妙な立場であるからして、今まで王宮へ来ることなんてなかった。
正直どこへ向かえばいいのか分からん。
困ったように頭を掻きながら、王宮を見上げる。
白亜の宮殿とも呼ぶべきこの王宮は、一切の軍事的機能を持たない。
それは、政治の場や王族の住居としての意味合いが強いことを意味している。
そもそも、この王都自体が外敵から襲われることを前提にしていない。
王都は商業や国政の場であって、軍事的設備は総て国境沿いの砦や、貴族の所領に委ねられている。
貴族の反乱が起こった際には、非常に王都の近衛騎士団と国境方面軍が貴族を挟み撃ちする形で迎撃することができるので、王都に、ましてや王宮には殊更軍事的設備は必要ない、との判断らしい。
以上のことから、王宮は絢爛豪華な造形美を追及して造られている。
そして、そんな華やかな場に、黒のローブ――学生服で突っ立っている俺は非常に居心地が悪いわけで。
本当にどうしたものか……。
俺が思い悩んでいると、王宮の入り口から一人のメイドが歩いてくる。
「ハルト・アベール様でいらっしゃいますか?」
俺に問いかけるこのメイドは、どうやら案内人としての役目を仰せつかっているらしい。
頷き返すと、そのメイドは深く腰を折った。
「大変お待たせいたしました。宰相閣下より、会議の間へご案内するようにと申しつけられております」
先導するメイドに付いていきながら、近衛騎士団長とのやり取りについて考える。
ほとんど直接的な脅迫を行ってきた意味はなんなのか。
近衛兵団自体に優秀な人間が欲しいというのは分かる。
俺やアベール家の実力を知って、どうしても入団させたいと考えてくれることもあるかもしれない。
だからといって家族を人質にとるようなセリフを吐いてまで、必ず入団させたいと考えるだろうか。
近衛騎士団長という地位にある人間が、わざわざそんな危ない橋を渡るだろうか。
百歩譲って別の人間を使っての脅迫行為なら理解できる。
足がつかなければ自らの立場は守れるのだから。
しかし、今回は本人が出張ってきての脅しだ。
もちろん揉み消すだけの権力もあるのだろうが、それにしたって危険すぎる。
「こちらが、本日の会議の間となります」
振り返り俺に到着を告げると、今度は扉にノック。
「恐れ入ります。ハルト・アベール様をお連れしました」
わずかの間の後、入室を許可する声が響き、メイドの手で扉が開かれる。
扉の先には、長机があり、向かって左手の席には近衛騎士団長が腕を組み座っている。
正面にはアズワール王国軍の総司令官トマス・ミーファが、視線をあちこちに忙しなくさまよわせながら、落ち着きなく座っている。
三大公爵家の一つであるミーファ家に籍を置くトマス閣下は、未だ二十代とかなり年若い。
前任の総司令官が若くして病に倒れ、その後を継いだのが昨年。
家柄で後任になったと揶揄され、実際にそうなのだろう。
俺も式典などで遠目でしか見たことがなかったのだが。
なんというか、そこに強者のオーラはなく、まるで怯える小動物のような雰囲気を感じる。
シルド・ドレーンとは明らかに役者が違う。
これは……軍は俺を引き入れるのを辞退したのでなく、辞退させられたと考えるべきだろうな。
軍総司令官の席の後方には、その背を守るようにひっそりと一人の男――我が父ユジン・アベールが立っている。
そして、向かって右側は未だ空席である。
もちろん、この席に座る御仁は分かり切っているので、そちらに向かうことなどしない。
「失礼致します」
入室し、長机の前で深く腰を折る。
「王立アズワール学院所属、ハルト・アベール。召喚に従い参上いたしました」
頭を下げる俺の後方、扉より嗄れた声がかかる。
「おや? 儂が最後か」
入室してきたのは、一人の老人である。
長い白髪を撫でつけ、ゆったりとしたエンジ色のローブに身を包むこの男こそ、アズワール王国の政治を実質的に取り仕切る人物である。
行政府の長、宰相ベルガル・ソラーシュ。
三大公爵家の一つであるソラーシュ家。
アズワール王国における三大要職ともいうべき各部門の長は公爵家が占有している。
家の長である公爵本人は領地の経営を行い、公爵家に生まれた血筋の尊い者が、それぞれが所有する要職に就く。
例えば軍の総司令官。
前任の総司令官は現ミーファ公爵の弟だし、トマス閣下は次期ミーファ公爵の弟である。
また、近衛騎士団長シルド・ドレーンも現ドレーン公爵の弟だ。
評価については、圧倒的に後者の方が高い。
年若く経験も少ないが血筋によってその席を手に入れた者とその席に相応しいだけの実力を身に着けた者。
世間の評判は推して知るべし。
その中にあってソラーシュ家というかベルガル・ソラーシュは異質と言っていい。
彼はソラーシュ家の現公爵である。
公爵本人が自らの領地の経営ではなく、国の運営に携わっているのだ。
本来であれば、公爵本人がその地位に就くのはあまりよろしくない。
自分の領地に優先して様々な政策を行うことができる状態というのは、どう考えても良いとは言えない。
ところが、このベルガルという御仁はそれを王に望まれている。
ベルガル・ソラーシュ自身が王家に対して並々ならぬ忠誠心を持っていること。
なによりも、その実力が他の行政官を圧倒していること。
それらが合わさって現在の状況が生み出されている。
「待たせてしまい、諸兄には申し訳ないことをした。さぁ、早速始めるとしよう」
空席だった右側の席に腰を下ろした宰相閣下は、おそらく司会進行役としてその席についたであろう軍総司令官――トマス・ミーファからその役目を奪う。
この国を実質的に取り仕切る三人+保護者に囲まれて。
俺にとっては前世を含めても、人生で初めての就職活動が始まる。
……俺の就活、ハードすぎませんかね?
明日は第九話投稿予定です。
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